第80話『クラマ#10 - 団欒、そして強襲の青』

 食事の時間だ!

 ノウトニーがくれた薬のおかげで、少しは食欲も出てきた。

 ……おそらくこれが、この街でゆっくりと団欒だんらんできる最後の機会になる。

 今こうしてる間にも憲兵が踏み込んでくる可能性はあるけど……まあ、その時はその時だ。

 僕はパフィーに促されるままに席についた。

 が……


せまい!」


 サクラが叫んだ。

 うん、狭いね。まぁね。

 4人ほど寝ているけれど、それでも計17人。

 普通の家じゃ入らないよね。

 日本語をしゃべれないヌアリさんに代わって、娘のテフラが謝ってくる。


「ごめんなさい、入りきらない人は隣の部屋に料理を持っていきますから」


「あっ! べ、べつに文句があるわけじゃないから……!」


「寝床を提供してくれるだけでもがたいのです。その上、食事まで用意して頂き、感謝の言葉もありません」


 イエニアが丁寧ていねいに頭を下げた。

 僕はそれにすかさず追従ついじゅうしていく。


「そうそう、こんな大所帯おおじょたいで押しかけちゃって、本当に申し訳ない。それなのに失礼なことを……ねえ?」


 僕はチラッとサクラに目を向けた。


「な、なによぉ……悪かったわよぉ……」


「いえいえ、気にしてませんから。それより皆さん、温かいうちにどうぞ」


「はーい! いっただきまーす!」


 と、元気にフォークを手に取るサクラだが、その動きが急に止まった。


「……………………」


「これ……」


 見ればメグルもサクラと同じように硬直している。

 他のみんなが美味しそうに食事を口に運んでいる中で、彼女たち二人だけが固まっている。

 僕はテーブルの上の料理を見た。

 ははあ、なるほどね。

 サクラは震える指で、恐る恐るその料理を指さして、問う。


「えっと、これ……虫……よね?」


 そう。

 そして、その料理だけではない。

 食卓は見事にイルラユーヒの幼虫で埋め尽くされていた。

 料理を運んでいるテフラが申し訳なさそうに言う。


「こんなに人が来るとは思わなかったから備えがなくて……うちで育ててるやつですけど……」


「いやあ、ここのイルラユーヒは最高に美味おいしいからね!」


「ご迷惑でなければお代を受け取ってください」


「いえ、皆さんにはお世話になってますから……あぁ、うーん……」


 代金を支払いたいというイエニアの申し出に対して、テフラは断ってはかえって失礼と感じたようで、少し考えた後で答えを提示してくる。


「それじゃあ団体さん価格の半額ということで」


「ありがとうございます」


 僕らはダンジョン出入口での上納を回避したおかげで、なんだかんだで資金は残っているのだった。


 そんなわけで。

 だいぶ前から分かっていたことだけど、この家は食用の虫の養殖ようしょく生業なりわいとしているのだ。

 なのでこの人数で押しかけた時点で、この食卓は予想できたことであった。

 いまだに昆虫食に馴染なじんでいないサクラとメグル。

 彼女たちは互いに泣きそうな顔で視線を合わせていた。

 ……が、そこでサクラは、少しだけ入っている虫以外の料理に目をつけた!


「あっ、三郎! ……じゃない、ニシー。これ交換しない?」


 ニシー?


「サクラ、そのニシーって……」


「あっ、そうだ! 今度から三郎じゃなくて普通に本名で呼んで欲しいって」


 へえ……そうか。

 三郎……いやニシイーツさん、ようやく……。

 いいことだ。

 これなら、そのうち彼も本当に僕の友達になってくれるかもしれない。

 などと僕が考えていると、イエニアが呼び名についてサクラに質問する。


「なぜニシイーツではなくニシーなんですか?」


「ニシイーツって言いにくいから、ニシー」


「結局、あだ名で呼ぶのは変わらないんですね……」


 それに三郎……ニシイーツさんが答える。


「第一候補がシーツだったから、それよりはマシ」


 いつの間にか、あの特徴的なゴザル口調もやめている三郎さん。じゃなくてニシイーツさん。

 ……しばらく三郎さん呼びが抜けないやつだ、これ!

 そこで思い出したようにサクラは一郎さんと次郎さんに向けて言う。


「他の二人も私の考えた名前が嫌だったら言っていいのよ?」


「アッシは何も不満はありやせん。むしろアッシはもう一郎が本名と思っておりやす」


「おれ……俺っちは……」


 次郎さんは、一郎さんとさぶろ……ニシイーツさんを見比べて、最後にサクラを見た。


「……いや、次郎のままでいいっスよ! わりと気に入ってるんで。ええ」


「そう? ならいいけど……」


 次郎さんの顔、少し固さのある愛想あいそ笑いだ。

 次郎って呼び名を気に入ってるというのは嘘だろう。

 彼は他人の顔色をうかがうのが癖になってる。

 良く言えば空気を読める人だ。


 さぶ……ニシイーツさんは明らかに顔つきが変わって、何らかの決意をしてる。

 適当に追従すると逆に反感を買いそうだ。

 それならここは自分が我慢すれば、サクラを傷つけず、一郎さんを孤立させることもない。

 ……と、そんなところだろう。




 その後は、そのまま何事もなく食事が進んだ。

 そうして皆より先に食べ終わったティアが席を立った。


「セサイル様たちの所へ料理を運んで参ります。少しくらいなら食べられるかもしれませんので」


 それにニーオ先生が反応する。


「貴女なら任せて良さそうね。私も後から行くから、お願いするわ」


「はい。かしこまりました」


 ティアが歩きだそうとしたその時だった。

 はっとしたようにサクラが口を開く。


「あっ! ところでさ。あの子にも持っていかなくていいの?」


「あの子?」


「なんか奥のベッドで死んだみたいに寝てる子。っていうか誰?」


 ……ついに来たか。

 ヤエナの話題が。


「クラマが連れてきたんですよね?」


 イエニアの言葉を受けて、皆の視線が僕に集まる。

 さて……


「僕もよく分からないんだよね。ヤエナって名前くらいしか。ダンジョンの奥で出会ったんだけど……彼女が起きたら話を聞いてみるといいんじゃないかな?」


 僕は何食わぬ顔で、そんなことをのたまった。

 この件に関してはヤエナに丸投げだ。

 彼女を使うと決めたのだから、どこまでも使い倒していくつもりだ。

 それに僕はもう眠すぎて眠すぎて、今にも皿の中にヘッドダイブしそうなくらいなのだ。


「そうですね……落ち着いて話ができるといいのですが」


 イエニアは深く追求することなく、そこで話題を終わらせた。






 ――それから、食事の後。

 食後すぐに寝るのはあれだけど、さすがにきついので横になりたい。

 そんな僕が席を立ったところで、ダイモンジさんが話しかけてきた。


「あ……クラマくん……みんなのぶんの服を……防刃仕様に仕立ててみたよ……まだ4人分しかないけど……よかったら使って……」


「ありがとうございます」


「彼女たちのメイド服も……防刃で作っておこうか……?」


「うん。おねがいします」


「わかったよ……疲れてるみたいだから、ゆっくり休んで」


「うん。おねがいします」


 僕はふらふらと寝所ねどこに向かう。

 ところでさっき、ダイモンジさんは何を言ってたっけ……?

 いいや、それより今は動けるうちに必要なことをしておかないと。

 ケリケイラ……ケリケイラは……いた!

 人ごみの中にいても頭ひとつ出てるからよく目立つ。

 僕はケリケイラに話しかけた。


「ケリケイラ、いいかな? ちょっと頼み事があるんだけどさ」


「あ、私にですか? いいですよー、私にできることなら何でも言ってください!」


 うーん、いい返事だ。

 今の彼女は、僕らの役に立ちたいという気持ちにあふれた状態だ。

 普段以上に頑張ってくれるだろう。期待できる。

 というわけで僕は彼女に用件を話した。


「できる範囲でいいから、代謝促進の魔法でセサイルを回復させておいて欲しいんだ。もちろん本人が了承すれば……だけど」


 とはいえ、ここで断るようなセサイルじゃない。

 どういう経緯でセサイル達が捕まったかは分からないが、セサイルさえうまく使えれば、戦力差はどうにかなるはずだ。

 後は安心して休める……


「えっ」


「……え?」


 どうしたんだろう。

 そんなに慌てて。

 代謝の促進というのは、たいていの魔法使いが使用できる、基礎的な魔法だと聞いた。

 まさか……いや、まさか……ねえ?


「えーっとー……代謝促進の魔法は……あんまり得意じゃないっていうか……成功したことがないっていうか……いや、そのー……」


「………………」


「……すみません」


 お……お、おぉ……。

 そう、か……こういうことも……ある……か。


「あぁいや、できればいいなと思ってただけだから。気にしなくていいよ」


 僕は普段通りの顔で、そんなふうに取り繕った。

 しかし表情とは裏腹に、僕の頭の中には「無能者ぉ!」というディーザの声がリフレインしていたのだった……。


 ……いや、どうしよう? これ……。






 まあ、どうにもならないものは仕方がない。

 まずは寝よう。体力を回復してそれからだ。

 いやね、僕もね、本当はね。せっかく合流したパーティーのみんなと話をしたり、イチャイチャしたりしたいのですよ。

 パフィーを膝の上に乗せて、レイフのおっぱいで挟まれながら、イエニアと槍の稽古けいこをしたい。

 でも残念なことに時間と体力がそれを許さない。

 なので僕は今後に備えて、断腸の思いで寝床に入り込んだのだった。




 すでに深夜は過ぎて明け方に近い。

 元々は田舎街だっただけあって、ヌアリさんの家自体はかなり広い。

 ……のだけど、さすがに人数が多すぎる。

 部屋の数も、ベッドも毛布も足りはしない。

 寝床はすし詰め状態だ。


 この部屋ではイエニア、パフィー、レイフが一緒に寝ている。

 サクラは男女で部屋を分けるべきだと主張した。

 けど普段ダンジョンで行動を共にしている人達で固まった方が、憲兵が踏み込んできてもスムーズに対応ができる。

 理由を聞いてサクラは不承不承ふしょうぶしょうという感じに引き下がった。


 そうして皆がそれぞれの寝床についた。

 色々あって疲れていたのだろう、すぐに寝静まる。

 古めかしい木造りの床、壁、天井に、人々の寝息が静かに染み込んでいく。


 ……そんな中、ただひとつ音もなく動く影があった。

 足音もなく、息をひそめて歩く。

 人影はゆっくりと屈んでパフィーの口元に手を伸ばし……


「動かないで」


 そいつの背後。

 いつの間にか現れたイクスが、侵入者の背中に短剣を突きつけていた。


「ふむ――」


 侵入者は無抵抗の意思を示すため両手を上げ……る途中で、その口元が邪悪に歪む。

 予兆と呼べるのはその笑みだけ。

 背後にいるイクスには察知できない。予備動作もなく、まったくのノーモーションで繰り出される、その凶悪な一撃を――


「おおっと、ストップだ」


 その前に僕が黒槍を突きつけた。

 いや実際には喉を貫くつもりだったが、直前で敵に穂先ほさきを掴まれた。

 この部屋に忍び込んだ侵入者――彼に。


「ワイトピート」


 そう、侵入者の正体はワイトピート。

 ダンジョンの最下層にて、ドラゴンの餌食えじきとなったはずの、あの男だった。


 そして彼を待ち受けていたのは僕だけじゃない。

 すぐさま起き上がるイエニア。

 ワイトピートから距離をとるパフィーとレイフ。

 まんまと罠にまったワイトピートは、自らを取り囲む周囲の様子を見て、いぶかしげに口を開いた。


「なぜ分かったのかね? 私が生きていると」


 この口ぶり。

 こいつ自分の死を偽装するために、わざとドラゴンのいる所に行ったんじゃないか?

 とりあえず質問には答えてやる。


「親切な人が教えてくれてね。あの部屋の仕組みを」


「ほう! 私の他にも知る者がいたとは……いったい誰かね? まさかヒウゥースではあるまい?」


「さて、誰だろうね」


 あの地下大空洞で、賢者ヨールンが僕に教えた役に立たない知識の数々。

 その中にとりわけ分かりやすく、重要な情報が混ざり込んでいた。

 それは、地下6階の獣が幻影だということだ。

 この情報によって、竜に喰われたワイトピートの生存が確定した。

 自分が喰われたと思い込んでのショック死の可能性もあったが……ワイトピートは既に何度かあの場所に出入りしていたことが分かっている。

 それなら、あそこにいる獣が実体を持たないことくらいは把握していたはずだ。


 ワイトピートは生きている。

 生きているなら必ず来る。

 それが分かっているから、イクスには魔法具を使って警戒してもらっていた。


「ふふ……つれないね。私は君との約束を果たしに来たのだというのに」


 ――親愛のしるしに、きみが最も望むものを送ろう! それが我々の友情を示す、はじめての共同作業となるだろう……!


 なんて言ってたね。

 これがあったから、ここにやって来ると思っていた。

 こいつと僕とは同じ穴のむじな。思考は読みやすい。

 まったく嫌な話だけど。


 しかしリサーチが足りない。

 さらうならパフィーじゃなくてレイフにするべきだった。

 一番小さくて軽くてさらいやすいからパフィーだったんだろうが。

 背負って運ぶには、レイフは少し重い。


 ということで。

 さて――どうするか。

 まずは皮肉で牽制けんせいするとしようか。


「へえ、この世界じゃ一方的な宣言を約束っていうんだ。ひとつ勉強になったよ」


「ハハッ! 返事を貰わなくても分かるさ。きみの望むものなら私にも分かる……きみだってそうだろう?」


 わかるよ。

 分かるけどお前に言われたくない。


「ぜんぜんわからないね。頭がおかしくなったのなら病院へどうぞ」


「ああ、若い頃にてもらったよ。通常の医者はさじを投げたが、魔法医の所見しょけんでは、私は第七次元ヨニウェ異常だそうだ」


 第七次元ヨニウェは知性・人格を司る。

 そこに異常があるという診断。

 つまりは、頭がおかしいということだ。


「そうか……」


 ……これ以上続けると、皆に聞かれたくない話になりそうだ。

 本当はこうして話してる間に、空気を読まず背後のイクスに刺してもらいたいんだけど……さすがにそれを期待するのは無理がある。

 空気を読めるイクスとイエニアは僕の号令待ちだ。

 初動を読めないワイトピート相手に、待って受けてたつのは危険。

 さっさと始めよう。


「じゃあ、もう話す意味がないね。イエニア! イクス!」


 僕の号令に応えて、二人は動き出す!

 短剣を突き出すイクス。

 それをワイトピートは身をひねってかわす。

 イクスの短剣はワイトピートの脇腹を浅くえぐるにとどまった。


 そこへ即座にイエニアの斬り下ろし!

 回避行動をとった直後の、対応不能の一撃。

 決まる。普通なら、これで。

 だが、その人格も――戦闘技能も――まともでないのが、このワイトピートという男。

 ワイトピートはイエニアの剣を防ぐ。

 イクスのダガーによって。


 背後からワイトピートに突き出されたイクスのダガー。

 これを避ける動作と同時にワイトピートは短剣を奪い取り、そのままイエニアの剣への防御に使ったのだ。

 ……あざやかな手並みに見とれたりはしない。

 こちらの攻撃開始と同時に、ワイトピートは掴んでいた僕の槍から手を離している。

 奴はイエニアの剣を受け止めて手一杯。

 僕はすかさずそこへ槍を突く!

 黒い穂先は吸い込まれるように標的の腹部へと走り、そして――


 止まった。


「な――」


 さすがの僕も呆気あっけにとられる。

 突き出した僕の槍は、ワイトピートの肘と膝に上下から挟み込まれて止まっていた。

 身をひねった不安定な体勢で。

 片足立ちで。

 イエニアの剣を受け止めながら。


「曲芸か……!」


「ふはは、突き込みが弱いね! もっと鍛えたまえよ!」


 くそっ!

 槍を握る手に力が入らない。

 疲労が……休めてないのがここにきて……!


 ワイトピートはそのままするりと囲みを抜けて、パフィーとレイフのもとへ向かう!

 真横を敵に通り抜けられたイエニアが慌てて振り返る。


「うっ!? いつのまに――!」


 やはりワイトピートの動きは読めない。

 どうしても対応が遅れてしまう。


 迫り来るワイトピートの魔手。

 それに対してパフィーとレイフは……


「そーれっ!」


「むっ……!?」


 ばっ、とワイトピートに向けて勢いよくあみが広がった!


「く――ぬぉぉぉっ!!」


 ワイトピートは滑るように横へ飛び、すんでのところで網を抜けた!

 ……なんてやつだ。あのタイミングで抜けるか。


 これで仕切り直しだ。

 立ち位置はワイトピートを壁に追い詰めた形。

 悪くはない。

 だがイクスが背後を取っていた先程よりも、条件は悪化している。

 ワイトピートの表情にも余裕が見える。


 ……が、それもここまで。


「なんだなんだ! 敵襲かぁ~!?」


「クラマ達の部屋じゃない!?」


 部屋の外から、がやがやと人の集まる音。

 物音を聞きつけた皆が起きてきたのだ。


「……むう!」


 苦しげに顔をしかめたワイトピート。

 彼は迷うことなく窓の外へと身を投じた!


「今回はきみの勝ちだ! 次を楽しみにしていたまえ!」


 そんな捨て台詞を残して、襲撃者は去っていった……。


「クラマ、追いますか?」


「いや、やめよう。逃げ場の多い街中で、あの男を捕まえられるとは思えない。それに今は目立ちたくないしね」


「そうですね……」


 そんなことをイエニアと話していると、みんなが部屋に押しかけてきた。

 僕は集まってきたみんなに襲撃者の説明をする。

 ……その最中のこと。


「ねえ、これ……何の音?」


 メグルに言われて気がついた。

 カサカサ……カサカサ……と。

 どこからともなく聞こえてくる音。

 聞き覚えのあるこの音は……


「あっ! 上!」


 パフィーの指した先。

 そこには天井に張りついた青い甲虫が!

 イルラユーヒの成虫だ。

 いや、天井だけじゃない。窓から続々と部屋の中に入り込んでくる……!


「ぎゃわぁー! なにこれぇー!?」


「うわ……」


 騒ぐサクラ。

 露骨に嫌そうな顔をするメグル。

 窓から外をのぞくと、そこらじゅうに甲虫がい出していた。

 これは……

 そんな騒ぎの中でティアが現れ、報告する。


「どうやらイルラユーヒの養殖小屋がすべて破壊されている模様です。先の襲撃者の仕業しわざと考えるのが妥当でしょう」


 あいつ……やってくれる……!

 まるで子供のいたずらのような嫌がらせ。

 しかしこれは、僕らにしてみれば強烈な意思表示だった。

 ワイトピートはこう言っているのだ。


 「私がその気になれば、この家ごと破壊しても構わないのだがね?」……と。


 奴は僕らを休ませないつもりだ。

 そしてそれは、向こうにとっては容易たやすいこと。

 その気になれば憲兵に僕らの居場所を知らせたっていいわけだし。

 こうしたゲリラ的な戦法をされると、こちらとしてはどうにもできない……が……それ……なら……


「クラマ! 大丈夫ですか!?」


「あ……」


 ガクッと膝の力が抜けて倒れそうになった僕を、イエニアが支えてくれる。

 大丈夫……とは言えないなぁ……。

 気の利いたセリフを喋る余裕もない。

 限界だ。


 そんな中で、ティアの声が耳に届いた。


「お疲れのところ大変恐縮ですが、この後の行き先にご予定がおありでしたら、今のうちにお聞かせください」


 ああ……この場所はもう使えない。

 ただの民家じゃワイトピートの嫌がらせ戦法に対応できない。

 匿ってくれる地元民の心当たりは多いけど、このぶんだと誰を頼っても同じだ。

 だから……そう……あそこしかない……。


 僕は残った力を振り絞って、次の行き先を口にした。


「えっ!? ほ、本当にそこでいいんですか、クラマ……!?」


 驚いてる。

 うん、でも……たぶん………そこで……だいじょうぶ………な………………

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