第18話 初陣(1)

 背中から伍堂を呼ぶライドンの声がした。何と言っているのかはわからない、聞く余裕なんてものは今の伍堂にはなかった。


 ライドンの声がしたことで落としてしまった剣を拾わなければと身を屈めると、否応なしに自分が倒したゴブリンの亡骸が目に入る。三体のゴブリンは完全に絶命してしまっておりぴくりとも動く気配は無く、地面に血を零すそれらは出来損ないの人形のようにも思えた。


 震える手で剣を拾って何とか背を伸ばす、涙が止まらない。頭の中はぐちゃぐちゃ、何を考えているのか自分でも分からない。こういう時はとにかく深呼吸だ、そうすれば落ち着けるはずだと息を吸うと同時に体の中を汚染するような汚臭が肺腑へと流れ込む。


 次の瞬間には胃の内容物を地面に吐き出していた。胃の中で消化されかかっていたものが血で汚れた大地に落ちる、口の中は酸っぱく仄かに乳臭く、喉は焼けるように痛い。


 嗚咽は続く。痛みと酸味が奥から溢れてくるがそれ以外に吐き出すものは既に無かった。


「やったじゃねぇかゴドー! いきなりの突然で二体もやるなんてすげぇよ! しかも片方は真っ二つじゃねぇか、お前ほんとすげぇな!」


 賞賛と共にライドンは伍堂の肩に腕を回してゴブリンの亡骸を見下ろしていた。伍堂が倒した死骸を見る彼はとても嬉しそうで、何度もすごいすごいと伍堂を褒め称えるがそれらの言葉はどこにも響いてこない。


 すぐ傍で声がしているのに遠くから聞こえているような気がする。


「ライドン、ゴドー! どうしたんですか? 報告をお願いしますよ!」


 駆け寄ってくる足音共に近づく若い男性の声、それがボネットの声だと気づくのにも時間が掛かった。ライドンだけでなくボネットまで来たのなら無様な真似はしていられない、背を伸ばさなければ泣いていてはいけない。


 必死に呼吸を整えようとするものの深く息を吸うことが出来ない、悪臭のせいだろうか、それとも別の理由だろうか。腹の筋肉が思うように動いてくれない。


「ボネットさん! ゴドーのやつやってくれましたよ! 初めての実戦なのに二体も倒しましたよ、しかも片方なんて頭から両断だ!見てやってくださいよ!」


「まさか、ゴドーさんは初めてですよ。幾らゴブリンが相手とはいえそんな簡単にやれるはずがないでしょう」


 半信半疑でやって来たボネットであったが、伍堂の足元に転がっている死体を見ると本当だったと知り固唾を呑む。そしてすぐにさっきのライドンがそうしたように、彼もまた賞賛の言葉を述べてくれたのだがやはり伍堂の耳には入ってくることはない。


 返事が無いことを疑問に思ったらしくボネットは伍堂の顔を覗き込んだ、そのレンズに映る伍堂の顔は青ざめてやつれている。


「ライドン君ちょっと離れてください。ゴドーさん? 私の声が聞こえていますか? ボネットです、わかりますか?」


 伍堂の瞳にほんの僅かだけ光が戻る、返事をしようとして口を開けはするものの声が出ない。あ、う。そんな音が出るだけだ。


「新人がたまになる症状に似ていますね。今ハンゲイトさんが村人と話しているはずですから、早急に休める場所の確保をお願いしてきます。ライドン君はゴドーさんの様子に注意して置いてください」


「良いですけど心配するようなもんですかね。こんな風になる奴は珍しくなんてないですし、もうしばらくしたら落ち着きますよ」


「私たちと彼では経験してきたものが違いすぎます。もしかしたら、ということもありますから念には念を入れたいのですよ」


「ボネットさんがそう言うならそうかもしれないですけど、俺はゴドーがそうならないって思ってますよ」


「私もそうはならないと信じたいですね。少しばかり待たせてしまいますが、出来るだけすぐ休めるようにしてきます」


 足音と共にボネットの気配が遠ざかっていくのを感じた。足音が聞こえなくなった頃、ライドンは深い溜息を吐く。その間も伍堂は俯いたまま、足元に転がる死骸と己の吐瀉物を見続けていた。


 握ったままの剣にはまだ赤黒い血が付いている、剣の重さもしっかりと感じる。そしてその剣は、紛れもなくパウエルから授けられた伍堂の剣であり、手にはまだゴブリンを斬った感触が生々しい。


 確かに斬ったのだ。やった時は夢中だったが、どのようにして体を動かしたのかも思い出して頭の中で再生することができる。それでもまだ信じられない。


「ねぇライドン……この真っ二つになってる、えっとゴブリンだっけ? 本当に僕がやったの?」


「あぁそうだよ。大声で威圧して動きが止まったところにズッバーンだ、後ろから見てたけれど見事なもんだったぜ」


「嘘だよ僕にそんなこと出来るはずが無いよ。だって僕はついこの間までニートだったんだよ、薄暗い部屋でゲームばっかりしててさ。出来るはずないじゃん、こんな重たい剣を持ち上げて振り下ろしてさ。出来るはずないんだよ……」


 ライドンは何も言わなかった、困惑しながら伍堂を見つめるばかり。


「やっぱり夢だ。夢なんだよ、そうじゃなかったらこんなこと起こりっこないんだ。だってそうでもないと良い目に合いすぎてる……みんな僕に良くしてくれてる、そんなのおかしいよ。だって僕は――」


 頬に痛みが走って頭が揺れた、姿勢を崩して倒れこみそうになったが体は勝手に動いて剣を杖にして倒れるのを防いでいる。


 口の中に血の味が広がって、目の前には唇を真一文字に結び拳を握ったライドンがいた。それで殴られたのだということに気づく。


「それ以上言うな。これは夢じゃないし、ゴブリンを真っ二つにしたのはゴドーの実力だよ。誇れよ、やってやったんだって喜んで良い」


「そんなわけないよ、違うよ絶対に違う。僕は今まで本物の剣なんて触ったことなんてなかったんだ、そんな僕が出来るはずない」


「毎日毎日ハンゲイトさんに稽古をつけてもらってただろ、思い出せよ。試合とかしてないから分かってなかっただけで、お前にはもうそれだけの力が身についてるんだ。それにほら、二階酒場でのことだってあるだろ。自分よりでかい男をたった一発で倒したじゃないか、お前にはそれだけの力がもう付いてるんだ」


 両肩を掴むライドンの力は強く指が肉に食い込みそうなほどだし、彼の声には熱が篭ってどこか必死になっているように見えた。


 どうして必死になっているのだろう、ライドンには関係がないことじゃないか。思いはしても口には出さない、彼の顔も見ない。見ているのは自分の行動の結果だ。


 鼻は馬鹿になってしまったのかもう汚臭を感じることは無い。見続けたせいで慣れてしまったのか、それとも麻痺しているのか。奇怪な肉塊もいまやただの物に見えている。


 ただ思考は戻ってこず頭蓋の中に鉛が詰まっていた。肩も重かった、気温は低くないはずなのに寒い。


「そのうちにボネットさんが戻ってくるはずだから、そしたら休める。寝ちまえば気だって晴れるはずさ」


 身を縮め、下から伍堂のうかない顔色を覗き込むライドンの声音には労りが感じられた。


 そんな風にして接してくれる彼に対して嬉しく思うその反面で申し訳なさもあった。ごめんなさい、と口にしたくはあったがその言葉は喉を出てこずにただ頷くだけ。


 そこから顔を上げずに下を向いたまま、じっと爪先をぼんやりと眺めていると背後からボネットの声がした。


「ライドン! とりあえず寝る場所は用意してもらいました、ゴドーさんを連れてきなさい。早く休ませましょう」


「行こうぜゴドー。お前は突然のことでびっくりしちまってるだけだ、そんな深く考えるこたないぜ」


 ライドンに背中を押されて歩いていく。胡乱な頭でも抜き身の剣を持っていてはいけないことに気づいて鞘に収めた。


 下を向き支えられながら村の中へと入っていった、家はどれもレンガと木を組み合わせて作られた平屋ばかりだ。その中でただ一軒だけ二階建ての家があり、伍堂が連れられていったのはその家だった。粗末な扉を開けるとそこは広い部屋で、奥にある暖炉の前には人だかりが出来ていてその中心にハンゲイトがいた。


 伍堂とライドンが家の中に入った途端、彼らは話をやめて一斉に振り返った。具体的にどんなことを言ったかは分からないが、とりあえず挨拶はしたと思う。返事は無く、彼らは頷くだけでハンゲイトが二階に上がるよう身振りしたのでそれに従う。


 軋む階段の先はこれまた広い部屋になっていてベッドらしきものが置かれていた。らしきものといったのはそれらのベッドは長方形の台の上に束ねた藁を敷き詰め、その上にシーツを被せただけのものであって伍堂の知るベッドとはかけ離れていたものだった。


 重くふらつく足取りで一番奥にある粗末なベッドに近づくと鎧を脱ぎ捨て、剣は壁に立てかけてそのまま倒れこむ。藁のベッドは初めてだったが、想像していたよりかは柔らかい。けれどシーツの肌触りは悪いし藁がちくちくと刺さってきてむず痒い。仰向けになってみれば心配そうなライドンの顔が目に入る。


「俺らが普段寝てるのと比べたら馬小屋みたいなとこだけどよ、眠れそうか?」


「うん、良いベッドだよこれ……なんだかちくちくするけど、柔らかい……」


「なら良かった。あぁそうだ、こいつを体の下に敷いて寝とけ。これがないと明日の朝、全身を虫に食われちまうからな」


 そう言ってライドンは伍堂の胸元に手のひらサイズの袋を投げ置いた。


 袋は目の粗い布で出来ていて、中には乾燥させた植物の葉を刻んだものがぎっしりと詰まっている。何の気なしに顔に近づけてその臭いをかぐと、背筋に氷柱を突っ込まれたかのような衝撃が走った。刺激的な臭いで、鼻から離しても鼻腔の奥に臭いがこびりついている。


「なんだよこれ……ひっどい臭いだ……」


「虫除けだよ。どっから湧いてくるのかしらねぇけど、噛み付いてくるちっこい虫がいやがるんだ。それに噛まれたら痒いのなんのって……で、その虫はその臭いを嫌うのさ。藁のベッドで寝るときの必需品ってね。俺はハンゲイトさんやボネットさんに報告あるから行くけど、一人でも大丈夫だよな?」


「大丈夫だよ、そこまでじゃ……ないし」


「本番は明日からなんだし、しっかり休んどけよ。そんじゃな」


 床を軋ませ階段を軋ませながらライドンは階段を下りてゆく、その音が聞こえなくなると階下から話し声が聞こえてきた。何人もの声がする、会議をしているようだったが内容までは聞こえてこない。


 その声を聞きながらライドンに言われたとおり、虫除けを体の下に敷いて目を閉じた。


 血の臭いがする。壁に立てかけた剣に付いた血の臭いだ。その臭いを嗅ぐと否応なしにゴブリンのことを思い出すのだが、安全な家の中にいるせいか現実味を感じられなくなっていた。


 夢を見ていたような気がしてきたが、剣から漂ってくる臭いと未だ手の中に残る感触が現実だったと知らせてくる。


 眠れるのだろうか、そんなことを思いながら呼吸を整えて次に目を開けてみるともう朝になっていた。眠ってしまった実感は無かったが、肩は軽く疲労は取れていることから本当に寝ていたのだろう。


 ざっと部屋の中を見渡してみると隣のベッドでライドンが大の字になって鼾をかいている。ハンゲイトの姿は無かったが、階段に近いベッドにはボネットが腰掛けていて本を読んでいた。彼は伍堂が起きたことに気づくと微笑みかける。


「おはようございます、良く眠れましたか?」


「はい。おかげさまで……あの、ハンゲイトさんは?」


「ハンゲイトさんは先に起きて今は村の周囲を見て回っています。さて、寝起きで申し訳ないんですが見て欲しいものがあります。付いてきてくれますか?」


 ボネットが本を閉じると小さな四角い鞄を手に立ち上がったので、伍堂も壁に立てかけていた剣を手に取り立ち上がると彼は感心するような様子を見せる。


 彼に連れて行かれた先は寝泊りした家の隣にある物置小屋だった。様々な農具が置かれる中、日の光が良く当たっている窓辺に置かれた台の上にはゴブリンの死骸が一体乗せられている。ライドンが倒したもので、頭には矢が刺さったままになっていた。


 それを見ると思わず息を呑むが、ボネットは真っ直ぐにその死骸へと向かっ行ったのでそれに続いた。


「見て分かるとおり、これは昨日村を襲おうとして倒されたゴブリンの死体です。これを見てどう思いますか?」


 ゴブリンの肌は青黒く身長の割りに大きな頭には大きな二つの目玉、だらしなく開いた口からは鋭い牙が覗いており細長い舌が垂れ下がっている。全体的に筋肉質ではあるが腹は出ており、手も尖った爪を持っていることを除けば手の構造は人間とそう変わらないように見えた。


「どうって言われても、不気味だな、としか」


「そうですね私が見ても不気味に思いますね、けど聞きたいのはそういうことではなくてですね。このゴブリンという生き物の身体を見て、どんな生物なのか想像することが出来ますか?」


「どんな生物なのか、ですか」


 言いながらも伍堂の目はゴブリンへと向いた。特に視線を引くのは大きな目玉と鋭い牙、そして人間と変わらない手だ。ファンタジーを題材としたゲームで得た知識に寄る所もあったが、こうではないかと思うところがある。


「夜行性……目が大きいので暗いところで活動するのが得意なように見えます。歯が尖っているので肉食なのかな、手は僕らと同じような形をしているから道具を使うことが出来るんじゃないかなと思いました」


 ボネットは何も言わない。間違ったことを言ってしまったのかと不安になり、隣の立つ彼の表情を伺ってみる。彼は驚きに目を見張り、感嘆しているのか口を半開きにしたまま何度も頷いていた。


「いやこれはなんとも……もしやとは思いますが、パウエル師父からゴブリンについて講義でも受けていましたか?」


「そういったことはなにも。尋ねはしましたが、先入観があってはいけないからと教えてはくれませんでした」


「そうでしょうね、師父はそういう方ですから。ということはゴドーさんはこのゴブリンを見てそのように感じたと?」


 やけに真剣な眼差しで見てくるものだから伍堂は身を縮こまらせてしまいどう答えるかも悩んでしまう。結局、言葉を出すことはせずに無言のまま小さく肯定の意思を示す頷きをするだけだった。


 するとボネットも喋るのを止めてしまい、口元を手で覆い隠すようにしながら伍堂をじっと見る。考え事をしているのは分かるのだが、値踏みするようなその視線は居心地の悪さを感じるには充分すぎるもので目を合わさないように顔を逸らす。ただ立っているだけなのにむず痒さがあって体を揺らした。


「ゴドーさんは観察力が高いのでしょうね。特にそのつもりはなかったのですが、見て欲しくなったものがあります。この死骸は後でも観察できますし、特に念入りに調べる必要もありませんので付いてきてもらえませんか? そろそろ準備も出来ている頃でしょう」


 こう言われてしまっては断ることも出来ない。何を見せようというのか不安に思いながらもどこか浮かれているような顔をしているボネットに連れて行かれた先は村の中心にある広場だった。


 そこにはライドンを中心にしてちょっとした人だかりが出来ていた。彼を囲んでいるのは大人ではなく、子供たちばかりでライドンの足元にあるものに視線が向けられざわめきが起きていた。少年少女の目は珍しいものを見るように輝いていて、ライドンは困ったように笑いながらもあしらうようなことは決してしなかった。


「ライドン、準備は出来ていますか?」


「出来ていますよ、けどこういうことを俺にやらすのってどうかと思うんですよねぇ……ボネットさんはやること多いの分かってはいますけど、魔術の勉強をしたやつにやらすべきでしょうよ」


「何を言い出すかと思ったら、これはあなたが適任なんですよ。だって私たちの中で一番手先が器用なのはあなたなんですからね。さぁみなさん退いてください、静かにしてくれてたら面白いものを見せて差し上げます」


 笑いながら幼い人だかりを掻き分けてライドンの傍にまで行くと、彼の足元に数体の粘土で出来た置物があった。鳥の形をしているがデフォルメが効いていてぬいぐるみのような可愛らしさがあり子供のおもちゃのようである。


「良い出来ですね、少し可愛すぎるような気はしますが問題ありません。さぁて皆さん、もう少し距離を開けてくださいね。近すぎると危ないですから」


 ボネットは粘土製の鳥を片手に持つと子供たちに身振りも交えて離れるように言う、彼らは好機の視線をボネットに向けながらも特に不満そうな様子を見せることなく距離を開けてくれた。


 おとなしく言うことを聞いてくれた子供らに満足したように頷いたボネットはポケットから一枚の紙片を取り出すと、それを乾いた地面の上へと広げた。紙に描かれているのは複数の円と曲線を多い文字らしき図形が描かれていて、伍堂の目には魔法陣のように見える。


 ここから何が始まるのだろうか、伍堂と村の子供たちは一様に粘土の鳥へと視線を向ける。ボネットはその鳥を丁寧に図形の描かれた紙片の中心へと並べていく、全ての鳥を並べ終えると彼は紙片の前で胡坐を組んで目を閉じた。そのまま動かなくなったように見えたが、よく見れば唇が動いている。


 耳を澄ませてみるが何を言っているのか分からない、そのままボネットの様子を観察していると唇の動きが大きくなってくると共に彼の発する言葉が聞こえてきた。しかし何と言っているのか分からず、思わず耳にイヤリングが付いているかを確かめてしまった。


 イヤリングが壊れてしまったのだろうかと不安になりライドンへと視線を向けると、「静かにしろ」との一言がやってくる。彼の言っていることは確かに聞き取れたので故障しているわけではなさそうだ。となるとボネットが発しているのは音なのだろうか、それにしては意味のあるような気がする。


 どちらかといえば体系だてられた言語のような気がしたが、彼の口から発せられるのは低く濁った音が多く不気味さを感じさせた。心なしか先ほどまで吹いていた風も弱くなった気がしたし、空を飛ぶ小鳥たちの囀りも聞こえなくなったようだ。


 異様な雰囲気を感じ取ったのは伍堂だけでなく子供たちも同様で、固唾を呑んで見守っているとボネットの詠唱は小さくなりそして終わった。静寂が場を支配する中、ボネットが目を開けると共に粘土の鳥は翼を広げ羽ばたき、宙に浮いたかと思えばそのまま高く高くまで上昇しどこかへと飛んでいく。


 わっという歓声が子供たちから上がるが伍堂は何も言えず粘土の鳥たちが去っていった方角をただ眺めるばかり。目の前で起きた事態が理解できないどころか、常識を外れた現象に遭遇してしまえば思考回路はフリーズするしかない。


 どれだけの間そうしていたのか、頭が働かないために時間の感覚すらもわからなくなってしまいライドンに肩を叩かれてようやく伍堂の頭は動き出した。それでもすぐに元通りというわけにはいかず、言葉にならない言葉を出しながら空を指差すばかり。


「はいはい落ち着いて。ゆっくりと呼吸を整え、吸って吐いてそしたら落ち着くだろ」


 言われるがままに深呼吸を行うと頭の中が明瞭になっていく。落ち着いていけば粘土の鳥が飛んだのは、伍堂が身に付けているイヤリングのように魔法によるものなのだということは分かった。それは分かるのだが、どうして動いたのかさっぱりわからない。


 というのも粘土で出来た鳥には間接はおろか継ぎ目も見当たりはしなかったのだ。それが生きている鳥と同じようにして羽ばたくものなのだから、超常現象という以外には無い。


「なんなのあれ……」


 ようやく絞り出した声は震えていた。


「魔法ですよ。鳥観の術といいます、粘土の鳥を飛ばすだけの魔法ではないのですがそれはまた後のお楽しみにしましょうか」


 誇らしげに胸を張るボネットはふふりと笑い、彼の周りには子供たちが集まっていて幾つもの質問を投げかけていた。子供たちはヒーローを見るようにボネットを見上げていて、伍堂のように驚き慄いている者は一人もいなかった。

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