第58話

 クラマ達はダンジョン地下1階、地下2階、そして地下3階を一足飛びに駆け抜けて、地下4階へと降り立った。

 これまで何度も行き来してダンジョンの進み方を知り尽くしているクラマ達とは違って、憲兵の多くはダンジョンに足を踏み入れること自体が初めてである。

 地下4階に入る頃には、クラマ達は追っ手を完全に振りきっていた。


「このあたりで一旦落ち着きましょう」


 というイエニアの言葉に皆が賛同して、休める場所を探して休憩に入った。

 地下1階から長いこと走り通しで、全員が肩で息をしていた。

 とりわけクラマの憔悴しょうすいがひどい。


「はー、はー……クラマ、大丈夫?」


「ああ……うん、だいじょう、ぶ……」


 その様子は大丈夫にはとても見えなかった。

 足の爪をがされただけでなく、足を機械で圧迫する拷問も受けていたクラマは、本来は立っているだけでもつらい状態だ。

 イエニアの肩を借りてここまできたが、傍目はためから見てクラマはもう限界だった。


「さすがに4階には本格的な装備もなしに入っては来ないでしょうから、しばらくはゆっくりできるはずです」


 そうしてクラマ達は座って体を休めた。

 クラマは靴を脱いで、血のにじんだ包帯を取り換える。

 念のためレイフがパフィーの魔法具を借りて、解毒魔法で化膿かのう対策を行う。


「…………………」


 痛々しい拷問のあと

 パフィーの手当てを受けるクラマの様子を、イエニアは目を細めてじっと見つめていた。


 クラマだけでなくイクスも足を負傷しているが、イクスは浮力を得る魔法具を使用しているので、走ることによる負担はほとんどない。

 それから水分補給や軽く食事もとって、全員が落ち着いたところで、イエニアが静かに口を開いた。


「クラマ、私はあなたに言わなければならない事があります」


 そう告げたイエニアの神妙しんみょうな声。

 覚悟を決めた眼差まなざしに、全員がただ事ではない気配を感じ取った。


「今まで隠し続けていた我々の秘密をお話しします」


 イエニアの宣言に、パフィーが心配そうにく。


「いいの? イエニア……」


「許しは得ていません。しかし私にはもう、これ以上クラマをだまし続けることができません」


 クラマに向き直るイエニア。

 彼女は包帯の巻かれたクラマの手をとって、まっすぐにクラマの目を見つめて告げた。


「クラマ、驚かずに聞いてください。私は本物のラーウェイブ王国第19王女、パウィダ・ヴォウ=イエニアその人ではありません」


「だよね」


「…………………………………………え?」


「ティアだよね、本物って多分」


 ……などと当然のように言ってのけたクラマ。

 予想だにしていなかった返しに、イエニアは目をぱちくりさせた。


「違ったかな?」


「え? え~……あ、はい。そうです、けど……………えぇ?」


 頭が真っ白になって、しどろもどろになるイエニア。

 見かねてレイフが助け舟を出した。


「クラマはいつ気付いたの?」


 その問いにクラマが答える。


「いや確証はなかったけどさ。最初に会った時から、ちょっと変だなと思ってて」


 最初に会った時。

 クラマ、イエニア、ティアの3人が初めて顔を合わせたのは、深夜にクラマがティアを追い回して、逆に取り押さえられた時のことだ。

 イエニアが驚愕きょうがくの声をあげる。


「あんな前からですか!?」


「うん。あのときティア……じゃなくてイエニアが……ええと、どう呼ぼうかこれ」


 ティアが本物のイエニアだとすると、果たしてどちらの名で呼ぶべきかという問題が生じる。

 呼び名に悩むクラマにレイフが提案。


「今まで通りでいいんじゃない? とりあえずは」


「そうだね。ええと……あのときイエニアはティアと夜中に会って話し合いする……って事だったらしいけど、ティアに話し合いをするそぶりがなかったんだよね。イエニアの意見を聞かずに、ティアが今後の方針を告げてどっか歩いて行っちゃって。一応みんなで話し合って決めて……とは言ってたけど、姫様の意向を聞かずに一方的に自分の意見を言って消える従者ってのはおかしいなって。そこでちょっと違和感があった」


「…………………」


 あまりに細かな違和感を語りだすクラマに、言葉を失う一同。


「もちろんその時点では、ちょっと変わった主従だなとしか思わなかったけど……入れ替わりを疑うようになったのは、イエニアが御前試合ごぜんじあいで優勝して騎士団最強の称号を手に入れた、って話をヒウゥースから聞いた時だね」


「ああ……あれは……」


 イエニアはここでようやく合点がてんがいった顔をする。


「それよりも前に、騎士団の中では自分はまだまだ……って事をイエニアが言ってたし。謙遜けんそんってことも考えられたけど、入れ替わりを前提に思い返してみるとに落ちることが多かったからさ」


 とこについても寝つきの悪いクラマは、考える時間が多かった。

 改めて疑ってかかると、出会った頃にイエニアの名前を呼んでも反応が悪かったり、わりと頻繁ひんぱんに言葉遣いが崩れたり、イエニアが雑な食事を好むのに対してティアが上品なものを好んでいたり……等々、小さな違和感は無数に見つけることができた。

 とはいえ、この程度では疑いを抱くにはあまりに弱い。

 ただ、ヒウゥースからモデルの依頼を受けた際。

 あの時のクラマ達の立場では、ヒウゥースの依頼は断りにくかった。にもかかわらずイエニアは、水着を着るのを強硬に拒否した。

 家の中でもかたくなに鎧を脱ごうとしなかったのも、当時は「目立ちたいから」という言葉で納得してしまっていたが、これらを合わせて考えると別の答えが浮かんでくる。

 なぜならイエニアとティアには大きな違いがある。

 それは――胸の大きさ。

 ふたりは背丈・年齢ともに近いが、そこだけは大きく異なっている。


「入れ替わりを僕がほぼ確信したのは、盾と槍だね。セサイルがイエニアを黒槍使いだと言ってて、ティアは黒槍を持ってダンジョンに現れた。それと一緒に正騎士しか持っていないはずの盾も」


 そして先日の夜の稽古けいこで、ティアはその類稀たぐいまれな槍術を見せつけ、さらにはクラマに向かって一対一なら誰にも負けないとまで言い放った。

 ここで今まで黙って聞いていたイクスが疑問を投げかける。


「でも目と髪の色は? イエニアとティアは色が違うでしょ」


 当然、真っ先に浮かぶ疑問だった。

 小国とはいえ騎士であり王女。

 直接目にしたことはなくとも、その容姿くらいは知っている者がいても不思議ではない。

 影武者をするなら、髪と目の色が違っていては話にならない。


 そして、この世界では瞳や髪の色を誤魔化ごまかすことはできない……という前提があった。

 コンタクトレンズは存在せず、髪を染めても何らかの力が働いて、すぐに戻ってしまうという。


「うん。まず目は改宗だよね。目立つのが好きなイエニアならオレンジじゃなく黄色い祭の神になるだろうし、博愛の神はティアの方がしっくりくる。髪の方は……かつらじゃないかな?」


 と言ってクラマはイエニアを見た。

 イエニアは何も言わず、ゆっくりと頭に手を当てると……ぺり、ぺり、とそこから音が鳴る。


 ばさりと茶色い編み込みの髪の毛がイエニアの頭からがされた。

 そうして現れたのは、とても短い金色の髪。

 その金色の短髪は、クラマには見覚えがある。

 深夜に忍び込んだ高級賭場で。


「その通りです。このかつらはイエニア様の……ティアの髪をそのまま使用しています」


「じゃあ、ティアの髪もかつらなんだね」


「はい、そうです」


「……エイトって本名?」


 クラマは尋ねる。

 一瞬、気まずい顔をしたイエニアだが……すぐに取り澄まして答えた。


「はい。……あの時にはもう気付いていたのですね」


「うん。確証はなかったけど、そうだろうなと思ってた。ティアにしては胸……あいや、体型が合わないし、ニーオ先生って線も考えたけど足の太さが違うし、そもそもニーオ先生が積極的に僕らを助けるのは理由が薄い。実際の戦闘を見てもイエニアしかないなって」


「そうですか……気付いて、いたのですね……」


「うん」


「気付いていたのですか……」


 イエニアはそっと両手で自分の顔を隠した。

 その体がプルプルと震えだす。

 よく見れば耳が真っ赤になっている。

 イエニアは震える声でつぶやいた。


「こんな……こんなはずじゃ……なかったのに……!」


 そんな背中をパフィーがポンポンと叩いて慰める。


「よしよし」


「う、うぅ……」


 イエニアは顔をおおった手を下ろして、クラマをじっと見た。

 まだ顔は赤いまま。

 ちょっとだけ涙のにじんだ、どこか恨みがましい目で。


「……クラマ。私は今、とても悲しいです」


「うん」


「あのですね、私はね、この日のためにね……ずーーーーーーっと打ち明けるのを我慢してきたのですよ」


「うん」


「いつか打ち明けられる日を想像して、頭の中で練習したりも……まあ、なかったわけではありません」


「そうなんだ」


「それがこんな結末では、あまりにあんまりだとは思いませんか? 率直そっちょくに言って悲しい、私はとても悲しいです」


「いや、なんというか……ごめん」


 なんだかクラマはとても悪いことをしたような空気を感じて、思わず謝った。

 イエニアは大きくため息をついて、力なくうなだれた。


「いえ……クラマは悪くありません。恨みがましいことを言ってしまって申し訳ありませんでした……しかし……しかし……うううぅぅーーー……」


「よしよし」


 イエニアの背中を叩くパフィー。


「うう……うああーーーーー、どうして~~~……」


 とうとう耐えきれずに、イエニアは倒れるように頭を抱えてうずくまったのだった。


 ……とはいえ、クラマに本名を告げたということは、実のところあの時点ではもう隠し通す気もなかったという事でもある。

 王国に8人しかいない正騎士。

 どこかでその名をクラマが知ってもおかしくはないのだから。


 しかしそれはそれとして、あまりに残念な種明かしであったからか。

 本気でへこんでいるイエニアの様子に、なんとも気まずい空気が流れる。

 クラマは流れを切り替えようと、イクスに話を振った。


「イクスもあんまり驚いてないけど、知ってたの?」


「……ううん。驚いたけど、納得した。前にカジノの裏で集まったとき、パフィーがティアのことイエニアって呼んでたから」


「ほほう、そんな事が」


 高級賭場『天国の扉』へクラマ達が潜入した際に、影ながら支援していた彼女たち。

 その際にちょっとした問答もんどうがあった。

 あのときパフィーが「ティア」ではなく「イエニア」という本来の名前で呼んだのは、「メイドのティア」ではなく「第19王女パウィダ・ヴォウ=イエニア」として、あなたは仲間を使い捨ての駒として扱うことをとするのか……という意味が込められていた。


 そんな話をしている間に回復したイエニア。

 彼女は気を取り直して、外したかつらをつけ直した。


「それでは私たちの……いえ、ティアの目的をお話ししようと思います」


「ようやく来たね。やっぱりあれ、僕が尋問を受けることを予想してたの?」


 ティアが今の今まで、ずっと己の目的をひた隠しにしてきた理由。

 先日の尋問では、クラマが本当に何も知らなかったために、相手のオノウェ調査に引っかかることもなかった。

 イエニアはクラマの言葉に頷いて同意する。


「はい。元々、パーティーを組んだ地球人に我々の目的を話す予定はありませんでした。しかし何度かダンジョンに潜ってクラマの人となりを知って……私やパフィーはクラマに本当のことを告げようとティアに提案したのですが……」


 イエニアの言葉をパフィーが横から継ぐ。


「納得できなかったけど、結局はティアの予想通りになったのよね。クラマは絶対にどこかで捕まる、って」


 そう言うパフィーは頬をふくらませて、今でも納得いかなそうな表情だ。

 クラマがレイフに目を向けると、レイフは困ったように笑う。


「私は賛成も反対もしなかったわね。感情的には思うところはあるけれど、ティアは賭けているものが違うもの。それに……誰かを犠牲にするっていうのは、その判断を下す人間も同時に苦しむものだから……私はティアを責められないかな」


「そうだね。僕もティアが悪いとは思わない」


 クラマはレイフの意見に頷いた。

 そして話はイエニアに戻る。


「どのタイミングで捕まるかまでは予想できなかったようですが……クラマの突発的な行動から、いずれ法に触れて再逮捕されると、ティアは読んでいました」


「いやあ……否定できないね、なんとも」


 いつか夢の中でパフィーの師に言われた言葉を思い出す。

 彼女らがクラマにその目的を明かせないのは、クラマ自身のせいだと。


「さて、それで我々の目的ですが……ひとことで言うと、地球人を救う事です」


「いきなり大きな話になった」


「正確には、このアギーバの街で召喚され、利用されている地球人を救うため……ですが」


「地球人を利用。たしか最初はダンジョン踏破のために地球人が必要ってことだったよね。……でも実際は攻略させる気がなくて、ダンジョン探索支援は街興まちおこしのための名目でしかない……って話だったけど」


「はい。その側面もあるのでしょうが、地球人召喚には、もうひとつ隠された目的があります」


 粛然しゅくぜんとして語るイエニアのたたずまいから、場の緊張感が高まるのをクラマは感じた。

 周囲のパフィーやレイフも真剣な眼差しを向けている。


 地球人召喚の隠された目的。

 この街に潜む裏の顔。

 ダンジョンに押し込められた真実。


 すべての根底が、ついに明かされる時が来た。


「まず前提として、地球人の召喚は国際法により禁止されています。異世界の民とはいえ人間を勝手に連れてくるのは人道に反する……ということで」


「そりゃまあ、そうだよなぁ」


 クラマはむしろ召喚されたことに感謝しているくらいだが、他の地球人から話を聞くに、帰りたいと思っている者の方が多いようだった。


「しかしこの国際法は、その成り立ちからして四大国が自分達の都合のいいルールを小国へ押しつけ、大国としての地位を盤石ばんじゃくにする目的で作られたものです。地球人召喚を禁止しているのも、地球人の運量により国家間のバランスが崩れる事を懸念けねんしたのでしょう」


「うーん。なんというか、どこでもあるんだねえ、こういう話は」


 既得権益きとくけんえきを確保するため力のある者がルールを決めて、ルールを納得させるために建前を掲げる。

 だが、たとえ建前であろうとも、正しい事なら異を唱えるわけにもいかない。


「国際法そのものが間違っていると言う気はありません。しかし問題は、現状それが守られていないことで……」


「普通に召喚してるからね、この街で」


「その通りです。ダンジョン攻略のためという名目で、堂々と。そして明らかな国際法違反であるにもかかわらず、四大国は見て見ぬふりをしています。……これは、この国と四大国との間で、裏取引が行われているからです」


 裏取引。

 地球人を違法に召喚している国と、大国との間でわされた密約。

 ここにきてようやくクラマにも察しがついてきた。


「その取引っていうのは、つまり……」


 と言って、自分自身を指さすクラマ。

 イエニアは神妙な顔で頷いた。


「……そうです。この街で召喚された地球人は、四大国へ密売されているのです」


 これにショックを受けたのはイクスだった。


「そんな……」


 元々、地球人を召喚するということ自体に難色なんしょくを示していたイクスである。

 さらにその上、知らず知らずのうちに非人道的な犯罪に加担かたんしていたという事実にイクスは強い衝撃を受けた。

 イエニアは続けて、踏み込んだ説明をする。


「地球人の召喚には大規模な施設と十数人の魔法使いによる長時間の詠唱が必要になります。隠そうとしても、魔力波によって必ずばれる。四大国が自ら制定した法を犯して裏で行うことは、内外の批判を受ける危険があり難しい……。そこで、中立国であるこの国が代わりに召喚を行い、四大国はそれを裏で買い取るという形にしたのでしょう」


 イエニアの説明通りならば、この街の目的はダンジョン攻略ではなく街興まちおこし――でもなく、ダンジョン攻略のためという名目で地球人を召喚し、それを売り払うことにあったのだ。

 人身売買。

 だいぶ昔、この世界に召喚された当初に、まるで人身売買されているようだとクラマは感じたことがあった。

 その直感が当たっていたというのは、なんとも皮肉なものだった。


「そういえばダンジョン探索を拒否した地球人がどうなるか……僕もちょっと調べたけど、ギルドがどこかに連れていった後にどうなるか、知ってる人がいなかったんだよね」


「はい。ヒウゥース邸に送られるようですが、ギルド職員もその後のことは知らないようでした」


「っていうと、この階で冒険者を襲っていた連中の目的も……」


「ええ、地球人を捕らえることが目的でしょう。地上で堂々と拉致らちすることは難しいですからね。ダンジョン攻略という建前を隠れみのにして、人の目が届かない地下深くに向かわせ……そこで狩る。おそらく邪教の信徒はヒウゥースの配下というわけではなく、ヒウゥースが地球人を得て、邪教の信徒は他の冒険者を得て悲劇の神への供物くもつとする。互いに利のある協力関係だったのでしょう」


「ナルホドね……ズルして儲けるために、いろいろ考えてるわけだ。まったく、たいした商売人だねホントに」


 ふと、クラマは心配そうな目でこちらを見るパフィーの視線に気がついた。

 クラマはパフィーを手招きした。

 近付いてきたパフィーを、クラマは膝の上に乗せる。


「わ。な、なに? クラマ?」


 そうしてクラマは、ぽんぽんとパフィーの頭を叩いた。


「大丈夫だよ。召喚された理由なんて何でもいい。そのおかげで皆と出会えたんだからね」


「クラマ……」


 臆面おくめんもなく、さらりとそんな事を言ってのけるクラマ。

 全員の顔に照れと、あきれと、安心感が入り混じって、張り詰めていた場の空気が緩まった。

 クラマはそれからイエニアに目を向けて言う。


「それに、それを何とかしようっていうのが目的なんでしょ?」


「ええ、そうです。今話したことは各国の首脳にとってはなかば公然の秘密でしたが、ティアはこれを良しとせず、四大国と中立国の癒着ゆちゃくと国際法違反……これを糾弾きゅうだんするべきだと国王に詰め寄りました」


 国王に対しても迷わず進言する。

 ティアの正義と信念が垣間見かいまみえる話だった。


「……しかし遺憾いかんながら、我がラーウェイブ王国は力の弱い小国。そのようなことをすれば、すぐ隣にある帝国からの圧力がかかるのは必至。最悪の場合は戦争となって、王国そのものが消されてしまう可能性すらあります。帝国だけならまだしも、四大国すべてを敵に回してはひとたまりもありません」


 仮に戦争にならなかったとしても、世界トップ4の大国から一斉に経済制裁を受けたのでは、もはや国家として立ち行かないだろうとクラマにも想像できた。


「小国は見て見ぬふりをするしかないのです。……ですが、彼女は納得しなかった。自分ひとりでも不正を暴くと言って、国を飛び出しました」


「……すごいなあ」


 その揺るがぬ信念に感嘆かんたんするクラマ。

 イエニアはそれに、怒ったような、不満のある顔を見せた。


「それはそうですが、無鉄砲すぎます。なので私も放っておけずについて来て……彼女が前々からえんのあったイードの森の魔女の所に行って、弟子であるパフィーを借り受けてこの街に来たのです」


「なるほどなあ。でもその時点で3人いたんだよね。そこからまた人を増やしたんだ?」


「はい。初めティアはこの3人でパーティー登録しようとしていましたが、私が止めました。さすがに姫様を矢面に立たせるわけにはいきません。……ダンジョンの中で何をやらかすか分かりませんし」


 愚痴ぐちっぽく語るイエニア。

 その話にパフィーがからかうように口を挟んだ。


「すごかったのよ、ふたりのケンカ。ぜんぜん会話にならないんだから」


「わ、私はおかしなことは言っていませんよ。向こうが頑固すぎるんです。放っておくと立場をわきまえずに危険な役をやりたがるんですから」


 そうやってティアに対する不満を漏らすイエニア。

 しかしその口調、表情には親しみが込められているのがクラマ達にも分かった。

 皆に微笑ほほえましい目で見られているのに気付いて、イエニアは咳払せきばらいをする。


「……ん、こほん。それでは話を戻しますよ。私とティアの目的というのは、この街で行われている地球人売買の事実を明るみにして、これ以上の被害者を出さないようにすること。そのためにティアには裏で証拠集めに動いてもらっていました」


 ティアが普段なかなか姿を見せず、いつでも忙しそうにしているのはそういう事だったのである。

 そこでクラマは気がついた。


「でも証拠はもう集まったよね? ディーザを証人にできるから」


 それに対して言いにくそうに口を開くイエニア。


「いえ、それが……ここからが本題なのです。先ほども言った通り、我々が証拠を集めて糾弾きゅうだんしても、大国の報復措置ほうふくそちにより我々の王国もただでは済みません。我々だけならともかく、王国の民まで被害をこうむるのはティアとしても本意ではありません」


 イエニアの言葉にパフィーが補足を入れる。


「国際法といっても、それを捜査する警察も、裁くための裁判所もないの。だから、ただ小国に圧力を与える口実としてしか機能してないって批判されているのよ」


「そういうことか。難しいね」


 浮き彫りになってきた真の敵。

 それは言うなれば、社会そのものであった。

 この世界における国際情勢。

 ただ正しいことを行うだけでは立ち行かない、複雑な現実社会としての問題がそこにあった。


執拗しつように食い下がるティアに、王は条件を出しました。それは……証拠だけでなく、世界中の世論情勢が後押しする衝撃的な内容の提示。……これが我々に課せられた難題です」


 これが、ようやく明かされた彼女らの目的。

 クラマがクリアしなければならないミッションの正体だった。


「……………………」


 口を閉じて思案するクラマ。

 代わりにイクスが口を開いて意見した。


「無理じゃない? どうするの?」


 率直な意見。

 率直ながら、それは当然の感想であった。

 あまりにも無理難題すぎる。

 イエニアもそれは否定しない。


「私も無理だと思っていました。ですので、最初は様子見しながら時間をかけて動く予定でした。……いえ、あえて言わせてください」


 イエニアはクラマに向き直って姿勢を正した。

 彼女は改まった様子で告げる。


「一度目の地球人召喚は、情報収集の時間を得るための捨て石にする予定でした。いざという時は見捨てても構わない。本命は二度目以降の召喚で、一度目の召喚ではまともにダンジョンを攻略するつもりはありませんでした。戦えないレイフをパーティーに入れたのも、一度目はダンジョン攻略を捨てて地球人との付き合い方を学ぶためです」


 苦しげに告白するイエニア。

 クラマの膝の上にいるパフィーも、泣きそうな顔で縮こまる。


「ごめんなさい……」


 クラマとレイフの視線が合う。

 照れ笑いを浮かべるレイフに、クラマは苦笑を返した。

 そして、パフィーの頭をわしゃわしゃする。


「ん……」


「わりと無理のある計画だと思うけどねえ、ふたりの性格的に」


「できると思っていたのです、その時は。小を殺して大を活かす決意……泥にまみれる覚悟はしていたはずなのですが……」


 クラマの顔をちらりと見るイエニア。


「………………」


 その視線に、にこっとクラマは笑顔を返した。

 イエニアは何とも言えない微妙な顔でため息をつく。


「はぁ……まったく、本当に……。まあ、見通しが甘かったのは間違いないのでしょう。それで、その無理難題を具体的にどうするかという事ですが……」


「私も知らないのよね、それ。どうするのかしら?」


 レイフも興味津々きょうみしんしんの様子。

 イエニアはそこで自らの盾を前に出して見せた。


「この正騎士の盾には、ふたつの魔法がめられています。ひとつは外敵からの攻撃を防ぐ防護の魔法。もうひとつは、正騎士の盾を持つ者同士で連絡を行う通信の魔法です」


 正騎士の盾で通信ができるというのは、クラマも予想していた通りだった。


「この通信魔法は、通常は音声のやり取りのみですが、陳情句ちんじょうくを入れることで風景の送受信も可能となります」


「ああ……そうか。なるほどね」


 クラマの中でひとつの記憶が繋がった。

 映像の送受信。

 世論を変えるミッション。

 そこに加えて、以前ティアと出かけた際の記憶。

 かつて路地裏で銀の鞭を買った後、その帰り道で画像を拡大投影する幻灯機やカメラの仕組みについて、執拗な質問攻めを受けたことがあった。


「あれー? 分かったのクラマ?」


 こちらの顔をのぞき込んでくるレイフに、クラマは答えた。


「うん。暴露放送だね。全世界に向けて」


 驚いた顔を向ける一同。

 イエニアも例外ではなく目をいた。

 しかしクラマがどうして分かったのかはともかくとして、なんとなくクラマなら分かっていても不思議じゃないような気がしたので、イエニアはすぐに驚きから立ち直ったのだった。


「えー……その通りです。盾の通信魔法で映像を送信し、世界各国で人の多い場所に映し出す。すでに6人の正騎士はティアが設計した映像の拡大投影機を持って、各国の都市部で待機しています」


 他の正騎士が動いているということは、国王の許可を得ているということだ。

 後顧こうこうれいはない。

 あとは生放送を開始して、ヒウゥースを炎上させるだけ。


「いやあ……なんというか、すごい段取り力を感じるね。ここまでティアの作戦通りに来たわけだ」


「ええ。しかしティアの力だけでは、ここまで来られなかったでしょう。クラマのおかげで先へ進めない閉塞状況へいそくじょうきょう打破だはできたと、彼女は言っていました」


「そうかな?」


「はい。それと同時に、クラマのせいでストレス性の胃痛が日常になったとも」


「オゥ……」


 クラマが自分のひたいに手を当ててのけぞる。

 イエニアはクスリと笑った。

 すぐに気を取り直したクラマは、イエニアに向かって尋ねた。


「さて、それで具体的にはどうするのかな? ショッキング映像の撮影会は」


「はい。これまでの情報から、ヒウゥース邸の地下に地球人が捕えられていることが分かっています。ですので、そこへ踏み込んで放映……という事になるかと思いますが……」


「具体的なプランはまだ?」


「ええ……警備が厳重なので。良い潜入方法がないか、ディーザから聞き出せればいいのですが」


 突入するだけなら、ティアの黒槍があればできる。

 壁を破壊して入ればいいのだから。

 しかし、世間に衝撃を与える映像を流すとなると、ある程度まとまった放映時間が必要だ。

 仮にその間をしのぎきったとしても、放送している間に憲兵を集められてしまうと脱出は難しい。

 そんな自爆特攻のような計画では、セサイル達の協力も得られないだろう。


「……地下にあるんだよね? じゃあダンジョン地下1階から行くのは?」


「それもひとつの手かと。しかしヒウゥース邸は屋敷の中にも警備がいますから、地下であっても壁を破壊するとなると、やはり放送中に囲まれることに変わりはありません」


「微妙な賭けになるか。地上からうまく忍び込めるようならそれでいいし、最後の手段かな」


「ええ。とりあえず今は……」


「ティアからの連絡が来るまで、ダンジョン内を逃げ延びること……だね」


 イエニアは頷いた。






 こうして長く長く暗闇に覆われていた謎が、クラマの前に明らかとなった。

 ついに開示されたパーティーの最終目的。

 それはダンジョンの踏破ではなかった。

 クラマが打ち勝つべきは、この社会。


 世論を変える。

 世界中の人々の心を変える。


 言うなればそれは、世界を変えるということである。


「いや、たいへんな話になってきた」


 クラマは苦笑しつつひとりごちた。

 自分ひとりを変えることすら、ままならないというのに。

 本当にそんなことが可能なのかどうか。




 目標は見えたが先行きは見えず。

 果たして彼らの進む先に光明こうみょうがあるのか。


 ……いずれにしても幕引きは近い。

 それぞれが歩んだ運命の軌跡は、じきに結末に向かって収束しようとしている。


 さて、残った謎はただひとつ。




 ――僕は、どうしてここにいるのだろう?――

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