2章 進化する水魔法

第15話グレン

 翌朝、宿屋の食堂でお腹を満たし、保存食用に市場で干し肉とドライフルーツを購入して冒険者ギルドに向かうリフィン達。

 天候は曇りで薄暗いのだが、昨日ほど蒸し蒸しした気温ではないので過ごしやすい。 雲の濃さを見れば少しばかり雨が降ってきそうな雰囲気を醸し出していた。



『今日は少し涼しくて快適だねー』



 昨日買って貰った赤いスカーフのマントと、リフィンに作ってもらった白いパンツを穿いているポコは、昨日や一昨日に比べて比較的気温が涼しかったので元気があるらしく、トテトテとリフィンの横を歩きながら呟いた。



『だな、鳥になっても暑いのだけはゴメンだわ・・・』

『真夏の時期だからね、今日の天気は正直助かるよ』



 水魔法の出力が低下している今、真夏の暑さによって倒れる人が多くなり仕事量が増えてしまう水魔法使い達にとっても、この曇り空は有り難いものだったのだ。




 しばらくして冒険者ギルドにたどり着いたリフィン達は、ギルドの一角にある依頼掲示板に貼られていた依頼を1つ1つ確認していく。

朝一で冒険者ギルドに来たために他の冒険者の姿は確認出来なく、受付も1つしか窓口が開いていないようであった。



『リフ、簡単そうな依頼あったか?』

『うーん、私のランクが低過ぎて受けれる依頼がない・・・』

『どうするのリフちゃん・・・お仕事無いとお金稼ぎできないよ?』

『薬草採取の依頼でもあれば良かったんだけどね』



 掲示板には前回受けた薬草採取の依頼は無い、リフィンの冒険者ランクはGであり、その1つ上のFランクでなら受けれる仕事があるのだが冒険者になったばかりのリフィンには受ける事すら出来ないのである。 新人に依頼を任せられないような案件ばかりだとは思っていたが、受ける事の出来る依頼が1つもないとは予想していなかった。

 そんな困った顔をしていると後ろの方から野太い声の主がリフィンに声をかけてくれた。



「おはようリフちゃん、昨日は街の探索どうだったかしらん?」


「おはようございますエルザさん、ここは活気があって綺麗な街ですね」


「うふふ、そう言ってくれるとここの国民としては嬉しいわぁん」


「まだ全部は回れていないんですけどね・・・」



 手前にある受付の窓口には、初めて来た時に優しく対応してくれたエルザが居た。

前回見たときと同様に前のボタンが悲鳴をあげていて、思わず視線がそちらの方に向いてしまう。 どうやって服を着たのか少し気になってしまうのだが、要らぬ詮索はしないようにした。

動物も入居可能な物件をおすすめされ、その宿屋にあらかじめ伝えておいてくれていた事に感謝の言葉を述べる。



「宿屋の件、手配してくれていて有り難うございます」


「いいのよぉん、そんなの気にしなくても・・・そこの掲示板見ていたようだけど、今Gランクで受けれる依頼がなかった筈よね?」


「はい、受けれる依頼がないのでどうしようかと・・・」


「その件なんだけど実はね、一昨日

おととい

リフちゃんが行ったエルルの森に盗賊が2人居たらしいの・・・」


「え、そうだったんですか!?」


「リフちゃんが出発してからその報告が届いてびっくりしたアタシはすぐさま他の冒険者を派遣したの、無事に盗賊達は捕縛されてリフちゃんは大丈夫だったようだけれど、しばらく安全が確認されるまではあの森にリフちゃんを送りたくないのが本音なのよね・・・」


「・・・だから薬草採取の依頼がないのですか?」


「それは薬剤師ギルドがたまたま依頼を出していないだけ、もう1つ違うGランクの依頼があったんだけど、それは他の冒険者にお願いしちゃったわ・・・昨日待ってみたんだけど新しいGランクの依頼は来なかったのよねぇん」


「そうですか、依頼が受けられないのは少し困りましたね」



 せっかく張り切って朝一から冒険者ギルドに仕事を探しにきたのに、受けれる仕事が無いと落胆するリフィン。

そんなリフィンにエルザは優しく微笑んで一枚の依頼書を引き出しから取り出してパラパラとリフィンの前でちらつかせる。 オカマが微笑んでも怖いだけなのだが・・・



「でも心配は無用よぉん、リフちゃんに比較的安全な依頼を用意したんだけど、受ける気あるかしら?」


「受けます!」


「即答ね・・・依頼の内容も読んでいないのに受けるのは関心しないわぁん」


「エルザさんが用意してくれた依頼なので、信用出来ると思ったまでです」


「うふふ、嬉しい事言ってくれるじゃない?」


「でも、内容は確認させてもらってもいいですか?」


「えぇいいわ」



 エルザから依頼書を受け取ったリフィンは依頼の内容を確認していく。


 依頼書にはアルモニカ地下水路の一部がゴミで詰まっているかも知れないので解決して欲しいという内容が書かれていた。

場所はアルモニカの地下に存在する下水道内部で、下水道のどこかがゴミ等で詰まっているらしく汚泥

おでい

処理施設に流れて来ないのだそうだ。 それを解決して汚泥処理施設に汚泥が流れるようにして欲しいとのこと。

ちなみに報酬はかなり良いのだが、Eランク以上の冒険者じゃないと受けれないようになっていた。



『・・・うわー』

『どうしたんだリフ?』

『うん、凄く報酬は良いんだけど・・・下水道のゴミが詰まっているから取り除いて欲しいっていう依頼だった』

『下水道かぁ、臭そうだね・・・』

『オレちょっと調子悪いんでパスしていいですか?』

『・・・タキルずるい!』

『ご飯抜きでいいならパスしても良いよ』

『・・・分かった、着いて行くからメシ抜きは勘弁してください』



 リフィンは依頼がこれしか無いのなら受けるしかないのであるが、条件がEランク以上と書かれてあるのでエルザに疑問をぶつけてみる。



「エルザさん、この依頼はEランク以上と書かれているのですが見落としとかではないですよね?」


「えぇそうよ、実は同行者を1人呼んであるの、Dランクのソロ冒険者なんだけど今回はその人と一緒に回ってもらう予定よ、少し性格に難があるけど実力はアタシが保証するわぁん・・・もうそろそろ来るんじゃないかしら?」



 冒険者は1人ではない、何人かでパーティを組んで依頼を受けるのが基本だが、リフィンはここに来たばかりで他の冒険者達の事を全く知らないのである。 ソロで冒険者をやっていく事はかなり実力が無いと難しく、今回同行するDランクのソロ冒険者はかなりの実力者である事だと分かる。


 そしてリフィンは、現在この冒険者ギルドに他の冒険者が居ない事に気がついた。



「エルザさん、他の冒険者の姿が見当たらないのですが・・・朝一だからですか?」


「いいえ違うわ、大抵の冒険者は夜遅くまで飲んで騒いじゃうから今は寝ている頃よ、まぁそうじゃない冒険者はアタシを恐れて姿を現さないだけなんだけどね・・・本当に失礼しちゃうわ!」


「あ、あはは・・・」



 エルザにも色々あるのだろう、こんなにも面倒見の良い受付嬢なのに見た目の容姿から恐れられて冒険者達が近づかないのだ。 少しエルザの機嫌を直そうと言葉を探ってみるもなかなか良い言葉が出て来なかったのでどうしようかと考えていると


 ギルドの入り口にある扉が開き、カランカランと乾いたベルが鳴る。「来たわね」とエルザが呟くと、リフィンも入り口に振り向いてその人物を眺める。



「来たぞオカマ野郎、金になる依頼じゃなかったら・・・・・・なんでお前が?」


「・・・」



 その青年は背が高く、背中には大きな大剣があり、それを振るう腕っ節もそれなりに太く引き締まっていて、同様に足腰もがっしりとした体格をしている。 紅蓮に燃える赤い髪に、獲物を逃がさないような赤い眼光が怪しく光っていて、整った綺麗な顔立ちしていたのだが・・・リフィンを見た青年は驚いた表情をしている。


 実はリフィンも驚いていた。 目の前に居る青年とは学生時代の知り合いであったからである。



「あれ・・・グレン?」


「リフがなんでここに・・・お前が今回の依頼人か?」


「ううん、冒険者だけど」


「はぁ!?」


「あらぁん? 2人とも知り合いだったの?」


『リフちゃん、このイケメンと知り合い?』

『イケメンって・・・魔法学校の同級生よ』

『彼氏か?』

『ありえないから・・・』



 およそ1年振りに再会したリフィンとグレン、リフィンはグレンの背が伸びていた事に気がつき、グレンの方はリフィンの背が以前より低く見えた為か、ついうっかり言葉を漏らしてしまう。



「リフ、お前もう身長縮んでいるのか?」


「グレンの身長が伸びただけ、私は変わっていない」


「お前が冒険者なんて何の冗談だ? まともに戦えもしないくせに」


「・・・私と引き分けになったくせにどの口が言うか」


「ふん、あの時はお互い反則負けだっただろ・・・その後俺は学園トップになった訳だがお前はどうだ?」


「・・・・・・私も学園トップだったし」


「テストで1番取っただけだろ? 冒険者になればそんなもの関係ないんだよ」


「・・・・・・・・・こ、これだから脳筋バカは」


「クマさんパンツ」


「〜〜〜っ!!?」



 ”クマさんパンツ”_しばらく忘れていた魔法学校での痴態を思い出すリフィン。

そう言われ思わず赤面したリフィンは赤髪の青年グレンに右手でパンチを放つも、瞬時に手首を掴まれて阻まれる。

グレンが握ったリフィンの手首はすぐ折れてしまいそうなくらい細く、少し強く握ると痛みを感じたのかリフィンの顔が強張る。

しかしそれでも涙目になりながら睨みつけてくるリフィンの目に強い意志を感じるグレンだった。



「はーいそこまで、ここでは私闘禁止よぉん? いくら問題児でもアタシのお気に入りのリフちゃんに手を出したらタダじゃ済まさないわ・・・アタシが天国に導いてあげる」


「おいおい、先に手を出してきたのはコイツだぞオカマ野郎」



 睨み合う2人に割って入るエルザにグレンは不満をぶつける。 リフィンの手首は解放され今度はエルザとグレンの口論になった、すでに右手首の痛みは引いていたが少しだけ強く握られた痕がうっすら残っていた。



「レディに失礼な事言ったのはいただけないわね・・・」


「脳筋バカって先に言ったのもコイツだ!」


「アタシにとってはそれは褒め言葉に聞こえるわぁん」


「巫山戯るな! お前と一緒にするんじゃねーぞ!」



 左手で右手首をさすっていたリフィンを見たタキルとポコが心配そうに声をかける。



『リフちゃん手首大丈夫?』

『うん、大丈夫だよありがと』

『痛みはないのか?』

『もう引いた、少し手加減してくれたようね』

『そうか、ついでに聞くんだがリフ、クマさんパンツってなんだ?』

『ちょっとタキル、それはっ___』

『タキルは後でデコピンね・・・』

『あっはい・・・』



 しばらくしてエルザとグレンの口論が終わり、いよいよ本題に入るのだろうエルザが受付の窓口に戻ったところで、先程のアルモニカ地下水路の依頼書をグレンに渡す。

受け取ったグレンは内容を読み、険しい顔をした後に「ちっ」と舌打ちをして依頼書にサインをした。



「ほらよ、これでいいんだろ? 金になるから受けただけだ、本来ならこんな仕事したくねーんだがな・・・」


「うふふ、そう言ってくれると有り難いんだけど、このままじゃ受領出来ないわね」


「あ?」



 エルザはグレンから依頼書を受け取って、リフィンにそれを渡す。

リフィンはそれに素早くペンを走らせグレンのサインの下にリフィンのサインも付け加え、依頼書をエルザに渡す。

その一連の動きを目を見開き凝視していたグレンはワナワナと震えながら顔が青くなっていく。



「はい、これで受領するわ」


「ちょっ!? おい待てよ、俺1人でその金額じゃないのかよ!? 誰も連れて行くとは言ってねーぞ!」


「もう訂正は効かないわぁん・・・依頼を破棄したいならすれば良いじゃない守銭奴くん?」


「巫山戯やがって・・・おいリフ、お前ランクは?」


「・・・Gだけど」


「新人じゃねーか! 成功報酬は9:1だ! 文句は言わせねぇ!」


「うーんそれはあまりにも横暴ね・・・リフちゃんの頑張り次第で決めてもらおうかしら?」


「無能力者で何が出来るっていうんだよ、魔法使いみたいな格好しやがって・・・詐欺か?」


「・・・」


「そこまでにしなさい、いくら何でも言い過ぎよ!?」


「ピョロルルル!」


「グルルルルル!」



 リフィンの知り合いとはいえ、ここまで罵倒されるとは思いもしなかったエルザとタキルとポコ、エルザは受付から身を乗り出し、タキルとポコはリフィンの前に出てグレンを威嚇する。 拾ってくれた優しい主人を悪く言われたのだから当然ともいえる。



『なんかコイツまじでムカつく!』

『ウチもウチも! 絶対許すもんか!』

『待って!ここじゃ押さえて!』

『でもよぉ!』

『お願いだから・・・』

『・・・はーい』

『・・・はいよ』




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 鳥とタヌキが一瞬前に出て俺を威嚇したが、俺との実力差を理解したのかすぐに威嚇をやめる。

どうやらリフの飼っている動物のようだがある程度知性は持ち合わせているらしい。



「・・・ふん、なんだその鳥とタヌキは?」


「私の・・・友達」


「はっはは、やっぱりお前は冒険者に向いてないな、テイムするならもっと強い動物か魔物を使役しろよ・・・しかもよりによって友達っておいおい、テイマーは強い使役獣を道具の用に使ってこそ一人前なんだよ、友達とか抜かしてるお前にはもう一度言うが冒険者なんて向いていない」


「・・・そんな、事は」


「使役している動物は弱い、手首を軽く握られただけ痕ができる細い腕、おまけにお前は魔法を使えない、誰がどう見てもお前は役立たずだ、受付の人間に依頼を選別してもらってお世話になってるだけでもよく分かる・・・なぜ魔法科学研究員を辞めて冒険者になった?」


「・・・」



 黙り込むリフィン、しばらくしても答えは帰って来なかった。


 俺とこいつは魔法学校からの知り合いで、俺はとある目的を達成する為に学園の闘技場で修行に明け暮れており、こいつは勉強の何が楽しいのか、無能力者のくせに魔法の勉強に精を出していた。

 こいつは血生臭い戦いとかには縁遠く、日々魔法の研究をしていて学会でも有名になるほどの優等生だ。 しかし魔法が使えないという事だけで周りからの風当たりが強く、上級貴族の生徒達からの嫌がらせも良く受けていた。 一度貴族連中が気に食わないから助けてやった事もあるが、それでもこいつは研究を続けていって卒業と同時に、異例の無能力者で魔法科学研究員になったのだ。 いわゆる出世コースである。


 冒険者というのは誰でもなれる、バカでも文字さえ書ければある程度は暮らせるようになるが、死と隣り合わせの底辺の職業だ。

だから俺はこいつが冒険者になった経緯

いきさつ

を知りたかったのだが、俺は生まれつき口が悪くて少し言い過ぎてしまったようだった。



「まぁ良い、この依頼で同行してお前の本気を見せてみろ・・・結果によっては7:3くらいにはしてやる」


「・・・ふん!」



 そっぽを向いたなこいつ、あの時から変わっていない性格・・・やっぱりお前はいじめ甲斐がある。

じゃあさっさと出発するかな・・・こいつと依頼をこなすのは正直驚いたが、毎日つまらない生活を送っていた俺は今、内心嬉しかったりするのは内緒だ。



「オカマ、とりあえずは面倒をみてやる。 他の冒険者達に捕まったりでもしたらこいつは即日孕むぞ?」


「んなっ!」



 赤面してガシガシと足蹴りしてくるが、その細い足では俺には効かんよ・・・おい股間はやめろ!



「リフちゃん可愛いからあまり悪い虫を付けたくなかったのよねぇん・・・あなたは数多くの女性を蹴散らしてきたから大丈夫でしょ?」


「・・・金目当ての女に興味が無かっただけだ、こいつは知り合いとはいえ見た目だけは可愛いからな、傍に置いていれば金目当ての女は寄って来ないだろうよ」


「・・・余計なお世話です」


「本当、失礼な男よねぇ・・・」




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




『こいつ何様だよ!?』

『まぁまぁタキル、これで少しはリフちゃんが安全になった訳だし抑えて抑えて!』

『・・・昔から変わってない、今はそれで良い』

『リフちゃん、グレンって昔もこんな感じだったの?』

『うーん、あんまり話した事無いけど、こんな感じではあったかな』



 学生時代の知り合いではあったものの、特に仲が良かった訳でもなく、違う学部でもあったので接触する機会は少なかったのである。 初対面の時にせいぜい嫌味ったらしい事を言われた程度だ。


 依頼書を引き出しに保管したエルザは、別の引き出しから鉄の鍵を取り出してグレンに渡す。 グレンはその鍵をポケットに入れて「行くぞ」とリフィンに声をかける。



「地下水路の鍵をグレンに渡したからね・・・リフちゃん、今後も同じような仕事があるかも知れないからちゃんと教わる事は教わるのよ!」


「はい、わかりました」


「あと、グレンに非道

ひど

い事されたらアタシに言うのよ! 依頼中にセクハラされたら依頼を投げ出してでもアタシの所に逃げてくるの! いいわね?」


「依頼を放棄するのは流石に・・・そのような男ではないと思いますが」


「依頼を放棄したら取り分は全て俺の物だ」


「訴えたら勝たせてあげるわ!」


「負けるつもりはないんだが、なんだかイラつくからその話は止めろ!」



 過保護なエルザにリフィンは感謝しながら、グレンと共にアルモニカ地下水路に向かったのであった。

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(水)魔法使いなんですけど @akikazecorli

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