第33話

 倒れたクラマを見下ろし、兵士は小馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「ふん、強盗か。バカな野郎だ」


 その後ろで、もうひとりの兵士が倒れた仲間の肩をゆする。


「しかしどんな魔法を使いやがった? おい、お前ら大丈夫か?」


 ひとりが仲間を介抱している間に、クラマを撃った男が倒れたクラマの様子をうかがう。

 男はクロスボウを構えたまま、うつせになったクラマに近寄いていく。


「即死したか? 他に仲間がいるか吐かせたかったが……」


 男はクラマの体を仰向あおむけにしようと足を伸ばす。


「オイまだ生きてるか――」


 ――その、伸ばした男の足がクラマの手につかまれた。

 さらに次の瞬間、男はクラマに足をひねり込まれて転倒していた!


「っだ!? てっ、テメエなんで動け……!」


 それを言い終えるより先にクラマは男の背に乗り上げ、腕を掴んでねじり上げる!

 ごりっ、という音とともに、男の肩が外れる。


「あっ……ぐがぁぁぁあ!!」


 激痛にのどを震わす番兵の男。

 男の肩をクラマが外した時には、すでに奥にいた最後のひとりが異変に気付いてせまってきていた。


「ってめえ、なにしてやがる……!」


 クラマが乗り上げた男から離れるよりも、迫ってくる兵士の剣が早い。

 打ち下ろされる白刃!

 クラマは避けられない! 男の剣をその身に受ける……!


 ……だが、クラマの体は斬れていない。

 男が振り下ろした刃はクラマの肩に当たって止まっていた。


「――ちっ! 何か着込んでやがるか……!」


 チェインメイルか何かを下に着ていると推察すいさつして、男は剣を引く。

 だが遅い。

 その時には既に、クラマの手が男の腕に伸びていた。

 刃を体で受けるのはクラマの予定通り。

 クラマは最初から避けようとせずに、男の振り下ろしと同時に、相手の腕を掴みに行っていた。

 クラマは両手で相手の腕を掴んだまま、相手の脇の下をくぐる。

 すると自然と、関節を極める形となった。

 勝負ありである。




 こうして残った番兵もクラマによって制圧された。

 クラマは倒れた5人に猿轡さるぐつわをして縛り上げると、待機している次郎と三郎を呼び込んだ。


「旦那ァ! 大丈夫なんスか?」


 次郎の言葉に、クラマはフッと笑った。


「このコートはダイモンジさん特製の防刃コートでね。あのくらいの攻撃は大丈夫……じゃないんだよなあコレ! いっっっったいんだけどマジでぇーーー!?」


 クラマはゴロゴロと地面をのたうち回る。

 確かに剣で斬れず、破れもしなかったが、衝撃まで遮断しゃだんできるものではない。

 矢を受けた胸は強烈なパンチを受けたようで、剣を受けた肩は鉄の棒で殴られたのと一緒だった。


 なお、ダイモンジのコートはクラマの嗜好しこうを反映して、白と黒のリバーシブルとなっていた。

 今は黒のコートだが、内側は白い。


「……まあ、それはそれとして急ごう。ここからは時間との勝負だ」


 クラマの指示により次郎は扉の鍵を開け、三郎はオノウェ隠蔽いんぺいを行った。



> 三郎  心量:334 → 279/500(-55)



 その間にクラマは減少した心量の回復をはかる。

 おもむろにポケットの中から布を取り出すと、覆面ふくめんの上からそれをかぶった。

 穴の空いた三角形の布。

 パンツだ。

 それはパフィーのパンツであった。



> クラマ 心量:30 → 38(+8)



「心が……安らぐ……」


 クラマはパフィーの優しさに抱かれているような気がした。

 もちろん気のせいだった。

 このような事に使われる優しさは存在しない。

 しかしその気のせいによって回復されるのが心量というもの。

 クラマは寝ているパフィーの部屋から胸当てを拝借はいしゃくした際に、念のためにとタンスをあさって勝手に借り受けてきたのであった。

 ドロワーズの下にもパンツを穿くんだなあ、とクラマは感心したものだった。


 クラマは次にイエニアが着ていた水着のビキニとTバックショーツのセットを取り出した。

 それを繋げて首にかける。

 すると前掛けのような形となった。



> クラマ 心量:38 → 42(+4)



「……よし」


 だいぶ気力が戻ってきた。

 クラマはグッと拳を握る。

 地球人はこの世界の住人と違って心量を任意に回復できるのが便利ではあるが、このあたりが能動的な心量回復の限界だった。

 あらかじめ用意されたものでは大して回復しない。

 たくさん用意しても、連続して回復するのは2回が限度。

 3回目以降はほとんど回復しない。

 こうした能動的な回復は一時的なドーピングのようなもので、結局のところ心量回復に最も効果的なのは、時間をとって休むことであった。


 そのパンツドーピングを行っているクラマに、横から三郎が口をはさんだ。


「クラマ殿ばかり……うらやましいでござる」


「分かった。じゃあ三郎さんの報酬はこれで」


「できれば使用済みの新品が欲しいでござる……」


「使用済みの新品とは何ぞや」


 クラマと三郎が禅問答をしている間に次郎の解錠が終わり、金庫室の扉が開かれた。

 目的の金庫室へと足を踏み入れた3人。

 クラマは金庫室の中を見渡した。

 中はそれなりに広い。テニスコート3個分くらいはあった。

 中央には彫像や鎧などが置かれ、壁にはたくさんのたな

 棚の中には宝石がびっしりと並んでいた。


「ウッヒョー! 宝の山だーっホホ~イ!」


 次郎がび上がって喜ぶ。

 が、今回の目的はお宝ではない。


「これは中を回って確認してられないね。三郎さん、探知できるかな?」


「無論。オノウェ調査において拙者の右に出る者はござらぬ気がする」


 自信のあるのかないのかよく分からない言葉だったが……果たして三郎は、見事に魔法で借用書が仕舞われている場所を特定してみせた。



> 三郎  心量:279 → 253/500(-26)



「ここでござる」


「ありがとう、三郎さん。……よし、あった。それじゃあ出ようか」


 そして金庫室を出る前に、ここでもオノウェ隠蔽を行っていく。



> 三郎  心量:253 → 212/500(-41)



 手早く目的を終えた3人は金庫室から出る。

 ……その前に、クラマは次郎に向かって手のひらを差し出した。


「はい、ったものを出して」


「うっ! す、少しくらいなら……ダメっスかね?」


「駄目なんだよなあ。ここばっかりは、どーしてもね。はい、靴の中に隠したのも出して。後でちゃんと報酬は出すからね」


「うう……盗んだ宝石を元に戻すのは、まるで身を切られるような思いっスねぇ……」


 そんなこんなで、仕事を終えた3人は金庫室を後にする。

 これでミッションはクリア。

 あとは脱出するだけだ。


 そうして3人が通路の曲がり角を曲がった時だった。

 通路の先。

 そこには仁王立ちで彼らを待ち受ける、ひとりの男の姿があった。


「やっぱりいやがったか。こういう所じゃ、表で騒いでるうちに裏から……って、コソ泥のする事は相場そうばが決まってんだ」


 男はニヤリと笑みを浮かべる。

 大柄で、筋肉質で、スキンヘッドの男。

 クラマは見かけた事があった。セサイルのパーティーメンバーのひとり、元組み技格闘チャンピオンのベギゥフだった。

 クラマは作戦開始前にノウトニーが言っていたことを思い出す。


『間の悪いことに、今日は彼が警備に入っている日! 彼はった仕事はどのような理由があろうと、絶対に投げ出さないという固い信念の持ち主! 融通ゆうずうといった言葉を彼方に投げ飛ばしている男です。事情を話したところで、彼の協力を得ることは不可能。ゆめゆめ、中で出遭であわないよう気をつけてください』


 出遭ってしまった。

 脱出まであと一歩というところで。

 帰りは行きと違ってロープを使って窓から降りればいい。

 しかしそのためには、目の前の男をどうにかしなくてはならない。

 クラマは次郎と三郎に小声で告げる。


「……僕が足止めする。2人は先に逃げて」


 迷ったような様子を見せる次郎と三郎。


「大丈夫。ひとりの方が逃げやすいから」


 クラマが安心させるように言うと、次郎・三郎の両名は頷いた。


「よし……走って!」


 言うと同時にクラマは銀の鞭を振るう!

 伸びた鞭がベギゥフの腕に巻き付いた。

 その隙に次郎と三郎がベギゥフの横を通り過ぎようと走る。

 片腕に鞭がからまった程度で動きが止まるわけではない。ベギゥフは2人に目を向けて……

 そこでクラマは唱える!


「オクシオ・ヴェウィデイー! ヤハア・ドゥバエ……」


 その瞬間、ベギゥフの体が爆発的に跳ねた!

 次郎と三郎に行きかけた視線をクラマに戻し、頭から突っ込むような低い姿勢で突撃してくる!

 まるで弾丸のようなタックル。

 一瞬でクラマの眼前に到達したベギゥフは、その勢いのままクラマを地面に押し倒す!


「っぐ……!」


 当然、クラマの詠唱も中断される。

 あっさりと他の2人を捨てて、魔法の詠唱を止めに来る。

 ベギゥフは対魔法使いの戦闘を心得こころえていた。


「……残りは逃げたか。薄情はくじょうな仲間だなぁ、おい? こっちはひとり捕まえりゃいいから楽だけどよ」


 ベギゥフは倒れ込んだまま正面からクラマに抱きついている。

 その両腕はクラマの背中に回っており、クラマの両腕を封じている。

 クラマは拘束を解こうと、両腕に力を入れた。


「く……おぉぉぉぉっ……!」


 だが筋力に差がある。

 南京錠なんきんじょうでもかけられたかのように、ベギゥフの拘束はびくともしない。


「頑張るねぇ、おれが離すと思ってんのか?」


 筋力・体重ともに負けているクラマが、完全にクラッチされてしまえばのがれるすべはない。

 だが、完全ではなかった。

 2人の体の間にある銀の鞭によって、わずかな隙間すきまができている。

 ベギゥフはそれも含めて強く力を込める。

 クラマは左腕に渾身こんしんの力を振りしぼった!


「お、あ、ああああああああ!!!」


「ちっ……!」


 クラマの左腕が拘束から引き抜かれる!

 そして、腕を引き抜いたそばからすぐに。

 まったく躊躇ためらうことなくまっすぐに。

 クラマの左手の親指が、ベギゥフの目蓋まぶたに触れた。


「おぉっ!?」


 バッと体を離すベギゥフ。

 なんとか拘束から逃れたクラマは、荒い息を吐きながら立ち上がった。


「はー、はーっ……はーっ……!」


 息を整えながら、クラマはベギゥフに目を向ける。

 ベギゥフはすぐに襲いかかって来ることはなかった。

 しかし彼はその表情、身にまとう空気に変化が生じていた。

 まだベギゥフは構えてもいないというのに、その立ち姿から出る威圧感が増大している。


「……変態ヤローと思って気がゆるんだか。おれの悪い癖だ。試合じゃねぇわな、これは」


 言って、ベギゥフはパンツを頭にかぶったクラマを見据みすえた。

 ベギゥフの表情からは、最初にあったゆるみが消えている。

 今やその瞳からは感情というものが感じられない。

 ただ、掴んだものを破壊するだけ。それ以外の思考を捨てた、機械じみた目。

 ベギゥフは、わずかに腰を落として構える。


「次は折るぜ。お前が動かなくなるまで」


 ――本気にさせてしまった。

 目を狙ったのは拘束から逃れるためとはいえ、その代償は大きい。

 2人の間には体格や力だけでなく、技量においても圧倒的な差があった。

 さらに言うなら、剣の一撃を受けた肩が先ほどからズキズキと痛む。

 せめて魔法を使えれば……というところだが、それを許す相手でないのは実証済みであった。


 万事休す。

 圧倒的窮地。

 そんなクラマの前に、颯爽さっそうと人影が現れた!


「そこまでよ!」


 そんな言葉とともに、ひとりの人物が高い天井から飛び降りてきた!

 ダンッ! と音をたてて、クラマとベギゥフの間に着地する。

 警戒するベギゥフ。


「なんだぁ? お前らの仲間か!?」


 クラマにも分からない。

 こんな伏兵は用意していない。

 突如として現れた人物に、クラマも目を向けた。


 ぴっちりした黒のボディスーツ。

 クラマは一瞬、男性かと思った。

 マスクで目元は隠れていたが、露出した金色の髪は男性としても短いくらいで、とても平坦へいたんな胸部をしていたからだ。

 しかしよく見れば全体的な体のラインと、それから先ほどの声から、その人物が女性だということは分かる。

 クラマはその姿を観察して……そしてつぶやいた。


「……誰?」

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