第57話

「隊長、裏口もすべて、包囲完了しました」


「……よし、突入するぞ! 続け!」


「はっ!」


 クラマ達の貸家かしやへと突入した、完全武装の憲兵たち!

 玄関に足を踏み入れた彼らの耳に、男の声が一階奥から届いた。


「やばい、もう来た! みんな早く!」


 憲兵は目線で合図し、声のした部屋に踏み込む!

 するとそこには――床に開いた穴から上半身だけを出したクラマの姿が。


「き、来たぁ! やっぱり全員で降りるなんて無理だったんだって!」


 情けない声をあげて騒ぎたてるクラマ。

 それを確保するべく、憲兵は手を伸ばす!


「ウワァーッ! もうだめだ、捕まるぅ~!」


 憲兵の手がクラマに触れる直前。

 ストン、とクラマの頭は憲兵の手をすり抜けて、穴の中へと落ちていった。


「……ちっ!」


 舌打ちする憲兵。


「どうします、隊長?」


「ひとりは屯所とんしょに戻ってダンジョン探索の物資と増員を手配! ひとりは冒険者ギルドへ指名手配と人集めを……あと2人がここに残って、人が入らないよう封鎖! 残りは全員降りて奴らを追うぞ!」


「はっ!」


 隊長の指示に従って素早く行動に移る憲兵たち。

 15人の憲兵が順々に、床に開いた穴からダンジョンの中へと降りていった。






「……行ったみてえだな。残ったのは2人か」


 そうセサイルが呟いたのは、貸家の屋上。

 全員がダンジョンに降りたと見せかけて、セサイルのパーティー4人とティア、そしてディーザを合わせた計6名が、この屋上に隠れてやり過ごしていた。

 ダンジョン内に逃げたのはクラマ、イエニア、パフィー、レイフ、イクスの5人だけだ。



『この大人数じゃ、憲兵を振り切っても逃げ込める場所がない。二手ふたてに分かれよう。ダンジョンの中と外に』



 ……これがクラマの提案だった。

 振り分けは、全員がダンジョンに慣れているクラマのパーティーがダンジョン内へ。

 ダンジョン慣れしていないセサイルのパーティーと、ティア、ディーザが地上。ティアは正騎士の盾でイエニアと連絡をとれるのもポイントだ。

 ひとまず憲兵の目を誤魔化ごまかしたセサイル達。

 しかしこの後どうするかという課題が残る。


「さぁて、どうするか。俺らの宿には戻れねえだろうしな」


 クラマ達とセサイルの関わりは調べられていると考えるのが無難だ。

 なので、どこか別に隠れられる場所を探さなくてはならない。

 そこへティアが皆に告げる。


「ご心配なく。こんな事もあろうかと、セーフハウスをいくつか用意してございます」


「用意がいいじゃねえか。オーケー、それでいこう。案内してくれ」


「はい、かしこまりました。皆様、ついて来てください」


 そうしてティアを先頭に、屋根の上からゆっくりと降りていく一同。

 外にいる憲兵に見つからないよう、暗闇の中を抜き足、差し足……。

 というところで、不意にマユミの足元でバキッ! と音が鳴った。

 音に気付いて見上げる憲兵!


「ん……? あっ、なんだあいつら! 上に残ってたのか!」


 あえなく見つかってしまった。


「こっ、この中じゃ私は軽い方でしょ!? なんでぇぇ!?」


「一点に負荷をかけない重心の移動っつーのがあってだな……まあいい、逃げるぞ!」


 見つかってしまっては、もう忍び足をする意味もない。

 セサイル達は一斉に屋根から飛び降りる。

 涙目のマユミを引っ張り、彼らは憲兵の追跡を逃れるべく夜の街を駆けた!






 闇夜の街を走り続け、これならなんとか憲兵をけそう……とセサイル達が思いかけた頃。

 道の先で待ち構えている者達がいた。

 その姿を見たディーザが叫ぶ。


「あれは……ヒウゥース直属の部隊だ!」


「逃げそうな場所に配置してやがったか。ったく、どんだけ段取りがいいんだよ」


 軽快に皮肉を吐きながらも、セサイルはにがい顔をする。

 遠目からでもセサイルの目には判別できた。

 敵の立ち姿、その雰囲気から、その辺の冒険者よりもだいぶ手強い連中だということを。

 走りながら、どう乗り切るかと思案するセサイル。

 ……そんな時だ。

 そのセサイルの隣をベギゥフが追い抜いた!


「おれは、たるんでいた」


「あん?」


 前触れもなくいきなり語り出したベギゥフ。

 次の瞬間ベギゥフは、猛然とダッシュをかけて敵陣に突撃した!

 待ち受ける敵から、当然のように突き出される剣の刺突!

 ベギゥフはそれを紙一重で回避。

 そして回避と同時に、突き出された敵の腕を両足ではさむように飛びつき、相手を地面に転がした!

 すぐさま相手の腕を離して立ち上がるベギゥフ。

 ……しかし、相手は起き上がれない。


「ぐわああぁぁぁっ……!」


 悲痛なうめきが夜の街を通る。

 ベギゥフに転がされた相手は、肘から先がおかしな方向に折れ曲がっていた。


 ベギゥフは相手を転がすと同時に、関節を極めてその腕を一瞬にして折っていた。

 あまりにも鮮やかな関節技。

 その一連の動作には一分いちぶよどみもなく、無駄なく、機械のように精密だった。

 セサイルがヒューッと口笛を吹く。


「あのバカ、何があったか知らねぇが本気になりやがった。ダンジョンじゃ組み技が使えねぇってんでくさってやがったのによ」


「全盛期にはまだ遠い……が、丁度いい! お前ら、おれの勘を取り戻すのに付き合ってもらうぞ!」


 ベギゥフは腰を低く落として構えをとる。

 その筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの肉体から発せられる威圧感と、それと相反あいはんするように冷え切った氷の眼光。

 ヒウゥースの配下たちはベギゥフに気圧けおされ、思わず一歩引いた。


「あいつの手が届く範囲に入った時点で終わりだ。人間の形をしてる以上、あらがすべはない」


 そう言ってセサイルも敵陣に切り込む!

 セサイルとベギゥフの2人は数の差をものともせずに、真正面から圧倒していく。


「うおおっ、なんだこいつら! 強いぞ!?」


「ふははははっ! これはいい練習相手だ! 相談もなしに勝手にでかい依頼を受けやがった時は、どうしてやろうかと思ったが!」


「またその話か。悪かったっつってんだろ、報酬がデカすぎたんだよ」


 などと会話を繰り広げながら、セサイルとベギゥフのコンビは次々に敵を薙ぎ倒していった。

 相手も決して弱くはない。

 この街の冒険者と比べれば上位に入るだろう。

 しかしこの2人、とりわけセサイルの実力は格が違った。

 そうして全ての敵を打ち倒した時……


「うわあっ! き、貴様、何をする!?」


 後方にて突如あがった悲鳴。

 なんと片腕を折られた男が起き上がり、ディーザの首元に剣を突きたてていた。

 セサイルは隣のベギゥフに目を向ける。


「おいおい……ちゃんとオトすか両腕折っとけよ」


「まだ勘が戻らんのだ。おまえが練習に付き合わんのが悪い」


「練習で迷わず折りにくるバカに付き合ってられるかバカ!」


 そんな話をしている2人にディーザが叫ぶ。


「貴様ら何をしている! 早く私を助けないか!」


 助けたくねぇ~。

 セサイルとベギゥフは互いにそう思った。


 が、だからといって見捨てるわけにもいかない。

 ティアはセサイル達に謝罪する。


「申し訳ございません、気がつくのが遅れました」


「いや、このハゲも悪い。さて、どうしたもんか……」


「ハゲのせいじゃない! 悪いのはおれだ!」


 ハゲと己の同一化を否定するベギゥフ。

 ……軽口はともかく困った状況になった。

 ここで時間をかければ憲兵が集まってしまう。

 憲兵から依頼を受けた冒険者が敵になる可能性もある。

 すぐにディーザを取り戻してこの場を離れなければならないが……


 と、思案していたところへ、響いてきたのは馬が大地を駆ける足音。

 セサイル達からすれば、人質となったディーザ達の奥から。

 地響きとともに迫ってくる馬。

 その上に乗り手綱たづなを握るのは――ケリケイラだった。


「いぃぃーーーやっはーーーーー!!」


 馬で通り過ぎざま、ケリケイラのラリアットがディーザもろとも敵兵を吹っ飛ばした!


「ごばぁーーーーーーっ!?」


 強烈なラリアットを受けたディーザは、空中できりもみ回転した後、セサイル達の前に顔面から着地した。






 ケリケイラの腰に手を回し、馬に同乗しているメグルが叫んだ。


「ねえ、今のって賞金首が人質にとられてたんじゃないの!? 吹っ飛ばしちゃったらだめなんじゃない!?」


「あれー? そうですかねー? まあいいでしょー!」


 そんな適当なことをのたまうケリケイラ。

 その表情、その声は、今までメグルが見てきた中で最もさわやかで、最も嬉しそうな様子であった。






 ……地面に倒れ、口から泡をいて痙攣けいれんするディーザ。

 それを見下ろすセサイルら一同。


「なんだったんだ今のは」


「どっかで見たような気がするが……」


 なんともいえない気分で顔を見合わせる男たち。

 誰もが呆気あっけにとられる中で、ティアは冷静にディーザを抱え上げて言った。


「今のうちです。行きましょう」


「……おう、そうだな」


 ベギゥフがティアからディーザを受け取って担ぐと、一行はティアの用意したセーフハウスへ向かう道を急いだのだった。

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