第2話 元魔法使いはバイトに舐められている

「じゃあ、後はよろしくね佐々くん」

「はい、お疲れさまでした店長」


 ゴールデンウィーク最終日とあって混み混みの店内を一瞥して、店長はエプロンを脱いで行く。

 時刻はやっと昼時を抜けたくらいで、店長に帰られると店が回らなくなることは明白だ。

 けれど文句を言うことは許されない。 ここをやめさせられたら他に就職口なんてあるのか分からないのだから。


「店長やっと帰ったよー」

「よっしゃ今日の仕事終了! 後は遊びだ遊び」

「佐々さーんコーヒー飲んでいいすか? ていうかいいよね?」


 店長が帰った途端に、バイトの空気は緩みガッツポーズするやつもいる始末だ。

 これはひどい。 なにがひどいって店長の舐められ具合だ。 そしてそれに輪をかけて俺はバイトに舐められている。


「う、うん……ほどほどにね~」

「はいはーい」

「相変わらず佐々さんやっさしー!」

「社員が佐々さんみたいな人で良かったー! あ、これ褒めてますからね?」

「あはは、ありがと……」


 苦笑いするしかできない。 しかし何だかんだで慣れた光景だ。

 ここのアルバイトは基本的にやる気がない。 最低限の仕事、例えば接客とかはやるけれど、それ以外の掃除とか整理とか飲み物の補充とか面倒そうでかつやらなくてもバレないことは全くやらない。

 暇な時間は携帯をいじってお喋りして、店の飲み物を飲んだり食ったりして過ごしている。


 これに関してバイトが悪いのは当然として、原因は俺にもあった。

 バイトはみんな長いことこの店で働いてる人ばかりで、俺は社員といえど年数だけでいえばかなり下っぱなのだ。 


「ちょっとこっち手伝ってくれないかな~なんて」

「えーそれ社員の仕事じゃーん」

「だったら給料上げてよー」

「それはちょっと難しいかなー?」


 自分の笑みが愛想で渇いているのがよく分かる。 しかしどうしようもないのだ。 バイトを叱ればやめられてしまいそうだし、それで店長に目をつけられればきっとこの店にはいれなくなる。

 だから我慢するしかないのだ。

 それにまだ怒るほどのことでもない。


「おつかれしたー」

「お先でーす」

「はい、お疲れ様」


 閉店時間になり客が捌けると早々にバイトは帰っていった。


「終電までに終わるといいなあ」


 一人で残りの洗い物と、掃除、バイトのやり残した仕事を済ませ、金を金庫へ仕舞い、最後に選択を干してーー


「終わったーー!」


 時刻は終電まで残り十五前、駅まで徒歩で十分だから今すぐ出れば余裕で間に合う。

 最後に火のスイッチと金庫のロックを写真に取って、店の電源を落とした。

 CMでも有名なスコムの安全ロック装置に、専用のプラスチックの鍵を差し込むと警報が店内に鳴り響く。 これをしないで店を出ると、スコムさんが完全武装で店にやってきてしまうので絶対に忘れてはならない、と店長に言い含められている。


『三十秒以内にロックしてください、三十秒以内に……』


 まるで急かすような音に毎回のこどく焦りつつ扉を開く、が扉は何かに引っ掛かっているのかひどく重くて開かない。

 まごついている間にスコムの警報のピーピーという音の間隔が短くなっていく。


「あーもうちくしょうっめんどくせえな」


 悪態を付いて俺は扉を一旦諦め、スコムの安全装置に鍵を入れる。


『ロックが解除されました』


 面倒だけれど扉の外を確認して、もう一回やり直しだ。

 扉は荷物を下ろして全力で押せばずるずると開いていく。 やっぱり何かが引っ掛かって、というか扉の前に何か重いものが置かれているらしい。

 ひどい嫌がらせだ。

 バイトたちではないと思いたい。


「よし、開いた」


 扉は開いた。 このまま安全装置のロックを掛けて施錠すればもう大丈夫。

 時計を見ると、いつの間にか五分経っている。 急がないと終電がやばい。


『三十秒以内に……』


 警報が鳴って早々に、扉を閉じて手探りで施錠をした。

 よし、これでホントのホントに帰れるーーそう思ったときだった。


「むにゃ」


 視界の端で何かが蠢いた。 そして声が聞こえてきた。


「は? ひ、人?」


 そう、それは人らしかった。 暗闇でそれは横たわっていて、もぞもぞと芋虫みたいに体を動かしている。

 酔っぱらいだろうか。

 そしてどうやら扉が開かなかった原因はそいつらしい。


「び、ビビった~……扉の前で寝んなよ、迷惑だな」


 そいつが女か男か知らないけれど、ただただ怒りしかない。

 手間を取らされたこととか、ビックリさせられたこととか、自分は仕事で忙しいのに酒なんか飲んで楽しみやがってとか。

 そんな八つ当たりを抜きにしても、見知らぬ酔っぱらいの介抱なんてする気はさらさらないし、救急車を呼んでやる気もない。

 他人を慮っている余裕は今の俺にはないのだ。 俺には終電に乗って家に帰る、という大事なミッションを遂行しなければならないからな。

 一瞬、そんなことを考えて踵を返そうとしたその時。

 雲に隠れていた月が顔を出したらしく月明かりが辺りを薄く照らした。 そして同時に照らされた店の扉の前に横たわるそいつを見て驚く。


 そいつは見たこともない銀髪の少女だった。


 




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現代魔法使いに夢はない すー @K5511023

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