花火大会
学校とは反対側の、山の裏手にある人気のない公園。ここからだと、花火の音は聞こえるが、見ることは出来ない。それでも数組の人影が見えることが、この公園のムードの良さを物語っていた。郁弥と可憐も、2人きりで少し暗くなったベンチに腰掛けていた。取り留めのない会話にもどこか恋人気分が漂うのは、可憐の衣装に秘密があった。『浴衣ー夏祭の花火大会見物仕様』そんな感じである。可憐は2人きりになったところで、どうしても話したいと思っていたことがあった。それは、可憐にとっては恥ずかしいことで、他の誰にも話していない、将来の夢についてである。
「郁弥くんって、東京でしょ」
「うん。秋葉原とお茶の水の中間辺りなんだ」
「東京には、かわいい女の子が沢山いるんでしょう」
鈍感な郁弥にも分かることだった。ここは素直に肯定するよりも、可憐にかわいいと言ってあげたほうがいいということが。だが、咄嗟に言ってしまったあの時や、学校の行き帰りに言うのとは違い、軽々しく口に出していいものかと、余計なことを考えてしまった。事実、可憐はかわいい。かわいさの偏差値でいったら76はあろう。それでも郁弥が考えてしまったのは、絵に描いたような告白のシチュエーションがかえって邪魔をしていたからである。責任が違うのだ。郁弥は躊躇った挙句、当たり障りのない返事をした。
「確かに、かわいい子、いっぱいいるよ」
そう言いながらも、郁弥の頭の中は、可憐の笑顔で一杯だった。本当は、可憐に喜んでもらって笑顔を見せて欲しかった。郁弥は心の中で、勇気のない自分にダメ出しをしていた。もし、もう一度、かわいいと言う機会があれば、今度こそは思い切って言ってしまおう。そして、そのまま告白しよう。郁弥は、言ってしまった後に覚悟を決めた。
「じゃあ、やっぱり通用しないのかな」
「えっ?」
「私ね、東京に行きたい」
「東京?」
可憐は力強く頷くとベンチを飛び出した。そして振り向き様に郁弥に向かって、現時点で可憐の表現し得る最高の笑顔を見せた。
「アイドルに、なりたいの」
可憐は、言い終わったその後で、郁弥に駆け寄り、そっと手を触れる、そんなつもりでいた。告白というよりは宣言。可憐はこれだけのことを、もう1年以上も前から相手が誰かは決めずに何度も練習してきたのだ。だが、郁弥という現実の男性を目の前にしていることに気付くと、途端に足がすくんだ。みるみるうちに顔は真っ赤になった。
「かっ、かわいい!」
「いやん、恥ずかしい!」
可憐は、まだ赤い顔を小さな手で隠し、その場にうずくまった。
「かわいい。かわいい! かわいいよ!」
郁弥は何度もかわいいと言った。本当のことなんだから、躊躇う必要はないと思った。告白とかは別にしても、『かわいい子にはかわいいと言う』ことには正義がある。そう思った。そうしているうちに、可憐の恥ずかしさというのは、自然に消えていった。郁弥にかわいいと言われることが、最高に気持ちの良いものになった。そして、自分には何でも出来るのだと、前向きな気持ちになった。
「ありがとう! 郁弥くんに話して、本当に良かった」
それからも、郁弥は何度もかわいいと言い、その度に可憐はありがとうと返した。いつしか花火の音は消えていた。
「しばらくは、恋愛禁止ってやつになっちゃうわ」
「ははは、やっぱり、アイドル、向いてないかもよ」
「もう、茶化さないでよ。応援してくれるの? くれないの?」
郁弥は、告白の機会を失い、応援を約束した。
『かわいい子にはかわいいと言う』ことが、こんなにも人を幸せにするのかと、郁弥は思った。
第6学生寮、アベニューでの生活 世界三大〇〇 @yuutakunn0031
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