第13話えぐちしずく

 黒く眩しい光が次第に収まり、リフィン達はゆっくりと目を開けると見覚えのある部屋の景色が広がる。

机の上には大賢者の本が置かれており、静かに黒い光が本の中に収まっていくのが確認できた。



『あ、戻ってこれたね、良かったー』


『あぁ、まさか神様と出逢う事になるとはな、長生き

転生

してみるもんだぜ』


『・・・私の先祖が、タキルやポコと同じ世界の人だったなんて初めて知った。』


『驚く事ばっかりだねこの世界!』


『・・・とりあえず、外の様子を見る限り今は夜みたいだな』


『そうね、食堂でご飯貰ってくる。 明日は冒険者ギルドで依頼を受けに行くから早く寝ないと』



 宿屋<あけぼの亭>の自室に無事帰って来れたリフィン達は安堵しながらも冷静に行動する。

窓から周りの景色を眺めると外は既に夜になっており、街灯はちらほらと灯

あか

りが灯

とも

っていて活気だった余韻が少し感じられたので、まだそんなに遅い時間ではなかった。


 食堂から夕食を購入してきたリフィンは、部屋に戻ってタキルとポコと一緒に食事を済ませた後、今回の一件について少し話し合う事となった。



『リフ、水の女神から力を与えられた日本人が”えぐちしずく”で、その子孫がリフの事だったよな?』


『うん、シズル様が言うにはそうらしい、今も驚いているくらいだけど・・・』


『リフちゃんの実家には系譜とか無いの?』


『いやいやポコ、どんな家系だよ、一般庶民が系譜とか持ってる訳が___』


『あると思う、一応貴族の家系だし』


『!?』



 ぐるんっとリフィンの方に首を回して恐ろしいモノを見るような顔でリフィンを凝視するタキル。 そんな信じられないようなモノを見るようなタキルにリフィンは『本当だから』とデコピンを軽くタキルに飛ばす。

 ポコはリフィンが貴族と聞いて目を輝かせながら質問した。



『いいなぁ、リフちゃん貴族の令嬢なんだぁ! 実はウチ悪役令嬢になりたかったんだよ!』



 それを聞いたリフィンは何それと苦笑いをし、タキルは『なんで悪役令嬢なんだよ』とツッコミを入れる。



『札束で使用人を往復ビンタするのが密かな夢・・・いつか必ず!』


『それ絶対没落する奴だわ・・・』


『私の家族は結構貧乏だったから、そういうのは出来ないかな・・・』


『ん? 没落前の貴族なのか?』


『えーっとね、母が貴族の家系なんだけど末っ子で地位が低くあんまり権力とかそういうのは持っていないし詳しくは知らないの・・・私は水魔法を隠していたから無属性の役立たずとして育てられ、当然社交界とかに出席したこともないし、令嬢っていうのもちょっと違うかもね・・・そもそも家出して冒険者になってる訳だし』


『ほえー、じゃあ実家に戻って系譜

けいふ

を探す事は今は出来ないのか・・・』


『ごめんねポコ・・・』



 リフィンが実家に帰って系譜を探したとしても、水の女神から直接”えぐちしずくの子孫だ”と言われているので探す必要は実は無かったのであったが、どうしても気になっていたリフィンはその”えぐちしずく”について同じ日本人であったタキルとポコに聞いてみる事にした。



『タキルとポコは、”えぐちしずく”について何か分からないの?』


『うーん、有名人にそんな人は居なかったと思うよ? ウチ結構雑誌とか読んでたけど記憶にないもん』


『俺も流石に知らんな、名前を漢字に変換したら・・・入り江の江、口はそのまま口、雨の雫で、江口雫か』


『多分そうだよねー・・・ん?』


『・・・え? 漢字ってどういう事?』


『あー・・・』


『あっ!』



 漢字___それは日本人達が使う文字の事だ。

 ミスティエルデに漢字という文字は無く、当然ひらがなやカタカナ、ローマ字も無く、地球の世界の文字は存在しない。

この世界ではティエル文字という文字が使われていて、言語もティエル語を使用している。 この世界のほとんどの国がティエル語を世界共通語として使っているのだ。

文字はアルファベットに近い形ではあるが、タキルとポコには全く持って理解不能な文字であり、解読は出来ない。


そしてティエル語を使うリフィンもまた、日本語というひらがな、カタカナ、漢字を使った文字を解読することも出来なかったのである。


 リフィンに日本の文字を教えたとして、1つの字が読めたとしても、10万字以上ある漢字を教えるだけで数年経つのでタキルとポコは簡単な説明だけで済ます事にした。



『リフ、簡単に言うとだな・・・日本語の文字には、ひらがな、カタカナ、漢字という3つの文字があって、ひらがなを漢字に変換したり、漢字をひらがなに変換したり出来るのだ。』


『3つの文字を使い分けるなんて不思議な事をするのね・・・』


『ゼンブカタカナダト

全部カタカナだと

モジヲミタトキスゴク

文字を見た時凄く

ワカリズライヨネー

分かり辛いよねー



 ポコが全部カタカナで喋ったように感じたリフィンは、少し聞き取り辛かったが少し意味が理解出来たような気がした。



『・・・なんとなく分かった、で、名前を漢字にしたらどうなるの?』


『あーいや、そこから何かヒントが得られればって思ってたんだよ、日本人の名前って基本漢字だけだし___』


『さっき閃いたんだけど、ウチ分かったかも・・・』


『・・・え?』



 突然ポコが分かったかもと言い出す、漢字にしたらリフィンは分からないのは当然だが、漢字を知り尽くすタキルは分かって当然だった・・・のだが頭が固いのか理解出来ていないようだった。



『えーっとね、江口の文字を分解してカタカナに分けたらどうなると思う?』


『んなもん・・・シ、エ、ロ・・・すげぇ、答えそのものじゃねーか! ポコ、ちょっと大賢者の本を読み返すぞ!』


『がってん!』



 江口をカタカナに分解したらシエロになる、シエロとは大賢者ワキコキスキーの書いた本の中に載っていた名前であることに気づいたタキルとポコは、机の上に置かれていた大賢者の本を慣れない手つきでパタパタと開く。

リフィンも答えの知りたさに興味をもっていかれたのか、タキル達から本を渡してもらってパラパラとページをめくって、タキルに読んでもらう事にした。


 少しして本を読み終えてみると、シエロという女性は”えぐちしずく”である可能性が高い事が分かった。

シエロも転移させられた12人の日本人の内の1人で、日本人にシエロという名前は考え辛く、くノ一だったそうなので偽名として名乗っていた可能性がある。

その後、貴族に嫁いだのでその子孫も貴族となり、リフィンも実は貴族という事も一致した。



『つまり、水の女神が言ってた事はほぼ正解って事だな』


『そうなるわね、なんかもう色々あって頭が爆発しそう・・・』


『今日もなんか濃い一日だったな』


『リフちゃんもウチ達と同じ日本人の血が流れていると思うと嬉しくなってくるねー!』


『いや、オレ達は日本人の血は流れてないだろ・・・あるのは記憶だけな』


『そうだった!』



 江口雫とシエロの事が分かったリフィン達は、明日の依頼をこなす為にしっかりと体を休める事にした。

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