第56話
時刻は夜。
数時間に及ぶ“尋問”をその身に受けたクラマは、薄暗い
「2回もココに来た地球人はオマエが初めてだよ。何なのオマエ。おれのこと好きなの?」
クラマは両手両足を縛られて、石の床の上に転がされていた。
そんな状態でもクラマは笑みを浮かべて答える。
「そうそう、きみに会いに来たんだよ実は」
「バーッカ! 男に言われたかねェわ、気持ち悪ぃ!」
そんなことを言いつつも、看守の男はどこか楽しそうに口元を
「ったく、本当に
看守は倒れたクラマをちらりと見る。
以前ここに来た時とは違って、クラマの顔に殴られたような跡はない。
しかしその代わりに、後ろ手に縛られた両手の先……その指先には、爪がひとつも残っていなかった。
「いやあ、初めてじゃないしね、こういうの」
「どういう暮らしをしてきたんだよ……そんなアブネェ世界なのかよ、地球ってのは」
「いやいや、普通だよ普通」
「オマエが普通だったらヤベエだろ! どんだけ荒廃してんだ!」
「アッハッハッ」
そんな調子で看守と談笑するクラマ。
しばらくすると時計を見た看守が思い出したように言ってくる。
「おっと時間だ。おら、適当に願いを吐きだせ」
看守は定期的にクラマの運量を
「そうだなあ……エグゼ・ティケ。この留置場にあるランタンの灯りがどれかひとつ消えますように」
> クラマ 運量:51 → 0/10000(-51)
「地味な嫌がらせしやがって。めんどくせぇ。しっかし普通、地球人の犯罪者が来てもここまでしねぇんだけどな。だいたい口を塞いでどっか連れてっちまう」
「そうなんだ。そういえば前もどこかに連れて行かれそうになったなぁ……どこに連れて行かれるか知ってる?」
「知らね。ここから出された地球人は二度と姿を見かけねぇからな。どっかで殺されて埋められてるって噂だ」
「へえ~……」
そんなクラマの様子に看守は違和感を覚えた。
「……オマエ、なんか暗くね?」
「え? そう?」
「前はどーにでもなれって感じで、ノーテンキ丸出しだったろうが。オマエみたいなのは珍しいから、よーく覚えてんだよ」
「そう……そうだね。確かに前はどうなっても良かった。でも……」
クラマが以前ここに捕まった時は、自分がどうなろうとも構わないと思っていた。
だが今のクラマの心境は、その時とは違う。
「僕は……こんなところで終わるわけにはいかない」
クラマは静かにそう呟いた。
とはいえ今のクラマに出来ることなど、定期的に吐き出す運量で施設内に小さな隙を作ろうと試みるくらいしかないわけで。
“尋問”による炎症で熱を帯びてくる体を冷たい床に押し付けながら、クラマは脱出の機会を
それからしばらく
看守はだいぶ長いことクラマと話していたが、今は机に向かって書類仕事をしている。部屋の扉が開かれ、別の看守が入ってきた。
クラマは脱出の方法を考える。部屋に入ってきた男が机にカップを置く。
看守との話でこの施設の
今のクラマにできることは、体力を回復して機会を待つこと。看守の男が机に突っ伏していびきをたて始めた。
イエニア達が仮に保釈金を用意できても、それではもう釈放されない。後から入ってきた男が看守の腰に下げられた鍵の束を奪う。
ならばここに直接助けが来るはず……いや、既に近くへ来ているかもしれない。クラマは耳を
それにしても
そんなことよりクラマは静かにして欲しかった。
「……って、ちょっと待った。ノウトニー?」
「そうですとも! ああ、このまま朝を迎えるまで独り言に
クラマは
看守の制服を着たノウトニーが突如として目の前に現れたのだから。
「ふふ……驚いておりますな、無理もない。これは我が魔法具、ピックドウォーブ・アトゥーヒによるものです」
ノウトニーは懐から
「
「ほほーん、それはすごい便利だね」
そういえばさっきから視界の
しかしこんなことができるのであれば、どこにでも侵入したり、または奇襲したりもできるのでは? とクラマは思いついたが……
「そう思うでしょう。しかし実のところ、万能には
「確かに、そういえばそうだね」
「また、しっかりと周囲に溶け込むには変装と演技力が不可欠。私には演劇の経験がありますが……それでも警戒されている場所では安心できません。それから、オノウェ調査にも無力です」
だいぶ
「……が、しかし私にとっては最高の魔法具なのですよ! これのおかげで私は獣に襲われることなく、戦士たちの活躍をすぐ傍で目に焼き付けることができるのですから!」
吟遊詩人ノウトニー。
なるほどまさしく彼のためにあるような魔法具だ、とクラマは
そうしてノウトニーはクラマの縄を切り、クラマはノウトニーの肩を借りて立ち上がった。
「さてさて、話し込んでいる場合ではありません。手早く脱出すると致しましょう」
「そうだね。でもその前に……」
「その前に?」
それに対してクラマは……
「ちょっと寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」
にっこりと笑って、そう言った。
ティアはこの街に来てからというもの、たいへんな苦労を重ねてきた。
寝る間を惜しんで様々な場所に潜入し、情報収集に明け暮れる毎日。
正体を隠して、地道に地道に少しずつ……。
怪しまれないよう、証拠を残さないよう
しかし警備は固く、支援もなく、敵地のただ中では有効な手立てもない。
手詰まりとも言える状況だった。
それでも
だというのに。
「たっだいま~」
「おかえりなさい、クラマ!」
「おうっと……」
パフィーの突進を受け止めるクラマ。
留置場に入れられたクラマは、ノウトニーの協力によりパーティーのもとへと帰還した。
しかし、その背後にいる人物に場が騒然となる。
「く、クラマ、その人は……!」
イエニアも驚き、警戒する。
「ああ、なんか留置場にいたから連れてきたんだ」
平然とそんなことを言ってのけるクラマ。
全員の視線を集める、その男。
「……何を見ている、貴様ら」
この街における二番手の権力者。
地球人召喚施設長、ディーザであった。
地道なティアの苦労。
それをぶっちぎって結果を持ってくる、クラマの剛腕。
もう何度目になるか分からないが、それでもティアはくらりと
サクラ達は診療所にいるので、ここにはいない。
一同はまずディーザから話を聞くことにした。
それにより、ワイトピートとの戦いを終えたクラマ達を襲ったのがディーザの配下で、更に後からそれを襲撃してきたのがヒウゥースの配下だったことが分かった。
「後から現れた人たちは冒険者ではなさそうですね。冒険者の
「奴らはヒウゥースが帝国で奴隷商をしていた頃からの、直属の配下だ。裏の仕事を専門にしていて、表向きの役職を持つ者は少ない」
代表してイエニアがディーザと話している。
そこへ横からレイフが口を
「なんだかいろいろ教えてくれてるけど、信用して大丈夫なの? この人が雇った冒険者に私たちは襲われたんでしょ?」
それに答えるのはクラマ。
「ヒウゥースに切られた彼には、僕らに協力するしか生き残る道がないからね」
そう言うクラマはパフィーから手当てを受けている。
両手に加えて両足の爪まで
さらにクラマの上半身の服を脱がすと、クラマの背中は鞭で打たれたミミズ
「ひどい……」
「……!」
これにはイエニアも目を見張る。
「あはは、大丈夫、大丈夫。これくらい」
見かねてレイフやイクスも手当てを手伝う。
ティアが話を戻すために口を開いた。
「信用ができないのであれば、取引と考えれば良いかと。彼はこちらに情報を提供する、我々は彼の身の安全を確保する。その方針でいかがですか?」
ティアの提案に、ディーザはメガネをクイッと押し上げながら返答した。
「ふん……
「なんでこんな偉そうなんだこいつ? ちっと絞めていいか?」
「ぐわああああああ何をする野蛮人めが!」
絞めていいかと聞きながら答えを待たずに関節を極める男。ベギゥフである。
そのドタバタした騒ぎをセサイルの声が
「おい、静かにしろ」
セサイルは窓から外の様子を
彼は鋭い視線で窓から目線を離さず、皆に告げる。
「囲まれてるぜ。憲兵がざっと20人……ってところか」
「え……」
その言葉に一同がざわつく。
「対応が早すぎるな。こいつはどうやら、泳がされたか」
セサイルの分析に、ティアが言葉を繋げる。
「なるほど。オノウェ調査でも尋問でも思った結果が出ないので、あえて逃がして
「おお! どうりで警戒が薄いと思いました……ハハハ、向こうもなかなか面白いことを考えるではないですか!」
「ちょ、面白くないでしょ! ど、どうするんすかこれ……!?」
慌てて取り乱すマユミ。
突然の
彼女らは当然のように、一様にクラマへと目を向けた。
パフィーの手当てを受け終わったクラマは、ひとつ
「うん。じゃあ、こうしよう」
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