第4話

 クラマたち4人が梯子はしごを登って地上に上がると、洞窟の入口が木材の山で塞がれていた。

 ダンジョンの出入口を塞ぐバリケード。

 そのバリケードの内側には2人の男と1人の少女がおり、外に向かって声を張り上げていた。


「不当な搾取さくしゅはやめなさーい!!」


「やめろー!」


「冒険者の権利を守れー!!」


「おー!」


「基本的人権を尊重しろー!!」


「そうだー! ……ところで基本的人権って何ですかい、アネゴ?」


「うっ! それは……人として……人としての権利よ!」


「なるほど!」


 ……こんな調子で中学生くらいの少女が音頭おんどを取って、中年男2人が掛け声を合わせていた。


「えーっと……これは何なのかな?」


 また違う世界に入り込んでしまったような気がして、クラマは困惑を隠せない。

 そんなクラマの声で、叫んでいた3人の男女が振り向いた。

 互いに何を言おうかと思考を巡らせる一瞬、その空隙くうげきの間に――


「クラマっ!!」


 イエニアが叫ぶと同時に、クラマは背後から何者かに抑え込まれていた。


「へっへっへ……こいつの命が惜しければ、俺っち達に従ってもらおうかい?」


「く……」


 クラマを人質に取られ、イエニアは剣の柄に触れていた手をゆっくりと外した。

 先程まで叫んでいた少女が喝采かっさいをあげる。


「でかしたわ、次郎!」


「うっす。ちぃっとばかし小便に行ってたのが、いいタイミングでしたわ。ナイス小便! って感じっスね」


「そういうこと言わない! 次郎はもっとデリカシーを持って!」


「サーッセン」


 拘束されたクラマはイエニア達から引き離されて、バリケードの側にいる3人の所へ連れて行かれた。

 クラマはどこから尋ねたものかと思ったが、まずは小さな疑問から聞いてみた。


「えーっと……次郎サン? って、地球人じゃないよね?」


 四人一組だから冒険者パーティーで間違いないだろう。

 そして先程叫んでいた内容とからして、少女が地球人……それもおそらく日本人だろう……と、クラマは当たりをつけた。

 見た目も少女は黒髪に黒目。他の男3人は髪も目もカラフルだ。

 しかしそれでは、この世界の人間が次郎と呼ばれているのには違和感がある。


「この名前っスか? これはアネゴがつけてくれたんスよ。俺っち達の名前が分かりづらいっつって」


 次郎の言葉に他の男2人も頷いて言う。


「アッシはソードマン一郎でさぁ」


「拙者はマジカル三郎でござる」


「……そう。うん、ありがとう」


 クラマは何とも言いにくかった。

 いきなり始まったわけのわからない状況。

 それでもクラマはなんとか事態を把握しようと頭を働かせていると、少女が声をあげる。


「ちょっと! こいつ地球人なんだから、運量使わないように口を押さえておかなきゃダメじゃない!」


「でもアネゴ、こいつ運量ないっスよ」



> クラマ 運量:73/10000



「あ、そう? ならいいわ」


 あっさりと前言を覆す少女。

 クラマはそんな少女を観察した。


 見慣れたアジア人の顔立ち。

 体つきも顔つきも幼く、やはり中学生くらいだろうとクラマは思った。

 快活かいかつそうで、もっと言えば気が強そう。

 かなりの癖っ毛で、髪は肩にかかるのを拒絶するかのように、くるりと跳ねている。

 髪の先だけ黄土色になっているのが特徴だった。


 まずはクラマが先に口を開く。


「僕の名前はクラマ=ヒロ。君は?」


「サクラよ。タイシャク=サクラ」


「よろしく、サクラ。……でだ。ちょーっと僕には状況が分からないんだけど、説明プリーズ」


「見て分からない? ストライキよ!」


「ストライキ」


 ストライキとは、労働者が業務を休止・阻害することで、労働条件の改善を訴える行為である。


「こんなスマホもカラオケもギターもない世界に連れてこられて! 土下座されたから仕方なくダンジョンに潜ってみたら何? 税金5割!? おかしいでしょ絶対!? やってられないわよ! そうよね、みんな!?」


「アッシはアネゴについて行くだけでさぁ」


「こんなんじゃ街で適当にギった方が……いや、なんでもねっス」


「拙者、サクラちゃんがいれば何でもいいでござる」


 いまいち意志統率が成されていないパーティーだった。

 クラマはひとまず話に同意していく。


「……まぁそうだよね。5割は多いよね。うん」


「でしょ? せめて2割、いや1割に変えるように、こうやって薄汚い政府に要求してるの!」


 そう言って、サクラはあまり大きくない胸を張る。


 ……クラマの見たところ、男たちはサクラの主張する内容はどうでも良くて、ただサクラを盲信しているだけのようだった。

 つまり会話するのはサクラだけで良いので、その点は楽であった。


 そこで口を挟んでくるのは、イエニアだ。


「確かに上納金に不満を持つ冒険者は多いでしょう。しかし、要求するにしてもこの方法は危険に過ぎます。この国の法律では、意図してダンジョンの運営をさまたげる行為は理由の如何いかんを問わず重罪。期間の定めのない禁固刑です」


「えっ? ちょっ……みんな知ってた?」


 サクラが後ろの3人に聞くと、一郎と三郎はきょろきょろと顔を見合わせる。

 次郎だけが知っていたようだった。


「いや、まっ、そのための地球人。運量じゃないっスか、アネゴ!」


「そ、そう。そうよ! 外の兵士達だって、私の運量を恐れて近寄れない。それに、あなた達だっているじゃない!」


 と、サクラはイエニア達を指さした。

 苦々しい顔をするイエニア、パフィー、レイフの3人。

 クラマが人質に取られている以上、彼らに逆らうことはできない。


 クラマはここにきて理解した。

 自分達が今、これ以上ないほど壊滅的に悪い状況にあると。



 ――意図してダンジョンの運営を妨げる行為は“理由の如何を問わず”重罪――



 

 やむを得ない理由などは考慮されないという事だ。

 つまり、サクラの命令に応じて彼らを手伝ってしまえば、有無を言わさず共犯として処罰される。


 もちろん、このストライキは成功しない。

 サクラは運量を過信しているが、そこまで便利なものではない事を、クラマは知っている。


 クラマはイエニア達を見た。

 皆もこの状況が理解できているようで、苦しげな顔をしている。


 今、イエニア達の目の前には選択肢が3つある。


1.『サクラの言う通りにして、犯罪者になる』

2.『クラマを見捨てて逃げる』


 そして3つめは――


「……………………」


 額に脂汗をにじませたイエニアが、いつでも抜剣できるように、手の位置をわずかに上げた。


3.『危険を覚悟でクラマを取り戻す』



 クラマにとって、その3つの答えはどれも最悪だった。

 そして切羽詰まったイエニアの様子を見て、クラマは悟った。

 この状況を動かせるのは、自分しかいないのだと。

 故に、クラマは動いた。


「……サクラ。運量があれば大丈夫だと、本当に思ってるのか?」


 突然名を呼ばれたサクラは驚いて、まじまじとクラマを見た。

 言われた内容に驚いたのではない。

 それまで肩の力の抜けた気安い感じで喋っていたクラマが、自分をまっすぐに見据えて、低いトーンで静かに語りかけてきたからだ。

 その雰囲気の違いを感じ取って、サクラはたじろぐ。


「だ、大丈夫でしょ。さっきから外の連中、近づいてこないし」


 それは応援が呼ばれるまでの間だけだ。

 運量が相手でも、人数がいれば押し切れる。

 クラマはそれを分かっている。

 しかしそんな言い方をしては、目の前の少女を納得させるのには弱いだろうとクラマは考えた。

 そこでクラマは言い方を変える。


「いや、制圧するのは簡単だ。向こうは冒険者のパーティーを2つ雇うだけでいい」


「あ。……で、でも、こっちにはあんたもいるじゃない!」


「僕は運量ないよ」



> クラマ 運量:74/10000



「こ、この役立たず!」


「そうだね、ごめんね。……で、多分もう向こうはその準備をしてる。外の警備員は、それを待ってるだけだ」


 サクラ達は不安げに顔を見合わせた。


「あ、アネゴォ、まずいっスよ!」


「どうしやすかい、アネゴ」


「ブタ箱は嫌でござる」


「お、落ち着きなさい! 大丈夫よ! 今ならまだ来てないし、運量があれば逃げるくらい……」


「逃げるのは無理だよ」


 クラマはサクラの甘い目論見もくろみをぴしゃりと否定した。


「なんでよ。そんなのやってみなきゃ」



「――はぁ!?」


 サクラが素っ頓狂な声をあげる。

 それと同時にイエニア達3人も、クラマの発言に目を見開いて驚愕していた。


「嘘でしょ!? ねえ、どうなのあんた達!?」


「あ、アッシはそんな話は知らねぇ。聞いたこともねぇ」


 残る男2人も首を横に振る。


「ほら、誰も知らないって! だいたい、なんであんたがそんなこと知ってるのよ。そこがおかしいでしょ」


 サクラは言いながら動揺した気持ちを落ち着かせる。

 そうなのだ。万が一、クラマの言うことが本当だとしても、そんなことを知るはずがない。誰も教えるはずがないのだから。

 しかしクラマは当然の事のように答えた。


「気付かなかったのか? 地球人の胸には、召喚される前にはなかった手術の痕がある」


「え……うそ?」


 そこでサクラはこの世界に来てから、姿見すがたみで自分の体を見ていないことを思い出した。


 クラマの言葉を確かめるために、サクラはシャツを引っ張って、自分の胸元を覗き込んだ。

 周りの男3人もサクラの胸元を覗き込んだ。


「なに覗いてんの! バカ!」


 サクラは3人にビンタを張った。

 その様子を眺めつつ、クラマは彼女にアドバイスを送る。


「たぶん女の人の場合は、乳房の下にあるんじゃないかな」


 クラマの言葉を受けて、サクラはシャツをまくり上げて、自分の胸の下を覗き込んだ。

 周りの男3人も下からサクラの胸を覗き込んだ。


「覗くな!」


 3人はサクラに蹴られた。




 ……紆余曲折ありつつも、サクラは自分の体に手術痕らしき傷跡があるのを確認した。

 予想だにしていなかった事態に、サクラはわなわなと震えている。


「ほんとにあった……いや、でも発信器があるって決まったわけじゃ」


 甘い希望にすがろうとするサクラに、間髪入れずにクラマは告げる。


「オノウェ調査をすればいい。それで確認できる。魔法使いがいるなら、できるだろう?」


 離れて見守るパフィーが、目をぱちくりさせる。

 つい先刻教わったばかりの情報を、当たり前のように使いこなすクラマに驚いていた。

 また、それとは別にイエニアは思い詰めたような顔をしていた。


 サクラ達のパーティーは慌ただしく相談する。


「どうしやすかい、アネゴ?」


「拙者、オノウェ調査は得意でござる。人の私生活を調べるのに便利であるゆえ」


「……いいわ、やって」


 サクラに言われてマジカル三郎が詠唱を行う。


「オクシオ・オノウェ! チセウィハ・アヴィウハ・アセフ・イッツースディ・イウェハシ……サクラちゃんのおっぱいの奥に発信器があるのかーーーっ! 我に教えたまえぇぇーーっ! オクシオ・センプル!」


「なにその詠唱!? ほんとに必要!?」


 しかし胸の奥から広がる波動は、魔法が成功したことを示していた。

 三郎はうつむき、しばらく沈黙した後……静かに口を開いた。


「……真実にござる」


「う、うそ……」


「間違いないでござる。サクラちゃんのおっぱいの奥に発信器が」


「わかった。黙って」


「パイ……」


 三郎を無視してサクラは必死に考える。

 発信器があるなら逃げ切るのは絶望的だ。土地勘もないし、仲間の3人は頼りにできない。

 運量で発信器を壊すことも考えた。だが、壊せる保証はないし、ここで運量を使ってしまったら逃げるのに使う量が足りるのか? どれだけ運量を残せばいいのだろうか? いや、逃げるのは諦めて別の方法があるのではないか?


 ……等々、サクラがぐるぐると頭の中を回転させているところへ、クラマはすぐ側まで近づいて囁くように告げる。


「僕が召喚施設にいる間に調べた中に、対地球人の始末屋という記述があった。ひょっとしたら、もう動いているのかもしれない……」


「う……嘘でしょ……あの中で……運量の使い方知ってるわけ……」


「太ってた眼鏡のスタッフ、クリプトは口が軽くてね。仲良くしたら色々教えてくれたよ。施設責任者のディーザが、冒険者ギルド経理のコイニーと不倫してることも……。後はディーザと少し取引してね、彼にとっては大した事ではなかったらしい」


「じゃ、じゃあ本当に……?」


 ほとんどが嘘である。

 しかし今のサクラには、どれが本当でどれが嘘なのか、ひとつひとつ精査していられるほど、思考領域に余裕がなかった。


 一番大きかったのは、「知っているはずがない」とサクラが信じていた事を、味方である三郎の調査によって覆されてしまった事だ。

 嘘だと思っていたことが本当だった。

 これによって、その後に続くクラマの言葉に対して、「嘘だ」と決めつけることのできない心理状態が作られてしまった。


 その上でクラマによって大量に投下される、虚実織り交ぜた情報。

 すでに拠り所を失っているサクラの思考は掻き乱され、疑心暗鬼の海を漂う。


「ど、どうしたら……あたし……」


「どうするんスかアネゴォ!」


「あ、アネゴ、どうしやす。指示をくだせぇ」


「イーーーーーッ! 捕まる前にサクラちゃんのおっぱい揉みたいィィーーーッ!!」


 一部の者は口調が保てなくなるほどに絶望していた。


「お、落ち着きなさい! だっ、大丈夫よ、大丈夫! あたしが……あたしがなんとかするから! なんとか………」


 そうは言いつつも、サクラは頭を抱えた。

 なんとかなるわけがない。

 そんな都合の良いアイデアが、そう簡単に浮かぶはずがないことは、サクラにも分かっていた。



「じゃあ、僕がなんとかしよう」



「え……?」


 サクラが頭を上げると、目の前で人差し指を立てて、片目を閉じて微笑むクラマの顔があった。






 その場の全員の視線がクラマに集中する中で、イエニアは尋ねた。


「どうするつもりですか、クラマ?」


 すでにクラマを拘束していた次郎の手は離れている。

 場のペースは完全にクラマが握っていた。

 皆の視線を受けながら、全員に向かって、クラマは答えを告げる。


「掘ろう。上まで」


「う……」


 イエニア達はその一言で察した。

 サクラ達は何のことか分からず、怪訝けげんな顔をする。


「え、なに? どういうこと?」


「ええと、それはね……レイフ、地図貸して?」


「あ、ええ……わかったわ」


 クラマはレイフから地下1階の地図を借りると、その一点に人差し指をあててサクラ達に説明する。


「ここの真上が、僕らが泊まってる貸家だ。ここから家の中まで、上に向かって掘り進む。……どうだろう、イエニア。パフィーの魔法と、サクラの運量で、いけるかな? なんなら、そこの梯子はしごを壊して持っていってもいい」


「それは……多分……いや、できます」


 イエニアが想定するに、そう難しくもなく、問題なく可能であった。

 だが、いくつかの問題がある。


「待ってください。さすがに時間がかかります。それにこの場を離れれば、すぐにでもバリケードを壊して追ってくるでしょう」


「うん、そうだね」


 クラマは頷き、そして言った。


「だから、僕がここで時間を稼ぐ」


 全員が息を呑んだ。


「降りるのを見られなければ、中は迷路だし、かなりの時間を稼げると思う」


「だ、だめよそんなの!」


 声を張り上げたのはパフィーだった。

 イエニアも同じ思いだ。


「そうです、それに――」


 それに……なぜ、見も知らぬ彼らのために、そこまでしなくてはならないのか?


 イエニアは、その言葉を飲み込んだ。

 それは彼女が騎士である以上、決して口にしてはならない言葉である。


 何かを言いかけて口をつぐんだイエニア。

 止まってしまった空気を、レイフが引き戻す。


「……さて、結局どうするのかしら? 厳しいけど、考える時間はないのよね。どうするにしたって、早く決めないと」


 クラマは己の答えを提示した。

 イエニアに決断が求められている。


 問題は他にもあった。

 発信器の性能が分からない。個別認識が可能で、今この時も位置を特定されているかもしれない。

 そうであれば終わりだ。

 だが、その可能性は低いとも、イエニアは考えていた。

 50人を越えるこの街の地球人すべてに、そこまで高価な魔法具を用意できるとは考えにくい。


 しかし、可能性が低いからといって、パーティー全員の破滅を賭けていいものか……?

 はっきり言ってしまえばクラマの拘束が解かれた今、サクラ達を叩きのめして衛兵に突き出せばいい。

 サクラ達のその後を思うと後味は悪いが……自分が手を汚せば、少なくとも自分たちパーティーの安全は保証される。その手段、技量がイエニアにはあった。


 葛藤。

 己がどうするべきか。

 イエニアはパフィー、レイフ、そしてクラマの顔を順に見て……結論を出した。


「やりましょう」


 そこからは早かった。

 イエニアはサクラ達も含めて全員に指示を出して、梯子から地下へ降りさせていく。

 クラマもパフィーが降りる前に心量を譲渡し、パフィーは魔法でここでの会話の内容を隠蔽いんぺいした。



> クラマ 運量:74 → 76/10000(+2)

> クラマ 心量:57 → 20(-37)

> イエニア心量:300 → 269/500(-31)

> パフィー心量:333 → 266/500(-67)

> レイフ 心量:418 → 415/500(-3)



 最後にイエニアが降りる前に、クラマは言った。


「ありがとう」


「……いえ。無茶はしないでくださいね」


 クラマは頷いて、地下に降りるイエニアを見送る。




 そうして、クラマはひとり残された。


「さあて……どうしたもんかなあ」


 クラマはしばらくサクラ達の真似をして、バリケードの奥から消費税削減やベーシックインカム導入を大声で訴えていたが、やがて様子が変わったことに警備員も気がつく。


「おい、何かおかしくねぇか」


「確かに。声がひとりしか……」


 警備員たちは警戒しながらバリケードに近づいていく。

 ……すると白い煙がバリケードの隙間から漏れ出してきた!

 そして中から叫び声。


「ウワァーーーーーーーッ!! 火事だあああーーーーーっ!!!」


「な、なんだと!?」


 もうもうと立ち込めてくる煙に、警備員は後ずさる。


「ヒィィィ~! 焼けるぅぅ~~~! 死ぬ~~~! 助けてくれェェ~~~~い!!」


「お、おい! 水だ! 水持ってこい!」


 奥から警備員がバケツのような大きい容器を引きずってくる。


「よし、そっち持て! せーのでぶっかけるぞ!」


 それをバリケードの隙間から見てとったクラマは、バリケードを飛び越えて外に出た!


「せーの……」


「ぶええええええええええええ!! だずがっだあああああああああああああ!!!」


 バッシャーン!

 クラマのタックルで地面に水がぶちまけられる!


「うわっ! し、しまった、水が……おい、水んでこい!」


 言われた男は駆け出そうとする。

 が、それをクラマの目が捉える!


「……!」


 クラマは走り出そうとした男の足を掴んで、引きずり倒した!


「うおぁ! 何をする!」


「怖かったよおぉぉーーーーー!! オトーチャーーーーーーーーン!!」


「わかった! わかったから手を離せ! な!」


 そんなドタバタをクラマと警備員は繰り返す。

 ……そうして、およそ1時間ほど過ぎた頃。業を煮やした警備員たちによって、クラマはロープでぐるぐる巻きにされた。

 消火活動に専念する警備員。

 そこで頓狂とんきょうな声をあがった。


「……あれっ!?」


「どうした?」


「いや、これ……」


 バリケードの中から拾い上げられたのは、だった。


 警備員たちの目線がクラマに集まる。


「……おっと?」


 突き刺すような視線の中で、クラマに出来たのは、ただ愛想笑いを浮かべることだけだった。

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