第42話 同郷との出会い

 ベッドは大きいもので、大人二人が横になってもまだ余裕があった。ただ幾ら広いとはいえど身を寄せ合う必要があり、アネットは伍堂の腕に抱きつき寝息を立てている。抱き付かれている伍堂はというと、昼間の疲労もあり眠気は来ているのだが暗い中で目をぱっちりと開けて天井を眺め続けていた。

 理由はアネットにある。彼女が腕に抱きついているのは良いのだが、右腕が豊満な胸の谷間に挟まれてしまっていたのだ。そこから彼女の体温と柔らかさが伝わってくるし、耳にはスースーと気持ちよさそうな寝息が吹きかかっている。

 心身共に健康な青年である以上は興味が向いてしまうわけで、腰の下に血が集まっていくのを感じるほどだ。今にも彼女の体に圧し掛かり、組み伏せてしまいたい衝動がむらむらと湧き上がるのを理性で押し留めているがそれも限界に近い。

 内に潜む悪魔が囁く。欲望に身を任せてしまえ、彼女は拒まないし喜ぶぞ、と。

 天使が囁く。女性を物として扱う彼らと一緒になってはいけない、と。

 天使と悪魔の間に挟まれ、葛藤を続けて伍堂は慎重に彼女の体から腕を離して上体を起こした。窓の外を見ると夜空には月が浮かんでおり、暗闇ではない。ベッドを下りて窓際に立ち、大きく息を吐き出した。下半身に溜まっていた熱が冷えていき、頭も冴え渡っていく気がする。

 アネットは伍堂が抜け出したことに気づいた風もなく、変わらずに寝息を立て続けていた。ベッドはもう一つある、空いているベッドで寝ることも考えたが朝を迎えた時のことを考えるとそれは出来ない。彼女と共に寝ると約束したのだ、欲に苦しめられているからといって反故には出来なかった。

 大きく深呼吸を一つして、与えられた銃ゼマスティスを手に取り、剣を腰に佩いた。疲れが限界にまで達してしまえば性欲よりも睡眠欲が上回るはず。そう考えた伍堂は足音を立てないように、部屋を出て、宿の外へと出た。

 夜のシオに吹く風は冷たかった。夏が近づきつつあるのか、昼間は暖かなシオの街だったが冷たい夜風に吹かれると体が震えそうだ。訪れていた眠気は風に飛ばされてしまい、マントを羽織ってくるべきだったかと後悔しながらも気の向くままに歩き始めた。

 意外なことに夜の街は明るかった。月明かりだけではなく、街の至る所に街灯があってオレンジ色の柔らかな光を投げかけている。現代日本の夜を照らす発光ダイオードの明かりと比べれば弱いものだが、散歩をする分には問題ない。

 想像していたよりも進歩しているこの世界に驚かされながら、足の向くまま気の向くまま、ふらふらと街を歩き続けた。店はどこも閉まっていた。開いている店もありはするが、そのほとんどは性を売り物にしたいかがわしいものばかりで店先に立っているポン引きが声をかけてくるが見向きもしない。

 昼間と比べれば少ないものの、伍堂のように街を歩く人もちらほらと見かける。ほとんどは酔っ払いだったが、中には荷物を抱え忙しそうに歩く人の姿もあった。盗人かと思いはしたが、それにしては堂々としていたし街灯の明かりを見て回る衛兵も彼らに気を留めている様子がないので、夜に仕事をしている人達なのだろう。

 この世界に来てから二ヶ月近くが経っているが、知らないことばかりだと思い知らされる。色々と知りたくはあるが、どうすれば良いのだろう。伍堂の周りにいるのは上流階級の人々ばかり、彼らに尋ねたところで知りたいことを教えてもらえることは無いだろう。

 そこで思い出すのはスタイン市で出会ったナンシーのことだった。彼女はおそらく貧民に属する人間なのだろうが、伍堂の知りたいことを教えてくれる導いてくれるのは知己の中では彼女しかいないと思われた。

 けれど再び会う機会はあるのだろうか。無さそうな気もする。手紙の一通でも出してみるのが良いのだろうか、といっても彼女の住所を知らない。手段はあるはずだが、その手段を思いつかないまま歩き続けていると人気のない場所に来てしまっていた。

 メインストリートから離れた場所なのか街灯の数は少なくなっていたし、すれ違う人の姿もない。考え事をしていたとはいえ道は覚えている、そろそろ戻ろうかと踵を返した。

「やぁやぁそこを行く御方、こんな夜更けにどこへ行く? それも持っているのは銃じゃないか、とんだ物騒な物を持ってどこへ行こうというのだい?」

 振り返ってみれば顔をフードで覆い隠した人影がある。背丈は伍堂とそう変わらず、声の調子からすると年頃も離れていない男性のようだ。手には水晶玉を持っており、指には装飾の施された指輪が嵌められていて占い師のような印象を受けた。

 突然に話しかけられたものだから驚き、加え不審な見た目をしているものだから肩に担いでいた銃を握る。

「おいおい止めてくれよ、俺がそんなに怪しいやつに見える? あー、見えるよね。じゃあこれでどうだい? 怪しくなくなっただろ? それに耳のイヤリング、それも外したって良いんじゃないかな。チョーカーも要らないよ、俺たちが話すのにそれは不要だからさ。日本語でやろうぜ」

 そう言って彼はフードを外した、現れた顔立ちは日本人のそれである。呆気に取られたまま、彼に言われるがままにイヤリングを片方だけ外した。これで彼が日本語を話しているか確かめることができる。

「俺、日本語ペラペラだろ? いやま、日本人だからね。君もそうなんだろ? 多分、エプスタインに呼ばれてこっちきたんじゃないかな。どう? ちゃんとご飯はもらってる? 虐められたりしてない?」

 友好的だとアピールするように彼は笑い、近づこうとしてくるが伍堂は彼が近づいてきた分だけ後ろに下がって距離を開け、彼に銃口を向けた。

 これといった理由はない。彼が敵だと思ったわけでもないが、ここは異世界だ。日本人がいるわけがないし、彼はエプスタインが何をしているか知っている。彼から敵意を感じないが、危機感があった。

「ちょっと待て、銃口を向けないでくれよ。落ち着けって、エプスタインから聞いてないの? 俺の予想が正しければなんだけど、君で五人目のはずなんだ。というのも俺は四人目、エプスタインから呼ばれた四人目。四谷っていう名前、聞いてない?」

「よつ……や?」

 その名前には聞き覚えがあった。初めてその名前を見たのは、ゴブリンを探して入った森の中。そこにあった小屋に残されていた手紙に四谷の署名があったことを思い出す。

 途端、言い表せぬ不安が伍堂の背中の毛を逆立てた。口の中が急速に渇き始めるが、体は至って冷静に彼の眉間に照準を合わせていた。引き金を引けばいつでも、と思ったが弾を込めていない事を思い出したがそれを悟られてはならぬと、瞬きもせずに眉間に狙いを定め続ける。

「だからその物騒なものを下ろしてくれよ、何ていうんだっけ……あー、そうそう同郷の好! それでさ、とりあえず銃を下ろしてくれよ。俺はただ同じ日本人と会えたのが嬉しくって声を掛けただけなんだ。ちょっと想像してくれよ、遠い外国で同じ日本人を見かけたら嬉しくならないか? つい話しかけたりしないか? するだろう?」

 伍堂は答えない。じりじりと摺り足で後退し剣が届かない距離まで離れたところで足を止める。彼、四谷は近づこうとしない。銃に弾は入っていないが、牽制するには充分なはずだ。

「あー、わかった。わかったよ、銃はそのままでもいいよ。安心するならそのままでいいけどさ、ちょっとは喋ってくれないかな。俺の質問には答えてくれよ、会話が成り立たないじゃないか。そのぐらい別にいいだろう?」

 敵意がないと示すためなのか、四谷は両腕を大きく広げた。だからといって伍堂は警戒を緩めない、額にうっすらと汗を浮かべながら彼から一時も視線を外さない。

「だから何か言ってくれよ……まー、まずはこれかな。エプスタインに召喚されて来たんだろ?」

「あぁ、そうだ。こっちもお前が四谷だっていうなら聞きたいことがある、なんで屋敷から姿を消したんだ? それに手紙……ゴブリンに襲われてた村の近くで見つけた手紙、そこに四谷って名前が書かれてたんだ。あれはどういうことなんだ?」

「何でってそりゃエプスタインが気に入らなかったからさ、あいつだけじゃないよ。パウエルとかハンゲイトも気に食わなかった、お前もその三人は当然知ってるだろ。何ていうか、自分勝手じゃんか。だから飛び出すことにした。で、その手紙ってやつは……まー、その、なんだ。別に良いじゃん」

 四谷の顔から笑顔が消え、伍堂を睨み返すと広げていたままの腕を下ろした。彼の周囲の大気が陽炎のように揺らめき始める。錯覚かと思い瞬きをしてみたが、揺らめきは消えない。

 何か、何かおかしい。彼はどこかおかしい、伍堂と同じという風には思えなかった。具体的にどこか、何がおかしいのか言葉にできるほどハッキリとした感覚は得られない。自然、体が強張り撃てないと分かっていながらも引き金に指が掛かる。

「良くない、と思う。気に入らないっていうのは分かる、僕も屋敷の人達には思うところがある。けれど、君は飛び出すときに言伝の一つは残したの? そんな様子はなさそうだけど……」

 四谷の目が細くなり眉間に皺が寄る、この表情が伝えるのは怒りである。彼は伍堂の言葉に苛立ちを感じ、伍堂の耳に聞こえるよう舌打ちをすると一歩距離を詰めた。

 それ以上近づいてくるな、という意思表示のために狙いを付けなおしたが四谷は気に留めない。さらに一歩近づいてくると顎をしゃくる。

「お前さ、名前ぐらい言ったらどうなんだよ。こっちが仲良くしましょうつってんのに、その態度はねーだろ、あ? てめーの父ちゃんは無職のアル中で、かーちゃんは売女でもやってんのか? まともな日本人だったら今のてめーみたいな態度はとらねーだろ、違うか? 俺間違ったこと言ってないよねぇ」

 彼の体から放たれる陽炎じみた揺らめきがさらに大きくなる。彼の怒りがこのような現象を引き起こしているのだろうか、そんなはずはない。ならばどうして、あれはなんだと思考を巡らせ以前にも同じ揺らめきを見たことがあるのを思い出す。

 パウエルから渡され、今腰に佩いている剣が同じ揺らめきを纏っていたのではなかったか。この剣は矢を弾く為、風を起こす魔法が使える魔力を持った剣である。魔法の知識を持たない伍堂だが、この揺らめきは魔力によってもたらされるものではないかと推察した。

 もしそうだとするのなら、四谷は魔法を使おうとしているのではないか。仲良くしようと嘯きながらも内心は異なっているではないか。

 伍堂の額に浮かんだ汗が頬を伝い、顎から地面に落ちた。小さな音のはずなのに、やけに大きく聞こえてきた。

「まったく……お友達になれるかなと思って声かけたんだけど、俺が馬鹿だったわ。てめーみたいなコミュ障はどうでもいーけど、どーせ戻ったらエプスタインとこの連中に俺の話すんだろ?」

 答えはイエスだが伍堂は答えない。四谷の纏う揺らめきに変化が無いかを瞬きせずに注視し続ける。

 返事をせず銃を構え続けたままでいるため、伍堂の答えは口に出さずとも四谷へと伝わる。彼は伍堂の答えを知ると忌々しげに舌打ちし、口角を吊り上げ手にしていた水晶玉を宙へと投げた。

 自然と伍堂の視線は投げられた水晶玉へと向かう。すぐにそれがいけないことだと悟ったが、既に遅かった。胸の真ん中、鳩尾の上辺りに強い衝撃が襲う。骨の軋む音が聞こえ、足が地面を離れる。受身も取れないままに背中から落ち、肺の空気が押し出され手から銃が離れた。

 ハンゲイトやハリスとの稽古で打ち据えられ、痛みには慣れていたつもりだったが彼らの打撃よりも遥かに強い衝撃だった。肺の中に空気はなく、痛む骨を押さえながら酸素を求め喘ぐのが精一杯。

 四谷はそんな伍堂を見下ろしていた。彼の浮かべる表情をどう形容するのか伍堂には分からなくとも、意味するところは分かっている。それは愉悦、他者を見下すことに愉しみを見出す者が浮かべる歪んだ笑み。

 起き上がろうとするも体に力が入らない。それでも抵抗しようと剣へと手を伸ばしたが、その手を衝撃が貫いた。痛みに声を上げようとするが四谷の足が伍堂の首を踏みつる。助けを求めることはおろか、呼吸すらできずに目を見開いたまま四谷を見上げることしかできない。

「なーに泣きそうな顔してんだよ。どーせハンゲイトにぶちのめされてんだろ? だったらこのぐらい屁でもねぇよな、男らしくもっとこーさ……少年漫画の主人公みてーに、俺は負けねーぞ! ってガッツ込めて俺を見上げてみろよ。思わずぶるっちまうぐらいによ!」

 首から足が離れた。息を吸い込むと脇腹に四谷の蹴りが飛ぶ、革鎧の上からだというのに衝撃が通り内臓を揺らされ咳き込み、目尻に涙が浮かぶ。逃げようとしても動くより早くに蹴りつけられてしまい動けない。

 少しでも体を守ろうと両手で頭部を覆い、体を丸めた亀の姿勢を取っていた。そんな体勢から反撃に移れるはずもない、ただひたすらに蹴られ続けるしかない。歩いていた衛兵たちの事を思い出し、助けを求めるために声を出そうとすると背中に踵が落ちる。

 声すら出せない、助けを求めることもできない。蹴られ続けたせいか、腹部からは痛みが消えつつあり代わりに痺れを感じ始める。そうなってくると不思議なもので、突然に殴られたために混乱していた頭は冷静さを取り戻し始めた。

 どうして殴られているのだろうか、自分は何か悪いことをしただろうか。自分の態度は悪いところはあっただろう、けれどこんな風に痛めつけられるほどだったろうか。百歩譲ったところで一発が限度じゃなかろうか。

 理不尽。これは理不尽ではないだろうか。よく聞き取れないが、四谷は伍堂を罵倒する文句を連呼している。殴られなければならない謂れはどこにもないのではないか。そこに至ると内側から込み上げて来るものがある、怒りだった。

 後頭部を守ったままだったが手は拳を形作り、下から四谷を睨み付ける。殴られ続けている伍同が不意に怒りの形相を見せたものだから、四谷はふと動きを止めた。落ち着きを取り戻した伍堂には充分過ぎる。

 脇腹だけでなく太股も痛かったがお構いなしに体のバネを使って飛び起き、四谷と相対する格好をとった次にはもう彼の胸倉を掴んでいる。あそこから反撃される等と思いもしていなかったのだろう、四谷は目を丸くするばかりで全くの無防備だった。

 そこに何の遠慮も、情けも容赦もなく胸倉を掴んだまま顎に一撃を食らわせて手を離す。頭を揺らされ尻餅を付いた四谷に追撃を入れようと動きかけたが、そこで止まった。充分な一撃を与えたのだ、これ以上は必要がない。もしここでさらなる打撃を加えれば、四谷と同じになってしまう。

「何発殴られたかわかんない、正直同じだけ返したいよ。けど今の一発は重かっただろ。だからこれでチャラにしよう、互いに謝ることもない。殴って殴られた、それでおしまい。それでチャラ、僕にも悪いところはあったと思うんだ。伍堂博之っていうのが僕の名前、これで満足だろう。これで話ができるだろう?」

 見下ろしながらも出来るだけ威圧的にならないように喋り、起き上がる助けになればと手を差し伸べる。四谷は手を見つめたまま、握ろうとしない。まだ腰が抜けているのか立ち上がろうともしなかった。

 四谷の視線が手から伍堂の顔へと映り、悔しそうに歯を軋ませる。そして立ち上る蜃気楼。この揺らめきの正体、理屈も分かってはいない。けれどもこれが魔法に関連したものだとは分かっていた。四谷は何かを使うつもりだ。

 考えるよりも体は早く動いていた。止めないと、と思った次にはもう膝を彼の顔面に叩き込んでいる。膝頭からミシリと嫌な音が感触として伝わってきた。やりすぎたと思ったところで後の祭り、慌てて膝を離したが四谷の鼻は潰れどす黒い血液が洪水のように溢れ出す。

「ごめん! そこまでやるつもりはなかったんだ、大丈夫……? 息は出来る……?」

 流れる血を止めようと手を伸ばしかけたが、心得がないことにすぐ気づく。鼻を潰され溢れる血で息がしづらいのか四谷は口を大きく開けてゼイゼイと息を吐いていた。ボタリボタリ、粘度の高い血が地面を染めていく。

 鼻を押さえる四谷の手はあっという間に赤く染まり、彼は震える瞳でじっと赤くなった手を見つめていた。伍堂には彼が呆然としているように見え、四谷が先に殴ってきたことも脇腹の痛みも忘れていた。

「すぐ人を呼んでくるから少し待ってて、衛兵の人がすぐに見つかるはずだから!」

 人を呼ばなければと背を向けて走り出そうとしたが、四谷が伍堂の手を掴む。振り払うわけにも行かず、どうしたのだろうかと振り返った。

「ふざけんなよてめぇ……チョーシこきやがってよ、ちょっと良いのが二発。たった二発入れたぐらいでよ、自分のが強いって粋がってんじゃねぇよ。馬鹿にすんじゃねぇよ、見下してんじゃねぇよてめぇ」

「何を言ってんだよ……見下してなんかいないよ、馬鹿にもしてないよ。だってそんなに血が出てる、鼻だってその……折れちゃってる、よね。早く手当てしないと、良くないよ……」

「うっせぇんだよダボが! 鼻が折れてるからってなんだてめー! こんなもんはすぐに折れるに決まってんだろうが! 鼻のひとつふたつ折ったからって調子ノんなつってんだよ、んなこともわかんねぇのかよ空気読めや! 何が手当てしないとだッ! 折ったのテメーだろうが!」

「だからごめんって、咄嗟でその加減が……いや、けど今は手当てが先だって……早くしないと、傷が残っちゃうかもしれないし」

「それが調子乗ってるつってんだよ! てめーのが強いと思って粋がってるってのがよーくわかったぜ、てめーも俺と同じだと思ってたけど違うってのがよぅく分かったよ。お前もエプスタインとかと同じだわ、ぜってーに殺してやる、殺してやるからな!」

 鼻から血を流し息をするのも苦しいだろうに唾を飛ばしながら、殺すを連呼する四谷の姿に気圧されていた。興奮しているのもあるのだろう、けどそれにしたって行き過ぎている。四谷の瞳は爛々と輝き、狂気のきらめきを感じさせるもの。伍堂の手を掴む力も強くなっていた。

「だから今はそんなこと言ってる場合じゃ……っ!?」

 足を払われた。体が引っくり返され、受身も取れないままに腰から地面に落ちる。しこたま打ちつけたせいで背骨に電流が走り、眼前に火花が散った。

「覚えてろよ……お前は、明日……絶対に捕まえて首も足も引きちぎって串刺しにして晒してやる……絶対だ、絶対に楽になんて死なせてやるものか……」

 四谷の背中が暗がりへと向けて進んでいく。起き上がろうとするが腰の痛みが強く起き上がれない、彼の足を掴もうと腕を伸ばすが空を切った。

「待て! 待てよ! どこに行くっていうんだよ!」

 声を張り上げたが四谷は何の反応も見せない。壁に手をつきながらふらふらと、暗闇の中へと姿を消していった。

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