第55話

 ディーザが執務室で書類仕事をこなしていると、突如その扉が乱暴に開かれた!


「ディーーーーーーーザッ!!」


 ディーザの前に現れたのは憲兵を引き連れたヒウゥース。

 ヒウゥースはディーザを見るなり、ニカッと笑みを浮かべた。


「ヒウゥース……様! なぜここに……!」


「ディーザァァァ……! 悲しい、私は悲しいなァ! あれほど目をかけていたお前を! 自身の右腕を! 自ら処断しなければならないとは!」


 そう告げるヒウゥースのそぶりは全く悲しそうには見えない。

 むしろ楽しそうに明々朗々めいめいろうろうとした声を執務室に響かせる。


「な……いったい何を言っているのか、私には……!」


「ディィィーーーザ!! ない! ないんだよ、お前には! そう……人望が!!」


 言って、ヒウゥースは逮捕状を取り出すと、大声で読み上げた。


「公人がギルドを介さず冒険者と私的な契約を交わした罪! また、その冒険者に命じて他の冒険者へ危害を加えようとした罪! そして……評議会議長の殺害および国家転覆こっかてんぷくくわだてた罪! すべて! 簡単に! ……しゃべってくれたよ、お前が地下に送り込んだ冒険者たちがねぇ……!」


「ぐ……ば、ばかなッ……!」


 ディーザは愕然がくぜんとした。

 手下をダンジョンに送り込んでから一日と経っていない。

 地下で何か冒険者どもがポカをして捜査が行われたならば、こんなに早く逮捕状が出るわけがない。

 いや、そもそもそうなったらディーザの耳に入らないわけがない。

 ……これらの状況から導き出される答えはひとつ。

 最初からすべてディーザのくわだてはヒウゥースにバレていて、手下を地下に差し向ける決定的証拠が出るまで泳がされていたという事だ。

 開いた口の塞がらないディーザに向けて、ヒウゥースは大きくため息をついた。


「ふぅー……その反応……うまく隠していたつもりだったのか……甘い! 甘いんだよ、ディーザ! いくら地位と仕事を与えてやったところで……はした金をつかませ! 恨みを買い! どうして裏切られないなどと考える……?」


「ぐ、ううううぅっ……!」


 ディーザは職務遂行能力が非常に高い。

 稀有けうに有能な人物である。

 しかし、彼に恨みを持つ者は多い。

 その特殊な平等観により、不当な“取り立て”を受けた者は数知れない。

 価値観が人と違っているがゆえに、ディーザは自らの行為に疑いを持たない。

 自身の横暴な振る舞いをやましいと感じていない。

 ……そこで、口止めとして握らせる金額に齟齬そごが生じてしまうのだ。

 ディーザにとっての「妥当だとうな額」は、“悪事が露見ろけんする事によるリスク”としか相殺そうさいされない。

 相手に握らせる額に、“ディーザに踏みにじられたプライド”の分が入っていないのだ。

 裏切り、密告は必然だった。


「……けるな」


「んん~?」


「ふざけるなッ! 貴様、今まで何もせずにのうのうと……! 私がやらねば誰があの地球人、クラマ=ヒロを止められる!? 貴様の無能のツケを私がっただけだろうが!!」


 ディーザの反論。

 それに対してヒウゥースはあきれたように首を振った。


「やはり駄目だなお前は。こういう時はな、とりあえず捕まえてしまえば、後は適当な余罪をつくろってどうにかなるのだよ」


「ぐ、最初に釈放しゃくほうしたのは貴様だろうが!」


「あれは取引さ。しかし、それ以降も怪しい動きをするようであれば遠慮することはない」


「だが、だが今は隣町の記者に注目されている……下手な動きは……」


「記者? んん?」


 にや~っと得意げな顔を見せるヒウゥース。


「私の“友人”のことかね? いいや、ここ数日ですっかり仲良くなってしまってね。もう古くからの親友のようだ! 彼らとは、今後ともいい付き合いをしていけると思っているよ……!」


「ッ……!」


 ディーザの背筋に震えが走る。

 ここのところ頻繁ひんぱんに行われていた、記者に対するヒウゥース直々の接待。

 あれはただ「大人しくしてもらう」などといった程度のものではなかったのだ。

 邪魔者を排除するのではなく、自らの勢力の内に取り込む。

 この感覚がヒウゥースのきん出ているところだった。


 現在の情勢を見て必要なところに惜しげもなく資金をぎ込み、敵対者に先んじて動き、場を制する牽引力けんいんりょく

 自らの行動のかせとなる要所を的確に把握し、解決する経営センス。嗅覚きゅうかく


 一代で国内第一位の財を築いた怪物経営者。

 ヒウゥースという男を甘く見ていたことを、ディーザは痛感した。


「ば……ばかな……無能は私……いや、私は無能では……」


「連れて行け」


「はっ!」


 ヒウゥースに命じられた憲兵たちがディーザを拘束した。


「やめろ貴様らーっ! 私を……私を誰だと思っている!? 離せっ! ふざけるなーっ!」


 両腕を後ろに回され、じたばたと見苦しく両足をばたつかせながら、ディーザは屈強な男たちに引きずられていった。

 それと入れ替わりで執務室に入って来た男が、ヒウゥースに耳打ちをした。


「ほう? ようやく起きたか、あの地球人が……」


 ヒウゥースは貫禄かんろくのある笑みを浮かべると、外に向かって歩きだす。


「では私が直接、話を聞いてみるとするかな。ディーザとは違うところを見せてくれよう」



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 地球人召喚施設から、馬車に乗って留置場りゅうちじょうに来たヒウゥース。

 馬車を降りたヒウゥースはすぐさま取調室とりしらべしつに顔を出す。

 圧迫感のある狭苦せまくるしい部屋。

 中には記録係の男と尋問係の魔法使い。

 そしてその2人とは小さな机をへだてて向き合う形で、椅子いすに縛りつけられたクラマがいた。


「久しぶりだねえ、クラマ=ヒロ君。あれから元気にしていたかな?」


「おかげさまで。あなたのおかげでイエニアの水着姿をおがめたからね、感謝してますよホント」


「ほ! それはうらやましい! それなら感謝の心で取り調べに協力して貰えるとありがたいのだが……」


「え? 協力? してるしてる。何でも答えるよ僕。どんどん聞いて」


 そのクラマの返答に、怪訝けげんな顔をして尋問係の魔法使いに目を向けるヒウゥース。


「そうなのか? ヤイドゥーク」


「あー、ヒウゥース議長閣下。そいつがですねー……なんと申し上げましょうか……まあ、もう一度やるんで見ててください」


 どこか気だるげな細身の男、ヤイドゥーク。

 彼はヒウゥースがこの国に亡命する以前、帝国にいた頃からの側近そっきんのひとりである。

 決して表には出て来ないが、ヒウゥースにとっての本当の右腕は、ディーザではなく彼であった。

 ヤイドゥークは取り調べ用の心音・感情検知魔法を詠唱した。


「……オクシオ・センプル、っと。それじゃあ、これで嘘ついたら分かるんで、もう一回質問に答えてちょうだいよ」


「はいはい、もう一度ね」


「えー、まずは……冒険者ギルドの規約に違反する行為をしている?」


「ありえないね。僕はそういう不正が嫌いなんだ」


「心音、感情に揺らぎなし……と。んじゃ次。冒険者ギルドや政府の内情について調べたことがある?」


「あるよ。ディーザってやつは冒険者ギルド経理役のコイニーと不倫してるんだよ、ここだけの話。あとコイニーの友達でギルド受付をしてるリーニオは、酒癖が悪い。めっちゃ悪い。やばいよ。気をつけて」


「酒癖悪いってのはよく聞くわ。ま、それはともかく……ディーザも今となっちゃあ、この留置場のお仲間だけどな。……で、これも揺らぎなし。んじゃ次の質問。後ろめたい事があるなら今のうちに言うよーに」


「イクスのパンツを穿いてしまったことは秘密にして欲しい……でも直接じゃないんだ! ズボンの上からだから……本当に」


「これも揺らぎなし。……そのイクスってやつは賞金首だけど、なんで一緒にいた?」


「賞金首だとは気付かなかったね! おなかすいてたところに出会って、ご飯をあげたら餌付えづけ成功したみたいで、なんかついて来た」


「揺らぎなし……と。こんなもんですわ。どーも何を聞いても引っかからんもんで」


 お手上げですわ、とばかりに肩越しに振り向いて両手を広げるヤイドゥーク。

 するとヒウゥースはそれまで顔に張り付けていた笑みを捨てた。

 ズン、と椅子に腰を下ろして、机越しにクラマへ顔を突き合わせる。


「頭を働かせて……嘘にならない答え方を探して尋問を切り抜ける。なかなかさとい地球人だ」


 ヒウゥースの鋭い眼光がクラマの両目を射抜く。


「だが、それもここまでだ。ヤイドゥークよ、ここからは質問ではなく、直接オノウェ調査をしろ」


「了解」


 直接オノウェ調査――!

 これは効率をまったく度外視した、取り調べにおける最終手段である。

 一度の魔法で一つの情報が開示される。

 そこに“答え方”などの駆け引きは通用しない。

 ただ調べる側の知りたい事がそのまま返ってくる。


 単純であるがゆえにそれは絶対で、疑いようのない真実があばかれる。

 まんしてヒウゥースが暴いた情報、それは――


「お前たちのパーティーがこの街で何をたくらんでいるか、だ」


 そこにヤイドゥークが口を挟む。


「議長閣下、そいつはかなり心量を食いますが……」


「出来んのか?」


 かれたヤイドゥークは気負いもなく答えた。


「いや、出来ますよ。俺なら」


「ならば構わん。やれ」


「了解……」


 そうしてヤイドゥークは呪文を唱えた。

 魔法の力をもって、今ここに真実が明らかになる。


 が……


「……あ~……議長閣下、該当なしです」


「なに? どういうことだ?」


 ヒウゥースの疑問にヤイドゥークは頬をきながら回答した。


「つまりですね、こいつらは何も企んでないか……あるいは、そいつが何も知らされてないかって事ですね」


「ばかな、そんなことがあるか!」


「はあ。俺にそう言われましても」


 ヒウゥースはギッとクラマをにらんだ。

 クラマは目を丸くして首をかしげている。


「……ならばこれでどうだ。ここの地下ダンジョンの秘密を知っているか?」


 新たなヒウゥースの指定。

 ヤイドゥークはその指定の通りに、オノウェ調査を行う。

 だが……


「知らないようですね」


「くっ! なら私の屋敷の地下にあるものを知っているか!?」


 ・・・・・


「知らないみたいです」


「何なら知っているんだ貴様は!!!」


 ダンッ!!

 ヒウゥースの拳が机を叩いた。

 なんのことかな? と言わんばかりに首をかしげて色々な角度からヒウゥースを眺めるクラマ。

 そんなクラマに代わって、ヤイドゥークが口を開いて答えた。


「はあ……何も知らないとしか」


 クラマ達のパーティーがこの街の秘密を暴こうとぎ回っているのは間違いない。ヒウゥースは冒険者ギルド職員を通じてそうした情報を得ている。

 そして、目の前の地球人がパーティー内における中心人物であることも調べがついている。

 地元住人を扇動せんどうし、高級賭場カジノの金庫室へと侵入して、悪徳高利貸しの悪事を暴いた張本人であることも。

 それが何も知らされていないしただったなど、有り得るわけがない。


「そんなわけがあるか……!」


 机の上で拳を震わせるヒウゥース。

 机の向こう側で大きくあくびをするクラマ。

 ボリボリと頭をくヤイドゥーク。


「……で、どうします? こいつ」


 ヤイドゥークの問いに、ヒウゥースは静かに立ち上がって答えた。


釈放しゃくほうはない。必ず何かを隠しているはずだ……何をしてでも吐かせろ」


「……了解」


 そうヤイドゥークに言い残して、ヒウゥースは取調室とりしらべしつを後にしていった。

 ヒウゥースの姿が消えると、ヤイドゥークはクラマに向き直り、肩をすくめてこう告げた。


「ってなわけだ。あんたには気の毒だけど、こっちも仕事なもんで。恨まないでくれよ?」


 そうして何人もの屈強な男が扉を開いて現れ、クラマを別室へと連行していった。

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