第62話

 どこからともなく現れ、クラマ達の窮地きゅうちを救ったワイトピート。

 彼は巨大甲虫の背からかろやかに降り立つと、サーベルを鞘に仕舞しまって、片膝をついているクラマに手を差し伸べた。

 クラマは目の前に差し出された手に自らの手を伸ばし……その手をパシッと払った。


「あんたは信用できない」


「はははは、これは嫌われたものだ」


 ひとりで立ち上がり、ワイトピートをにらえるクラマ。

 過去に敵対したとはいえ、助けてもらった相手に対してクラマらしからぬ余裕を欠いた態度であった。

 クラマは普段と違った固く冷えた声でワイトピートに問う。


「なぜ僕らを助けた?」


「なぜって、人を助けるのに理由がいるかね?」


「……………」


 あまりに白々しい台詞セリフ

 この件について、この男と問答しても無駄だとクラマは判断した。

 沈黙したクラマに代わって、ワイトピートはそばにいるヒウゥース配下の男に向かって声をかけた。


「きみは確かヒウゥースのところの……ガーブ君だったかな? いい面構つらがまえをしている……きみのような部下を持つヒウゥースは幸せだな」


「貴様は邪教の徒か。まだ生きていたとはな」


 フレンドリーに接してくるワイトピートをヒウゥース配下の男……ガーブは警戒する。

 ガーブは察していた。たとえ片手の先を失っていても、目の前の男は自分よりも強者であると。


 いきなり現れておきながら、圧倒的な存在感で場の主導権を一手に握ったワイトピート。

 彼は緊張をほぐすように笑いながら他の2人に話しかける。


「ふふ……そう警戒しないでくれたまえ。私は君たちと仲良くしたいのだから」


「仲良くだと?」


 聞き返すガーブ。

 ワイトピートは待ってましたとばかりに揚々ようようと答えた。


「そうとも! こんなところでいがみ合ってどうするのかね!? 我々はこの地に蔓延はびこる危険な生物から身を守り、地上へと帰還するために力を合わせる必要がある! ……そうではないかね、諸君?」


 うさんくさい。

 非常にうさんくさいが、言っている内容は正論だった。

 ただしガーブにとっては、実のある提案ではない。

 彼の目的は生きて帰ることではなく、クラマを始末することなのだから。

 ガーブがこの提案に乗る理由はない。が……


「そうだね。あんたは信用できないが、協力するのには賛成だ」


 クラマの回答。

 これによって、ガーブがクラマに攻撃を仕掛けることができなくなってしまった。

 ワイトピートが協力者を求めている以上、それに協力する意思表示を示したクラマは一時的とはいえ仲間となる。

 今、この場でクラマと敵対すれば、同時にワイトピートも敵になる。

 そうなっては勝機はない。


「……くっ」


 ガーブは断腸だんちょうの思いで首を縦に振った。


「いいだろう、身の安全を確保するまでは協力しよう」


 もちろんこのような口約束に強制力などない。

 機会があれば反故ほごにしてクラマを仕留める。

 そういう腹づもりである。

 皆それぞれに思惑を抱えながらも、ここに3人の男たちによる即席のパーティーが結成された。


「うむ、うまく話がまとまったようで私は嬉しい! それではいざ行かん! 我々の希望に満ちた明日へ!」


 ツッコミはない。

 ひとりテンションを空回らせるワイトピートについていく形で、男たちは緑の谷底を歩きだした。




 妙なハイテンションと読めない腹の内はともかくとして、協力者として見たワイトピートは、この上なく頼りになる存在であった。


 ワイトピートの指示によって、クラマ達は危険な生物を撃退しながら谷底を進んでいく。

 跳躍から押し潰そうとしてくる平らな甲虫は、クラマの槍を地面に突き立てて止め、ガーブとワイトピートが腹を斬り裂いて倒した。

 大きななたを頭上に構える四角い箱のような昆虫は、クラマとガーブが左右に踏み込んで鉈を振らせたところを、ワイトピートが正面から真っ二つに斬り裂いた。

 花に擬態ぎたいした頭部を地中から出して口を広げるワームは、クラマの銀の鞭を垂らしてくわえ込んだところを、全員で引いて釣り上げた。


「フィーッシュ! いいぞいいぞぉー! やるじゃないか諸君、こいつは大物だ!」


 ワイトピートは釣り上げた虫を素早く仕留めてさばくと、切り身を四角い容器に詰め込んだ。


迂闊うかつに触れてはいかんよ、こいつは毒持ちなのでね」


 そうしてワイトピートはしばらく進んだところで咲いていた白い花に、剣の切っ先でちょいちょいと触れた。

 すると、ぴゅぴゅっと白い液体が花弁から吐き出された!


「おっと、気をつけたまえ。この花は触れると白い毒液を吐き出す。……が、この毒は先ほど倒した毒虫の中和剤にもなる。こうして漬ければ……はむっ、むぐ……ううむ、ピリッとしてうまいっ!」


 地下ダンジョンの隠れた美食に舌鼓したづつみを打つワイトピート。

 彼はクラマとガーブにも切り身を手渡した。

 2人は警戒しながら受け取る。

 が、事ここに至って「どういうことだ」とか「大丈夫なのか」だとか、いちいち問いただそうとはしなかった。


 戦闘ではこのフロアに出現する昆虫たちの習性・弱点を把握はあくし、的確に指示を投げる。

 また、 植物の生態についても詳しく、ダンジョン地下5階に不慣れで不安なクラマ達を、明るく飄々ひょうひょうと導く。

 2人とも思うところはあれど、ワイトピートのリーダーとしての資質は疑いようがなかった。


「フフフ……実は前々から、ここにはよく出入りしていてね。さすがにこの下には数えるほどしか行っていないが」


「知ってるよ。捕らえた冒険者に、ここの虫の卵を植え付けたりしてただろう」


 クラマの冷たい声。

 地下4階で見たワイトピートの“展示室”に記載されていた事だ。


「ハッハッ、さて何のことかな?」


 にこやかな笑顔でとぼけるワイトピート。

 クラマも深くは追求せず、白い液体をつけた虫の切り身を頬張ほおばった。

 舌に触れるとぴりぴりする。

 それを無視して一気に頬張ると、すーっとしたさわやかな香りが口内に広がった!

 食感は柔らかくて歯ごたえのあるキノコに近く、むとじわりと甘みがにじみ出る。

 あまり舌に馴染みのない独特の味だが……


「うまい!」


「む……悪くない」


 まさか調理なしでもこれほど美味しいものがダンジョンに眠っているとは……と、クラマは深い感銘かんめいを受けた。



> クラマ 心量:45 → 58(+13)



 2人の反応にワイトピートもにっこりと顔をほころばせる。


「そうだろう、そうだろうとも! こんな地下にいては楽しみがないからね! 試行錯誤して研究したのさ!」


 毒虫を生で食べる方法など、どのように研究したかはかない。

 訊く必要がない。

 余計な疑問ははぶいて3人はその場で休息をとり、それぞれ空腹を満たして心身の疲れを癒やした。




 それから再出発して、しばし進んだところで。


「この先の坂を登れば戻れるはずだ」


 振り向いたワイトピートが後ろの2人に向けてそう言った。


名残惜なごりおしいが仕方がないな。フフ……もう少しきみらと組んで冒険をしてみたかった……が………」


 わずかな安堵あんどとともに一同がその坂を見上げると……

 そこには巨大な羽虫の群れが。

 現れた3人の男へ、数十個の複眼ふくがんが一斉に向けられた。


「……逃げるぞ」


 ぼそりとつぶやくワイトピート。

 後ろの2人は返事を返さない。

 ただ一目散いちもくさんにきびすを返して駆け出した!


 背後からは薄いはねを高速振動させる飛翔音。

 蠅の羽音はおとを数倍に大きくしたそれが、津波のように迫ってくる……!

 その音にき消されないよう大声でワイトピートが叫ぶ。


「捕まるなよ! 奴らは針を刺し、獲物の体に卵を産みつける!」


 谷底を駆け抜ける一同。

 一匹や二匹ならともかく、剣や槍では大量の敵を相手にはできない。

 逃げるクラマ達だが、羽虫の大群は諦めるそぶりを見せずに追ってくる。


「く……!」


 やがて最後尾を走るクラマが追いつかれる。

 その背に突き立てようと、羽虫が尻と口から産卵管を突き出す!


「ぬぅあっ!」


 白刃一閃。

 ガーブの剣がクラマに迫った産卵管を切り落とす!


「走れ!」


 クラマに向かって叫ぶガーブだが、そのガーブ自身の背にも別の羽虫が迫る!

 クラマは黒槍で羽虫を薙ぎ払う!


「はあぁっ!」


 中空に散らばる羽虫の欠片。

 が、これで危機を脱したわけではない。

 むしろ足を止めたおかげで羽虫に囲まれ、より窮地きゅうちに追い込まれた。

 互いに背中を合わせるようにして羽虫を牽制けんせいするクラマとガーブ。

 羽虫はどんどん追いついて数を増やしてくる。

 このままではジリ貧だ。

 そこへワイトピートの指示が飛ぶ。


「こっちだ、突っ切って来い!」


 羽虫を切り払いながら退路を示すワイトピートに従い、2人は手にした武器を振るって道を切り開いて走った。

 ワイトピートの指示する場所に辿り着く。

 そこには地面に人が通れるくらいの穴が。

 ……迷っている暇はない。

 クラマは真っ暗な穴の中へと、その身を投げ出した。

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