プリンより友情

 高橋達がおやつ抜きとなった初日、4人で学校へ行く途中のことである。高橋には不満があった。それはおやつ抜きになったこと以上に、可憐が郁弥に気を許していることだった。

「何で俺たちだけ、おやつ抜き?」

「大声を出したんだ。仕方なかろう」

「すまんな、みんな」

「ま、かわいいが解禁になったんだ。善としよう」

 鈴木と佐藤は納得していた。それよりも、郁弥が可憐と仲良くなったことを面白がって、応援しようとしていた。あの日以来、可憐は郁弥に急速に接近している。その影には、この2人の手引きがあったのだ。

 ちょうどそこへ、可憐が坂道を駆け下りて来きた。まだ遠いが、郁弥を呼んだ。

「郁弥さん、おはよう!」

 可憐は、3人は眼中にないように振る舞っている。高橋はそれが嫌でならない。だから、何とか可憐の気を引こうとするのだが、なかなか上手くいかないのだ。

「可憐さん、今日も可愛いね!」

「きもっ!」

 可憐はそう言いながら高橋を避けるふりをして、速度を緩める。郁弥がそれを気遣い近付くと、その隙に鈴木と佐藤が、高橋を連れ足速に歩く。こうして、自然に郁弥と可憐が2人きりになった。

「ははは、おはよう、可憐さん。かわいいね」

 郁弥にかわいいと言われると、可憐は本当にかわいらしい笑顔を見せるのだ。

 その差が大分開いてから、可憐は鞄を後ろ手に持ち、郁弥に話しかけた。

「金曜日のおやつ、私が作ることになったの」

「金曜日? 円卓会議の日!」

「ねぇ、郁弥さんは、どんなおやつが好き?」

 郁弥は、本当は甘いプリンが好きなのだが、それを言わなかった。高橋はプリンが嫌いなのだ。3日間とはいえおやつ抜きになった3人には、最高のおやつを食べてもらいたかった。腹にずっしりとくる、それでいて安くて簡単なメニューはないか考えた。

「ホットケーキ、かな」

「ホットケーキ? ああ、パンケーキね。分かったわ」

 その時、遠くから、郁弥を呼ぶ声がした。高橋である。悔しいのを隠して、鈍感な振りをして郁弥を呼んだのだ。声に応じ、先に走り始めたのは可憐の方だった。

「みんなー! 聞いて聞いて!」

 そう言って、高橋達に駆け寄ると、金曜日のおやつが自分の作るパンケーキであることを告げた。高橋は、それを聞いて大喜びした。

「じゃあさ、メッセージ書いてよ、メッセージ!」

「高橋さん、本当にキモいって」

 その直ぐ後に、郁弥も、4人に駆け寄っていった。



 金曜日。総勢120人の寮生が全員、食堂の席についている。おやつの前に、やることがあるのだ。私立K大附属大阪には、名物行事が2つある。そのうちの1つが、1学期の期末試験の終了直後に行われる、寮対抗の『棒倒し』なのだ。今日は、期末試験の2週間前とあって、その為の作戦会議、通称『円卓会議』が行われるのだ。寮母さんがこの円卓会議の議長を務める。

「良いわね、みんな。今年こそ、勝つわよ!」

「オーッ!」

「期末試験も、頑張るわよ!」

「……。」

「そして、棒倒しで優勝するぞ!」

「オーーーーッ!」

「では先ず、勝負の肝となる将軍を決める。誰か立候補者は?」

「……。」

 将軍というのは、『棒倒し』のリーダーのことである。勝てば、その寮生は、補習に参加しなくても良いという特権を手にすることができる。そのリーダーとなると大変な名誉なのだが、『棒倒し』公式ルール策定委員会に参加しなければならない。期末試験の直前期に毎日行われるため、余程成績優秀か、余程手の施しようがないかでなければ、旨味がないのだ。

 そこへ、パンケーキを積んだワゴンを押しながら、可憐が現れる。それを待っていた高橋が手をあげる。

「はい、将軍、やりまーす」

 こうして、高橋が将軍職を拝命し、その道連れに鈴木と佐藤、そして郁弥が副将軍となった。パンケーキが、寮生達に配られる。4人には、特別に可憐からチョコレートソースでメッセージが添えられた。それを見て、高橋は涙目となる。

「きっ、『きもっ将軍』って……。」

「『っ』は、おまけだろ」

「勝負の肝の将軍って意味だろ」

 鈴木と佐藤にフォローされる高橋だが、まだ納得がいかないようである。郁弥へのメッセージは『かわいいって言ってくれてありがとう』とあった。郁弥は高橋にそのメッセージを見せることが出来ず、そそくさと食べ終えた。


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