第3話 朝食
朝がやってくると夜更けにエプスタインが言っていた通り、さっそく目まぐるしい展開がやってきた。
小鳥のさえずりで目を覚ましたかと思えば、中年や老年に差し掛かったメイドが部屋にやってくる。まだ寝ぼけた頭で何をするのだろう、なんていうことを考えているうちに彼女たちはベッドから伍堂を引きずり出してあっという間に新品の服に着替えさせてしまう。
服を着替えるのに人の手を借りる必要が無い事を主張しようとする間もないほどに彼女たちの動きは手慣れており速やかだった。
それがあまりにも素早いものだから頭が覚醒する暇もなく、促されるままに別の部屋へと移動させられた。連れられた先は食堂のようだった。伍堂に宛がわれた部屋よりも天井が高く複雑な装飾が施されたシャンデリアが吊るされている。テーブルがいくつも置かれていたが、窓際のテーブルに二人の男が座っている以外に人はいなかった。
どうすればいいのだろうと思っているうちに、既に二人の男が着座しているそこへ向かうよう促され傍まで行ったはいいもののそこからがわからない。
二人とも肩幅が広く、椅子に座っているだけでも伍堂より身長が高いことがわかる。自分より体格が良い男たちを前にすると萎縮してしまい、声をかけるべきだろうと思いながらも下手糞な笑顔を浮かべながら会釈することしかできなかった。
そんな情けない伍堂の様子を見た彼らは意見を交換するかのように視線を交わすと、特に身体が大きくプロレスラーを連想させる体型をしている浅黒い肌の男が伍堂を見上げる。
「立っていないで座りなさい」
静かにそう言いながら空いている椅子を示されたので、一言言ってから座席に座った。浅黒い男はそれを見て笑みを浮かべるが、もう一人の唇が隠れてしまうほどに濃い髭を蓄えている方は仏頂面を浮かべたまま腕組みをしている。
威圧感たっぷりの男二人に挟まれているのに萎縮するなという方が無理というものだ。特に伍堂はほとんど部屋から出ずに過ごしていたニートである、ランニングをしていたといっても人づきあいが皆無だったのだ。手を前に組み身を縮こまらせながらつい上目遣いで二人の様子を伺ってしまう。
「萎縮せずともよろしい。エプスタイン公から話は聞いているだろう、君の監督役を仰せつかったバッド・パウエルだ。そしてそっちの髭面はダービット・ハンゲイトという」
「伍堂博之……です、よろしくお願いします。あの、パウエルさんは魔法使いだと聞いてるんですけれど……本当、ですか?」
失礼だとわかっていながらも聞かずにはいられなかった。彼の身体はあまりに逞しすぎるせいか着ている服は伸びてしまっており、ぴったりと肌に張り付きよく発達した大胸筋をアピールしているように見える。髭は生えていないし、横に座るハンゲイトの髭が濃いせいか清潔感もあるように思える。それに首も太い。
伍堂の中には魔法使いは痩せているもの、というイメージがありそれと真逆のパウエルはとてもではないが魔法使いには見えなかったのだ。
「ハッハッハ、よく言われるよ。魔法使いといえば痩せていて白髪で、それでいて年寄りのイメージでもあったのではないかな?」
こくり、と伍堂は頷く。
「そうだろう。何故年寄りのイメージを皆が抱いているのか私には分からないが、痩せていると思うのは仕方ない。というのもそれが事実だからね。魔法の修行というのはどうしても部屋の中に籠ることが多くなる、そうすると肌は白くなるし筋肉も衰えてしまう。ではなんで私は違うのか、というと簡単な事。鍛えているからだ」
パウエルは腕を持ち上げ袖をまくり上げる。その腕に力が籠められると血管が浮き立つと共に筋肉が隆起し、立派な力こぶが出来上がった。ハンゲイトは呆れ顔でその様子を眺めている。
伍堂はといえば日々の筋トレでそこそこ身体には自信があったのだが、そのはるか上を行くボディビルダーもかくやという肉体を見せつけられては打ちのめされるしかない。
「話は一度そのあたりで止めてくれ。パウエル殿は趣味かもしれんが我々軍人は肉体を作り維持するのが仕事だ。ええい、まだるっこしいことをいうのは止めだ。つまり腹が減った、早く朝食を食べようじゃないか。君だってそうだろうゴドー君」
突然に同意を求められても、筋肉男と強面の髭面に囲まれ縮こまっていることもありまともな返事が出来ようはずもない。しどろもどろになりながら、何とかそうですね、と同意するのが精一杯だった。
「いやいやハンゲイト君、会話というのは大事だ。私たち二人は伍堂君と過ごす時間が長くなるわけだよ。であるなら何でもいい他愛のない世間話であったとしても構わない、コミュニケーションを取って互いの親密を深めるのが大事ではないかな。そうだろうゴドー君」
パウエルの言っていることは確かにそうだと納得するものだ。ただ同意を求められたところで先ほどのハンゲイトの発言に同意してしまった手前、素直にそうですね、とは言えない。
さてどうしようかと悩んでいるとパウエルの笑顔が近づいてくる。大男の威圧感は半端ではなく、そうですね、と震える声を出すしかなかった。
「パウエル殿……強要して得た同意に効果は無いだろう。しかし私はあなたのような無理強いを行わなくても同意してもらえた、ゴドー君も腹が空いているということだ。異論を挟む余地なんてないだろう、さぁ食事だメイドたち早く持ってきてくれ!」
「おいおい、ほんの少しだけ同意してくれないかと期待したのは確かだよ。しかしゴドー君が君と全くの同意見だというのは本当だろうか。というのもだ、君のそのご自慢の髭だが見る人によっては中々のプレッシャーを与えるものだ。その髭の効力によってゴドー君が同意したとは考えられないかな?」
「そういう会話を口切にして話を広げ親交を深めたいのは承知している。しかしその手の話なら食事を摂りながらでも出来ると私は思いますが」
「うむ、まったくもってその通り!」
仲が悪いのかと思い喧嘩が始まるのではないかと冷や冷やしていたが、そういうわけではないらしい。このやり取りを見ているだけで二人が親密な友人関係にあるとわかる。
笑いあっている二人を見ているとつい伍堂は視線を背けたくなった。自分にはこんな風に軽口を叩きあって笑える友人がいただろうか。少なくとも大学にはいなかった。高校生の時はいた気がするが、進学を機に疎遠となっていつの間にか思い出すこともなくなっていた。果たしてそんな間柄を友人と呼んでいいものか。
メイド達がテーブルの上に朝食を並べていき、食べ物の匂いが鼻へと入ってくるが食欲はてんで湧きそうにない。そっと腹を手で押さえてみるが胃は空っぽで空腹を訴えていた。
「どうしたゴドー君、腹が痛いか?」
いつの間にか俯きいたたまれなくなっている伍堂の様子に気づいたパウエルの心配そうな声を聞いた瞬間、即座に顔を上げてなんでもないと笑ってみせた。
作り笑いが上手くできなかったのかパウエルの心配そうな表情は変わらずにいた。
「そこまで心配しなくてもいいだろ、エプスタイン卿の屋敷で供される食事はどれも一級品だ。王都のレストランであったとしても、ここまでの料理を出すところはそうない。例え、食欲がなかったとしても、少し腹の調子が悪かったとしても一口すれば立ちどころに食欲がわいてくるさ」
「それもそうだ。ゴドー君が今までどのような物を食べていたかは知らない、こちらの食事が君の口に合わないということだってあるだろう。けれど昨晩の食事はここで食べたのだろ? その味を思い出してみると良い、口の中は涎でいっぱいになるはずだ」
パウエルに言われて夕食の味を思い出す。香辛料の味ばかりする肉のことが浮かんできた、とても食欲の湧く味ではなかった。他はどうだったか、となったところでパンが美味しかったことを思い出す。
そのパンがあるだろうかとテーブルの上を見渡してみると、あった。見るからに柔らかそうな真ん丸なパン、ふわりとした黄色のオムレツ、採れたてのように瑞々しい野菜のサラダ、湯気の立つポタージュスープ。
どれもが高級そうな白磁の器に盛られており、一流ホテルのレストランに来たような錯角を覚えた。盛り付けも丁寧で、さっきまで無いと思っていた食欲が見る間に湧き上がってくる。
「ところでゴドー君。聞きたいのだが君のところでは食事の前の祈りはあったのかな?」
「祈りですか……?」
パウエルの質問につい悩む。キリスト教徒が食事の前に神へ祈りを捧げているのは知っていたが、伍堂の家はキリスト教ではない。祈りを捧げるということはしなかったがそういえばと、テーブルの上の料理に向かって手を合わせた。
「いただきます。と、こんな感じです。食材になった動物や野菜を育てた農家、料理をしてくれた人に対して感謝します。ただ……なんとなくでやっているだけ、ですけれど」
「ほぉ……神に対してではなく、食べ物と料理人に対してなのか。ふむ興味深いね、どうして神ではないのか気になるところだ。そのいただきます、の由来はなんだろうか? 教えて欲しい」
「だからそういうのは食べながらでも構わないじゃないかとさっきも言っただろう。パウエル殿、あなたのその知的好奇心の強さには感心するし見習うべきところがあると日ごろから思っている。しかしただ、餌を前にただ待たされている犬の気持ちも僅かばかりでいいので想像できないだろうか」
「おっといかん失礼した、悪い癖だなと自覚はしているのだけれどね。癖というだけあって中々治らないもので困るよ。さてゴドー君、君は悪いのだけれど私たちの行う食事の祈りをよく見ていて欲しい。君も食事の前には同じ祈りをしなければいけない、というのもこの国で暮らすのであればここのルールに従ってもらわないといけないからね」
こくりと頷く。郷に入れば郷に従えというし、反発する気もない。
祈りを捧げるというのであればと居住まいを正して背筋を伸ばすと、ハンゲイトが視線を逸らしながら手で口元を押さえて笑いをこらえていた。
「悪いゴドー君。君のその姿勢は素晴らしいもので笑ってはいけないことだとはわかっているんだが、いやすまない。あまりにも畏まっているものだから、つい、ね」
「あ、いえすみません。祈りを捧げると聞いたものですから……」
「いやいや謝らなくていいんだ、謝らないといけないのは私の方だ」
「あぁそうだそうだともハンゲイト。ゴドー君の態度は褒められこそすれ決して笑われていいようなものではない。むしろその君の態度、祈りを軽視するその態度こそ非難されるべきものと言える」
「まったくもってその通りだ。笑ってしまってすまなかった」
身体を向けられ深々と頭を下げて謝罪されるが、大して気にも留めていなかった伍堂にはどうしていいかわからない。
それどころか、自分がもっと上手くやっていたのなら明らかに目上の人物であるハンゲイトに謝罪をさせなくても済んだのではないか。そんな罪悪感までもが湧き上がってくる始末である。
「あ、いえそんな頭を上げてください…あの、お願いですから」
しどろもどろになりながらもそう言うとハンゲイトは頭を上げてくれた。
パウエルはこの光景を微笑ましく見ていたのだが、伍堂の額にはうっすらとだが汗が浮かんでいるしその心臓も高鳴っていた。
「ではここいらで祈りを捧げ、食事にしようじゃないか」
パウエルの言葉にハンゲイトが頷くと、二人はほぼ同時に目をつむって手を組んだ。
二人の口から神を讃え恵みに感謝する言葉が紡ぎだされる。ただ、どちらも神に感謝している点では同じなのだが言っていることが違っていた。彼らの祈りが終わってからそのことを訊ねてみると、手を組み神に感謝することが大事なのであって、実際に口にする文句は何でもよいらしい。
「今日のこの恵みを与えてくれたことを神に感謝いたします」
見よう見まねで彼らのように手を組み目をつむって、それらしい祈りの文句を唱えた。パウエルもハンゲイトも満足げに頷いているが、伍堂は不安を感じている。
彼らの言う神とは何のことなのかさっぱりわからないし、そもそも何かを信仰しているわけでもない。いただきます、のようになんてことの無い日常の挨拶みたいなものかもしれないだろうが、神の単語を口出すとどこか上滑りしているように感じる。
「大事なのは振りだよ。神を信仰しているという振り、異世界から来た君が私たちと同じ神を信仰しているなんてこと私たちは思っていない。ただね、君が私たちの神を尊重している態度を常日頃から見せるようにするのは大事なことなのだよ」
しみじみと語るパウエルにハンゲイトは同意するように何度も頷いた。
「あぁ。私たちはそれほど信仰に篤いとは言えないし、この祈りをおざなりにされたところで何とも思わないしそれが君の世界でのやり方だと思うだけだ。ただ君はこれから会うかもしれない者の中には熱狂的な信者がいるかもしれない。もしそのような者の前で、神を蔑ろにしようものならどんな目にあわされるかとてもではないが想像できたものではない。あれは一〇年ほど前の――」
そのままハンゲイトの昔話が始まる。一〇年前に彼は異教徒たちと戦っていたらしく、その内容を身振り手振りも含めて熱く語ってくれたのだが、彼が伍堂に伝えようとしているのは自分の武勇伝ではない。
まったく無いというわけではないのだろうが、真に伝えようとしているのは熱狂的な信者の怖さ。ハンゲイトの語る異教徒たちは罠があることを知っていながら死を恐れずに突撃し、捕らえられると虜囚の辱めを受けまいと自ら舌を噛み切って死んだという。
あまりにも熱を込めて語るものだから、伍堂はナイフとフォークを手に持ちはしても目の前の朝食に一切手を付けることができなかった。そろそろ食べさせてくれないだろうかと、時折料理に視線を向けるのだがハンゲイトは語るのに夢中で、伍堂のその様子に気づく様子がない。
「はい、そこまでだハンゲイト君。君の経験談を語るのはゴドー君にとって勉強になるし、私も参考になる点が多々ある。しかしゴドー君は腹を空かせている、待たされたままの犬の気持ち、私と一緒に想像してみるのはどうだろうか」
見かねたパウエルが手を叩いて音を鳴らす。そこでようやく自分が熱くなっていたことに気づいたハンゲイトは語るのを止めた。語ってしまったことが恥ずかしいのか、照れくさそうにしているハンゲイトを見ると、見た目ほど怖い人ではなさそうに思えてくる。
「あの……よかったら、また時間のある時に話してもらえませんか?」
「……あぁ、もちろんだとも。異教徒との戦いだけではない、私がどのように勇ましくそして誇らしく戦ったのかを語ろうじゃないか」
にこやかな表情を浮かべながらハンゲイトも手にナイフとフォークを持つ。これでようやく食事を始めることができる。ほっと一息吐きながら目にした時から気になっていたオムレツへと手を伸ばす。
このオムレツには焼き目が一切ない。母親がオムレツを作ってくれたこともあるのだが、そのオムレツにはきつね色の焼き目が付いていたし形も崩れていた。それと比べると目の前にあるこれは高級ホテルの一流シェフが作ったのではないかという見た目をしている。
ケチャップもソースも付いていないが、果たして味はするのだろうかと一口大の大きさにしてから口に入れた。瞬間、伍堂の背筋に電気が走ると共に動きが止まる。
「口に合わなかったかな? もしそうなら次から君の好みを料理番に伝えておこう、ある程度は融通を効かせてくれるだろうからね」
不安そうにしているのはパウエルだけではなく、ハンゲイトも食事を進めながら時折伍堂へと視線を向けていた。そういうわけではないのだと否定しようとしても、すぐに言葉が出てこずに首を横に振る。
口内のオムレツをしっかりと味わってから嚥下する。つい一瞬前に否定の言葉を言おうとしていたことも忘れ、手はまたオムレツへと延びていた。その一挙手一投足をパウエルとハンゲイトが横目で見ていることに気づき、慌てて手の動きを止めた。
「あ、いえ違うんです。その、これが美味しいもので」
我慢した方が良いかもしれない、パウエルもハンゲイトもこちらを見ている。おかしなことをしているかもしれないのだから、食べるのを中断して確認してからでないと。理性はそう言っているのだが、湧き上がる欲望を押さえることができない。
止めた動きをすぐに再開しまたオムレツを口に運ぶ。昔話を聞いている間に冷めてしまってはいるが、卵の持つ旨味は舌一杯に広がり口の中から鼻へとバターの香りが幸福を刺激する。もしこれが出来立て熱々だったなら、ついそんなことを思ってしまう。
「どうやら相当美味いようだな。気に入ったようで何より、さすがエプスタイン卿ご自慢の料理番の作った料理だ。そこのハンゲイト君などはここの食事を食べるためにエプスタイン卿に仕えているようなものだしね」
「おいそれを言うのはよしてくれ。ここの料理を食べたいがためにエプスタイン卿の許で働いている面は確かにあるが、それだけじゃあないのだからね。ただ、私のように戦うことを主としている者にとって食事は何よりも大事だ。血や肉を作る材料になる、質の良い食事を摂ることは鍛え上げられた肉体を作るに欠かせない」
「それは結局のところ、美味いものを食べたいから働いていると言っているようなものじゃないか」
「違いない」
食事を摂りながら軽口を叩き、そして笑いあう二人を見ていると伍堂もなんだか楽しくなってくる。そうすると不思議なもので、食べているものが美味しく感じられてきた。昨日の夕食のように塩辛いものは一切なく、ポタージュスープも自然な味わいで冷めていても美味しく飲める。
サラダは相変わらず青臭さを感じたが、それでも昨日の夕食よりも美味しい。使われている野菜の種類も変わらないように見えるのだが、複数人で会話をしながら食べるだけで味が良くなったように感じられる。
そういえば、食事という行為は楽しいものだったということを思い出させてくれるようだった。カーテンの閉め切られた薄暗い部屋で一人食べるものとは違う、この食卓には言葉では形容しがたい豊かさが確かに存在した。
相槌を打っているだけとはいえ彼らと世間話をしていると自然と頬が綻んでくる。小鳥のさえずりを耳にしつつ、ゆっくりと一口一口を味わいながら食事を続けていると唐突にハンゲイトが立ち上がる。彼の皿を見てみると、いつの間にかどれも綺麗に空になっていた。
「すまないが私は準備があるので一足先に失礼させてもらうよ。二人はのんびり食べるといいさ、特にゴドー君は食べた後に腹ごなしをしておくように」
そういうとハンゲイトは口元をナプキンで拭い、ピンと背筋を伸ばしながら部屋を出て行ってしまう。早く食事を終えた方が良いのだろうかと思い、食べる手の動きを早めるとパウエルに止められた。
「ゆっくりと自分のペースで食べなさい。ハンゲイト君も言っていただろう、でないとこの後、食べたものを吐いてしまうことになる」
「はぁ……それはどうして、なんでしょう?」
尋ねるとパウエルは首を傾げつつ、眉をひそめた。
「すまないが、エプスタイン卿に今日から何をするのか聞いていないのか?」
「いえ……あ、そういえば僕を鍛えるとか、そんなことを言っていました」
「なんだ聞いているじゃないか。良かったよ、まさか何も聞いていなかったのかと思って驚いてしまった」
安心したように胸を撫で下ろすパウエルだったが、その鍛えるというのが何を指すのかまで伍堂は聞いていない。パウエルならその内容をしっていそうな雰囲気があるので、嫌な顔をされるかもしれないが思い切って聞いてみることにした。
「そのままの意味だよ。まず君には剣を扱えるようになってもらう、ハンゲイト君がその教師なのさ。彼が先に席を外したのも準備をするためさ。覚えてもらうのは剣だけじゃない、私たちの国の歴史や文化、それに読み書きも覚えてもらわないといけない。生活をしていくのに必要だからね、そういった知識の方は私が君に教えよう」
「は、はぁ……それはどうも、ありがとうございます」
エプスタインが言っていた鍛えるとはどういうことかを知り、食事を共にしていた二人が自分の教師だったと知ると途端に緊張で胃が締め付けられる。
「緊張しなくても良い。ハンゲイト君はこの国で五指に数えても良いほどの剣士だし、私もそれなりに名の知れた知識人のつもりだ。答えられないこと、教えられないことはほぼ無いだろうから大船にのったつもりでいたまえ」
励ますつもりなのだろう、パウエルの手が伍堂の背中を軽く叩いた。
パウエルの表情を見るに、本心から安心すればいいと思っているようだがそのようには思えない。一角の人たちに教えを受けるとなると、好成績を残せなければどうしよう、どうなるのだろう。そういった不安ばかりがやってくる。
テーブルの上にはまだ料理が残っているし、オムレツもまだ一口分だけ残っていた。しかし、緊張のせいでもう食べれそうにない。
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