B1F - 暗澹たる坑道

第1話

「おい、聞いたか? また新米のパーティーがダンジョンで全滅したってよ」


「ケッ! どうせ地球人を運量の詰まった袋と勘違いして使い潰したんだろ。冒険者ってなァ、運量を効率的に使えて三流、心量をうまく使えて二流、そして地球人がいなくてもダンジョンに潜れるのが一流だ」


「じゃあ俺らは?」


「四流」


「違いねえ! ア~~ッヒャッヒャッヒャッ!」


「ギャーーーーハハハハハ!!」


 そんな馬鹿笑いが、真っ昼間から酒場の外まで響き渡っていた。


「そういやぁ、また新しい冒険者が地球人を召喚したみたいだな。さっきそこで見たぜ」


 中年の冒険者たちは水のように酒をあおりながら、与太話に花を咲かせている。


「やめろやめろ! どうせ4階から先には進めっこねェんだ!」


「違いねえ。しかも新米連中も、ガキが混ざった女3人。地球人の方も細っこいメガネの優男ときた。ありゃ無理だな」


「かァ~! もしその新人が4階まで行けたら、おれァこの店の酒を樽でオゴってやるぜ!」


「お、言ったな。マスター、聞いたか! こいつの言葉、覚えといてくれ!」


 眼帯をした厳つい酒場の主人が、飲んだくれの冒険者にジロリと目を向けた。


「てめえらはそんな事より、ダンジョンに潜って稼いできたらどうだ? いつまでツケを溜め込むつもりだクズども」


「まったくだ! ギャーーッハッハッハ!!」


「いや、違いねえ、違いねえ! アッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!」


 笑い声と、嘆息たんそく

 冒険者の集う酒場『納骨亭』は、今日も平和だった。




 サーダ自由共和国――通称『中立国』。

 この国では現在、国政としてダンジョン踏破を志す冒険者を広く募集し、その支援を行っている。

 『ダンジョン』と言われるものの多くは、滅亡した先史文明の遺産が眠る古代遺跡。

 地上に残る遺跡は既にその多くが暴かれているが、地下遺跡は様々な危険が伴うため、ほとんどが手付かずの状況だった。

 しかしながら、ダンジョン攻略によって生まれる報酬は莫大。

 現代では世界最大の支配領域を誇る大帝国も、300年前にダンジョンを踏破した冒険者によって作られたものである。

 かくして一攫千金を夢見る冒険者たちが集い、さらにはそれを相手とした商売人が次々と流れ込むといった形で、かつては寂れた片田舎だったこの街は、今や活気と騒乱に満ちた一大商業都市を形成していた。



 そうした街の一角、住宅街にある貸家のひとつ。

 今日も新たに召喚された地球人の少年が、彼を引き取った冒険者パーティーと顔合わせをしていた。

 少年は先ほどまで異世界の風景を見るためメガネをかけていたが、今は外していた。そこまで視力は悪くないので、普段はかけていないのだ。


 場を取りまとめるのは、ひときわ目立つ金色の鎧を着込んだ少女。

 リーダーを務めているが、年の頃は17~18。

 凛々しい顔つきと立ち振る舞いで、オレンジ色の瞳に、腰まで伸びた茶色い髪を複数に分けて編み込みにしていた。


「それでは自己紹介……の前に、まずはパーティーを代表して私からお礼を言わせて貰います。我々の呼びかけに応じて、ダンジョン踏破の難路に参画して頂き、ありがとうございます」


 そう言って、うやうやしく一礼する少女。


「いやあ、他に選択肢なさそうだしね」


「それは……申し訳ありません。私達はどうしても、貴方がた地球人に頼る他ありませんので」


「あ、ゴメンゴメン。別に責める気はないんだ」


 若干気まずい空気が流れたところで、横から声がかかる。


「そんなに肩肘張らなくてもいいんじゃない? あなたが緊張してたら彼も……えっと、ヒロ……だったかしら? お名前」


 声をかけたのは色気のある大人の女性。

 赤色の瞳に、波のある薄桃色のロングヘア。

 その衣装は踊り子といった職種の者が着るもので、大きく胸元が開いており、はち切れんばかりの豊満なバストが自己主張していた。


「えーっと……たしか苗字が先なんだよね? この世界」


「ええ、そうよ」


「じゃあクラマ=ヒロが僕の名前だね」


「どう呼べばいいかしら? クラマ? ヒロ?」


「クラマでよろしく」


 彼――クラマは、悩むことなく即答した。


「そういえば名前の交換もまだでしたね。軽い自己紹介も兼ねて、1人ずつやっていきましょう」


 金鎧の少女がそう言って、周りも頷く。


「それでは私から。私の名はパウィダ・ヴォウ=イエニア。ラーウェイブ王国の第19王女で、騎士団に所属しています」


「第19……そりゃあ、すごい王様だね」


 クラマは王女という言葉よりも、こちらの方に衝撃を受けた。


「ええ、陛下……父上は子沢山であらせられます。19王女ともなれば継承争いとは無縁ですので、私もこうして自由に動けています」


「なるほど。騎士ってことは、戦いは任せていいのかな」


「そうですね。誰かを守りながらの戦いには慣れてますので、安心してください」


「分かった。よろしく、イエニア」


 クラマが右手を差し出すと、イエニアは少し驚いた表情を見せた。


「あ、握手ってしないのかな、こっちでは。いや、それとも名前呼びがダメだった?」


「ああ、いえ……こちらこそよろしく、クラマ」


 イエニアはすぐに気を取り直してクラマの手を握って、明るい笑顔を見せた。


「ところで、なんで部屋の中で鎧着てるの?」


 クラマは素朴な疑問を口にした。


「鎧を脱ぐと目立てませんから、仕方ないです」


「なるほど。……………なるほど?」


 意味が分からずクラマは首をひねった。

 しかし疑問は未解決のまま、自己紹介は2人目に移ってしまった。


「それじゃ、次は私でいいかしら?」


 先ほど横から口を入れてきた、大人の女性だ。


「名前はレイフ。苗字はないわ。出身は……って、国の名前を言っても分からないわよね?」


 レイフは困ったような照れ笑いを浮かべる。


「そうですね。それより得意な事とかを聞きたいかな」


「あら、敬語なんて使わなくていいのよ? 私にだけ敬語だと、年増扱いされてるみたいだもの」


 レイフはそう言いつつも、特に気にした様子もなく、あっけらかんと笑う。


「オッケー、わかった」


「う~ん、でも得意な事ねぇ。私の得意な事っていったら……」


 レイフはクラマの前まで歩くと、両手を広げてクラマの顔を抱きしめた!


「こういうことー♪」


「ちょっ、ちょっとレイフ!?」


 突然の出来事にイエニアが慌てた声をあげる。

 クラマは豊満な乳房に顔を挟まれ、声を出すことができなかった。

 その大きさはクラマが顔の向きを変えても、全方位が乳で塞がれるほど。

 おそらく胸部全周100cm近く……カップサイズで言えばHはあるだろう、とクラマは肉に埋もれながら推察した。


「心量の回復は任せて? お姉さんがいろんなこと教えてあげるから……って」



> クラマ心量:75 → 52



 クラマの首からかかった札を見ると、心量が急激に低下していた。


「ええーっ!? どうしてぇ!?」


 レイフが乳を離すと、クラマは魚の濁ったような目をしていた。


「ど、どういうこと? 私、何かおかしな事した…?」


「窒息したのでは? それに人前で女性が男性に胸を押し付けるのは、おかしな事だと思います」


「いや……大丈夫。大丈夫だよ……」


 クラマは力なく大丈夫と繰り返す。

 訳が分からずレイフがおろおろしていると……


「ねえ、もういいのかしら? わたしの番はまだ?」


 ずっと待たされていた3人目が、しびれを切らして声を出した。


「あっ、すいません。大丈夫ですよパフィー。自己紹介をどうぞ」


 イエニアに促されて、パフィーと呼ばれた少女は椅子から降りる。


「やった! もう、わたしもクラマとお話したくて待ち遠しかったんだから!」


 パフィーはタッタッと軽やかな足取りでクラマの前に立った。

 とても小柄な少女で、12~13歳あたりの年頃。

 フリルがたくさんついた深緑色の可愛らしいドレスを着こなし、色鮮やかな黄色の瞳は幼さ故の好奇心に輝いて、クラマをまっすぐに見つめている。

 パフィーは挨拶をする前に、フリルのスカートを軽くつまんで、上品に一礼した。片側でまとめた翠緑の髪が肩口で揺れる。


「はじめまして。わたし、パフリット。みんなはパフィーって呼ぶわ。よろしくね、クラマ!」


 まばゆい純真な笑顔が、パッと花開いた。



> クラマ心量:52 → 63



 クラマの心量が回復した。


「……………………」


 レイフは壁に頭をついて落ち込んでいる。


「れ、レイフ、大丈夫ですか?」


「ふ、ふふ……大丈夫、大丈夫よ……ちょっと女としての魅力に自信をなくしただけだから……」


「自分にはそれしかないって、前に言ってましたよね!?」


 そんなイエニアとレイフのやりとりを見て、パフィーは怪訝な顔で首を傾げていた。


「どうしたのかしら?」


「いや、気にしなくていいよ。僕も気にしない。それよりパフィーの得意なことは何かな?」


「ダンジョンでは私の魔法が役に立つと思うわ。それとね、それとね、たくさん本を読んだから、知識には自信があるの! 分からない事があったら、わたしになんでも聞いて?」


「それは頼もしいね。何でも聞くからよろしく、パフィー」


 2人は笑顔で握手を交わした。


「……で、最後に僕かな」


 全員がクラマに目を向ける。

 レイフもなんとか持ち直したのか、ふらつきながらも2本の足で立っている。


「といっても、特に言うこともないんだけどね。名前はさっき言ったし。歳は17歳」


「17……!?」


 イエニアが驚きの声をあげる。

 クラマも何に驚いたのか分からなかった。

 そんな2人に応えたのはパフィー。


「それはね、地球とこっちでは、歳の数え方が違うのよ。向こうでの17年は、こっちだと5ロイと半分。イエニアと同じくらいね」


「あ、なるほど。そうなんですね」


「へえー、パフィーは物知りだなあ」


 クラマが褒めると、パフィーは誇らしそうに胸を張った。

 軽く中断されたが、クラマは気を取り直して自己紹介を続ける。


「さて、他は……特技も……これといってないし。帰宅部だし、成績も普通。視力も0.5だし。うん、何もないね!」


 参った参ったと頭をかくクラマは、まるで他人事を語るようだ。


「まあ、自分自身の特徴というのは、えてして気づかないものです。ここは地球とは違いますし、そちらでは普通の事でも、こちらでは別といった事はあるでしょう。時間をかけて理解していきましょう、お互いに」


「上手くまとめてくれるね、イエニアは」


 場の空気も、一旦区切りをつけてまとめようという頃合いだった。


「それでは、後は何か聞いておきたいことはありますか?」


「聞きたいこと……」


 とぼけたそぶりをしていたクラマが、急に真面目な顔つきになった。

 思いつかないのではなく、言いよどんでいる様子だ。


「いや、これは、なんていうか……今さらなんだけどさ……ううん……」


「何でしょう。何でも構いませんよ、言ってみてください」


「うん、まあ、言っちゃうとさ。僕にはダンジョンに潜る目的がないんだ」


「あ、それは……」


「いや、それはいいんだ。やらないっていうわけじゃない。さっきも言ったけど、他に選択肢はなさそうだし」


 クラマはこの世界に召喚されてから、今日で10日目になる。それまでずっと病室のようなところに閉じ込められていた。

 周囲のスタッフ達と会話はできたのでクラマは情報収集に努めていたが、彼らに何度聞いても言葉を濁して答えてくれない事があった。

 いつの間にか胸に出来ていた、だ。

 この世界の住人は、何かを隠している。クラマはある程度の予想をしていたが、それを確認する術はなかった。


 そういう事で、クラマはこの世界の人間を信用していなかった。

 下手な動きはせず、彼らの言うことに従いながら、情報を集めるしかない。


 そしてそれは勿論、目の前の彼女達にも同様だ。

 クラマにとってみれば、信用して良い対象ではない。

 故に手術痕のことも話してはいない。


 信用するためには情報だ。

 相手が何を考え、何のために動いているのか。それを見極める必要がある。


「……だから、僕はみんなの目的を知りたい。何のためにダンジョンに行くのかが分からないと、探索に集中できないと思うんだ」


 クラマの訴えに対して、イエニアは深く頷く。


「分かりました、貴方にはお話しましょう。私の目的は、不治の病に罹った母のために、ダンジョンに眠ると言われる『奇跡の薬』を持ち帰ることです。あの壮健で優しかった母が、日に日におかしくなって……今では私の顔を見ても、罵声か食器を投げるだけ。宮廷医師も魔法医も、治療することができずに匙を投げました。私は1日も早くダンジョンの奥から、薬を持ち帰らなくてはならないのです」


 イエニアが言い終えると、パフィーが続く。


「わたしはね、先生の遺言で、ダンジョンの奥にある『真実の石』を探しにきたの。他の冒険者の手に渡ると大変なことになるって……。やさしくて、いろんなことを教えてくれた、大好きな先生がわたしに託したものだから……それに、真実の石があれば、先生を襲った犯人が分かるかもしれない。だからどうしても手に入れたいの」


 そして最後にレイフ。


「私はこう見えても昔……ある貴族と婚約者してたのよ。けど、その国の国王が強欲でね。冤罪で彼を裁判にかけて、資産を没収。陥れられた彼は失意のうちに処刑された……。そう、私の目的は復讐よ。でも相手は一国の王。私なんかじゃ触れることもできないわ。だから踏破すれば国をも買えると言われるダンジョンへ、一攫千金を狙いに来たの。どう、他の2人と違ってろくなもんじゃないでしょう?」


 語り終えた3人がクラマを見ると――


> クラマ心量:63 → 78


「く……く、うぅっ………そんな事が……!」


 クラマは号泣していた。


「ようし分かった!! 僕がみんなを連れてダンジョンを攻略してやるからな! 任せてくれ!」


 3人は互いに顔を見合わせた。


「え、ええ……」


「いやあ……頼りになるわね、これは」


「あ、ありがとう! クラマ!」


 こうして冒険者たちは新しい仲間を迎え、その日はささやかな歓迎会が開かれた。




 これは、この地に召喚された1人の少年と、彼を取り巻く冒険者たちが織り成す、絆と嘘の物語である。

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