第2話

 この世界に来てから10日間の間に、医療スタッフらしき人達から聞き出せた情報は、以下の通り。


・自分はダンジョンを攻略するために召喚された。

・自分の他にも喚び出された地球人はたくさんいる。

・ダンジョン踏破のために、地球人だけが持つ“運量”が求められている。

・運量は幸運を起こす力。

・時間の経過で運量は回復していく。

・“心量”という魔法を使う力もある。

・心量はどちらの世界の住人も持っているが、地球人は量が少ない。

・地球人が自力で心量を生み出せるのに対して、この世界の人間は神から授かる。

・地球人は、この世界の人間に自分の心量を分け与えることができる。

・粉薬や飲み薬を山ほど飲まされたのは、この地で生活できるように免疫をつけるため。

・召喚されてから目覚める前に、体内の洗浄と病原菌の駆除が行われた。

・この世界(国?)では姓が先で名が後。

・地球人召喚施設責任者のディーザは、冒険者ギルド経理役のコイニーと不倫している。

・コイニーの友人である冒険者ギルド受付のリーニオは、非常に酒癖が悪い。


 以上。

 以下は推測と考察。


・昔から多くの地球人が召喚されているから、日本語が通じるのだろう。

・彼らは日本語を「地球語」と言っていた。もしかして召喚されるのは日本人だけ?

・心量の譲渡と心量を神から授かるのは



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 ……と、ここまで書いて、クラマはノートに走らせていた筆を止めた。

 窓の外で人の足音がするのに気付いたからだ。

 もう誰もが寝静まる深夜。酒場から響く馬鹿笑いも聞こえない。

 クラマはランタンを掲げて、2階の窓から外を覗き込んだ。


 果たして家の裏手にいたのは……なんと、メイドさんであった!

 暗くてクラマの目では細かく見えないが、飾り気のないシックなエプロンドレスを着ていることは分かった。

 クラマは様子見などすることもなく、いきなり声をかける。


「やあ、こんばんは」


 しかしメイドはそれに応えず、背中を向けて駆け出した。


「とうッ!」


 なんとクラマは、躊躇ちゅうちょせずに2階の窓から飛び出した!


「――えっ!?」


 まさか追ってくるとは思っていなかったのだろう。メイドが驚きの声をあげる。


「待てぇい、不審者……って、速っ!」


 メイドの走力は明らかにクラマより上だった。

 そしてはたから見れば、深夜に女性を追いかけるクラマこそが不審者だった。


「くっ、エグゼ・ディケ……止まれ!」


 クラマは運量を使用する!

 願った通り、メイドは何かに足をとられて停止し……しかしそれだけ。メイドはすぐにまた走り出した。


「う、だめかこれ……!」


 なら他の願いで、というのをクラマは思い留まる。

 自分の首からかけた金属札を確認すると、運量がおよそ200ほど減っていた。

 200回復するのにどの程度の時間を要するのかクラマには分からなかったが、明日はダンジョンに潜ることになっている。あまり減らすことはできない。


 クラマは素直に諦めて、走り去るメイドを見送った。

 そして帰ろうときびすを返したところ。

 そこでばったりイエニアと遭遇した。


「え、クラマ……? どうしたのですか、こんなところで?」


「いやあ、家のそばで不審なメイドさんを見つけたもんで。あ、メイドで分かる? 女中さん?」


「それは分かります。しかし不審なメイド、ですか……」


 イエニアは少し思案してから、


「まあ、メイドなら危険はないでしょう。あまり気にしないように。それより明日はダンジョンですから、早めに寝ておきましょう」


 そう言ってクラマに帰宅をうながした。


「そうだね、そうする。……ところで、なんで寝る時間なのに鎧を着てるの?」


「鎧でないと目立てませんから」


「…………なるほど」


 一体いつ脱ぐのだろう、とクラマは気になった。


 そうして部屋に戻ったクラマは、先ほど使用した願いの内容と消費した運量、場面の詳細をノートに記載してから床についた。






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 そして翌朝。


 本日はダンジョン探索当日。

 空は快晴、雲ひとつない青空だった。


「さあ、準備はできましたね皆さん! 今日は我々が前人未到のダンジョンへと足を踏み入れ、踏破へと向かう記念すべき第一歩です! 油断せず、気を引き締めていきましょう!」


「おお~、いえいえ~」


 イエニアのスピーチに、クラマは拍手する。


「おー!」


 パフィーは飛び上がって拳を突き上げた。

 そんな微笑ましい光景の後ろで、ひとり溜め息をつくレイフ。


「みんな元気ねえ~」


「レイフ、テンション低くない? アゲアゲでいこうぜ~!」


「あなた1日で馴染みすぎじゃない? いや、私もテンション低いわけじゃないのよ。ただ荷物が重くって」


 そう言うレイフは、パフィーが丸ごと入りそうな荷袋を背負っていた。


「重そうだね。僕が持とうか?」


「そうして欲しいところだけど……」


 そんなクラマとレイフのやり取りを、イエニアが止める。


「仕方がありません、ダンジョンではこれが彼女の役割ですから。今のうちから慣れてもらわないといけません」


「そ。何もできないお荷物だから、荷物持ち」


 レイフは自虐しながら舌を出して笑う。


「それとマッパーですね、彼女は」


「マッパー?」


 聞きなれない言葉にクラマは聞き返す。


「地図を書く人のことです。地下深くの迷宮では、帰り道を失うことが最も怖ろしい。地味ですが重要な仕事です」


「ああ、それは確かに」


 クラマは頷いた。

 そこへすかさずレイフが補足。


「マッパーだけど、真っ裸になったりしないわよ?」


「いや、分かってます」


「あ、でも心量が少なくなったら……」


 囁くように言いつつ、レイフはクラマに妖しい流し目を送る。

 その言葉の続きをイエニアが大きな声でさえぎった。


「お話はその辺にして! ダンジョンへ行きますよ! はい、クラマはこれを」


 イエニアはクラマに長い棒を差し出す。


「これは?」


 非常に長い。3メートル近くはある木の棒だ。


「あなたには、パーティーを先導して罠の発見や解除を担当して頂きます。怪しい所があれば、棒の先でつついて調べてから近づくようにしてください」


 なるほどな、とクラマは感心した。

 確かに幸運に任せて罠に突っ込むよりも、回避できる罠は避けた方が運量の消費は抑えられるだろう。


「オーケー分かった。でも、どこが怪しいか見分けられるもんかな?」


「そこは私達も見ていきます。たとえ罠を見過ごしたとしても、それはあなたひとりの責任ではありません」


「ふうーむ……」


 クラマはなにやら思案している。

 それを迷いと受け取ったイエニアは、安心させるように言葉を続ける。


「それに、今日は地下1階より先には進みません。1階は既に他の冒険者たちに探索され尽くしていますから、危険もないでしょう。まずはダンジョン内での歩き方、独特の空気に慣れてから、本格的な攻略に移ります」


 要するに今日は練習ということだ。

 クラマは思考を終えて、顔を上げる。


「うん、とりあえず行ってみようか!」


 長く険しい、ダンジョン踏破への第一歩が始まった。


> クラマ 運量:10000/10000

> クラマ 心量:97

> イエニア心量:350/500

> パフィー心量:422/500

> レイフ 心量:473/500






「あー、オタクら初めての人ね。ハイ、じゃー、ココに代表の人がサインして。ハイ、ハイ、ハイじゃー行ってらっしゃっせー」


 ……と、こんなやり取りを警備員と行い、トンネル状の入口から洞穴に入る一行。


「いやあ、まさかこんな手続きが必要とは」


 なんとなくクラマは、開幕から風情を台無しにされた気分であった。

 イエニアがそれに答えてくれる。


「このダンジョンは法的には国が所有し、冒険者ギルドに管理が委託されている施設……ということになっていますからね。ダンジョンから帰った際に、持ち帰った品物を彼らギルド職員が査定して、手数料5割を引いた上で換金してくれます」


「5割? 多くない?」


 驚くクラマ。

 レイフもそれに同意する。


「ボッタクリよねえ」


「……まあ、一介の冒険者では行うことのできない地球人の召喚をギルドが代行してくれて、冒険者へ提供……パーティーの一員として加えていますから。召喚のコストを考えれば、これでもむしろ安いのかもしれません」


「なんだか複雑な感じだね」


 イエニアは言い方に気を使っているが、これは人身売買だな、とクラマは思った。


 話しながら進んでいると、一行は地下へと降りる梯子はしごを見つける。

 まず先にイエニアが梯子を伝って降り、それから後に続いて一人ずつ地下ダンジョンの中へと降りていった。




「ああ、明かりはついてるんだね」


 地下1階へ降りると、意外なことに照明の光がパーティーを出迎えた。

 通路は高さ、横幅ともに3メートルほど。

 壁、天井ともにき出しの土で、まさに穴ぐらといった風情ふぜいだった。


「照明があるのは始めのうちだけのようです。ランタンを持って後ろをついて行きますので、光が足りなければ言ってください」


 そう言ってイエニアとパフィーがランタンを用意する。


「では進みましょう。私が指示を出しますので、クラマは先行して罠を探してください」


 こうして探索が始まった。

 イエニアの言った通り、先へ進むと壁に嵌め込まれたランプはなくなり、洞窟を満たす闇が徐々にその濃さを増していく。

 暗くなるにつれ、通路の狭さも相まって、クラマは強い閉塞感を覚えていた。

 その中をクラマは目を凝らしながら、怪しそうな所がないかと注意しながらゆっくり進んでいく。


 ダンジョンの空気に慣れる、と言ったイエニアの言葉の意味をクラマは実感していた。

 地上では感じられない独特の重圧、緊張感は想像以上だった。



> クラマ 心量:97 → 90



 しかし――


「ああそこ、そこです、そう……そう……いいですよクラマ、そこはもっと奥……ん……あー、いい! いいですよ、上手ですクラマ」


「…………………」


 クラマはどうも、いかがわしい事をしている気がして仕方がなかった。



> クラマ 心量:90 → 93



 最初は長くて重くて使いにくかった3メートル棒にも次第に慣れて、クラマは滞りなく探索を進めていく。

 クラマは途中、機会を見つけては色々な場所で運量を使っていく。

 しかしイエニアの言った通り、探索され尽くしている地下1階には、これといった罠もなければ宝箱もなかった。

 あるものと言えば――


「シャアアアアアアアアアアッ!!!」


 見たことのない大型の爬虫類が現れた!

 トカゲのようだが前足が異様に大きく、鋭い鉤爪かぎづめが生えている。

 そいつは狭い通路を塞ぐように屹立きつりつし、クラマ達を威嚇する。


「皆さん、下がってください!」


 クラマは言われた通りに下がり、同時にイエニアからランタンを受け取る。

 後ろから見ると、イエニアと背を伸ばしたトカゲは丁度同じくらいの顔の高さだった。


「大丈夫なのか……?」


 こんな大きな動物と、人間が正面から戦えるのか? 目の前で見て、クラマは不安になる。

 クラマの横でパフィーが解説する。


「クリッグルーディブ……爪トカゲね。獰猛で怪力。毒はないけど、彼らは汚物に爪をひたす習性があり、爪で傷を受けると破傷風の危険があるわ。洞窟などの暗がりを好んで、毎年、何人もの冒険者が犠牲になっている指定害獣ね」


 どうやらクラマが思った以上に危ないヤツのようだった。


「心配は無用です! 私の剣の冴え、お見せしましょう!」


 やけに活き活きとしているイエニアを、クラマは固唾を呑んで見守る。

 じりじりと爪トカゲに近付いていくイエニア。

 その爪が届く距離に入った瞬間、爪トカゲは恐るべき俊敏さで、弾けたように動き出した!


 長大な爪が闇を切り裂く!


 だが、その爪はイエニアには届いていない。

 イエニアは剣を使って、刃を払うようにトカゲの爪を受け流している。


「たああぁっ!」


 もう一方の手に持った盾で、イエニアは爪トカゲの顔面を殴った!

 よろめく爪トカゲ。

 が、再び爪を振るって襲いかかる!


 それもまた剣で逸らされる。

 そして同じようにイエニアは盾で殴打。


「はあっ!」


 側頭に命中。

 よろける爪トカゲ。

 また爪を振り上げる爪トカゲ。

 剣で逸らすイエニア。


「せいやっ!」


 三度、盾で殴られる爪トカゲ。

 爪トカゲは倒れた。


 爪トカゲの失神を確認したイエニアは、振り向いて後ろの3人に向かって手を振った。


「見ましたか、皆さん! 私の活躍を!」


 なんとも言えない空気が漂う。

 あまりに淡々とした戦闘。

 率直な感想を言うならば――“地味”であった。


「……うーん……剣の冴えとは一体?」


 イエニアは剣によって敵の攻撃を無力化していた。

 確かにそれは間違いない。

 間違いではないのだろうが……どこかクラマは釈然しゃくぜんとしなかった。


 そんな微妙な空気にも、パフィーとレイフは慣れた様子だ。


「わたしもよくわからないけど、騎士の中では、剣を使わなくても戦いのことを“剣”って呼ぶ風習があるみたい。『お前の剣を見せてみろ』って槍使い同士が言うお話を読んだことがあるわ」


「そういう文化もあるのか、面白いね」


「ちょっと残念なところはあるけど、あれで強いのよねえ。本当に」


 クラマ達がそんなことを話していると、イエニアが爪トカゲをかついで皆のもとへ戻ってきた。


「それでは少し戻って、広い場所で解体しましょう」


「かいたい」


「ええ、1階では売れるものは残っていませんので。こうした動物の肉や鱗などを持ち帰って、お金に換えます」


「なるほどね……」


 神妙な顔をしているクラマの様子を見て、レイフが思い出したように言う。


「あ、地球の人ってこういうの苦手なのよね? いや私も得意じゃないからイエニアに任せきりだけど」


「わたしもちょっと苦手……」


「ひとりで出来ますから大丈夫ですよ。皆さんは周囲を警戒しながら待っていてください」


「いや、僕もやるよ」


 クラマの言葉に、イエニアは少し驚く。


「……そうですか?」


「うん、慣れておかないとね。こういうのも」


「分かりました。それでは教えてあげましょう」


 仄暗ほのぐらいランタンの光の中で、クラマはイエニアからトカゲの解体方法を学んだ。



> クラマ 心量:93 → 85

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