離さないでっ

和史

第1話

 それは人で賑わう郊外型複合施設の一階、スーパーの飲料コーナーで突如起こった。 

「絶対に……絶対にこの手は離さないッ!!」

 男はそう大声で叫ぶと、両手に力を入れた。その手は缶コーヒーを持った女の手を握りしめており、周りの買い物客は何事かと一斉に二人に注目する。

「絶対に! 絶対に離さないでくださいよっっ!!」

 女は泣きそうな顔でそう絶叫していた。

「あぁっ! 絶対に離さない!!!」

 男は真っすぐに彼女の目を見つめ、再び叫んだ。彼女も男の目を見つめ返す。やがてゆっくりと、

「うそよ……」

 こんなにも真摯しんしな眼差しを向けられ、なおかつ自分でも離さないでくれといったのにもかかわらず、彼女はそう言って顔を歪めた。買い物途中の奥様連中から悲観的な溜息がもれる。


「うそじゃない。俺は全力でっ……」

「嘘よ!!! 嘘よ嘘よ嘘よっ!! そんなセリフ吐く男ほどダメ男だってこと知ってるんだからっ!」

 買い物かごを片手に、若いお母さん連中は皆一様に首を縦に振った。しかし、そう言いつつも、缶コーヒーを挟んでお互い手を離さず言い合っている。


「分かった、とりあえずちょっと落ち着いて……」

「何が分かるっていうのよっ。高校の時に付き合った彼氏はいつでも頼りにしてくれとか言いつつ、デートで乗ったジェットコースターがトラブルで1時間もてっぺんで緊急停止した時なんか横でずっとグズグズ泣いてるし、大学の時に付き合ってた同じコンビニでバイトしてた彼氏は、君の事一生守るよとか言いつつコンビニ強盗に入られたときあたしを置いて一人で逃げやがったし、付き合って間もなかったけど去年結婚式あげるはずだった彼はずっと一緒にいようねとか言いつつ、式の途中であたしの友達とドタキャンよっ!!」

 女は息継ぎもなく一気にまくし立てた。


「ええ、分ってるわ。そう言ってあなたもこの手を離して、この場から逃げるんでしょ?そうなんでしょ? ええ、分ってるわ。いつだってそうっ。いつだって皆私から離れていくんだからぁぁぁぁ!!!!」

 彼女の心の叫びはスーパーマーケット中に鳴り響いた。

 


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