B6F - 幻想復する魔窟

第63話

 クラマが目を開けるとそこは洞窟だった。

 湿しめった土の地面と壁。

 天井は見上げるほどに高い。

 そして、ところどころに露出している七色に輝く岩石が、暗い洞窟の中に最低限の視界を提供していた。


 羽虫の群れから逃げて穴に入ったクラマは、そのまま滑り台のようにここまで降りてきた。

 クラマは自分が出てきた穴を見るが、塞がれてしまって戻れそうになかった。

 後から降りてきたワイトピートが、土のついたズボンをはたきながら言う。


「ふぅー、参った参った。ここまで来てしまうとはね……いや面倒なことになったものだ」


 すぐそばにはガーブもいる。

 クラマはワイトピートにたずねた。


「ここがどこか知ってるのか」


「うむ、知っているとも! ここは地下6階……このダンジョンの最下層だ」


「最下層……ここが」


 思ったよりも最下層が近くてクラマは驚いた。

 それと、思ったよりも最下層が普通の洞窟だった事も。


「まあ、普通の4人パーティーでは、なかなかここには来られまい。あんな罠にしか見えない穴に入ろうなどと、考える者はいないからな」


「それは確かに……」


「よしんばこの場所を見つけたとしても、地上へ戻ることはできんからな。ここが最下層だという情報が出回ることはない」


「……戻れないのか?」


「おっと、安心したまえ。ちゃんと戻るための道はある。戻れない理由は他にあって……ま、今の我々には関係ない」


 いまいち要領を得ないが、とりあえず戻れるということでクラマは安心した。

 ワイトピートはそこで意味深な視線をガーブに向ける。


「もっとも、私よりも彼の方が詳しいだろうが」


「……そうなの?」


 クラマは尋ねるが、ガーブは無言。

 代わりにワイトピートが答える。


「いや、地下5階で苦戦していたようだからな……。もしかしてきみは、以前の探索には参加していなかったのかな?」


「以前の探索? どういうことだ」


 またしても意味深な言葉が飛び出し、クラマはワイトピートに問う。

 クラマに聞かれたワイトピートは事もなげに答えた。


「ああ、ヒウゥースは既にこのダンジョンを踏破している」


「……そうだったのか」


 クラマはガーブを見る。

 彼はじっと黙しており、ワイトピートの言葉を否定しなかった。

 無言の肯定。

 ワイトピートはそのまま言葉を続ける。


「この街に冒険者の誘致ゆうちを始めるよりも前の事だ。大量の奴隷を投入した人海戦術で、ヒウゥースはこのダンジョンを隅々すみずみまで探索し尽くした。フフフ……そう、ゆえにお宝など残っていないのさ、このダンジョンには。……がっかりしたかね?」


 がっかりといえばがっかりだが、クラマはこれまでに宝らしい宝がまったく出てこない理由が判明して納得した。

 お宝どころか、地下3階や地下4階は書棚の隅まで空っぽだったのだ。

 金にえられそうなものは、何もかも持ち運ばれた後だったのである。

 ……そこでガーブがようやく口を開いた。


「以前の探索に参加した者は、ほとんど生き残っていない。俺は探索記録に目を通しただけだ」


「ハハハ、ヒウゥースはさぞがっかりした事だろう! 己の財産である奴隷の大半を失ってまで暴きだしたものが、利用価値のない危険なだけの猛獣小屋とは! とんでもない大赤字に、鼻血が出ただろうな!」


 さも愉快ゆかいそうに笑うワイトピート。

 しかしすぐに姿勢を正して、クラマに向き直る。


「フッ……しかしそこはさすがと言ったところか。中身のないダンジョンを使って、大国を相手に新たな奴隷市場を開拓かいたくするとはね。抜け目がないというか……まったく、転んでもただでは起きない男だ」


「地球人を召喚して四大国に売るのは、最初から計画されてたんじゃなかったのか」


「ほう、そこまで知っていたかね。そうとも、本来はヒウゥース自身がダンジョンを踏破し、その恩恵おんけいを持ち帰る予定だった。あの魔導帝国を建国した、伝説の冒険者のように」


 この世界における最大の国力を誇る、魔導帝国イウシ・テノーネ。

 そのおこりは、地球単位でおよそ300年ほど前にダンジョンを踏破した男が、それにより持ち帰った莫大ばくだいな利益によるものである。

 ……という話をかつて耳にしたのを、クラマは思い出していた。

 ということは、ヒウゥースの目的というのは――


「いつまで話し込むつもりだ。さっさと出口に行くぞ」


 と、話を切り上げて歩きだすガーブ。

 ワイトピートはクラマに肩をすくめてみせた。

 先頭をきって歩きだしたガーブだが、数歩踏み出したところで、目の前にいるものに気付いてその足を止めた。


「ヴルルルルルル……」


 岩の裏から現れたのは黒い犬。

 しかし普通の犬ではなかった。

 頭部が3つ。

 いずれも瞳には獰猛どうもうな狂気を湛えており、その視線は一斉いっせいに目の前の獲物えもの――ガーブに向けられた。


「ヴルッ! グルオォォォォッ!!」


 吠えたて、口のはしからよだれをこぼしながら、三頭一身の犬はガーブに跳びかかった!


「ちいっ!」


 ガーブは剣を抜いて突く!

 突き出された剣は黒犬の頭のひとつを貫いた。

 脳天を貫かれた頭はぴたりと停止する。が、残る2頭は止まらない。

 頭のひとつが、ガーブのふくらはぎに喰らいついた!


「ぐあぁっ!」


 ガーブの苦悶くもんの声。

 すかさず横から詰め寄ったワイトピートが、黒犬の胴をサーベルで刺し貫く!

 しかし痛みを感じていないのか、黒犬はひるまない。

 ガーブの足に食いついたまま暴れ続ける黒犬に、ワイトピートは背中から飛び乗り、その残った双頭を両脇に抱えて締め上げた!


「ふんっ……ぬううおおおおっ!!」


 力の限り、ぎりぎりと黒犬の首をめつける。

 狂ったように暴れ、もがいていた黒犬だが……やがて口から泡をいて、力を失い倒れた。

 ワイトピートは腕についた毛をポンポンとはたき落としつつ立ち上がる。


「フゥーーーーッ……突然出てくるとは心臓に悪い。……まれた足は大丈夫かね?」


 ガーブはズボンをまくり上げて、噛まれたふくらはぎを露出させる。

 そこには牙による大きな穴が開いていた。


「ぐうぅ……」


 ガーブは包帯を取り出して自らの足に巻く。

 その悲痛な表情を見るに、お世辞せじにも大丈夫とは言いがたい様子だった。

 足の負傷は探索にあたって致命的だ。

 戦闘に参加できないだけでなく、移動するだけで常に誰かひとりの労力を奪う。

 それが分かっているからこその、ガーブの悲痛な表情。

 仲間であれば、負傷した者を支える労力は惜しまない。

 しかし彼らは違う。

 ただの一時的な協力関係に過ぎず……むしろ根本的には敵だ。


「……………………」


 包帯を巻き終えたガーブは深く息を吐き、沈黙した。

 この包帯にも意味はない。

 彼はここでリタイアするのだから。


 ガーブは諦念ていねんたたえた顔を上げる。

 ……するとクラマはその腕をとって自分の肩に乗せ、背中に手を回してかつぎ上げた。


「よっこいしょっと」


「な……なんだ? 何をする!?」


 自分を起こすクラマの意図が分からず困惑するガーブ。

 クラマはそれに微笑ほほえみながら答えた。


「まあまあ、遠慮しないで。困った時はお互い様だよ」


「ッ……!」


 笑顔を浮かべるクラマに、ガーブは何も言えなかった。

 ワイトピートは楽しげに口を開く。


「うむ、良い心構えだ! そうとも! こんな時だからこそ、我々は協力し合わなければな!」


「アンタは声が大きすぎるから、黙って先導してもらえないかな」


「フハッ、これはしたり。それでは行くとしようか」


 そうしてクラマがガーブに肩を貸し、ワイトピートの先導によって彼らは出口に向けて歩きだした。

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