試し読み第3回:プロローグ-2



 ―――視界が白い光に包まれる


 まぶたを閉じても目が眩むほどの閃光に、一同は反射的に己の顔をかばった。アルマテイアは〝境界門〟が開いたのだと瞬時に悟ったが、何処に飛ばされたのかまでは分からない。

 臨戦態勢のまま身を任せていると――


 突如、別の洞穴ほらあなの宙空に放り出された。


「わ !?」

「きゃ !?」

「マスター!」


 飛鳥と鈴華を抱き寄せたアルマテイアは、洞穴の下にある湖に落下した。ラミアは悠々ゆうゆうと黒い影の翼を広げて飛翔し、落下した三人を呆れながら見る。


 鍾乳洞に生息している光る虫はこの地でのみ見られる生物だ。

〝境界門〟で別の場所に跳躍ちょうやくしたが、アトランティス大陸の外に出たわけではない。

 ラミアは現状を確認してから、溜息を吐く


(不用心に落ちたけど、湖に毒とか仕込まれている可能性を考えないのかしら?)


 見知らぬ土地の水に触れるだけでも警戒するべきなのに、飛び込むなど論外だ。どんな怪物が棲み付いているかも分からない土地だというのに。

 呪術の類を受ける可能性だって考慮しなければならない。


(全く、こんなレベルの低い人たちと行動しなきゃいけないなんて………叔母おば様は何を考えているのかしら)


 不満そうに頬を膨らませて顔をそむけるラミア。

 彼女にしてみれば、辛うじて認めてやってもいいのはアルマテイアだけだろう。

 何せ神王インドラに並ぶ最強の神霊と名高い、大父神ゼウスを育てたという女神だ。警戒しておくに越したことは無い。

 今回のアトランティス大陸の謎についても情報を独占している可能性が―――


(あ………そ、そういうことなんだわ!)


 パァ、とラミアの表情が明るくなる。


(アルマテイアから大父神ゼウスの情報を聞き出せれば、ゲームを優位に進められる! 叔母様は私に諜者スパイをしろと言っているのだわ!)


 得心がいったラミアは嬉しそうに両手を振って喜ぶ。決して、自分はレティシアにけむたがれているわけでは無い。ちゃんと意味のある行動だったのだ。

 そうと決まれば彼女たちに取り入る作戦を考えねばならない。

 湖面に近づいたラミアは偉そうな笑顔で影の翼を広げる。


「仕方ないわね。ほら、掴まりなさいな」

「た、助かるわ………!」

「ぐおお………何か箱庭に来てから落下してばっかりな気がする!」


 飛鳥と鈴華はラミアの翼に掴まり、岸の方へと戻っていく。

 アルマは気持ちよさそうに水泳しながら先回りして安全を確認する。

 地底湖の天蓋は非常に高く、先ほどの洞窟よりも更に深い場所にあるようだ。アルマは湖の周囲に設置された街灯を見ると、瞳を見開いて驚く。


「此れは………ガス灯でしょうか?」

「ガス灯?」

「天然ガスを用いた街灯です。如何やらこの場所の至る所から噴き出ているようですが………もしかしたらこの場所は、地下数千メートルに存在しているのかもしれません」

「でもガス灯があるっていう事は、人が住んでいるってことですよね?」


 鈴華の言葉に三人とも頷く。

 先ほどまでの鍾乳洞は精々五〇メートル程度だったが、この地底湖は天蓋までの距離だけで五〇〇メートルはあるだろう。

 飛鳥はスカートの裾を絞りながら不思議そうに天蓋を見る。


「地底湖は人間が作ったわけじゃなさそうね。精霊たちかしら?」

「精霊たちの巣というには神聖な雰囲気が漂っています。恐らく、作ったのは神霊でしょう。力学的に耐久性の高い造形をしているのを鑑みると、地母神に属する類の神霊が生み出した場所かと推測できます」


 瞳を細めて天蓋を睨むアルマ。崩れないように曲線を引いた円筒えんとう状にすることによって空洞が簡単に押しつぶされないようにしている。


「精霊の造った自然洞窟ではあのような形になることはあり得ません。間違いなく神霊の業です」

「なら神聖な場所で間違いないわね。舗装された道もあるし、原住民の人も近くにいるかもしれないわね。ならこんな格好のままで会うのは良くないわ」


 スカートの裾を払う仕草を飛鳥がすると、何時の間にか服が乾いていた。鈴華の服も先ほどまでと全く同じ様に乾いてしまい瞳を瞬かせて驚いている。

 一瞬で乾いた衣服を喜びながら鈴華はクルクルと回った。


「うわあ………なんだか、雨の日に役立ちそうな魔法ですね!」

「ふふ。魔法ではないけれど、私の新しい仲間がこういうのが得意なのよ。………ほら、ガラティア。怯えてないで出てきて挨拶あいさつなさい」


 飛鳥の長い髪の後ろから、小さな精霊がヒョコリと顔を覗かせる。

 亜麻色の髪を三つ編みして垂らしているガラティアという精霊は、警戒心を大にして鈴華を睨みつけている。だが鈴華は瞳を輝かせ、


「こ………小人さん 何コレ超可愛いんですけど!?」

「小人型の精霊ね。ギリシャではニンフって呼ばれているそうよ」


 自然霊の上位種であるニンフはギリシャの伝承だと様々な役割をもって登場する。中には神霊に匹敵するほどの精霊が居るほどだ。

 その愛らしさに瞳を輝かせた鈴華は手を伸ばして乗せたい衝動を必死に抑えている。


「さ、さ、触ってもいいでしょうか!? 具体的に言うと、手の平に乗せて柔らかそうなほっぺをツンツンしてもよろしいでしょうか!?」

「ん~それはどうかしら。………どうする、ガラティア?」

「ヤ、ヤダー!」


 飛鳥が笑いかけると、ガラティアは頬を染めてブンブンと首を横に振る。

 如何やら恥ずかしがり屋の精霊らしい。ガラティアは警戒心を強めたまま、ササっと飛鳥の首の後ろに隠れてしまった。


「あらら………ごめんね、鈴華さん。さっきの落下で怯えちゃったみたい」

「いえいえ、お気になさらず! 隙を見て仲良くなる作戦を立てておきますんで! それより凄いですねガラティアちゃん! 精霊ってみんなこんなことが出来るんですか?」

「この子が水辺の精霊だからよ。少し前にスキュラ―――」

「スキュラ?」

「えっと、この子と同じ水辺の精霊で、私の新しい仲間の一人ね。その子にお願いされて魔女退治に出かけたのだけど、その時に懐かれたのよ。この子が一緒のお陰で箱庭によくある落ちモノトラップも怖くないし、その水が有害かどうかもすぐわかるの」

「………ふぅん?」


 隣で聞いていたラミアはピクリと眉を動かす。先ほどは無策で湖に落ちたのかと思っていた彼女だが、如何やら一応の危機管理はしていたらしい。

 三人が話している間、アルマは石碑らしきものを確認していた。


「マスター。こちらのほとりに次の石碑があります」

「仕事が早いわね、アルマ」

「ちょっと! 最初に触れるのは私という約束でしょ!?」


 小走りで割り込むラミア。

 先ほどと違ってこの地の石碑には文字が刻まれていた。

 ラミアの後ろから石碑を覗き込んだ飛鳥たちは、その文面に目を通す。


『 ― lost Atlantis fastmission ―

    古き英雄を尋ねし者たちよ。

    なんじらの知恵を認め、新たなる試練を開かん

    海魔かいまを打倒し、己が武を示すがよい    』


 読み終わった刹那せつな―――地底湖が巨大な渦を巻いてうねり始めた。

 水流と共に伸びる触手が洞穴の天蓋まで届くと同時に鍾乳石を掴み上げる。叩き折られた鍾乳石が雨の様に広がると、アルマは鋼の天幕となって全員を覆った。

 横から顔を出した飛鳥は地底湖の中から現れた敵を見据える。


「………なるほど。次は智力の次は武力ということなのね。ゲームのコンセプトが見えて来たかもしれないわ」

「そ、そんなことを言ってる場合じゃないですよ!? 早く奥に逃げないと!」

「まあまあ、落ち着いて。―――アルマ。アレが何かわかる? ギリシャ系?」

「いえ、わかりません。海綿体の触手があるということは、造形的には海獣のカリュブディスに近いと思うのですが………」


 珍しく歯切れが悪いアルマ。

 飛鳥と同じように顔を乗り出したラミアは、敵を見るや否や顔をしかめた。


「ふぅん………神格持ちの海獣ね。あれ完全に神獣じゃない」

「神獣?」

「ええ。低級だけど神霊よ。確かカリュブディスって大地母神ガイアの娘でしょ? この地底湖が神聖な場所だというのなら、その守護者として招かれたんじゃない?」


 神獣カリュブティス―――其れはギリシャ神群にて語られる海の獣だ。

 大地母神ガイアと海神ポセイドンの娘として生まれたカリュブディスは罪を犯したことにより、イタリアのメッシーナ海峡を護る海の獣に変えられたという。

 陸地をへだてる海峡の神獣は大渦を造り出し、海を渡る英雄たちの旅路をはばんだという。


(ガイア直系の神獣となると、ケルベロス辺りと同格ってことかしらね。………まあ、私の敵じゃないけれど)


 ラミアはどうしたものかと考えていた。ラミアが少しその気になればあの程度の敵など倒すのは容易いことだ。少なくともラミアには十二分にその力がある。

 彼女は外界の吸血鬼とは別の生態系を持つ種族だ。水が苦手とされる吸血鬼とはほぼ無関係と言い切っていい。この程度の水流でどうこうなることは無い。


 しかし………”ウロボロス“の盟主の一人である自分が、簡単に手の内を他人に見せてもいいものなのだろうか。


「アルマテイア。貴女なら簡単に倒せるんじゃないの?」

「あー………ん、それは、」

「海獣の類は雷を霧散むさんさせて逃がしてくるのよ。ほら、海に落雷しても何も起こらないでしょう? 海中の魚だって落雷を受けても無事だって話だし」


 海水は伝導率が極めて高く落雷が落ちても海面で霧散させてしまう為、落雷によって海棲生物の命が奪われることは少ない。

 海上に居るならともかく、海の中に潜られていてはほぼ効果が無いのだ。


「地底湖を吹き飛ばすつもりでやれば話はまた違いますが………アレがもしも伝承にあるカリュブディス本人なら、倒してしまうのは少し心苦しい。彼女もスキュラ達と同じく、怪物に変えられた伝承を持つ者です」


 飛鳥の表情が途端に不快な色に染まる。

 腰に下げた日本刀の柄に手を置くと、海底に潜む獣を睨んだ。


「………そういうこと。なら私の出番かしらね」

「私は鈴華さんを守っていて動けません。一人でいけますか?」

「大丈夫。鈴華さんもラミアさんも、此処を動いちゃ駄目よ!」


 軽い足取りで飛び出して行く飛鳥。鈴華は驚いて叫んだ。


「ちょ、ちょっと飛鳥さん!?」


 怒涛の勢いで降り注ぐ鍾乳石しょうにゅうせきを掻い潜り、飛鳥は湖畔まで一気に距離を詰める。片手に風切り笛を構えた彼女は、先ほどの様に大地を隆起させて盾にする。

 カリュブディスは己の攻めが効かぬと判断するや否や、地底湖に巨大な渦を造り出して己の身体を晒した。その姿は巨大な海月の様にも見えたが、無数に伸びた触手には牙の様なものが窺える。


 ちょっとした大蛇だいじゃね、と苦笑いする飛鳥。

 もし触手に捕まれば飛鳥の細い身体は軽く食いちぎられるだろう。

 しかし少女とは思えないほどの健脚けんきゃくを見せる飛鳥は次々に触手をかわして突き進み、ロングスカートをヒラリとなびかせてい潜っていく。


「あわわ………! わ、私も助けないと………!」

「止めておくべきだわ。それにあの人ならアレくらい大丈夫じゃない?」


 投げ遣りに言い捨てるラミア。慌てふためく鈴華。

 しかしラミアの見立ては正しかった。

 一◯◯を超える触手が飛鳥を搦めとろうと伸びるものの、スカートの裾を捉える事さえ出来ていない。地底湖の底から巨大な姿を見せたカリュブディスは鍾乳洞の天蓋に届くほどの竜巻を起こして飛鳥を牽制する。


(身体能力的には半神半人と言ったところね。………けど、肉体と精神が噛み合ってないように見えるのは気のせいかしら?)


 高い身体能力に比べて、足運びが危うい印象を受けるラミア。

 まるで別々の人間が一つに重なり合った結果、歪みが生まれているようにも思えた。その証拠に、竜巻に煽られた飛鳥は腰を落とせば防げる程度の攻めに四苦八苦している。


 だが―――飛鳥が風切り笛を振ると、彼女の周りだけに無風の凪が訪れた。此れを好奇と見た飛鳥は一気に前進する。

 足首が湖面に浸かるぐらいの距離に近づくと、飛鳥はギフトカードを取り出して叫ぶ。


「荒療治で悪いけど、湖の中から引きずり出してあげる。―――来なさい、ディーン!!!」


 地底湖の底から伸びる、巨大な二本の鉄腕。一体どこに隠れていたのか定かではないが、足元からの奇襲にカリュブディスは絶叫を上げた。


『PuGEEEYAAAAaaaa!!!』

『DEEEEeeeeEEEEEN!!!』


 巨大な鉄腕に締め上げられるカリュブディスは全ての触手を使って引き剥がそうと試みるがビクともしない。

 地底湖から現れた紅い鋼の巨人は胸に刻まれた太陽のシンボルを輝かせて吼え猛る。

 遠くで見ていたラミアは目一杯に眉を歪めた。


(あの太陽のシンボルって………まさか、ギリシャ神話のオールドタロス!? 嘘、何で〝ウロボロス〟から盗み出された鉄巨人がこんなところで出てくるのよ!? しかも神珍鉄しんちんてつをつかって改良されてるし、オールドタイプよりちょっとカッコいいじゃない!?)


 ラミアの口にしてる〝タロス〟とは金や銀、或いは青銅で造られたギリシャの自動人形のことだ。

 三年前―――〝黒死斑の死神ブラック・パーチャー〟の率いた魔王〝グリムグリモワール・ハーメルン〟が倒された際、ハーメルンの中から分裂したコミュニティが彼らからとある鉄巨人を奪取し、龍の純血種たちの力を借りて数世代進化させた紅い鋼の巨人がいた。


 神珍鉄を使う事によって無限の動力を得ることを可能にした鉄巨人。

 神造永久機関を積んだ鉄巨人〝ディーン〟は数々の闘いを越えて今は久遠飛鳥の忠実な僕として従事している。


 ディーンはカリュブディスを高く掴み上げて、勢いよく湖畔に叩きつけた。

 刀の柄に手を掛けた飛鳥は真っ直ぐにカリュブディスを見つめる。

 常人には只の怪物にしか見えていないが、刀の柄を強く握る飛鳥の瞳には違うものが見えている。巨体の中心核―――淡く光る点を見つけた飛鳥は瞳を光らせて吶喊した。


「ふっ―――!!!」


 抜き打ち一閃、カリュブディスの巨体に剣閃が奔る。

 ラミアはその太刀筋に眼が点になった。


(ぼ………凡庸………!!!)


 此れだけ強力な使い魔を複数所持しているというのに、その居合い抜きは平々凡々へいへいぼんぼん、辛うじて殺傷能力を維持できているという程度のものだった。


 及第点ギリギリ、三回振れば二回は赤点を取ってしまうだろう。

 しかし………技術的には凡庸と言い切れる太刀筋だったが、その刀の軌跡は違った。カリュブディスの肉体に亀裂の様なものが奔ると、巨体の中心核が眩い光を放つ。


 カリュブディスの全身が毒にでも侵されたように痙攣けいれんし始めると、全ての触手が力を失って湖に落ちていく。


「た………倒したのかな?」

「………? 死んでるようには見えないわね」


 不安そうに見ていた鈴華に、ラミアが怪訝そうに返す。

 生命活動を行っているという意味では、確かに死んではいないようだ。だが様子がおかしい。飛鳥が近づいても反応が無いどころか、傍らに立つディーンにまで無反応だ。

 飛鳥はカリュブディスに近づき何かを拾い上げると、鈴華とラミアに振り帰った。


「もう終わったわよ! 三人とも此方にいらっしゃい!」

「………本当に? 生きてる様にしか見えないけど」

「ね、眠らせたんじゃない?」

「ふふ。此方に来たら分るわよ」


 両手で何かを隠しながら悪戯っぽく笑う飛鳥。

 二人は顔を見合わせながら足早に飛鳥の許へ向かう。

 飛鳥が両手を開くと―――其処には、スヤスヤと寝息を立てる小人型の精霊がいた。


「わ、わ、わわ………! め、めちゃくちゃ可愛いんですが!!? ガラティアちゃんじゃないみたいですけど、如何したんですかこの子!!?」

「この子がカリュブディスの本体、霊格そのものよ。伝承と切り分けたから、霊格も小さくなっちゃったんだけどね。でもこれで呪いからも解放された筈よ」

「………っ……なんですって………!!?」


 ―――そう聞いた途端、ラミアは吃驚して総身を震わせた。本来ならそんな事は絶対に不可能だ。否、と言っても過言ではない。


 箱庭で呼称される〝霊格〟の高さを示す指標は大まかに分けて三つある。


 一つは物質界に於ける〝総質量〟。星霊が最強種に数えられるのは、この分野で頂点に立つ種族であるからだ。物質体マテリアル星辰体アストラル虚数体タキオンを統合させた完全生命体である星霊種は、三大最強種の中でも特に強大とされている。


 二つ目が〝時間密度〟。此れは霊格が発生してから現在に至るまで存在している時間、及び平行世界に於ける霊格の発生確率、存在密度が高ければ高いほど霊格は強く輝く。

 星霊種はこの分野でも強大だが、人類だと王族、半神半人などがこれに該当する。

 平行世界に於いて〝全く同一の事象が観測される〟というのは、統計的因果律の中でも宇宙の発生と同時に確約されていなければ観測できない、最も強い霊格といえるだろう。


 箱庭だと〝未来視〟という権能は此れら二つの総積量を推量する力を意味するものだ。


 アルファから定められた宇宙の総積量。

 人は此れに名前を与える時―――〝運命〟と呼称する。


「〝煌炎の都〟で一度だけ黒ウサギがそれらしいことを教えてくれたけど、その時は詳しくは教えてくれなかったわ」

「この辺りの知識が必要な謎解きとなると、殆どが四桁以上の相手ですから。マスターに教えても混乱するだけだと思ったのでしょう」


 此れらが先天的霊格であるのに対し、三つ目は後天的な霊格の付与に位置づけられる。其れが〝成し得た功績に依って得られる霊格〟のことだ。


「伝承と霊格の関係性は………えっと、なんだったかしら?」

「世界に与えた影響・功績・代償・対価。代表的なものだと土地の開拓、新概念の発掘、生贄の儀式などが該当しますね」


 此れは以前、飛鳥たちがハーメルンの魔王と戦った時に説明されたことだ。


「〝功績が存在しているということは 伝承が存在している〟。真実と少し異なりますが、認識としては其処まで間違ってはいません。主題として必要な情報は、この霊格が後天的なものであるという点ですね。マスターの星剣は伝承と本体を切断する力があるのです」

「まあ本人が望めば元に戻る程度のものだけどね。アマクニさん曰く―――

『姫の棒振り剣術は酷ぇもんだ。こりゃ星剣に触れることは出来ても、振ることは出来ねえ。梵我一如ぼんがいちにょの極致を体得しなきゃ、打ち直した天叢雲剣あまのむらくものつるぎ画竜点睛がりょうてんせいを欠くって物だ』

 ―――という事だけど。まあ棒振り剣術でもこれくらいわけないわ」


 ふふん、と少し得意げな顔をする飛鳥。

 だがラミアは彼女の言葉を聞いて脳内の資料を高速で漁っていく。


(アマノムラクモノツルギ………二年前に初めて表舞台に出た、神秘殺しの剣のこと? ならアマクニっていうのはその製作者? でもアルマテイアは星剣って言っていたし………星剣って言うからには、星造兵装ではないの?)


 神秘殺しの剣についてはラミアも聞いている。

 二年前に〝ノーネーム〟の面々が参加したギフトゲームで、フェイスレスという女王騎士が使っていた剣のことだ。自身を含めた周囲一帯の完全霊格封印という破格の力を持った剣だ。


 伝承と霊格を切り分けるという力は、其れを局地的なものに絞った使い方だろう。

 動かなくなったカリュブディスの巨体を睨んだラミアは、険しい瞳で問い直す。


「………なるほどね。納得したのだわ。カリュブディスやスキュラは〝怪物に変えられた伝承〟を持つ精霊たち。その〝怪物に変えられた伝承〟だけを切除したというわけね?」

「そういうこと。他にも魔術的なものなら無条件で無効化できるし、風評による呪いの解除もお手の物よ」


 平静を装いながら、ラミアは胸の鼓動を抑えつけていた。

 星造兵装であるかという真偽は最早問題ではない。


 否、出来るならば真実であって欲しい。


 もしも―――もしも本当に、伝承と霊格を切り分けるというのが真実なのだとしたら。詩人たちによって造られた、呪われた伝承さえも切り裂けるというのなら。



(お母様の………お母様の吸血鬼の呪いも、切り離せるかもしれない………!!!)



 ―――此れはもう、数千年以上も前の話だ。


〝箱庭の騎士〟である吸血鬼が、魔王に堕ちた時。


 詩人たちによって引き起こされた全ての風評・醜聞を一心に受けたことで怪物に堕ちてしまった女性がいた。吸血鬼の女王レティシア=ドラクレアの妹君だったラミア=ドラクレアは、悍ましい怪物に堕ちてしまったのだ。


 第四の最強種とまで称えられる詩人たちは、歴史的解釈を自分たちの詩や歌・創作物で歴史に干渉することが出来る。


 美しかった白い肌には鱗が生え、紅く愛らしかった唇には見るものを恐怖させるような醜い牙が生えた。己の子を喰い殺す呪いを受けたラミア=ドラクレアは、腹の中に居た子供を守る為に永い眠りにつかざるを得なくなったのだ。


(………落ち着くのだわ。詩人たちの起こした歴史改変にまで手を出せるか分からない。まず試金石が必要よ)


 だが―――そんな都合のいい試金石がそうそう転がっているはずが無い。

 それに詩人たちの改変は〝主催者権限ホストマスター〟のゲームリメイクさえも可能にする。つまり多くの場合は魔王と同等の力を持っているという事だ。


 つまり理想の試金石は―――〝主催者権限〟を使うことが出来ずとも魔王に匹敵し、詩人たちの改変を受けた経験があり、尚且つあのへっぽこ剣術で斬ることが出来る相手だ。兎にも角にも剣術のハードルが高い。あの凡庸な剣術で斬り捨てる相手など限られる。


 そんな好条件が揃った相手が都合よく―――


(………あ、)


 ―――。いや、いた。

 その全ての条件に符合する相手が〝ウロボロス〟に在籍している。


(あの男を試金石にするのは悪くない案だわ。元より〝アヴァターラ〟の動向を探る為にクリシュナが目覚めさせた使い捨ての駒だったわけなのだし)


 とはいえ、切り捨てるなら相応の理由と作戦が必要だ。

〝ウロボロス〟の盟主たちにも手土産も準備しなければならない。


(だけど………やる価値はある)


 ラミアは覚悟を決め、飛鳥たちに振り返る。

 飛鳥たちは丁度、石碑に浮かび上がった文字を読み始めていた。


「えーと次は………地図?」

「アトランティス大陸の東を示しています。もしかしたら次の石碑を示しているのかもしれません。それなりに距離があるので移動が大変そうですし、私が皆さんを運んだ方が良さそうですね」

「じゃあ早速外に出て―――」

「待って。その前に、私から話があるわ」


 ラミアが手を上げると飛鳥たちが一斉に視線を向ける。

 極めて危険な賭けになるが、やり遂げるしかない。元より〝ノーネーム〟に所属していた久遠飛鳥には〝ウロボロス〟と戦うだけの理由がある。


 此方から餌を撒いてやれば喰いつかない理由はない。


 胸元から〝ウロボロス〟の旗印シンボルが入ったエンブレムを取り出すと、ラミアはおもむろに告げた。



「今まで身分を隠していたことをお詫びします。―――私はラミア=ドラクレア二世。〝ウロボロス〟の盟主の一人として、違約いやくの英雄アルジュナについて相談したいことがあります」



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