第6話 - 青の挿話
トゥニスは人の話し声で目が覚めた。
『逃げられただとォ!? きさま、逃げられましたで済むと思っとるのか!?』
「いやあ、返す言葉もございませんなァ」
近くで男が、通信系の魔法具を使って何者かと会話しているようだった。
声を聞きながらトゥニスは現状を把握しようと努める。
最初にあったのは、固く冷たい石畳の感触。
自分が後ろ手に縛られて石の床に横たわっていることを自覚する。
次にあったのは脇腹の痛みだった。
体をよじって見ると、包帯が巻かれており、それで自分が剣で腹を刺し貫かれたことを思い出した。
「ま、捕まえた者は逃亡者の似顔と一緒にそちらへ送りましたので。こちらも探しますから、そちらで入口の検問を手配して頂けますかな」
『おい待て、ひとり足りん。残りもこっちへ――』
「ああ~~~~イカンイカン、心量がなくなるぅぅぅ~~~! という事で、申し訳ないが失礼」
『ふッ、ふざけるな、ワイトピート、きさまッ……!』
通信相手の言葉を無視して、男は大きな貝のような魔法具を放り投げた。
「さあ~て……」
そうして、男はゆっくりとトゥニスへと振り向いた。
「やあ、おはよう。もう目が覚めるとは、なかなかタフなお嬢さんだ」
低めで渋い声。
トゥニスは顔を上げて、男を観察する。
明るい橙色の髪で、髭の整えられた紳士風の男だった。
トゥニスはさらに部屋を見渡す。
3人の男達が壁を背にして直立しており、紳士の男を警護するように取り囲んでいた。
そしてトゥニスの傍には、片目と前足に包帯を巻かれた、毛に覆われた大型の四足獣。
部屋は光量が少なく、それ以上の細部は判別できなかった。
「……お前が、私を刺した男か?」
開口一番、トゥニスがそう尋ねると、男は驚きの表情を露わにした。
「ほう、どうして私だと?」
男達がトゥニス達を襲った時には、防毒マスクと兜を着用しており、声も発していなかった。
「体格と骨格、それと立ち方、息遣いによる雰囲気だな。お前、軍人だろう。それもかなりの手練。それに……」
「ふむ……それに?」
「周りの連中は素人だな。こいつらに私を刺せるとは思えん」
トゥニスが刺された時は、曲がり角の先にいる人物に手を挙げて挨拶をされ、それに応えて手を挙げた瞬間を狙われた。
しかし不意打ちとはいえ、それなりに修羅場を潜っているトゥニスが、何の反応もずに刺されるのは普通ではない。
眼前にいる敵の立ち振る舞いから“敵対する気配”を感じ取ることができなかったことは、これまでトゥニスにはなかった。
強い、というよりも得体が知れない。そんな印象をトゥニスは抱いていた。
トゥニスの分析を聞いた男は、カッと目を見開いて――
「ぬわーーーーっはっはっはっはっ!!!」
両手を叩いて大笑した。
「素晴らしい! 聞いたかね、諸君! 今回の獲物は大当たりだぞ!」
男は初老に差し掛かろうという年齢にそぐわぬテンションの高さで、全身で楽しさを表現している。
そうして笑顔のままで、横に立っている男の肩に手を置いて言う。
「コーベル君! 怒ったかね?」
「いえ、自分は……」
「いいや、怒って当然さ。きみが私のもとへ来てから、昼夜をおかず鍛錬しているのを私は知っている。今は苦しいだろうが、きみなら優れた戦士になれるだろう。期待しているよ」
「は――はいッ! ありがとうございます!」
コーベルと呼ばれた若い男は、背筋をぴんと伸ばして畏まった。
紳士の男はトゥニスに向き直る。
「……と、このように私は優秀な部下に恵まれているのだが……悲しい……とても悲しいことに、きみのお仲間の手によって、我々の大事な仲間がひとり欠けてしまってね」
男はトゥニスの傍まで歩いてくると、その横にいる獣に手を伸ばし……その体をひょいっと持ち上げた。
だらりと獣の身体が伸びる。
まるで紙のように。あるいは布のように。
それは中身を取り除かれた剥製だった。
男は獣の剥製を、うつ伏せに臥したトゥニスの背中にそっと乗せると、耳元で囁く。
「そういうわけで、きみには彼を失った補填をして貰わなければならない」
そうして男は獣の頭部とトゥニスの顔を突き合わせ、
「ガンバッテネー」
と、パクパクと獣の口を開閉しながら言った。
「私の仲間はどうした」
トゥニスは男の悪趣味を無視して訊く。
もっとも、先ほどの通話でおおよその予測はできていたが。
しかしトゥニスがここを脱出した後、どこを探せばいいのかを特定しておくことは重要だった。
紳士の男は、持っていた獣の頭部を無造作に放る。
ゴン、と音をたてて頭が転がった。
「ふぅむ、それをきみに教える理由が私にあるかね?」
トゥニスは答えられない。
男の言う通り、今のトゥニスに交渉できる材料はなかった。
「フフ、しかし……そうさな。ひとつだけ、確かなことを教えてあげよう」
男は近くの椅子にどっかりと腰を下ろし、優雅に足を組む。
そうしてトゥニスの正面から、告げた。
「きみたちの冒険は、ここで終了した」
青い瞳が、爛々とした輝きを放って見据えていた。
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