第3話

 燈子が思いの丈をぶちまけたところで、いつの間にか周りには誰もいなくなっていた。遠巻きには同じように耳にイヤホンをつけた男が数人見える。燈子はその静けさに再び我に返った。


その隙をついて刑事の男はかみしめるように話しだした。

「こんな時、あんたの騎士様ならどうする?」

 刑事は意外な事を言ってきた。


「騎士様なら……全力で姫を守るわよっ。ってか、さっきの特典といい、あなたあのアニメの……」

「ああ、誰にも言うなよ。実は女性にトラウマがあってな……。俺はもう姫しか愛せない。リアル世界の女性はダメだ。現にこうやってあんたの手を握ってるだけで」


 その続きは刑事の目先にあった。見えている手のひら全体に赤い湿疹が広がっている。

「蕁麻疹が出る」

「マジか……」


 少しだが顔にまで出だしている。

「俺は騎士様じゃないけど、あんたとここにいる人を守る。もう一つ質問だ」

 刑事は遠巻きに見ているまだ避難できていない野次馬に目線を這わせ続けながら言った。

「姫ならどうする?」


「姫様なら……民と騎士様を全力で守るわよっ!」

 何故かその一言で燈子と刑事は意気投合した。


「よく聞いてくれ。これからゆっくり外の駐車場に行く。ゆっくりだ」

燈子は黙ってうなずいた。刑事は前方にいた仲間に目配せする。


「ああの。何かしゃべっててもらえない? その方が気がまぎれるから」

「わかった。とりあえず経緯は知っておいた方がいいだろう」

 再びうなずく。


「今朝警察に缶コーヒー型の時限爆弾を設置したという電話が匿名で入った。それと同時に同じ内容のライブ配信も知らせてきた。まさにこの缶コーヒーを棚に置く場面だ。電話の入った管轄内を数人のチームで探したら、それらしきものを見つ……け……」

 離さまいと凝視していた缶コーヒーから刑事に視線を移すと、刑事は獲物を捉えたような目つきで遠くを睨んでいる。


「どうしたんですか?」

「あいつだ……」

「え?」

「エスカレーター横でスマフォをこちらに向けている男。あの手にジャラジャラ付けてる飾りと派手なネイル、今朝の動画と同じものだっ。服はジーンズに青の長袖。中肉中背で丸顔。違うっ。右側のエスカレーターだっ」

 刑事は無線で仲間へ指示を出すが、上手く伝わっていない。


 もどかし気な顔をこちらに向けると、刑事より先に燈子が口を開いた。

「ダメよっ! ここを動かないで!! 絶対離さないっていったじゃない!」

「頼む、俺を信じてくれ必ず助ける」

「うそよっ。またそうやって見捨てられるのよっ」

「見捨てはしないっ。それにこの爆弾はにぎってさえいれば爆発しない」

「嫌よッ。どこにそんな確信があるのよっ。動画で爆弾の説明でもしてた? そんなの犯人の一方的な説明じゃない!!」

「……分かった。じゃあ走るぞ!!」

「へ?」


 そう言うと有無を言わせず刑事は握っている缶コーヒーごと強引に走り出した。

「ええええええええええええええええええっ!」


 爆弾を抱えたままこちらへ突進してきた刑事に驚き、なかなか避難しなかった野次馬達は一斉に散らばった。だが一人だけ、実況生中継をしている男だけは遅れをとり、猛烈な刑事のタックルを受けることとなった。もちろん燈子の崩れ落ちるだけのタックルも。


「確保ぉぉぉっ!!」


 それを合図に四方から刑事たちが腕飾りの派手な男を抑え込む。手錠がかけられ、男は悪態をつきながら連行されて行った。それと入れ替わりに爆弾処理班が到着し、爆弾は燈子の手をやっと離れた。








「大丈夫か?」

 まだ騒然とするフロアのカフェの椅子にぐったりと腰をおろしていると、刑事が缶コーヒーを持ってやってきた。膝が少し痛む。

「爆弾は偽物だったよ。閲覧数を上げたいただのバカ愉快犯だ。今ごろ反省してやがる。その……何だ……悪かったな……」

 燈子の意志など無視して犯人にタックルしたことを謝っているらしかったが、そんなことは微塵も気にしてはいなかった。缶コーヒーには騎士のイラストが入っていて、一瞬ドキリとする。

「あ……ありがとう」

 いつしかそのイラストと刑事が重なり、吊り橋効果だとわかっていると自分に言い聞かせながらもさっきから心臓がうるさい。ひとつ、燈子にはいままでとは違う実感があった。この人なら、と。

缶コーヒーを受け取りながら、この手はぜったいに離さないぞと心に誓う燈子だった。



 





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離さないでっ 和史 @-5c

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