第19話 初陣(2)

 しばらく時間が経って伍堂の思考回路はフリーズから回復した。


 といっても目の前で起きたことは整理できそうに無い、村の子供たちは既にボネットから離れておりそれぞれの仕事へと戻っている。ボネットも一息ついているように見えたので質問をぶつけることにした。


 目の前で起きたことについて、ボネットが言った鳥観の術とは何なのか。興奮もあってまくし立ててしまったのだがボネットは質問を理解してくれているらしく、うんうんと笑みを浮かべながら相槌を打っていた。


 一通り問いを並べ立てたところで大きく息を吐き出す。さぁどんな説明がなされるのか、期待と興奮を目にそれを待っていたのだが彼は唇の前に人差し指を立てた。


 内緒を示すジェスチャーをされて伍堂の肩からすとんと力が抜ける。


「まぁまぁ本当に内緒にしようだなんてつもりはありませんよ。さっき言ったところでしょう? これは人形を動かすだけの術ではないのですよ、魔法全般についても興味がおありでしたら時間を作ってレクチャーさせていただきたいと思います。私の勉強にもなりますからね」


 その時間がいつ取れるのか、ということが気になったのだがそれを口にしようとは思わなかった。この村に来たのは魔法の勉強をするためではない、ゴブリンを討伐するために来ているのだ。


 目的を思い出すと何をすればいいのだろう、という考えが湧き上がって来る。昨夜この村に来たときは無我夢中だったが、何の案も無くここに来ているわけではないだろうし、ライドンやボネットを見ているとそれぞれに仕事が割り振られているはずだ。


 四人しかいないのだし、何を出来るかわからない伍堂にだって割り振られている仕事があるかもしれない。そう思うと居ても立ってもいられないのだが、頼まれている仕事はない。


 ハンゲイトにボネットそしてライドンと違って自分が素人で、これといったスキルを持っていないことを自覚している伍堂ではあるが、仕事を与えられていないのは疎外感だけでなく無力さを感じさせられてしまう。


「どうしたんです? 急に表情が暗くなったように見えますけれど、何か気に障るようなことを言ってしまいましたでしょうか?」


「僕は何もしていないな、と思いまして」


「そんなことですか。今あなたがすべき事は見ることですよ、戦うために何をするか。何のためにその行動があるのか、理解は出来なくとも流れを覚えてください。そのためにあなたにはこれといった事を頼んでいないわけなのですよ」


「はぁ……そういうものですか」


 ボネットの言うことはなんとなくではあるが理解できる。敵と相対して切り結ぶことが戦いではない。FPSゲームだって戦う前にマップを確認したり、装備を整える。考えようによっては既にそこから戦いは始まっている。


 なので流れを覚えるということの重要性は分かっているのだが、では具体的にどうすればよいのか皆目見当が付かないのだ。


「固くなる必要はないですよ。少なくともあなたは初戦を既に生き延びるだけでなく怪我ひとつ負うことは無かった、それだけの力はあるのですからね。それに肩の力は抜いておかないと本当の実力というものは出せないものです。ともかくとして、ハンゲイトさんのところに行きましょうか。ゴドーさんの意見を聞いてみたいことがあるんですよ」


 また付いて来る様に言われて向かった先は酒場を示す看板が掲げられた建物だった。中に入ってみれば酒の香りはするもののピンと張り詰めた空気が漂い、鋤や鍬などの農具を持った屈強な男たちが真ん中のテーブルに顔を寄せ合っている。その屈強な男たちの中にハンゲイトもいた。


 近づいてみれば彼らは地図を見ていた、村とその周辺の地図だ。ハンゲイトは腕を組み眉間に皺を寄せながら地図と睨み合いを続けていて、村の男たちはそんなハンゲイトを固唾を呑んで見守っている。


「ボネットです、ゴドーさんを連れてきましたよ」


「ゴドー、私の隣に座れ。ボネットも近くに来い」


 ハンゲイトは地図から目を離そうともしない、彼の傍に居た村人が場所を開けたので会釈をしてから伍堂はハンゲイトの隣に座る。真向かいには豊かな白髭を蓄えた老人が威厳たっぷりに座っていて、彼はどういうわけだか伍堂に不審な視線を向けていた。


 どうしてそんな目で見られるのか理由が分からないまでも、挨拶はしなければと声をかけたのだが返事は無い。これでは間が持たない、どうしようと悩み始めたところでハンゲイトが口を開いた。


「さてゴドー、この地図を見ろ。この中心にあるのが村だというのは言わんでも分かるな。でだ、ゴブリンはこの東側にある森を根城にしているそうだ。戦力として動けるのは私たち四人だけではない、この村の人間もある程度は戦えるし私たちの指示に従ってくれる。君はどう思う?」


 真向かいに座る老人だけではない、この場に居る全員の視線が伍堂へと集中すると胸が締め付けられた。テーブルに広げられた地図は簡素なもので、村と森との間にどの程度の距離があるのか、縮尺が記されていないのでこれだけでは大した情報にはならなさそうだ。


 けどハンゲイトが聞いているのはそういうことではないのだろう。ここから何をすべきかを尋ねられている、もちろんそれはゴブリンを倒すことだ。なので森に攻め込む、そう口にしようとしたが喉を押さえて待ったをかけた。


「あの……ゴブリンの規模っていうか数っていうか、そういうのって分かってるんですか?」


 怒られるかもしれないので恐る恐る尋ねると、ハンゲイトはにやりと笑う。


「それを聞いてくれたのは嬉しいところだ、実を言えば私もそれはまだ知らないのだ。というわけで村長、森を根城にしているあの忌まわしい連中の数というのは把握できているのだろうか?」


 椅子の背もたれに身体を預けたハンゲイトはその向かい側、白い髭を蓄えた老人へと尋ねた。


「いいや、それが良く分からんのです。連中は決まって夜に襲撃してくるのですが、その数は一〇を超えたことはありません。我々もただ黙っているわけではなく、農具や銃で応戦しはするのですがやつらは諦めようとせん。連日連夜襲ってくるうちにだんだんと被害が大きくなってしまい……領主様に助けを求めた次第でして。ですが数はそう多くは無いのではないでしょうか」


 返事を聞いたハンゲイトは頷くと、傍らに立ったボネットを見上げて意見を仰ぐ。


「村長、私からも質問があります。連日、襲撃に対応していたとの事ですがどれほどの数のゴブリンを倒しましたか?」


「さて何体だったか……二週間近く我々だけで対処しておりましたが、そう多くない。三か四といったところでしょうか、やつらは夜にしかやってこない上にすばしっこい。素人の私らではそれが精々……」


 これを聞いたボネットはハンゲイトと顔を見合わせ、二人して眉間に皺を寄せていた。無言の会話をしているように見えるのだが、どういったやりとりが成されているのか伍堂にも村長にもてんで見当が付かない。


 しかし良く見てみると二人の唇は微かに動いており、耳を澄ましてみればシャーマンやロードといった単語を聞き取ることが出来た。他は声が小さすぎるためになんと言っているのか聞き取ることが出来ない。


 シャーマンそしてロード、聞こえてきた二つの単語に不穏なものを感じると伍堂は喉が締め付けられるような気がした。


「ここで話していても始まりそうに無いな。ボネット、鳥観の術の頃合が良い頃だと思うんだがどうだ?」


「そうですねゴブリンの姿を捉えることが出来ているかは不安が残るところですが、森の様子を探るには充分でしょう」


 そう言ってボネットは懐から透明度の高い水晶玉を取り出すとテーブルの中心へと置いた、周囲の視線は自然とその透明な球体へと注がれる。


 ファンタジー映画などで良くある光景だ、ボネットが呪文を唱えると水晶玉に映像が映し出されるに違いない。創作物でしか見たことの無い景色が目の前に現れるのだと思うと、不謹慎だと感じはするけれど胸の逸りを抑えることは難しかった。水晶玉はまだ何の姿も映し出さないというのに、伍堂は身を乗り出して食い入るような見入っている。


 そんな伍堂の様子を微笑ましく見ながらボネットは小さく呪文を唱えだした。その声を背後に聞きながら、今か今かとその時を胸を高鳴らせながら待っていたのだが水晶玉に変化は現れない。反対側の光景が歪曲され映し出されるばかり。


 期待を裏切られたような気がしてしまい肩を落とそうとしたそのときだ、水晶球が突如として強烈な光を放ち手で顔を覆った。真夏の日光のような圧力すら感じさせるその光が和らいだところで、恐る恐る手を離してみれば想像以上のものがそこにある。


 輝く水晶玉は自身の直上へと光を放っており、宙空だというのにスクリーンに投影されたかのような鮮明な映像が映し出されていた。それは森を上空から撮影したもので立ち並ぶ木々の隙間からは人工物と思しきものが覗いている。


 この人工物の正体は何だろうかと思っていると映像はそこに近づき、それが鍋だと分かった。といっても酷く粗雑な作りで金属の板を叩いて無理やり箱型にしたようなもの、食事の後のようで中身はほとんど残っておらず動物の骨が何本か入っているだけ。


 伍堂はその骨が何の骨だったのか気づかなかったために動揺も何も無かったが周囲はそうではない。ハンゲイトとボネットの二人は平静を装いはしていたが、眉間には深い皺が寄り同席している村人たちは恐怖、そして怒りを無言のまま表情に浮かべていた。


「ゴブリンのものだな……酷いことをしてくれる」


 ハンゲイトの独り言ともとれそうな言葉に伍堂以外の全員が重々しく頷いた。ただ一人、言葉の意味を理解できない伍堂は焦りを感じて誰か教えてくれる者はいないだろうかと視線を巡らす。


 空気は重く沈んでいる、誰かに尋ねられる様子ではない。


「人間の骨ですよ、おそらくですが成人した男性のものですね」

 伍堂の様子に気づいたらしいボネットがそっと背後から耳打ちしてくれた。助かったと安堵したその次の瞬間、場の空気を重くしている理由を理解しつい振り返る。ボネットはただ頷くばかり。


 空間に映し出される映像へと視線を戻す、既に視点は動いていて鍋は映っていない。動物の気配を感じさせない静謐な森の光景へと変わっていた。


 心拍が上昇していく中、ライドンの言っていたことを思い出した。ゴブリンは人を食べる、と。


 話で聞いただけならこれといって感じるところは無かったのだが、直接ではないにせよ食われた人間の残骸を目の当たりにしてしまうと穏やかではいられない。妙に口の中が乾き、飲むものはないかと机の上を探したが無かった。


「しかし姿が見えんな。ボネット、気づかれる危険は高まるし負担を掛ける事になるが高度を下げて音も拾うようにしてくれ」


「わかりました。けれど音までとなると動かせる時間が短くなりますが、良いのですか?」


「構わん。食事の後があったということは必ず近くに居る、音も聞こえれば見つかるはずだ」


「ではやりましょう」


 再びボネットが呪文を唱える。高度は低く人の目線程度の高さになり、水晶玉から音が聞こえ始めた。それは風の音と木々のざわめきで、生物の気配は感じられない。


「何か聞こえたな。ボネット、もっと音を大きくしてくれ」


 ハンゲイトの指示に従いボネットが詠唱を続けると水晶玉から聞こえる音は大きくなり、さっきまで聞こえていなかった甲高い鳥の鳴き声らしいものが聞こえ始めた。その声を聞いていると胸の奥から不快感が滲み、嫌悪すら覚えるほどで、住宅街でごみを荒らすカラスの声の方が可愛らしく思えてくる。


 初めて聞いた音だが、伍堂の直感はそれがゴブリンのものだと告げていた。息を呑み、聞こえてくる音と映し出される映像に注視すると突如として天地がひっくり返りあっという間に映像だけでなく音も消えてしまった。


 振り返ればボネットは額にうっすらと汗を浮かべながら肩を落とし、深い溜息を吐いている。


「覗き見ていることを気づかれたようです。いや、気づかれていたという方が正しいですね。落とされるタイミングが早すぎる」


「何時ごろから察知されていたと思うね?」


「分かりかねます。依り代の魔力を感知したのかもしれませんし、もしかするとずっと警戒し続けていたのかもしれません。ただそのどちらにせよ、シャーマンないし知能が高く統率力を持った個体が群れの中にいるということになるでしょう」


 シャーマンの単語が出た途端に場がざわめき始めた。村の人間たちは明らかに恐怖を感じ、向かいに座る村長はじっとしていたがその瞳は震えている。


「静粛に。先遣隊は四人だけですが、それを率いるこの私ことダービット・ハンゲイトは国王陛下直々に招聘され剣技を披露するよう命じられたこともある戦士であります。その私が隊を指揮しているのです、どうかご安心なされるよう」


 ざわめきが消え沈黙が訪れるが、場は相変わらず重いまま。


 自分も先遣隊の一員として数えられているのだから、村人の心を安心させる義務があるのではと考えたのだが伍堂には誇れるような実績はなにもない。それでも気の利いた言葉の一つはと思いはしたのだが、そこまで器用な男ではなかった。


「言葉だけでは安心できぬことは理解しております、そこで思い出して欲しいのです。昨夜にこの村を襲撃したゴブリンがおりましたね。ここに座るゴドーはそのうち二体をばっさりと切り倒したのは知っておられるでしょう? 頭から真っ二つにされた死骸をあなたがたもご覧になられたものと思います」


 ハンゲイトが周囲を見渡しながら伍堂の肩を叩いた、周りの視線が全て集まってくる。


「あぁ見たぜ、俺ぁちっとだけ剣を習ったことがあるんだけどよありゃ見事なもんだった」

 屈強な男たちの中でも一際に体躯の良い男が言うと、伍堂を見る人々の目の色が変わった。それは感心あるいは敬意であるのだがそういった目で見られたことの無い伍堂は値踏みをされているようにしか思えなかった。


 隣に座っているハンゲイトは得意げな表情を浮かべている。


「そのゴドーは我ら先遣隊の中で最も実戦経験が浅く……いや、浅いというものではない。昨夜が初めての実戦だった、にも関わらずあの結果を出したのです。私が言いたいことは既にご理解頂けたと思います」


「なるほど、それならば私どもも一先ずは安心することが出来ます。しかしこれから一体どうなさるおつもりですか? 先ほどあなた方は森の中を偵察しておられましたがそれもバレてしまったではありませんか、もしゴブリンが大挙してこの村に押し寄せたらと思うと気が気ではない」


 村長の言葉に周囲を囲む村の男たちがそうだそうだと声を上げる。伍堂もこの村長の意見はもっともだと思う。


 ゴブリンの数は分かっていないとはいえ、ボネットやハンゲイトの発言を鑑みると一〇や二〇といった数ではなさそうな気がしている。それほどの数のゴブリンが攻め寄せた場合、守りきれるとは思えない。村人も戦うのだろうが素人だ、先遣隊だって三人しか居ない。伍堂は自分のことを戦力として数えていなかった。


 しばらく押し黙っていたハンゲイトだったが、少しだけ首を縦に振ったかと思えば大きな声で笑う。伍堂と村人はどうしたことかと互いに目を見合わせたが、ボネットはただ一人小さな笑みを浮かべていた。


「攻めてくるならば大いに結構! その方が我らにとって都合が宜しいのです、森を攻めるよりも村を守るほうが容易い。今もそのための準備を部下の一人にさせているところです」


「そういえば先ほど人手を貸しましたが、もしやそのためにですか?」


「そうです。罠を仕掛けさせ、土嚢の準備をさせています」


 重い空気はどこへやら、今は一転して穏やかで落ち着いた空気が流れている。向かいに座る村長も一息吐きながら豊かな白い髭を手で触り、その肩からは力が抜けていた。


 伍堂も流されて息を吐きそうになったが、まだその時には早い。幾らハンゲイトが準備をしているといっても敵であるゴブリンの情報は無いに等しいのだ、これで安心するのは伍堂には無理だった。


 声を上げて訴えようにも安堵している村人たちの顔を見ていると出来ず、ただハンゲイトに視線を向けるだけに留まるしかない。しかし視線が合うだけでハンゲイトは伍堂の考えを見透かしたらしい、唇の前で人差し指を一本立てた。今は黙っていろ、ということに違いない。


 ではハンゲイトが何かをするのかと思えば何もしない、ざっと一座を見渡すと机に手を突いて立ち上がる。


「進捗を確認しなければなりませんので、我々は外に出ます。既に述べたことではありますが、戦いにおいても村の方々の手を借りなければなりません。また協力を請いますのでその時はよろしくお願いいたします」


「この場にいる皆は了承しております。あなた方が来てくれたのは大変心強く思っております、申していただければ何なりとさせて頂きます」


 村長が深々と頭を垂れると他の村人もそれに習い、ハンゲイトは敬礼を返す。見ればボネットもそうしていたので、伍堂も慌てて立ち上がり同じようにした。


「では失礼。ボネット、ゴドー、行くぞ」


 ハンゲイトが退出したのでそれに続く。作戦会議をしていたはずなのに、結論は出ていない。なのに退出してしまって良いのだろうかと疑問を胸に抱いてはいたのだが、伍堂はそれを口に出せず後ろ髪を引かれながら酒場を後にした。


 外に出れば堆肥の臭いが鼻をつくが屋内の空気と比べればそれも心地の良いもので、胸に一杯吸い込むとほんの少しだけ気が楽になる。村の外れへと向かいながらハンゲイトの顔を伺ってみれば、眉間に皺が寄っていた。


「困ったな……」


 そんなことを呟かれたものだから思わず足が止まる。


「困ったってそんな……危ない状況なんですか?」


「そういうわけではないのですけれど、想定を外れているのは事実です」


 伍堂の問いに答えたのはボネットで、その発言を肯定するようにハンゲイトは頷いた。


「あぁそうだ、まさか偵察を勘付かれるとは思っていなかった。森の様子をより詳細に知ることが出来るだろうと考えていたのだがね、おそらくだが昨晩のゴブリン三匹は一種の斥候のようなものだったのだろう。それが帰って来なかったものだから、連中は警戒したのだろうな。だがボネットよ、潰された依り代は一体だけだろう?」


「そうです。鳥観の術で飛ばしたのは全部で五体、一体は潰されてしまいましたが四体は残っています。その残りは魔力の経路を繋いだ状態で木に潜ませてあります、いつでも動かせますよ」


「まだ残っていたならどうして酒場に居たときに動かさなかったんです? 潰されてしまった時にすぐ残りを動かせば村の人たちはすぐに安心してくれたんじゃあ?」


「ゴドーの言うことは最もだが、再度潰されるかもしれないリスクを懸念した。我々がすべき事は汚らわしいゴブリン共を駆逐する嚆矢となる事だが、それよりもまずは村の人々を安心させる必要がある。そのため失態と受け取られかねない事態になるかもしれないなら、一度席を外してしまったほうがまだマシではないかと考えた」


 このハンゲイトの言葉にピンとくるものはなかったのだが、かといって伍堂に具体的な案があったわけでもなく納得するしかなかった。


 そんな内心を見透かしたのか、ハンゲイトは足を止めたまま伍堂の目にじっと視線を注ぐ。つい目を逸らしてしまったのだが、そのせいでより後ろ暗い気分がやって来た。


「思うことがあれば言って良いんだぞ。ゴドーからすれば私は目上の人間だからな、言いづらいのも分かるが平時ならさておき相手が汚らわしいゴブリンとはいえ戦時だ。些細かもしれない意見であれ聞く必要がある、私たちでは考えも付かないような事を持っているかもしれないしな」


 この言葉で荷が軽くなった部分があるのは確かだが、それでも伍堂は何も言わなかった。


 ハンゲイトのやったことは得策ではなかったと思っている。では自分ならもっと上手くやれたというのだろうか、そんなことはない。明確にこうすれば良い、という案など考えても出なかったのだ。幾ら言って良いと歩み寄ってくれたからといって、ただ否定だけをするというのは恥ずかしさによって出来なかった。


 口をつぐんでしまった伍堂をしばらく見ていたハンゲイトだったが、話す気配が無いと見れば小さな溜息を吐いてまた歩き出し、伍堂はその後ろをノロノロと付いていく。

 そんな伍堂の肩を、ボネットは慰めるように軽く叩くのだった。

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