第一章
第一話 星取りの少女
簡素な山小屋の屋根裏、ベットの上に座りこんだ少女は丸窓から月を見ていた。
紺青の空に糸を引く流星群。
どこか遠くから物寂しい狼の鳴き声が聞こえた。
銀の千里眼を右目にあて、少女は時折何かを書き留める。
それを何度も繰り返す。
ベットの上には羽ペンと、たくさんの羊皮紙が散らばっていた。
少女は夜空を見上げると、今度はずいぶんと長い間動かなかった。
森はしんと静まり返り、彼女は一人沈黙の中にいた。
「………ゼ、ルイーゼ」
遠くからヨダの声が聞こえる。
霧が晴れるように、周りの音がぼんやりと聞こえ始めた。
小鳥のさえずりと白花豆のスープのにおい。いつもと変わらない朝。
「ルイーゼ、もうお昼だよ」
その一言で一気に現実に引き戻される。
「うそでしょ!?」
ルイーゼはベットから跳ね起きると、慌ただしく梯子を飛び降りた。
「おはよう、おばあちゃん。寝坊しちゃった」
ヨダは野菜を洗っていた手を止めると、
「おはようさん。スープはできてる、パンは自分で焼いて、ジャムは机の上ね」
テキパキと指示を出した。
「わかったわ」
ルイーゼは顔を洗うと、鏡に映る自分の顔を見つめた。
(なんだか、とっても大切な夢を見ていた気がする…)
断片的にすら思い出せない夢になぜこんなにも惹かれるのか不思議だった。
食卓にはほかほかと湯気の立つスープが置かれていた。
表面を軽く炙ったバケットにバターと木苺のジャムを塗る。
「木苺のジャムそろそろなくなっちゃうね」
残りわずかとなったジャムを見てルイーゼはつぶやいた。
「今日ゴードンが帰ってくる。きっとまた食べきれんほど持って帰ってくるさ」
ヨダは笑いながらルイーゼに紅茶をいれた。
「ありがとう」
食事をすませるとルイーゼは部屋から数枚の羊皮紙を持ってきた。
「おばあちゃん、これ見て。今度のは少し大きいかもしれない」
テーブルの上に広げられた羊皮紙には何やらびっしりと書き込んである。
ヨダはそれを時間をかけて丁寧に読み込んだ後、感嘆の声をあげた。
「すごいじゃないか、よく見えている」
「昨日は空気がきれいだったから、遠くまでよく見えたの」
「お前さんの目は、人より少しばかりよく『見える』からね。ずいぶんと、まぁ細かく……」
ヨダは少し声を潜めた。
「いつとるんだい?」
「早いほうがいいかも、今日とか」
ヨダは羊皮紙から顔をあげると、眉を寄せた。
「今日って、お前さん、昨日もとってたじゃないか。体は大丈夫なのかい?」
「私は大丈夫よ、もう一人前なんだから」
ヨダは依然顔を曇らせたままだ。
「悪いね、これはルイーゼにしかできないことなのに、こんな聞き方するなんて私はずるいね」
ヨダは今にも泣きそうな顔でルイーゼを見つめた。
ルイーゼはヨダのこの表情を見るのが何よりも辛かった。
「……おばあちゃん」
「星取りのことはルイーゼに任せるって言ったもんね。くれぐれも無理だけはしないでおくれ」
「おばあちゃん、そんな顔しないで。おばあちゃんがいつも私のこと心配してくれていること知っているわ。私は星取りをやらされているって思ったこと一度もない。私この仕事好きよ。だから無理もしてないわ」
ルイーゼはヨダを少しでも安心させようと必死に笑った。
「今日の星は特大よ、きっといい値で売れる。明日の朝楽しみにしてて!」
つられてヨダも眉尻を下げながら笑った。
「まったく……、頼もしくなっちゃって」
日が沈みかけたころゴードンが帰ってきた。
彼はいつもどおりの無表情でロッキングチェアに腰かけた。
大柄な彼が座ると椅子がとても小さく見える。
彼はそのままゆっくり二漕ぎほどするとすぐに眠りについた。
野菜や果物で山ができた荷車を押しながら一山超えてきたのだ。顔にこそ出さないものの相当疲れているのだろう。
ルイーゼとヨダは荷車の中を漁ると顔を見合わせた。今日はいつにもまして量が多い。お目当てのものが出てくるたびに二人は笑いながら歓声をあげた。
「これで当分は食べるものに困らないわ!」
夜、ゴードンが目を覚ました時には食卓はごちそうで埋め尽くされていた。
「ずいぶんと豪華だな」
「今日くらいいいのよ。ゴードンお疲れなんだから、たくさん食べて」
ルイーゼはサラダを盛りつけながら言った。
ゴードンは微かにうなずいた。
「ルイーゼ、お前もな。今夜も星をとるんだろう」
「あら、なんでわかったの?」
「星が揺れている。それくらいは俺でもわかる」
彼は窓からすっかり暗くなった空を見上げた。
『星取り』は代々一族の女性が行ってきた。男性に星取りの力があるものは極めてまれで、微かに星の変化を感じられるものがほとんどだった。ヨダは数年前に腰を痛めてから一度も星を取っていない。この家で星を取れるのはルイーゼだけだった。
食卓は大いに盛り上がった。
「一番いい値で売れたのはやっぱり群青星だ。あれはいい。素人が見たっていいものだってわかるんだからな。あと、真朱の星もよく売れた。取ったばかりだったから、断面がまだ酸化してなかったんだ。あの赤はそうそう出せる色じゃない」
ルイーゼがとった星をゴードンが隣の村まで売りに行く。その収入で三人は暮らしていた。
星について語るとき、ゴードンはいつもより饒舌になる。
彼も星が好きなのだ。
「また『これは石です』って言って売ったの?」
「あぁ、当分はばれない」
「仕方のないこととはいえ、偽らなきゃいけないのは悔しいことだね」
「星取りにも星取りのプライドってもんがあるものね」
星取り族が取った星は、昔から高値で売れた。一族は大いに繁栄し強力な財力を得たが、残念なことにそれをよく思わない一族もいた。
星取り族は多種族からの妬みや嫉妬の対象となり、あらぬ噂を流され、長年迫害され続けた。
ルイーゼ達三人は何とか逃げ延び、この森でひっそりと暮らすことに決めたのだ。
今でもゴードンはルイーゼが取った星を石だと偽って売っている。もし、星取りであることがばれるとまた新しい家を探さなければならないだろう。
「石堀り族には見つからないようにね。一発で石じゃないってばれちまう」
ヨダは真剣な目でゴードンを見た。
(私たちは何も悪いことしていない、なのに堂々と町に出ることも許されないなんて…)
ルイーゼは食卓に並ぶ料理の数々を眺め、普段の質素な夕食を思い出した。
そして、こんな風にこそこそと隠れて暮らす日々があとどれくらい続くのだろうと不安になった。
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