B2F - 獣牙潜む海蝕洞

第7話

 初めてのダンジョン探索、そして留置場から帰還した翌朝。

 クラマ達は全員で朝食をとった後、サクラ達の処遇についての話し合いとなった。


「まずは反省してください。それから、二度とああいった騒ぎは起こさないように。いいですね?」


「はい……ごめんなさい……」


 昨日の威勢とはうってかわって、サクラはシュンとしてこうべれる。

 サクラの仲間3人もそれに追従した。


面目めんぼくねぇ……」


「すいやせんっした」


「同上でござる」


 イエニアは彼らのパーティーリーダーであるクラマに対して、厳しい声色で言葉を続ける。


「不平、不満はあれど、あなたもパーティーの主導者なら軽率な行動はつつしむべきです。あなたが抱えているのは、自分ひとりの命ではないのですから。仲間の生死を預かる責任は、そう軽いものではないはずです」


「まあまあまあ、彼女も反省してるみたいだし、その辺で、ね?」


 その場をとりなそうとするクラマ。

 だが……


「あなたもです、クラマ! 無事に帰れたから良かったものの、とても危険な立場にいたのですよ! 分かっているのですか!」


「うへあ。すみませんでした……」


 火に油を注ぐ結果となった。

 クラマは深々と頭を下げて陳謝した。

 イエニアの説教がヒートアップしてきたところで、レイフが声をかける。


「あ、お茶が入ったみたいよ?」


 パフィーが台所から木製のトレイを持って現れた。


「お茶が入ったわー♪」


 クラマが手伝って、それぞれの前にカップを運ぶ。

 皆が一息ついて落ち着いたところで、今日の行動について取りまとめた。


 まず昨日の騒ぎについて、当局が真犯人であるサクラ達を把握しているのかどうかを調査する。

 それが終わるまでは、サクラ達4人はこの家から外に出てはいけない。

 そして調査を行う者以外は、昨日簡易的に行ったダンジョン内の隠蔽いんぺいを、今日一日かけて念入りに行うことになった。


「それでは、私は冒険者ギルドを見に行きます。パフィー、レイフ、こちらは任せましたよ」


「ええ、任されたわ」


「あ、ついでにクラマも連れて行ってくれる?」


 レイフはクラマの顔に人差し指を向けて、言った。


「お医者に」


 クラマの顔はれがさらに大きくなっていた。


「そうですね。大丈夫かとは思いますが、念のためてもらいましょうか。行きましょう、クラマ」


「ウイーッス。みんなー、いってきまーす!」


「いってらっしゃーい!」


「はい、行ってらっしゃい」


「おみやげにタピオカミルクティ~!」


 奥から変な声が混ざってきていた。

 なのでクラマは大声で返した。


「イエニアさ~ん! あいつ反省してないっすよ~!」


「ひええ~! ごめんなさ~い!」


 慌てたサクラの声。

 クラマが後ろを向くと、イエニアは外に出て嘆息たんそくしていた。


「はぁ……遊んでないで行きますよ」


「ハイ。ゴメンナサイ」


 そうして2人は街へと繰り出した。

 まずは街の病院へ――




 イエニアがクラマを連れてきたのは、通りから外れた目立たない場所にある、小さな診療所だった。

 イエニアの調べでは、他にも大きな病院はあるが、ここの医師が最も腕が良いとのことだ。


 医者は若い女医で、名前をニソユ=ニーオといった。

 ベージュ色のショートボブ。オレンジ色の瞳にメガネをかけて、ボタンもえりもない白衣を着用している。

 スレンダー体型で、愛想あいそを振りくこともなく、淡々と診察する。

 クラマの印象は“クールビューティー”の一言だった。


「……骨は大丈夫だね。視界にも異常なし……口の中はかなり切れてるけど、縫うほどじゃないね。一応、薬は塗っておこうか。治りは早い方がいいでしょ?」


「うん、おねがいします。……あっ! あだっ! いたたたた、しみる!」


「こら、動かないの。男でしょ?」


「いや! 僕は男女平等主義でして。それに女性の方が痛みに強いという噂があだだだだだ」


「はいはい、すぐ終わるから我慢しなさい」


 クラマは痛みから逃れるために、なにか気を紛らわせるものを探した。

 するとニーオの黒いホットパンツから伸びた、すらりとした生足に目が留まる。



> クラマ 心量:82 → 86(+4)



「ん? 心量が上がったわね。あなた被虐倒錯ひぎゃくとうさくがあるの?」


「いやいやいや、こんな美人の女医さんに診てもらえるなんて嬉しくて」


 ニーオはジロリとクラマをにらむ。


「私、口が軽い男は嫌いなの。だいたい、付き添いの子もいるのに、そういうこと言う?」


 ニーオの言う通り、クラマの後ろではイエニアが椅子に座って診察を見守っている。

 イエニアはなんとも難しい表情だ。


「まぁ……こういう人ですから。私にもだいたい分かってきました」


「そ。苦労してるのね」


「あれ? なんか僕がしょうもない奴みたいな流れ?」


 クラマをフォローする人間は、この場にいなかった。

 釈然しゃくぜんとしないクラマに構わず、治療は続く。


「……さ、これでいいでしょ。後は熱を持ったら冷やして。数日待って腫れが引かなかったらまた来て。他に何かある?」


「いや、あー……ついでに質問してもよろしいでしょうか?」


「なあに、改まって。暇だからいいけど」


「こういう怪我って魔法で治せないのかなと」


 ニーオの肩がピクリと反応した。


「ああ……そっか、召喚されたばかりでまだ聞いてないのね」


 イエニアが申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません、話しそびれていまして」


「いえ、いいのよ。私は魔法は使えないけど、医療魔法の知識はあるから教えてあげる。慣れてる冒険者でも、間違って覚えてる事あるからね」


 お願いします、とイエニアが言い、ニーオがそれに応える。


「まず地球人に多い勘違いだけど、怪我に限らず“癒やす”という事は魔法では出来ない。これは漠然として定義できないからよ。とはいえ、事実上それに近い事はできる」


 なんとなく授業じみた雰囲気になってきたので、クラマは居住まいを正した。

 ニーオ女医は講釈を続ける。


「じゃあ魔法に何が出来るのか? といったら、魔法の特性について1から講義する事になって、今日中に終わらないから割愛かつあいするわね。今日のところは、冒険者がパーティー内の魔法使いに期待できる事を挙げていくから覚えておいて」


 クラマとイエニアは頷いて傾聴けいちょうする。

 どこまでリスクを承知で行動できるのか、という事になるので、クラマにとっては重要な事柄ことがらだった。


「まず代謝たいしゃ促進そくしんによる疲労回復と負傷の治癒。これは老化が早まるのと、状態が悪いと壊死えしするから気をつけて。

 次に血流の停滞による止血。包帯だけじゃ止まらない血も止められる可能性がある。でも加減を間違うと脳に血が届かず貧血になる。

 最後にこれが最も重要で、解毒。体内の毒素を無害になるまで分解するのだけど……難しいから使えない魔法使いも多い。仲間の魔法使いに確認しておいて」


 イエニアがそれに答える。


「解毒は魔法具で用意していますので、大丈夫です」


「ああ、それが一番いいわね。賢いわ」


 ニーオはそこで一息ついて、足を組み直した。


「こんなところね。専門の魔法医なら、もっと色んなことができるけど……根本的には通常の医療と変わらない。どう、がっかりした?」


 意地悪そうな笑みを浮かべて、ニーオが言う。

 クラマは答えた。


「いや、充分です。ありがとうございます」


 そう言って頭を下げるクラマを、ニーオは興味深げに見る。


「ふーん、地球人はみんな落胆するんだけどね。あなた、変わってるわね」


「やだなあ。普通ですよ、フツー」


 そうして診察は終了し、会計を済ませたイエニアが外に出る。

 クラマも続こうとしたところで、ひとつ思い出した。


「あっ、そうだ。睡眠薬ってないですか?」


「睡眠薬? あるわよ」


 ニーオは薬包をいくつか袋に入れてクラマに渡す。


「初診特典でサービスにしとく。でも寝てる子を相手にするのは、健全じゃないわよ?」


「どうしてそういう目で見るかなあ……でも、ありがとう。何かあったら、また来るよ」


「もう来ないようにしなさい。お大事に」


 クラマは診療所の扉を開けてイエニアと合流すると、次は冒険者ギルドへと向かった。






 このアギーバの街は、元々は寂れた農村地であったが、現議長ヒウゥースが主導したダンジョン探索支援政策によって、近年になって急激に経済成長を遂げた街である。

 そのため木製の簡素な家屋と、石造りの厳つい建築が混在するという、節操のない街並みとなっていた。


 中でも、その経済力を象徴するかのような施設が、冒険者ギルドであった。

 クラマの抱いたイメージは「ヨーロッパの銀行か大使館」。

 小奇麗で洒落た外観の3階建て石造建築。

 施設内では各種手続きの他、探索に使用する道具の販売および貸し出し、武具の整備代行、冒険者の斡旋、ダンジョン以外の冒険者への依頼の仲介、引退者への仕事の紹介、さらには診察室に訓練場、遊技場から室内プールまで、ありとあらゆる設備が取り揃えられている。

 なお、サービスはすべて有料である。


 クラマとイエニアは手分けして聞き込みすることになった。

 とりあえずクラマは受付の女性と話をする。


「こんにちは。こちらが冒険者ギルド受付になります。本日はどういったご用件でしょうか?」


 しっかりした営業スマイルに、テンプレ通りの挨拶。

 クラマは少し日本にいた頃を思い出した。


 雑談を交えながらクラマが聞き取りしたところ、昨日の騒動はクラマが犯人ということで、ギルド職員には周知されているようだった。


「みんな噂してたんですよ。どんな凶悪な地球人だ、って」


「えぇー? こんな人畜無害な僕を? そりゃあナイでしょー」


「あはは、そうですね。でも凶悪な冒険者もいますから、気をつけてください。例えばそこの……」


 受付嬢のリーニオは、傍にある掲示板を指した。

 そこにはいくつもの似顔絵が描かれている。


「ダンジョンに潜伏している可能性のある、指名手配中の凶悪犯がこちらです」


「どいつも凶悪な面構つらがまえだね。……あれ、この子は?」


 クラマが指したのは、ライトブルーの髪に紫色の瞳をした少女の似顔。


「それは今日追加されたばかりですね。なんでも、仲間を皆殺しにして逃走中で――あっ!」


 リーニオは説明している途中で何かに気付き、クラマの後ろの方へと声をあげた。


「だめですよ、ロビーでの飲酒は禁止です!」


 クラマが振り向くと、後から入ってきた冒険者2名が、酒の入った陶器を手にしてくつろいでいた。


「固いこと言いねぇ! どーせお前さんらのお偉方も、今ごろ執務室でいいことしてるんだろーが!」


「違いねえ! ア~~ッヒャッヒャッヒャッ!」


 冒険者はリーニオの注意も意に介さない。

 酒を飲みながらロビーに居座り、2人の冒険者は雑談している。


「……で、警備にたてついた地球人があの坊主ってのは、マジな話か?」


「マジだね、あのふくれた顔を見ろって。……ん? どこ行った?」


「え、だれだれ? 誰の話?」


 いつの間にかクラマは男2人の間に入り込んでいた。


「うおっ!? おめぇーの話だよ!」


「うーん、なんか有名になっちゃってるなぁ。これはまさか――」


 はっとした表情で、クラマはつぶやく。


「僕のイケメンに、この世界が気付いてしまったのか……!?」


「ギャーーーハハハハ!! ボコボコにふくれたツラで、なに言ってやがる!」


「アッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!」




 ――それからしばらくの後。


 ひととおり聞き取りを終えたイエニアがロビーに戻ってくると、見知らぬ冒険者と肩を組んで談笑するクラマの姿があった。


「何をしているんですか……」


 イエニアに気付いたクラマは、冒険者たちに別れを告げて、イエニアと共に施設の外に出た。

 冒険者ギルドの扉を開けて面に出たイエニアは、クラマに忠告をする。


「ああいうガラの悪い冒険者には、あまり近付いてはいけませんよ。何をされるか分かりませんから」


「そうかなぁ。でも色々教えてくれたよ。罠の見分け方とか」


 クラマは聞き取りした内容をイエニアに話した。

 イエニアは頷きながら聞く。


「ご苦労様でした。私はこれから買い出しに行きますが、クラマはひとりで帰れますか?」


「あれ、冒険者ギルドで買わないの?」


 イエニアは首を横に振った。


「ギルド内の価格はすべて割高わりだかですから」


「ナルホドね……じゃあ、ついて行っていいかな」


「買い物にですか?」


「うん。荷物持ちくらいはできるだろうし、それに今の僕じゃ何か手伝おうとしても、買い物もひとりじゃできないからさ。面倒かもしれないけど、買い物のついでに色々教えて欲しい」


「面倒ということはありませんが……そうですね、わかりました。今日は市場を回りながら、色々と教えていきます。ついて来てください」


 そうして、2人は街で最も大きな市場へと向かった。


 ……その後、2人は日が沈みかける頃まで街を歩き回った。

 街の案内も兼ねて様々な場所に足を運び、ダンジョンの必需品、その使い方から手入れに至るまで、イエニアはひとつずつクラマに教えていく。

 イエニアの足取りは早く、重い荷物を持ってもまったく歩調が変わらない。

 クラマは置いて行かれないよう、必死になってついて行った。






「ええと……さすがに気張りすぎましたね。すみません」


 きまり悪そうに振り向くイエニアの視線の先には、今にも崩れ落ちそうなほどに膝を笑わせながら、大荷物を抱えるクラマの姿。


「ゼー……ヒュー……コヒュー……」


「荷物は私が持ちましょう。貸してください」


 そう言うイエニアも、クラマと同じだけ荷物を持っている。


「ダイジョブ……ダイジョブヒィ……」


「どう見ても大丈夫じゃありません。私が持ちます」


 クラマからひょいっと荷物を奪うイエニア。


「おぉ……いやー、すごいなあ。イエニアは」


「鍛えてますからね。でも、私なんてまだまだです。騎士団の中では、末席の駆け出しですから」


「どんな魔界なんですかね、その騎士団ってヤツは」


 あははと笑って返すイエニア。


「……でも、あまり無理はしないでください。私が女だからと気にしないで、もっと頼ってくれていいんですよ」


 イエニアの言葉に、クラマは口をへの字に曲げて苦い顔をした。


「うーん……そうなんだけどさ。やっぱり厳しいなあ」


「……? 何がですか?」


 小首をかしげるイエニアに、クラマは少しうつむき加減に吐露とろする。


「僕のせいで、イエニアには色々と迷惑かけちゃってるからさ。だから出来ることを増やして、少しでもイエニアの負担を減らそうと思ったんだけど……だめだなあ」


「いえ、負担だなんて……」


 自分は自分のやるべき事をしているだけ。あなたは気にしないでください。これが私の役割ですから。

 ……といった言葉がイエニアの脳裏に浮かんだが……なぜだか、それを口にするのは躊躇ためらわれた。

 自分の心にうまく理由をつけることができないでいるイエニアに、クラマは二の句を続けた。


「イエニア、きみの方こそ無理してない?」


 イエニアは、ぎゅう、と心臓を掴まれたような気がした。

 何事かを、言い返さなくてはならない。

 咄嗟とっさに口を開きかけ……しかしその気勢きせいは、ふたりの間に降りる夕闇の中へ紛れて消えた。

 真正面から自分を見つめ返す、真摯しんし眼差まなざしに気がついてしまったからだ。


「私は……大丈夫ですよ」


 かろうじて絞り出せた言葉。

 その不自然な間に、イエニアは目眩めまいのする思いだった。

 彼はどう思ったかと、鼓動の一拍ごとに胸の内のもやが大きくなるのを感じる。

 イエニアにとっては、とてもとても永く思える時が流れて……


「うん。それならいいんだ」


 日のかげる夕暮れ時でも、クラマの強い視線がイエニアにはよく見えた。


「僕はこれから先、たくさん皆を頼ると思う。だから、僕も皆から頼られるようになりたい。まだ全然だけど……僕が頼れるようになったら、きみも僕のことを頼って欲しい」


 返答を自分の中に探して、イエニアは気がついた。

 クラマを相手にする際に、自分が抱く漠然とした不安、その正体に。


 ――彼の前で嘘をつきたくない。


 秘匿、脚色、虚偽、虚飾。

 自分の言動は何もかもが嘘にまみれている。

 そんな現状への拒否感が、彼女の心をさいなんでいた。

 だが、今さらやめることなど出来はしないということも、イエニアは理解していた。


「……ええ。期待していますよ、クラマ」


 だから精一杯の虚勢を張って、イエニアは微笑んだ。

 それを受けたクラマも緊張を解いて、相好そうごうを崩す。

 そうして、どちらともなく2人は歩き出した。


「しかしまずは、その膨れた顔を治すことですね」


「おっと、こりゃ参ったね。せっかくイエニアとのデートなのに、恥をかかせちゃったかな」


 と、イエニアの人差し指が、クラマの額を突っついた。


「あたっ」


「そういうところですよ! 診療所でも言われたでしょう。女の人への軽口は、もう少し控えてください」


「いやいやいや、僕は本心からね……おうっ」


 つん、つん、と怪我をしていない場所を選んでイエニアはクラマの額をつつく。


「そういえば朝は半端に終わりましたね。この際です、あなたには言いたいことがあります」


「ハイ。ハイ。スイマセン」


 クラマは貸家かしやに戻るまで、歩きながらイエニアの説教を聞かされたのだった。

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