第3話

 爪トカゲの解体を終えて探索を再開していると、クラマはふと思いついた。


「そういえばさ。危険な動物がいたら、僕が運量で倒せばいいんじゃないかな? 心臓マヒさせるとか」


 それに対してパフィーが答える。


「それね、だめなんだって」


「そなの?」


「うん。知性ある生物はヨニウェの殻によって物質的・霊的に守られているの。でも、こういうお話は分からないわよね?」


「帰ったら詳しく教えて欲しいな。とりあえず、動物には運量を直接使えないって事でオーケー?」


「ええ、オーケーよ」


 クラマはなんとなく、この世界ではたくさん地球人が召喚されているのに、いまだにダンジョンが攻略されていない理由が分かったような気がした。

 今こうしてダンジョン内で、色々と運量を試してみて実感できた事なのだが……


 運量は使いにくいのだ。それも、かなり。


 簡単な願いをしたつもりでも一気にごそっと運量を持って行かれることがあり、減り方がうまく予測できない。

 長いダンジョンの中で切らさずに使うのは難しそうだった。

 早いうちに、効率的な使い方を覚える必要がある。クラマはそう感じていた。


「あっ、みんなー! ちゅうもーく!」


 レイフが突然、手を挙げた。


「私たちが今いる場所が、ちょうど家の真下よ」


「へえー、よく分かるね」


「どう、すごいでしょ?」


 ダンジョンに潜ってから数時間は経つ。

 ここまで暗くて複雑な道を進んできたので、クラマは既に方向感覚すらなかった。

 クラマが感心していると、レイフはいたずらっぽく舌を出した。


「なーんてね。実は他の冒険者から、1階の地図をもらってたの。だからカンニング」


「そっか。先に入ってる人がいるなら、地図も誰かが作ってるはず」


「でも一晩だけじゃあ、1階の地図しか写させてもらえなかったのよね。1階だけに1回ってね」


「このひとは、下ネタかエロい事を喋ってないと生きていけないんすかねぇ!?」


「あら失礼しちゃう」


 と言いつつも、レイフは笑っている。

 そんな2人のやり取りを見て、パフィーは首をかしげる。


「1階で1回って、どういうことかしら?」


「――ハイみなさん! この辺で休憩にしましょう! パフィー、レイフ、食事の用意をしますよ!」


 イエニアは強引に話を切り替えた!

 全員ハーイと返事をして、それぞれに支度を始める。


「ふぅー、どっこいしょ」


 レイフはずっと背負っていた大きな荷袋を降ろす。

 荷袋を開くと、中から調理器具や携帯食料、ロープ、水袋、小型ハンマーなど、様々なものが詰め込まれていた。


「よく背負ってたねー、こんなの」


「そうなのよ、もうくたくた。後はみんなおねがーい」


 レイフはぐったりと横になってしまった。

 代わりにパフィーが近付いてくる。


「一緒に支度しましょ、クラマ! わたしが教えてあげる!」


「うん。よろしくパフィー」


 パフィーと2人で荷袋をあさるクラマ。


「……なにこれ?」


 クラマが手に取ったのは、先から糸の出た玉ねぎのようなボール。


「それは煙玉よ。その線を引き抜くと、煙が出てくるの。たいていの獣はひるんでくれるから、便利なのよ」


「ほうほう」


「それよりクラマ、お鍋を取ってくれる?」


「ハイヨー」


 パフィーの指示に従って、クラマは食事の準備を進める。

 暗い地下洞窟の中だが、2人の間は和気藹々わきあいあいとして明るい空気が広がる。

 2人が鍋を火にかけたところでイエニアが顔を出してきた。


「深くまで潜ったら、こうした調理はできないでしょうけど。獣を呼び寄せますし、何より水は貴重です」


 確かに水の重要性はクラマも実感していた。

 緊張のせいか、探索中はひどく喉が渇く。


「それでは今日は、先ほど倒した爪トカゲクリッグルーディブの肉を入れましょう」


 一口サイズに切った肉を、イエニアが鍋に投入した。

 調味料を入れて、待つことしばし……


「ごはんのにおいねー?」


 完成を知らせるようにレイフが起き上がった。


「はい、どうぞ」


 イエニアがよそって、それぞれに配る。

 肉と調味料を入れて煮込んだだけの簡素な鍋料理だが、その味は果たして――


「うーん……うむぅん……」


 まずくはなかった。

 しかし味が……というか、何か色々と足りない感をクラマは感じていた。

 肉も固い。良い言い方をすれば歯応えがある、と言えなくもなかった。


「あらあら、微妙な顔」


「地球人は食べ物にこだわるらしいわ。クラマもそうなのね」


「そうなんですか? こんなにおいしいのに……」


 クラマはなんとも言えなかった。

 なんとも言えないので、クラマは今後の課題として心に留めておくことにした。




 食後はしばらく休憩の時間がとられた。

 その間にクラマは、あらかじめパフィーに頼んでおいた『探索中に消費した運量の数値と願いの内容、その場面の詳細』が書かれたノートを読み込む。


「……パフィーは本当に頭がいいなあ」


 クラマの思惑おもわくを把握して、ツボを押さえたシチュエーションの記録がされている。

 まだまだデータは足りないが、少しでも傾向を掴み取ろうとクラマは目を走らせた。



 休憩時間終了。

 探索を再開しようという時、クラマは皆の心量が目に留まった。



> クラマ 運量:10000 → 7012/10000(-2988)

> クラマ 心量:85 → 75(-10)

> イエニア心量:350 → 329/500(-21)

> パフィー心量:422 → 397/500(-25)

> レイフ 心量:473 → 450/500(-23)



 クラマが首からネックレスのように金属の札をかけているのと同様に、イエニアは手甲に、パフィーは胸当てに、レイフはズボンのベルトに貼り付けていた。


「結構みんな心量が減ってるね」


「ええ、心量は普通に生活しているだけでも少しずつ減っていきますから。しかし慣れない環境にいると、それだけで減りは大きくなります」


「普通は1日で10減るくらいよね」


 自分の腰を覗き込みながら言うレイフ。

 レイフは今、昨日のダンサー衣装と違って、普通に露出を控えた作業着を着ていた。

 しかし一方、パフィーは昨日と変わらぬフリルのドレスだった。

 今さらながらにクラマは尋ねる。


「パフィーは動きやすい服の方がいいんじゃないの?」


 それ以前に、危険だ。

 イエニアが難しい顔で答える。


「そうなのですが……魔法には極度の集中が求められますので、本人が集中しやすい格好でないと、魔法の成功率が落ちてしまうのです」


「なるほど。でもやっぱり危険じゃないかな」


「ええ。1階では問題ないでしょうが、階層の状況によっては、着替えてもらう場合もあるでしょう」


 クラマとイエニアのやり取りを聞いて、パフィーがしゅんとする。


「ごめんなさい。わたしが慣れてないから……」


 クラマは膝をついてパフィーに目線を合わせ、優しく肩に手を乗せて言う。


「大丈夫。慣れてないのは僕もだから、これから一緒に慣れていこう」


「クラマ……うん! わたし、がんばるね!」


「ああ、期待してるよパフィー」


 クラマが腰を上げると、今度はレイフが難しい顔をしていた。


「……どしたの? 変な顔して」


「いえ? 私は別にいいのだけど……子供好きの男の人って、どうなのかしらね?」


「なにか重大な誤解がある気がするね!」


「だって心量回復してるし……ねえ?」


> クラマ 心量:75 → 78(+3)


「いやいやいやいや、かわいいものを見て心が癒されるのは、至極当然のことではないかな?」


「ふうん? ……そうね?」


 レイフはまったく信用していない様子だ。


「はいはい、雑談はそれまでにして進みますよ」


 もはや恒例となりつつあるイエニアの軌道修正を受けて、探索は再開された。






 探索と休憩を繰り返し、やがて一行は地図の最奥地点に辿り着いた。

 かなり広い空間。

 かつては祭祀場さいしじょうとして使われていたようで、奥には祭壇があり、いたるところに柱が立っていて視界は悪い。


「ここにも何もありませんでしたね」


 クラマ達はひととおり探索したが、持ち帰れそうなものは何もなかった。


「さて、まだまだ行っていない所はありますが、今日のところは来た道を戻って帰りましょう。皆も疲れたでしょう」



> クラマ 運量:7012 → 6489/10000(-523)

> クラマ 心量:75 → 66(-9)

> イエニア心量:329 → 307/500(-22)

> パフィー心量:397 → 371/500(-26)

> レイフ 心量:450 → 427/500(-23)



 まだ余裕はあったが、同じ距離を戻るとなると、半分まで減ってからでは遅いのがダンジョン探索というもの。

 一行は大部屋から通路へと引き返すが……


「……クラマ?」


 クラマが考え事をして遅れていたので、イエニアが声をかける。


「ああ、ごめん。ちょっと運量の使い方を思いついたから、使ってみていいかな?」


 後は同じ道を戻るだけなので、運量が必要になる場面もないだろう。と、イエニアは許可を出す。


 クラマは考えていた。

 運量を使用するにあたって、おそらくポイントになるのは「具体性」と「直接的な目標を避ける事」だ。

 例えば「罠が発動しないで欲しい」よりも「経年けいねんで罠が壊れて作動しないで欲しい」と具体的理由を示した方が運量の消費が少なく、さらには「罠のある場所に小石が2個落ちていて欲しい」と願い、最初から罠のある場所を回避した方が、少ない運量で「罠にかからない」という結果を得ることができる。


「エグゼ・ディケ――」


 金目のものが欲しい時に「宝箱が欲しい」では、大量の運量を消費して空の宝箱が手に入るだけだろう。

 つまり、もっと別の言い方をする。


「――


 運量を使った後に、運任せ。

 これがクラマの導き出した答えだった。


 そこで突然、通路と繋がっている大部屋の入口、その真上から、パラパラと砂が落ちてきた。

 クラマが見上げるが……上の方は真っ暗で何も見えない。


「あれ、なにか……ありそうですね」


 夜目が効くイエニアがよく目を凝らして見て『何かあるかも』程度のもの。

 また、そこは柱が邪魔して物理的に視界に入りにくい場所でもあった。


「登ってみましょう」


 イエニアはレイフの荷袋から鉄釘を2本取り出すと、土の壁に突き刺して器用に登っていく。


「ちょ……鎧、鎧脱がなくて大丈夫?」


「平気です! この鎧、見た目よりもかなり軽いんですよ!」


「いやいやいや、軽いったって……」


 クラマの心配もなんのその、あれよあれよという間にイエニアは壁を上っていく。


「いやあ……びっくらこいた」


「どうですか皆さん! 私、目立ってますか!?」


 金色の鎧は薄暗い中でも、はっきりと存在感を放っていた。

 クラマは上方に向かって声を張り上げる。


「最高に輝いてるよー!」


「ありがとうございまーす!」


 クラマが上にいるイエニアに手を振っていると、パフィーの目が揺れているクラマの札に留まった。


「あら? クラマ、これ……」


「うん?」


 パフィーに言われて自分の札を見ると……



> クラマ 運量:6489 → 0/10000(-6489)



 運量が切れていた。

 そして上からイエニアの声が聞こえてきた。


「あっ、卵があります! これは……すごい! フォーセッテの卵ですよ!」


 どういう事かと、クラマはパフィーに解説を求めた。


「フォーセッテは風来の神の眷属と言われている、とても希少な鳥よ! 希少すぎて生態がほとんど分かっていないし、卵となるとさらに貴重で、取引が行われた記録すらないわ!」


「おおーっ! まーじかー!」


「まじよ、まじ! すごいのよ!」


 飛び上がって喜ぶ2人。

 そんな2人に向かってレイフが言う。


「あのね、みんな? とても楽しそうなところに、申し訳ないのだけれど」


 クラマとパフィーの視線がレイフに向く。

 レイフは人差し指をそっと上に向けて……


「なんだかすごい怖い目で睨まれてない?」


 クラマとパフィーは指の先を見上げる。

 見ると、イエニアの真上に煌々こうこうと輝く2つの光。

 うっすらと見える巨大な鳥のシルエットで、それが両目の輝きだと知ることができた。



「ヴェオオオオオオオオオオオオオオ!!!」



 まるで地獄から噴き出たような咆哮!

 鳥類とは思えぬ重低音の雄叫びが大気を鳴動させる。


「うわーーーーーーーーーーーーッ!」


「イエニア! 降りて降りてー!」


 イエニアはガーッと鉄釘を壁に滑らせて、一気に壁を下る。

 ガシャンと金属音をたてて地面に膝をつくと、すぐさま立ち上がった。


「逃げますよ!」


 一同、全速力で通路へ走る。

 上空からは全長5メートルはあろうかという緑色の鳥が降りて……いや、落ちてきていた。

 巨鳥はボールのような丸々とした体に、大きな翼を取り付けたような体型。

 一見して羽の大きなひよこのような可愛らしいシルエットだったが、凶悪な眼光に、ノコギリじみたクチバシが、ファンシーなイメージを消し飛ばしている。


 ズズンと地響きをたてて地面に着地する鳥。

 巨鳥は大きな翼を横に広げると、大気のうねりを巻き起こしながら豪快な羽ばたきを見せる!


「おうわっ!?」


 走って通路へ逃げ込んだクラマだが、猛烈な突風を受けて転倒する。


「ヴェオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 クラマが体を起こすと、目の前には巨大なクチバシ広がり――


 ガヂィィィッ!!!


 間一髪、足の先から数センチのところでクチバシが閉じる。


「イエニア……ありがとう」


 すんでのところでクラマを引き寄せたのはイエニアだった。


「立てますか? まずは離れましょう」


 緑の巨鳥はその巨体があだとなって、通路までは入って来られない。

 ただ小さく唸り声を漏らしながら、鋭い眼光でクラマを睨みつけていた。




 ……そうして鳥の目が見えなくなるほど離れてから。


「卵があれば親鳥がいるのは当然でしたね。危ないところでした」


「あの鳥は倒せないの?」


 クラマが尋ねると、イエニアは即答した。


「無理ですね。分厚くて固い羽と皮、それに脂肪のために、剣も打撃も通りにくい。そもそも前に立った時点で、あの羽ばたきで全滅です。壁に張り付いた血の染みになりますよ」


「うへえ。じゃあ魔法とかでも無理?」


「準備があれば、魔法で倒せる可能性もなくはないのでしょうが……」


 イエニアはちらりとパフィーを見る。


「無理だと思うわ。羽ばたきされると詠唱が止まってしまうもの。風も届かない遠くからだと効果は弱くなってしまうし……」


「それじゃあしょうがないね。諦めよう」


「魔法もそんなに色々できるわけじゃないの。ごめんなさい」


 クラマはよしよしとパフィーの頭を撫でた。


「ん……」


 パフィーは嬉しそうに目を細める。

 と、そこでクラマは思い出す。


「……ところで卵は?」


 クラマの言葉を受けて、イエニアは腰の後ろにあるポシェットを探る。

 彼女が取り出したのは……緑色の卵。


 4人は、イエーイとハイタッチを交わして喜んだ。






 それから地上への帰り道で――


「そういえばクラマに魔法を見せていませんでしたね。道中、機会があればやってみましょう」


 と、イエニアが提案してしばらく歩くと、一行は獣の亡骸なきがらを発見した。


「丁度いいですね。パフィー、あれの調査をお願いします」


「ええ、まかせて」


 パフィーは亡骸の前に立ち、呪文を唱える。


「オクシオ・オノウェ! イーオ・ツニウ・ツウィポウェ・ツウゥ・イィーフ・ドゥシー」


 パフィーが装着している胸当てから、淡い光が浮かぶ。

 詠唱が進むたびに、クラマは波のような響きを感じていた。

 パフィーは詠唱を続ける。


「どうして彼は死んでしまったの? 手が汚れているのは誰かしら? いつまで待っても、答えはいつも向こう側。さあ、5つめの扉を開きましょう。――オクシオ・センプル!」


 詠唱を終えた瞬間、見た目こそ変わらないものの、クラマの感じていた波長が一気に広がり……そして消えた。



> パフィー心量:371 → 343/500(-28)



「……終わったのかな?」


「ええ、調査は完了したわ。この子はおよそ1ヤーウ前……地球の単位だと3時間くらい前に、遭遇した冒険者に斬られて死んでしまったみたい」


「そんな事まで分かるの?」


「情報を構成する第五次元オノウェを操作して、必要な情報を検索するの。でも古い情報は精度が落ちるし、調べたいことをきちんと指定しないといけないから、なんでもすぐに分かるというわけではないけれど」


 運量の使い方と似ているな、とクラマは思った。

 パフィーの説明にイエニアが補足する。


「近付くことさえできれば未知の罠でも解除法を得られる可能性がありますし、他にも魔法によるオノウェ調査はいくらでも使い道があります。ダンジョン探索においては、魔法使いに最も求められる役割ですね」


「でもね、過信しちゃだめよ。禁止されている事だけど、オノウェを乱して調査を困難にすることもできるから。その時は魔法使い同士の技量の勝負になるわ」


「……なるほどね」


 古い情報は難しい、指定が必要、妨害の可能性がある、それと心量の消費という縛りはあるが……その有用性は計り知れない。

 運量と、魔法による情報検索。この2つがダンジョン探索のキーになりそうだと、クラマは予感した。


「さて、解体しましょうか」


「かいたい」


「見たところ、まだ使えるところがたくさん残っています。あまり狩りの得意でない冒険者のようですね。あ、クラマはどうします?」


「やります」


「大丈夫ですか? 顔色が少し……」


「ダイジョブだよー、ゼンゼン問題ナイヨー」



> クラマ 心量:66 → 61(-5)





 獣を解体した後は、何事もなく帰り道を進んで、ダンジョンの入口へと到着した。

 ようやく長い探索が終わると安堵あんどする一行。

 ……だが、しかし。この時の彼らは予想だにしていなかった。

 梯子を登って地上に出た彼らの前に、重大なアクシデントが待ち受けていることを……。



> クラマ 運量:0 → 72/10000(+72)

> クラマ 心量:61 → 57(-4)

> イエニア心量:307 → 300/500(-7)

> パフィー心量:343 → 333/500(-10)

> レイフ 心量:427 → 418/500(-9)

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