第59話

「はぁ~? 貸家かしやの床を掘って地下に降りていっただとぉ~!?」


 ここはヒウゥース邸の3階、ヒウゥースの寝室。

 室内には家具のひとつひとつに至るまで色とりどりの宝石が散りばめられ、意匠いしょうった装飾がしつらえられている。

 壁に立てかけられた子供の落書きのような絵画かいがは、時価にすると平均的な冒険者が生涯で稼げる金額のおよそ10倍。

 他にも近年になって発見が報告されていない幻の一角獣、エフェクアの頭蓋骨も。

 全体の調和や統一性を考えずにひたすら高価なものを詰め込んだ、まさしく「成金趣味」という単語を切り取って形にしたような内装であった。


 そして今、一角獣の頭蓋骨のかかった壁の前。

 キングサイズのベッドに寝そべる寝間着ねまきのヒウゥースが、部下から報告を受けていた。


「はい。彼らはダンジョン内と地上の二手ふたてに別れたようで、地上では我々の実行部隊が交戦しましたが一蹴され、見失いました」


 淡々と報告する女性は、冒険者ギルド経理役のコイニー。

 ディーザの不倫相手だった女性だ。

 ……しかしそれは仮の姿。

 彼女の正体は、ヒウゥース直属の配下であった。


 それから部屋にはもうひとり、ヒウゥースの腹心であるヤイドゥークの姿も。

 ヤイドゥークはテーブルに乗っている残り物をボリボリと頬張ほおばりながら、ヒウゥースと一緒に報告を受けている。


「やりますねぇー、奴さんたちも。こう、つかんだはずなのに、手の中からするりと抜けていく感じ。なんとも捉えどころがない」


 言葉のわりに緊張感が欠けているヤイドゥーク。

 彼は自分の手が汚れるのも気にせず、コイニーににらまれているのも気付かず、一所懸命に木の実をいている。


 余裕の態度はヒウゥースも同様だった。

 報告された逃亡手段には仰天ぎょうてんしたものの、すぐに落ち着きを取り戻して、どっしりと構え直している。


「ふん、全員で一気に街の外へ逃げなかった時点で、先が見えとらん。街の門番には通達してあるな?」


「はい」


「なら、まずダンジョンの出入り口を封鎖。地球人に埋め込んだ発信器から、魔法で探知しろ」


 ヒウゥースの指令にヤイドゥークが答える。


「そう言うと思って、ここに来る前に地上の絞り込みは命じときました。今ごろ反応のあるポイントと照らし合わせて、連中が隠れられる場所を地図に書き込んでる頃でしょ」


「フハッ、相変わらずお前は仕事が早い。よし、それが終わり次第、憲兵を向かわせろ!」


「はっ。それでは失礼します」


 コイニーは一礼して退室した。

 ヒウゥースは広大なベッドに見劣りしない丸々とした巨体をベッドに沈ませると、天井を眺めてほくそ笑んだ。


「ふふん、要らぬことをぎ回ったばかりにあわれな連中よ。どこに逃げようと地球人を連れている以上は、逃げることも隠れることも不可能よ。フフ……ククク……ファ~ッハッハッハッ!」


「じゃ、俺もやる事あるんで失礼」


 ヤイドゥークは食べ残しの皿を小脇に抱えて出ていった。






 ……そして翌日。


「チェックされたすべての場所に踏み込みましたが、発見できませんでした」


「なぜだ!?」


 再び寝室にてコイニーの報告を受けるヒウゥース。

 そしてやはり食べ残しの果物をしゃくしゃくとかじりながら、ヤイドゥークは答えた。


「あの魔法具はディーザの設計ですからねぇ。探知の裏をつく方法を知ってるんじゃないっすかね?」


「ぬぬぅぅ……どうにかならんのか」


 ヒウゥースの問いにヤイドゥークはポリポリとあごく。


「いやぁ……キツイっす。彼、魔法使いとしちゃそこそこですけど、詠唱開発は一流なもんで。さすがは元帝国魔法研究所の副所長、ってとこですかね」


「ち、見苦しい悪あがきを。なら普通に足を使って探せばいいだけだ。憲兵を総動員して住民へ聞き込みをさせろ!」


 それからヒウゥースは、果物の種をゴミ箱へ吐き出しているヤイドゥークに向けていた。


「ダンジョンに逃げた方はどうなった」


「いや、こっちも見つからないんですわ。単純に人手が足りないっすね。4階にいるのは分かってるんですが、そこまで行ける憲兵が少ないようで」


「むぅ……人手不足か」


「憲兵はダンジョンに潜った経験なんてないですしねぇ。難しいでしょう」


「…………………」


 たるんだあごに触れて思案するヒウゥース。

 そこへ直立したコイニーが口を開いて告げた。


「ヒウゥース様、もうひとつご報告が」


「なんだ、言ってみろ」


「ダンジョンを封鎖したことで、冒険者たちから不満が出ています。これでは日銭ひぜにを稼げない、ダンジョンで稼げないことによる損失を補償しろ……などと言って、押しかけた冒険者でギルドのロビーが塞がれています」


 問題というのは、えてしてこのように連鎖して生じるものだ。

 それに対してヒウゥースはすぐさま対応策を打ち出す。


「丁度いい、ギルドを通して依頼を出せ! ダンジョン内に逃げた連中の捜索を、冒険者どもに手伝わせればいい!」


 憲兵がダンジョン慣れして追えないのなら、ダンジョン慣れした者を向かわせれば良い。

 クラマ追跡の人手不足と、仕事のない冒険者の不満。

 これら双方を一挙いっきょに解決する一石二鳥の妙案みょうあんであった。


「承知しました。それでは失礼します」


 頭を下げて部屋を出るコイニー。


「じゃ、俺も眠いんで失礼」


 コイニーの後を追うように、ヤイドゥークは置いてあった果物を小脇に抱えて出ていった。






 ヒウゥースの部屋から出てきたヤイドゥーク。

 それを、先に部屋から出ていたコイニーはジロッとにらんだ。


「あんた食べ物を勝手に持ち帰るくせ、いいかげん直しなさいよ」


 ヒウゥースに報告している時とは一転した、ぞんざいな口調。

 相手によって自在に態度を変えるコイニーではあるが、こうしたあけっぴろげな態度で話すのはヤイドゥークが相手の時だけだった。

 ヤイドゥークとコイニー、ふたりは元奴隷仲間だった。

 ヒウゥースから裏の仕事を任される直属の配下たちは、その多くが元奴隷である。

 中でもヤイドゥークとコイニーは最古参の同期。

 意識としては同僚というより、家族に近かった。

 立場上はヤイドゥークの方が上だが、こうしてふたりきりになると口調に遠慮がなくなるのであった。


 素行を注意されたヤイドゥークは、しばらく考え……手にした果物をコイニーに差し出した。


「……食う?」


「バカ、誰も催促さいそくなんてしてない」


 と言いつつも、コイニーは奪い取るように果物をひっ掴んで、しゃくりとかじった。


「ん、おいし」


「だろ? いいもの食ってんだよ、あのオッサン」


「だからって勝手に持ってきていいって事にはならないけどね」


 シャクシャクと果物をかじりながら、ふたりは廊下を歩く。


「……ディーザが連中の仲間になるとは意外だったわね。しかも向こうには“怒れる餓狼”セサイルがいる……ここの警備、気をつけなさいよ」


 コイニーの忠告。

 ヤイドゥークはそれに対して、冴えない口調で異論を返す。


「んー……そっちは警戒しなくていいだろ。ディーザが何を知ってるかはこっちも分かるから、対策は立つ。“英雄”セサイルも数で囲めばいい。問題になりそうなのは……アイツじゃねえかなぁ」


「あいつ?」


「クラマとかいう地球人……アレはちょっと得体えたいが知れない。証言の内容も、拷問中の態度も……どっかオカシイ。見てて違和感しかない。こっちの予想できないおかしな事をやらかすとしたら、多分アイツだ」


「……………」


 コイニーは珍しく真面目なヤイドゥークの横顔を見た。

 果物を食べ終えたヤイドゥークは、ひらひらと手を振ってコイニーに背を向けた。


「まぁ、適当にやるさ。最低限の給料分はね」


 そうしてヤイドゥークの姿は、薄暗い地下室へと沈んでいった。



----------------------------------------


 追っ手を振り切ってティアのセーフハウスに逃げ込んだセサイルたち。

 元からティアひとりが潜伏するために用意したものなので、小屋は狭い。

 ティア、セサイル、ベギゥフ、ノウトニー、マユミ、そしてディーザの6人は、狭苦しい中で顔を突き合わせるような状態だった。

 そんな中で、ディーザが呪文を唱える。


「……オクシオ・センプル!」


 ディーザの魔法。

 定期的にディーザが使用する魔法により、マユミの中にある発信器の機能を無効化していた。

 ティアは丁寧ていねいに礼を言う。


「ディーザ様が発信器を無効化できて助かりました。がとうございます」


「ふん、地球人召喚魔法の詠唱も、探知魔法具も、すべてこの私が作り上げたものだ。この程度のことは造作ぞうさもない。……が、このままではすぐに心量が尽きるぞ」


「はい、承知しております。我々には時間がございません。一刻も早くヒウゥース邸へ忍び込んで、目的を果たさなければ……」


 首尾よくヒウゥース邸に潜入し、放送ができれば、後は逃げればいいだけだ。

 そのためにはディーザからの情報提供が不可欠となる。


「ディーザ様、ヒウゥース邸の地下に忍び込むために、何か良い方法はありませんか?」


 ティアの質問。

 ディーザは即座に答えた。


「そんなものあるわけがないだろう。お前たちは馬鹿なのか」


「……………………」


 にべもなく否定され、ついでにさりげない罵倒ばとうまで受けて、呆気あっけにとられる面々。

 ディーザは周囲の視線などまるで気にせず言葉を続けた。


「あの屋敷に常時詰めている使用人と警備員の計101人は、その全てがひととおりの訓練を受けた戦闘員だ。多くは奴隷の身分から引き揚げられた者達で、恩義からか何なのか知らんが、ヒウゥースへの忠誠心と指揮が異様に高い」


 それがティアを大いに悩ませた点だった。

 警備の隙をついて侵入するのに、最も効果的な方法は警備員の買収である。

 しかしヒウゥースがこの街に来てからというもの、外部から使用人や警備員を雇ったことがなく、聞き込み調査をしてもヒウゥース邸に勤める使用人たちの素性すじょうは知れず、隙と言える隙が見当たらなかった。


「そしてヒウゥース邸の地下には、連中を統率するあの男がびたっている。帝国時代からのヒウゥースの腹心……ヤイドゥークという魔法使いの男だ」


 聞いたことのない名前が挙げられ、セサイルが口を挟んだ。


「あんたがヒウゥースの腹心じゃなかったのか」


「……表向きはそうだったがな。私とヒウゥースは互いの利害が一致し、有能な私が組織のナンバーツーまで上り詰めただけのこと。本来、私と奴とは単なるビジネスパートナーに過ぎん」


「そのヤイドゥークってのは、どんな奴なんだ?」


「詳しくは知らんが、元はヒウゥースが何処かから買い取った奴隷だったそうだ。私ほど能力のある男ではないが……魔法の精度と危機管理と指揮能力だけは一流だ」


「……だけ?」


 だけ、とは一体。

 セサイルは言葉の定義を問い質したいところだったが、ディーザはそんな機先を制する怒鳴り声をあげた。


「それよりこんな場所で何をしている!? 発信器を無効化しようが、憲兵が捜査をすればすぐに見つかるんだぞ。さっさと街の外に脱出しろ! 私を連れてな!」


 正論といえば正論だったが、ティアはそれを否定する。


「……地下に潜った彼らを置いては行けません」


 とはいえ、ヒウゥース邸に潜入できないとなれば、もはやこの街に留まるのは危険しかない。


「ええい、こんなところにいつまでもいられるか! もう干しウォイブは食い飽きた! さっさと私の食事を調達して来ないか、この無能者どもが!」


「やっぱこいつ絞めていいか?」


「ぎぃええええええええ野蛮人ぎえええええ」


 果たしてどうするべきか。

 ティアの決断が迫られている。

 クラマ達と合流して国外へ逃亡するか。

 それとも合流を待たずに、先にこちらだけでも離脱するか。

 あるいは状況が変わることに期待して、このままねばるか……。


 そこへティアの盾に通信が入った。

 連絡を受け取ったティア。

 その目が驚愕きょうがくに見開かれる。


「え……? そんな、まさか……!」



----------------------------------------


 ダンジョン地下4階をクラマ達は逃げ回っていた。

 逃走開始から数日が経過した。

 ダンジョンでの生活経験のあるイクスのおかげで助かっているが、その心量も残りが心もとない。

 また、少しずつ増えてきた追っ手たちによって、ダンジョン内の逃げ道がせばめられていることもまた、由々ゆゆしい問題だった。


「見覚えのある顔が増えてきたね」


 クラマ達は通路を走りながら会話する。


「ええ、憲兵だけでは我々を捕らえられないと見て、ギルドを通して指名手配してきたようですね」


「はぁ~、やらしい事してくるわね~。しかし私たちもこれで、晴れてお尋ね者ってコトね」


「じゃあ、これでわたしたちもイクスとおそろいね! 賞金首仲間よ!」


「……ん」


 先頭を走るイクスが、わずかに口元をほころばせて頷いた。


「そりゃ助かるね。他の冒険者と遭遇した時に、誤魔化ごまかす手間がはぶける」


 クラマの小粋こいきなジョークも飛び出すが、それほど笑っていられる状況でもなかった。

 ……逃げ続けるのも限界だ。

 後方から追ってくる足音は振り切れる気配がないし、前方向からも人の声が届いてくる。

 包囲網が狭まり、追い詰められた。

 追っ手の声が白と緑の通路に響く。


「いたぞ!」


「追いついた! 挟み込め!」


 そしてとうとう、通路の前後から挟まれた。

 もう逃げられない。


「くっ、仕方ありません。囲まれる前に反転して――」


 剣を抜くイエニア。

 クラマは記憶を呼び起こすと……やおら壁に目を向けた。


「ここは……! オクシオ・ヴェウィデイー!」


 黒槍を掴んで詠唱を始めるクラマ。

 詠唱の間にも、間近に迫ってくる憲兵と賞金狙いの冒険者たち。

 彼らの手が届くより先に、クラマの詠唱が完了する!


「サウォ・ヤチス・ヒウペ・セエス・ピセイーネ――とどろけ! ヨイン・プルトン!」



> クラマ 心量:95 → 45(-50)



 直後、爆轟と鳴動!

 クラマが破壊したのは壁。

 敵が来る直前に、クラマたち一同は壁に開いた穴へと逃げ込んだ!


「ちぃっ、追いかけろ!」


 憲兵のひとりが穴のふちに手をかけ、くぐって通り抜けようとした時。

 ぬうっ、穴の向こうから緑色の顔が出てきた。


 小さくて丸いつぶらな瞳。

 びっしりとおおわれたうろこ

 出会い頭に顔を突き合わせた憲兵は、しばらく固まった後……


「うおわァ! 爪トカゲかよっ!!」


 慌ててのけぞる憲兵。

 さらに穴を通って、次々と爪トカゲクリッグルーディブが通路にあふれだしてきた!


「ゲェーッ! 爪トカゲの巣だァァァッ!!」


 大量に現れた爪トカゲの群れに通路は騒然となり、なし崩し的に激しい乱戦が開始された。




 イエニアを先頭にして爪トカゲの群れの中を一気に駆け抜けたクラマ達。

 爪トカゲ生産プールの場所を覚えていたクラマの機転により窮地きゅうちだっしたが、しかしそこで終わりではなかった。

 獣の群れを振り切った先に現れたのは、憲兵でも冒険者でもない第三の敵。

 ヒウゥース直属の配下たちだった。


「くっ、数が多い……!」


 ざっと10人近く。

 まともに相手ができる数ではなかった。

 地図を手にしたレイフが叫ぶ。


「逃げ道はこっちしかないわ!」


 レイフの差す方。

 そこは地下5階へと向かう道だった。

 顔を見合わせるクラマとイエニア。

 クラマが頷き、イエニアもそれに頷き返す。


「みんな、こっちだ!」


 クラマが先頭を走って仲間たちを導く。

 こうしてパーティーは、怒涛どとうの勢いでダンジョン地下5階へと突入した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る