B5F - 酸鼻極む人喰い樹林

第60話

 ヒウゥースの配下に追われて、ダンジョン地下5階へ逃げ込んだクラマ達。

 地下5階は密林だった。

 先の見えないほどに立ち並んだ木々。

 木々には毒々どくどくしい極彩色ごくさいしきの果実が競うように実をつけて、見る者の目を妖しくくらませる。

 南国のジャングルを思わせる様相ようそう

 その中で、パーティーの先頭を行くクラマは思わずたじろいだ。

 道と言える道がなく、どこを進んだらいいか分からない。


「……イクス、ここの植物は知ってる?」


「ごめん、わからない」


 しかし考える暇もなく、後ろから大勢の足音が近付いてくる。

 クラマは悩むことなく即断した!


「パフィー、何かあれば教えて。――エグゼ・ディケ! パーティー全員が危険な植物の罠に触れないように!」



> クラマ 運量:2018/10000



 クラマは運量を使用すると、黒槍で足元に生い茂る草を切り払って密林の中を突き進んだ。

 だが草をりながらの走りでは、どうしても遅くなってしまう。

 クラマ達が少し進んだところで、背後から切羽詰せっぱつまった声が届く。


「クラマ、追いつかれます!」


 最後尾でしんがりを務めるイエニア。

 その目の前まで追っ手が迫ってきていた。


「よぉし! 取り囲め!」


「くっ、仕方ない。みんな下がって!」


 クラマが迎え撃とうとした、その時だった。

 地面から伸びている、ゆらりゆらりと揺れる大きな葉。

 クラマ達を囲むべく横に動いた男がその葉に触れた瞬間、ヒュッと音をたてて葉が回転した。


「……あ?」


 ずる、と男の上半身が下半身から滑り落ちる。

 胴を真っ二つに切断された男は、最後まで何が起きたか分からず呆気あっけにとられた顔をしていた。

 それから数秒ほど遅れて男の下半身が倒れる。

 ……あわれな死体のそばには、先端を赤く染めた葉が、ゆらゆらと揺らめいていた。


「ひ……!」


 突如として目の前で起きた惨劇さんげきに、敵味方問わず青ざめる。

 追っ手のひとりが後ずさり、ドンと木に肩をついた。


「馬鹿、離れろ!」


「え? うおわあああああぁぁぁ!!?」


 悲鳴とともに男の体が宙に浮く!

 男の足首に巻き付いたつる

 これが男を逆さ釣りに引き上げたのだ。

 足を掴まれ上空へ引き上げられた男は、逆さにした巨大なチューリップのような果実に、バクンと下半身を挟まれた!


「たっ、助けてくれええぇ!」


 助けてくれと言われても、手の届く高さではない。

 誰もが何もできずに見上げるしかなかった。


「あ、ああ……なんだこれ、熱い……あっ、ああああ! 熱い! 誰か、助け、あ、いやだあああぁぁぁ!! ぎぃ、あづ、あああああああああああぁぁ!!!」


 体の奥底からしぼり出されたような悲痛な絶叫が、地の底の樹海に響き渡った。

 そして――ボトリ、とその体が地面に落ちてくる。

 二度、三度とバウンドして草の上を転がった男。

 いまだ小さく痙攣けいれんする男の体は、そこにあるはずの下半身が消え失せていた。


「う、うおわあああッ!!」


「落ち着け! 不用意に動くんじゃないッ!」


 悲鳴と怒号。

 騒然となる場で、硬直したパーティーに届くクラマの声。


「みんな、今のうちに逃げるよ!」


 皆が振り向くと、そこでは既にだいぶ先まで進んで安全を確保しているクラマの姿があった。


「……行きましょう、皆さん!」


 どこか釈然しゃくぜんとしない微妙なはあったが、イエニアの声にうながされ、一同はクラマの後について密林の奥へと入り込んでいった。




 しかしあれだけの事がありながら、追跡者たちは諦めることがなかった。

 植物の罠にかかって、ひとり、またひとりとその数を減らしながらも、執拗しつようにクラマ達のパーティーを追い続ける。

 そして追っ手の半分以上が脱落した頃、クラマ達は再び追いつかれて対峙たいじした。


「クラマは後ろで皆を守ってください!」


 イエニアが前に出る。

 この木々が立ち並ぶ地形では、イエニアとクラマの連携がとれない。

 イエニアが前に立って攻めて、クラマが後ろの仲間を守るという、昔ながらの立ち位置になった。

 ただし以前とは少し違う。

 今はイクスも仲間にいるのだ。


「大丈夫、イエニアはわたしがフォローできる」


 イクスはダガーを取り出し、イエニアに向かう敵へと投擲とうてきして支援する。


 戦いはクラマ達のパーティーが優勢だった。

 植物の罠を恐れて、クラマ達を包囲する位置取りができない相手に対して、クラマ達は運量の加護があるので安心して戦える。

 そこにイクスの支援も加われば、イエニアは複数から同時に襲いかかられる心配もしなくていい。

 こうなれば負ける要素はない。


 おおよそ大勢が決した頃、追っ手のリーダーが不穏な動きを見せる。


「……お前たちで盾の女を止めろ」


 指示を出す低い声。

 追っ手のリーダーは地球基準で30歳前後で、精悍せいかんながらも顔にはいくつもの火傷痕がある。

 男は自分の指示に部下が頷いたのを確認すると、その紫色の瞳をイエニアの後ろにいる4人に向けた。


「行け!」


「はい、隊長!」


 部下がイエニアに向かう。

 それと同時に、リーダーの男は外側を回り込んでイエニアの後ろを目指す!

 植物の罠による死を恐れぬ、まさしく決死の突撃だった。


 当然、クラマはそれを迎え撃つ。

 木々の間を抜けてクラマの前に立った男は、剣の一撃を打ち下ろす!


「おおおおおおおっ!!」


「く……!」


 金属のぶつかる音が響く。

 クラマは相手の剣を黒槍で受け止めた。

 剣を押し込む男と、押し返すクラマ。

 その最中さなかにクラマは口を開いた。


「……提案なんだけどさ」


「なんだ? 貴様は殺す」


「なんでそんなに殺気だってるのかな!? このまま帰ってくれないか、って言おうとしたんだけど!?」


 男の目には一切、遊びというものが見られなかった。

 実直を絵に描いたふうな男の視線を、クラマは間近に受ける。


「ヒウゥース様には恩義がある!」


 男はクラマの腹に蹴りを入れた!


「ぐぁっ……!」


 蹴り飛ばされるクラマ。

 草の上に倒れたクラマは、仲間を守ろうとすぐに身を起こす。

 が、立ち上がる前に追撃の剣が振り下ろされた!


「死ねっ!」


 それをなんとか槍で防ぐクラマ。

 同時にクラマは驚いていた。

 この敵はせっかくクラマを仲間から引きがしたというのに、あえて倒れたクラマを追ってきた。

 クラマはそれで察した。

 この男の標的は他でもない、自分なのだと。

 男はクラマに馬乗りになって告げる。


「あのヤイドゥークが言った。ヒウゥース様の計画をさまたげる者があるとすれば、それはディーザでもセサイルでもない……クラマ=ヒロという地球人だと!」


 体重を乗せて押し込んでくる剣を、クラマは黒槍で必死に押しとどめる。


過分かぶんな評価に痛み入るね……! 僕の見立てじゃ、あのヒウゥースって人は部下の献身にむくいるタイプには見えないけど……?」


「知ったことではない! 恩とは押し付けるもの! ならば義理を返すのも俺の勝手だ!」


 剣を押し付ける力がより強くなり、白い刃がクラマの鼻先に迫る。


「く……! 見上げた忠誠心だけど……僕の方こそ知ったこっちゃないんだよ……ねっ!」


 クラマは相手の脇腹を蹴る!

 それと同時に槍を押し返して立ち上がった。


「おのれ小癪こしゃくな!」


 押し返された勢いで男は地面に転がる。

 男はすぐさま立ち上がろうとするが……


「ぬ――!?」


 何かに足をとられてガクッとバランスを崩した。

 いや、足をとられたのではない。

 足場がそこになかったのだ。


「な、なんだとぉっ!?」


 地面があると見せかけて、それはまるで突き出した板のように、植物だけが地面から宙に伸びていたのだ。

 下は崖。

 男の体が沈み込んでいく。


「く……!」


 そこで、男の手がクラマの腕を掴んだ。


「え? ちょ、待っ――!」


 男に引き込まれたクラマ。

 踏ん張って耐えようとするも、地面は滑る植物。

 クラマはそのまま男と共に、植物の床を突き破り、真っ暗な谷底へと落ちていった。


「う、嘘!? クラマ!? クラマーーーーーーっ!!!」


 あかりの届かない深い谷底に、パフィーの引き裂くような叫びが木霊こだました。



> クラマ 運量:2018 → 1578/10000(-440)

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