第50話
「私の名はワイトピート! 覚えておいてくれたまえ。短い付き合いになりそうだが……フフ」
クラマ達の前に現れた男は、優雅に自己紹介を行った。
一見して人当たりの良い初老の紳士という立ち振る舞い。
しかし先ほど目にした
クラマ達が足を踏み入れた大部屋に立ち込める不吉な空気。
そんな中で最初に口を開いたのは――クラマだった。
「いや、あなたのことは別に聞いてないです。トゥニスって人を知らない?」
「………………」
場の空気を無視した気楽な物言いに、
これにはイエニア達だけでなく、ワイトピートも意表を突かれていた。
しかしすぐに立ち直った彼は苦笑をもって返す。
「クッ、クク……なるほど、そう来るかね。それでは私はこう返そう! 『彼女の居場所を知りたければ、この私を倒してみせるがいい』……と」
クラマは顔をしかめる。
「
「うむ、良いことを言う! しかしあいにく私に孫はいなくてね、息子ならいたが……片目と髪の毛だけになってしまったよ」
「―――!」
クラマの背後で息を飲む音。
「おっと、その反応! 見てくれたようだね、私の
ワイトピートは首を傾けて、クラマ達を覗き込むように
その台詞、しぐさ、その表情。
何もかもが、隅々まで悪意に満ち満ちていた。
男の発言には答えない。答える意味もない。
代わりにイエニアの
「クラマ……この男は野放しにはできません……!」
「そうだね。それは、初めて見た時から思ってた」
クラマの表情も、先ほどまでの緩い雰囲気は消え去っている。
そして真っ直ぐにワイトピートの瞳を
「こいつは消さなきゃいけないってね」
その言葉にワイトピートの顔が歪む。
怒りではない。
それは狂喜。
応じるのは歪んだ笑みと、高らかな笑い声。
「ははははははは!! 来たまえ、冒険者よ! きみたちを
ワイトピートは手元の
「すぐに終わってしまうかもしれないがね?」
上空で破裂音。
次の瞬間、部屋中を白煙が覆い尽くした!
「うっ、これは――」
粉塵爆発? とクラマは一瞬思ったが、それはない。これでは向こうも一緒に巻き込まれる。
そもそも粉塵爆発は実験でも再現率の低い現象だ。意図して狙うものではない。
ならばただの煙幕で、これに乗じて接近してくるか……と考えたところで、白煙を挟んだ先から響いてくるワイトピートの声。
「オクシオ・ユデ!」
詠唱!
視界を封じてからの、魔法による奇襲攻撃!
しかし、魔法攻撃に対してはイエニアの盾がある。
前に出たイエニアが唱えた!
「オクシオ・ビウっ……は――ゴホッ! ゴホッ!」
突然
――煙だ。
クラマは驚愕した。
この煙は視界封じなどではない。
“詠唱封じ”だ。
クラマは白煙の奥、ぼやけた視界の先に見た。
ガスマスクを装着している男の姿を。
クラマ、
「――エグゼ・ティケ」
瞬時の判断!
クラマは運量の使用を選択。
全身が金色の光を帯び、願い受け入れる準備が整ったクラマ。
願いを唱える前にクラマはコートの
運量の使用ならば魔法の詠唱と違って、多少
そしてクラマは全力で集中した。
相手の詠唱を聞き取ることに。
「フェセワハ・ヒシハ・ユデ・イッツレセ――」
(袋の中の水を圧縮……)
詠唱を聞いて頭に浮かぶ。
クラマはパフィーに教わって、魔法の詠唱に使われる古代語の単語をほとんど暗記していた。
そのためクラマもワイトピートと同様、詠唱を聞けばおおよその効果が分かる。
クラマは考える。
相手の魔法を妨害するために何をするべきか。
瞬時に判断するため、クラマは煙の中で耳を澄ませる……。
「タセバ・ジャエトラエ!」
クラマは手元の棒を
ワイトピートは手にした水袋つきの杖を
「貫きたまえ! 切り刻みたまえ!
「相手の魔法からこちらが被害を受けないように……」
クラマは手にした棒を
「――ギノー・セノ!!」
「――当たって
> ワイトピート心量:495 → 445/500(-50)
> クラマ 運量:8228 → 2711/10000(-5517)
クラマの体を覆った金色の光が消えて、願いが受理される。
ワイトピートの杖からは圧縮された水が射出!
しかしその時、クラマの投げた棒がワイトピートの頭に当たって、その体勢を崩す……!
「ぬうっ!?」
投射された水の刃はクラマ達から逸れて、白煙と壁を切り裂いた!
シュイイイイイイイイッ!
聞き慣れない音が大部屋の中を駆け抜ける。
部屋の上方向は白煙が届いていないため、“それ”を目にすることができた。
壁と天井を両断するかのごとく走る長大な
ワイトピートの魔法具から放たれた水の刃は、まるでバターのように
攻撃が不発となったワイトピートはしかし、余裕をもって笑う。
「はは、運量か! ズルイなあ地球人は! 次は警戒するとしよう……オクシオ・ユデ!」
再度の詠唱開始!
白煙、そしてガスマスクによる
これが重なった上で、5000以上の運量を減らされた。
先ほどワイトピートは「次は警戒しよう」などと運量を警戒していなかったような言い回しをしたが、それは嘘っぱちだ。
ワイトピートは運量の起こす「不運」に警戒を
相手が警戒するほど、奇襲に対応する能力が高いほど、行動を妨害するための運量の消費は跳ね上がる。
ワイトピートの行動を運量で縛るのは困難だった。
「くっ……!」
クラマは
ワイトピートとの距離が遠い。
駆け寄っても相手が
クラマに出来る事といったら、もう銀の鞭での妨害しかない。
だが鞭は前の戦闘で相手に見られている。
クラマは妨害が成功するビジョンが浮かばなかった。
「フェセワハ・ヒシハ・ユデ・イッツレセ・タセバ・ジャエトラエ……」
迷っている暇はない。
それしかないなら、やるしかない。
そう考え、クラマが前に出ようとした時だった。
突風。
イエニアの盾が周囲の空間を
その剛腕により盾を振り抜いた結果、白煙が前方上空へと吹き飛んでいく。
代わりに通路側の空気が流れ込んで、周囲の煙が薄まった。
「オクシオ・ビウヌ!」
ここにきてイエニアの詠唱。
しかし相手の詠唱からは、だいぶ遅れている。
「貫きたまえ、
「サウォ・ニノ・シニセ・ノウツ――」
イエニアの詠唱が遅い。
これでは魔法の効果を引き上げる
向こうも当然、待ってくれるはずもなく……ワイトピートの詠唱は完了した。
「ギノー・セノ!!」
> ワイトピート心量:445 → 395/500(-50)
放たれる超高速の水刃!
その速度は音速の3倍に達し、金属鎧をも
迫り来る死の刃に対してイエニアは――
「ファウンウォット・シヴュラ!」
> イエニア心量:390 → 360/500(-30)
イエニアが構えた正騎士の盾。
その正面に真紅の紋章が浮かび上がる。
盾に守られる花をモチーフとしたこの紋章は、騎士王国ラーウェイブの国旗にも採用されている。
建国王の遺志を継ぎ、身を盾にして民を守る。
ラーウェイブにおける騎士とは全国民の誇りであり――
正騎士の盾とは全ての騎士の象徴である。
「なんと!?」
ワイトピートはガスマスク越しに目を見張った。
鉄をも
第一次元魔法によって強化された正騎士の盾は、この世で最も硬いとされるユユウワシホの硬度を
……やがて、水刃の放射が止まる。
イエニアの盾は傷ひとつついていなかった。
「おお……」
「すごい……!」
イエニアの背後に隠れる仲間達から、
しかしワイトピートは慌てない。
手にした杖を背後のダストシュートに投げ入れ、すぐに別の魔法具を取り出した。
なお、煙がだいぶ収まってきたのでガスマスクも杖と一緒に投げ捨てた。
「はは、大したものだ! しかし、こちらはどうかな?」
太鼓のような
彼は不敵な笑みを浮かべて新たな詠唱を始める。
「オクシオ・ヴェウィデイー!」
「オクシオ・ビウヌ!」
イエニアも同時に詠唱を開始。
ここにきて互いに真っ向から、小細工なしの魔法合戦となった。
詠唱と同時に淡い輝きを放つ大筒と盾。
周囲に広がる魔力波。
ワイトピートとイエニア。
2人の
「サハ・ネオハ・チスヨ・ラエサエアー・ホネ・サエトウ・イートゥリ……!」
「サウォ・ニノ・シニセ・ノウツ!」
ワイトピートの詠唱。
それを聞き取ったクラマとパフィーが顔色を変える。
「イエニア、この魔法は……!」
慌てて動こうとしたクラマ。
その出足をイエニアの手が制した。
イエニアは落ち着き払っていた。
背後でクラマやパフィーが動揺する気配を見せても、
……クラマはイエニアの背後から見た。
自信に満ちた横顔。
そして
『心配いりません、大丈夫です』
そんなイエニアの思いが肩越しに伝わってきた。
ならば何も言わない。
クラマはイエニアを信じる。
そして2人の詠唱は魔法の内容を規定する
「さあ終わりの
「
ワイトピートとイエニア。
互いの魔法が、ついに
「レイト・ギノフィル!!」
「ファウンウォット・シヴュラ!!」
> ワイトピート 心量:395 → 295/500(-100)
> イエニア 心量:360 → 330/500(-30)
解き放たれる破壊の力――!
ワイトピートの持つ大筒に光が満ちて――わずかな溜めの後、それは
放たれたのは熱線。
前方への指向性を持った超高熱、超高密度の熱光線である。
ゴアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!
獣の
大筒の口径より何倍も太い熱線。
その大きさは人の全身を飲み込んで余りある。
放たれた極太の熱線は地面をも
クラマは信じられない光景の中にいた。
自分達の周囲を包む
触れればそこに存在した
破壊の力が及ばないばかりではない。
熱気の余波もなければ、瞳を焦がされることもない。
クラマ達を守るのは先頭に立つイエニア。
彼女の掲げる盾……その前方の空間に大きく、青い紋章が輝いていた。
『
これは個体・停止を司る第一次元を操る魔法。
通常の発動においては盾を硬化するだけだが……
すなわち、この盾の背後へ攻撃が通ることは“原理的に有り得ない”。
クラマはかつてイエニアと交わした会話を思い出す。
『そういえばさ、イエニアの盾って魔法で硬度を強化できるんだよね?』
『ええ、そうです。
……あらゆる脅威を遮断する。
そこには偽りも脚色もなかった。
周囲を流れる美しい光の奔流。
その中で、クラマは目の前に立つイエニアの背中を眺めた。
――正騎士の盾。
この盾は、8つしか席のない正騎士に任命される
“たとえ剣と命をなくそうとも、盾と誇りを失うな。”
これはただ単に騎士としての
小国であり資源にも乏しいラーウェイブ王国だが、世界最大の帝国と隣接しているにもかかわらず、これまで侵略されずに存続してきた。
その理由のひとつが、正騎士の存在であった。
王国騎士の頂点に立つ彼らは一騎当千の戦士であるだけでなく――その盾の
王国を守護する8人の絶対防衛戦線。
それが王国正騎士である。
……光が収まる。
破壊が過ぎ去った後、大部屋の様子はすっかり変わり果てていた。
ワイトピート前方の地面はスプーンでくり抜いたように綺麗に
そして
クラマ達が入ってきた通路は、元の倍以上に広がっていた。
無論、扉も壁ごと蒸発して消えている。
そんな圧倒的な破壊の痕跡の中心で。
クラマ達4人とその足元の地面だけが、何事もなかったように無傷だった。
静寂の中、イエニアが静かに口を開いた。
「……まだ続けますか?」
見下ろすようなイエニアの視線。
それに対してワイトピートは
「ハハ……いや、これは無理だ」
そう言ってワイトピートは大筒の魔法具をダストシュートにIN。
続いて彼は後ろの壁に向かって跳ぶと、上から
登った先には、もうひとつのフロア。
ただしよじ登れるほど低くない。
両側の階段を通らなければ上の段まで上がれない。
ワイトピートはロープを使って登りきると、自分がショートカットに使用したロープを切断。
これでクラマ達が上がって来るまでの、いくらかの時間を稼いだ。
「ははは! 時間はあったからね、いろいろ準備していたのさ。このように!」
と言って、ワイトピートが下にいるクラマ達に向かって見せたもの。
それは――首に縄のかけられた2人の男。
ワイトピート自身の部下だった。
ぎょっとして見上げるクラマ達。
首に縄をかけられた男たちは
「わ……ワイトピート様……こ、これは……一体……?」
「く……ぐるし……」
ワイトピートは頷き、声高らかに宣言した。
「ヴォトン・ツディチスユア!!」
それは、“奉納”の開始を告げる言葉。
“奉納”は自らが信奉する神へと何らかの行為を捧げることで、心量の回復を図る儀式である。
ワイトピートが信奉するのは悲劇の神。
となれば、これから捧げられるのは何なのか。
「コーベル君! ペシウヌ君! ……きみらはよく働いてくれた。特にコーベル君は私の右腕となることを夢見て、
「は、はい……だ、だから、おれ、自分は、頑張って……その……っ!」
必死に
「ははは、頑張ったからといって何だというのかね? 私は今まできみを、使えない道具としか思っていなかったよ」
コーベルとペシウヌの顔が固まった。
ワイトピートは大笑して2人を
「ぬっははははははははっ!! どうかね、敬愛する相手に裏切られた気分は!? 是非とも感想を聞かせて欲しいものだ! ……喋れるものならね?」
ワイトピートはそうして手元のレバーを引いた。
すると2人の首にかかった縄が上に引かれて、首吊りの形になる。
両手両足を縛られた男たちは体を振ってもがくことしかできず、徐々に首が締まり、足が地面を離れていくのに
通常、絞首刑は首に縄をつけた状態で落下させるため、一瞬で意識を失う。
しかし彼らに行われているのは逆に縄を引き上げる方法であり……しかも椎骨動脈の圧迫で意識を失わないよう、ワイトピートは縄を調整していた。
結果、男たちは顔面を
地獄のごとき苦悶の中、男たちは
「グッ……グゾッ、ヂグヂョオ、オッ……!」
「ゴッ、ゴ、ゴロズッ……! ゴロジデヤ……ア……!」
2人ともに、目の前のワイトピートへ噛みつかんばかりに憎悪の眼差しを向ける。
つい先刻まで自分に尊敬の目を向けていた男たち。
その変わりようを見て、ワイトピートは……
「ハハハハハハハハハハハハハ!!!」
天に向けて高らかに笑った。
そして、イエニアが階段を登りきったのもその時だった。
「外道! その振る舞いもそこまで――」
「ふむ」
上部フロアにイエニアが着いた瞬間、ワイトピートは真一文字に剣を振るった。
「あっ」
ヒュッ、と軽い風切り音。
次いでボトッ、ゴトッと下のフロアで鈍い音。
男2人の頭部が、下のフロアに転がった。
「………………」
絶句するイエニア。
上から突然落ちてきた生首に、ヒッと悲鳴を漏らすパフィーとレイフ。
クラマだけが、転がった生首に目を向けずにワイトピートを真っ直ぐ見据えていた。
> イエニア心量:330 → 328/500(-2)
> パフィー心量:169 → 163/500(-6)
> レイフ 心量:314 → 309/500(-5)
「フフ……やはりその目……。いや、今はこちらが先だな。さあ悲劇の神、ツディチスユアよ!
その呼びかけに応えるように、大量の青白い光の玉が出現し、ワイトピートの体に入り込んでいった。
> ワイトピート心量:295 → 424/500(+129)
「……ふうむ、低いな。まあ、客観的に見れば好き勝手にしてきたゴミが
まったく他人事のように評論するワイトピート。
そうして彼はフッと笑う。
「しかし、これだけあれば充分だ。オクシオ・イテナウィウェ!」
ワイトピートの詠唱開始。
精神・感情を
これは盾で防ぐことができない。
詠唱を中断させようとイエニアが迫る!
ワイトピートは後ろに下がりながら、ダガーや煙玉など、手持ちのありったけを投げつけながら呪文を唱える。
「イーギウー・ドフウ・ツゥーラエ・イーペイ」
その詠唱にハッとするパフィー。
「まずいわ! 相手の詠唱を止めて!」
パフィーの言葉を受けて猛然と敵に詰め寄るイエニア。
だがワイトピートが早い。
彼は
「――タエロイノ」
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