第2話

 時間はこれより数分前に戻る。


 日曜の昼下がり、燈子とうこはぼさぼさの髪を緩く一つにくくり、目の下にクマをつくりながらも本能で一番近くのスーパーへとたどり着いていた。徹夜明けの家の冷蔵庫には何も無く、インスタントコーヒーすら空っぽになっていたからだ。頭をスッキリ目覚めさせるためにはコーヒーが欠かせない。


 いい歳した女なんだから、もっと身なりには気をつけないと、とは思うものの、すっぴんでの外出である。仲間内では「お互い女を捨ててるよね」などという事はあえて言わず、「ナチュラルが一番よ」などと庇い合っている環境であった。


 買い物かごにインスタントコーヒーを2瓶放り込み、ついでに遅い昼の弁当も買う。次に缶コーヒー売り場に直行し、期間限定ラベルの燈子の好きなアニメ「神様に誓ってっ」の登場人物を探す。彼女の安月給ではかなりのやり繰りが必要だが、趣味には金を惜しまないタイプだ。

 ついでに言うと、この年で独り身なのはどれも付き合った男が軟弱すぎて、理想の男性はアニメの中にしか見つけることができなかった結果である。


「愛しの騎士様はどこかしら~」

 先頭の缶にはヒロインが、次の缶にはサブキャラが。これも違うと、次を覗くとお目当てのキャラを発見した。奥に手をのばし取り出した瞬間、缶が一瞬へこんだ様に感じた。何かボタンを押した時の様な感触。


 首をかしげながらも、そのまま引きずり出し騎士のイラストが描かれていることに満足の笑みをもらす。しかし同時にコーヒー缶には付いてないものも目に入ってきた。底にデジタル時計が付いていたのだ。

「これは……何? 新しい特典? かしら?」

 徹夜明けの頭で良いように考えてみる。


 へこんだ缶も気になるので一度売り場に戻そうとしたが、手をゆるめるとデジタル時計の数字が進んだ。数字は09:40……09:39……38とどんどん減っていく。


「見つけたっ!」

 減っていく数字を呆然と眺めていると、急に手元が暗くなりいつの間にか、体躯のいい大男が目を血走らせて立っていた。

「見つけた?」

 まさか、あなたもこのアニメの騎士様のファンで? と言いかけたところで、いきなり手を握られたのである。

「ちょっと、これは私が先にっ――」

 騎士様を取られまいと手を引き寄せる。と、男も負けじと缶コーヒーを奪おうとする。


 胸の内ポケットに無線機があるのか、男は大きな独り言で仲間まで呼んでいる。よくみると耳にはイヤホンが見える。

「ちょっとあなた、そこまでして騎士様が欲し……」


 燈子が最後まで言い終わらないうちに、男は黒い手帳を突き付けた。

「警……察……? はっ。ダメよいくら国家権力をちらつかせたって、騎士様は譲らないわよっ」

「騎士様? いや、俺はこの缶コーヒー――爆弾を。とりあえずまずは落ち着いて」

「爆弾? 今、爆弾って言った?」

「落ち着いて、離さなければ時間は進まない」

「離さ……時間?」

 さっき感じたボタンの様な感触を思い出し、全てがつながった燈子はさらにパニックにおちいった。


「やだっ! 離してよっ! あたしまだ死にたくない!! まだ先週分の録画した『神誓かみちかっ』も見てないしっ、明日はDVDの発売日だし!」

「大丈夫、大丈夫だ、ちょっと落ち着け。録画もDVDもちゃんと見られるし、特典のあんたの騎士様のボイス入り目覚まし時計もちゃんと待ってる。今、爆弾処理班が向かっているから、とりあえずこのまま駐車場まで移動するんだ。大丈夫だ、何よりもこの手は俺が責任をもって絶対離さない」


「ボイス入り目覚まし時計……」


 なぜかその一言で燈子は一瞬我を取り戻した。

「絶対に、絶対に離さないでくださいよっ」

「あぁ、大丈夫だ、俺を信じでくれ」

「絶対ですからねっ」

「大丈夫だ」

「ぜっ……」

 そんなやり取りの末、変な告白めいたセリフを刑事が吐くこととなったのである。

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