「大してかっこよくもない……。」

『棒倒し』当日。学生達が校庭に集まる。特に気合いが入っているのは、コースEとルートDだった。K大附属大阪の寮は6つあり、AからFのアルファベットか付されている。それぞれが特色を持っていて、DとEは夕飯食べ放題を掲げている。だからどちらも運動部員が多い。期末試験よりもこの『棒倒し』での優勝を目指して、朝練までしていたという噂がある程だ。そして、もう1つのライバルと呼べるのが、ラインAだ。彼等は全員が特進クラスに在籍している、何かと特別扱いされているイヤな奴らだ。しかも、昨年の優勝寮でもある。郁弥のいるのはアベニューFで、昨年Aの策略に嵌り、早々と敗退している。抽選の結果、Fから時計回りにB・E・A・D・Cとなった。

「どうだい、俺様のくじ運は!」

 調子よく高笑いする高橋だが、それもそのはずである。絶好のポジションにいると言って良かった。

「いやー、ご立派、ご立派!」

「Aの奴ら、慌ててるぜ。DとEに挟まれてしまってはな」

 鈴木と佐藤は、ちゃんと高橋を褒めてあげた。


 この『棒倒し』、選手以上に張り切るのが、実況・解説を担当する英語科の教師だ。場内アナウンスで、ルールの説明がなされるが、主なルールは2つだけである。背中の風船が全て破られたらその選手は退場することと、将軍の風船が破られるか棒が倒されればそのチームは負けとなることである。それ以外は、同盟、密約、裏切りの全てが許されている。

 ー校長先生、勝負の行方は?ー

 ー序盤から中盤は削り合い、終盤は将軍か棒をかけた動きが見ものですー

 今は誰も聞いていないが、この場内アナウンスは、戦局を左右することもある。どこで激しい闘いが繰り広げられているのかが伝えられるからだ。

「ま、一応お隣さんには不戦同盟を打診しておこう。鈴木と佐藤、頼むよ」

 将軍高橋の命令で、鈴木と佐藤が交渉に行く。2人はきっちりと仕事をし、Fは、序盤は高みの見物をして、中盤以降に戦力を温存する作戦となった。



 ーバン、バンバンー

 3段雷が、大会の開始を告げる。楽勝ムードの高橋だが、直ぐに異変に気付く。

「何で、DとEが襲ってくるんだよ。BとCは、援軍送ってくれないの」

 同盟は不戦に過ぎない。援軍をあてにする方がおかしいのだ。狼狽える高橋に、鈴木と佐藤もお手上げだった。完全に準備不足を突かれていた。寮生の半分が既に退場し、最早、陥落直前となった。その時、実況が異変を知らせた。

 ーおーっと、ここでDとEの将軍が倒された!ー

「退場、退場! DとEは下がりなさい!」

 Fに襲い掛かっていたDとEの選手達が、次々と退場を促されていた。

「ん、どういうことだ! 敵がいなくなったぞ」

 喜ぶ高橋を呆れながら鈴木と佐藤が眺めた。

「きもっ将軍、分からんのか!」

「事態は、より深刻になっているのだぞ」

 鈴木と佐藤は、DとEが退場になったのは、将軍が暗殺されたからだということに直ぐに気付いていた。BがD、CがEを葬ったのだ。そして、そんなことが起こるのには、黒幕がいるに決まっている。Aである。

「だが、Aの仕組んだ密約を見抜けなかったのは、俺のミスだ」

「それを言ったら、俺もだ、鈴木」

「こうなったら、一矢報いるまでだ。いくぞ、佐藤」

「おうよ、鈴木!」

 鈴木と佐藤は、突撃の構えをみせた。郁弥は慌ててそれを諌めた。今はまだ、勝負の時ではないのだ。大幅に戦力を失ったことで、かえってFは窮地から救われていたのである。程なくして、BとCが争い始めたのだ。郁弥は、鈴木、佐藤とともに高橋に檄を飛ばした。

「高橋、今のうちに態勢を立て直すぞ!」

「……。」

 その呼びかけに、高橋が応えることはなかった。既に戦力の3分の2を失っていて、完全に自信をなくしているのだ。郁弥は、どうやって高橋を奮い立たせるかを考えてた。そして、あることを思いついた。

「高橋、お前、かっこいいぞ!」

 応用である。『かわいい子にはかわいいと言う』という母の教えを思い出し、『大してかっこよくもない高橋だが、取り敢えずかっこいいと言ってみる』ことにしたのだ。そして、高橋の反応は、郁弥の予想を上回るものだった。

「郁弥、本当のことを言うな」

 その後の高橋は、神がかりに名采配を振るった。B、Cが共倒れとなり、いよいよAとの一騎打ちとなった。しかしこの時点でもまだ戦力比は2対1である。それをモノともせずに、高橋は総攻撃を仕掛けた。狙うは、敵の将軍。

「最後の賭けだ。みんな、頑張ろう!」

「オーーーーーーッ!」

 そして遂に、補習免除の栄光、『棒倒し』の優勝を手にした。


「勝利だ! 我々の勝利だ!」

「高橋将軍のおかげだよ」

「これで、心置きなく花火大会に行けるぞ」

「将軍様が、可憐ちゃんを誘ってあげないと!」

 日曜日に行われる夏の閉寮前夜祭はクライマックスに花火大会を行う。地元の人も見物に来る程の盛大さがある。当然、可憐も来る。高橋は優勝したことで気が大きくなったのか、玉砕覚悟で可憐への告白を決めていた。最早、鈴木にも佐藤にも、そして郁弥にもそれを止めることは出来なかった。













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