第9話宿屋<あけぼの亭>
夕暮れ前
アルモニカの街並を歩いていたリフィン達は、活気だった露天商や市場、飲食店や鍛冶屋がだんだんと静かになって行くのを楽しそうに眺めながら目的地に向かっていた。
『うわー、凄いねーこの街!』
『昨日もこの光景を見たけどこの街は良いところだよな、街は綺麗だし人々には活気がある。』
『そうね、私が居た王国もこんな風になってくれれば・・・』
リフィンはこのアルモニカと故郷の街並を比較したのだろう、王国では貧富の差が激しく税金が高い。 貧しくなる国民達から死なないように絞り尽くしているような生活を毎日の様に見てきたのだ。
このアルモニカの平和な景色を王国にももたらしたいと考えていると、事情を知らないポコが疑問をぶつけてきた。
『ん? リフちゃんはこの国の出身じゃないの?』
『うん、私が居たヌツロスムント王国には冒険者ギルドが無くてね、冒険者になる為にモニカ共和国のアルモニカにやってきたんだよ。』
『ほぇー、なんで王国には冒険者ギルド無いの?』
『王国には王国騎士団っていうのがあって、モンスター退治や治安の維持に務めている人達がいるから無いんだと思う・・・良い噂は聞かないけどね』
『リフちゃんは騎士団じゃ駄目だったの?』
『王国騎士団は本当に実力のある人じゃないと入団出来ないし、堅苦しい所って聞くからね』
『なるほどー、だからこの街に来て冒険者になったんだね!』
『うん・・・あ、ここじゃないかな?』
『だな』
リフィン達の目の前には、宿屋<あけぼの亭>と書かれた看板があり、大きな2階建ての屋根の上にも鶏の看板、2階にあるバルコニーを見ていると、リフィンはバルコニーで洗濯物を取り込んでいる12歳くらいの茶髪の少女と目が合わさった。
「もしかして、リフィンさんですか?」
「え、あ・・・はい、そうですけど」
「エルザおねーさんから聞いてます! どうぞ中に入って下さいー」
茶髪の少女はそう言って洗濯物を全部一気に仕舞い込んでバルコニーから姿を消す、いきなり名前を呼ばれたリフィンは最初びっくりしたがエルザが気を回してくれて、この宿の女の子にあらかじめ伝えていてくれたのだろうと思い、心の中でエルザに感謝を告げるリフィンだった。
「いらっしゃいませ、あけぼの亭にようこそ!」
中に入ると、やはり広い面積の建物で想像より広くみえた。 白を基調とした清潔感のある壁や巨木で作られた大きな大黒柱、木造のカウンターには女将らしき人がいてたくさんの棚が備え付けられている。
階段からガタゴトと降りてきたさっきの少女がお出迎えしてくれる。 元気あふれる活発そうな茶髪の少女は花柄の付いた白いエプロンがとても似合っていて、ポニーテイルを結んでいるリボンも白くて可愛らしかったのだが、リフィンは目線を確認する。
その少女と合わさる視線が同じ高さなので背が高い少女なのだと感じたのだが・・・
「・・・リフィンさんって、私と同じ12歳なんですか?」
「じゅ、16ですけど・・・」
「嘘っ、そんなにちっさいのに冒険者になれる訳無いじゃない!?」
「・・・」
いきなりの暴言にリフィンは言葉を失う、同じくらいの身長の年下の少女に小さいと言われ、冒険者ということまで否定される。 確かに身長が低いとリフィン自身も少しばかり思っていたが、あんまり年下の子供と接する機会が無かったので比較する事は無く普通に生きてきたのである。 ここにきてリフィンは12歳の少女と同じくらいの身長だという現実を知らされる羽目になるとは思いもしなかったのだ。
『気にするなリフ、子供の戯れ言だ』
『リフちゃんは小さくても可愛いから!』
とタキルとポコが念話でフォローしてくれるがリフィンにはあまり聞こえていなかった。
「あっすみません! お客様なのに大変失礼な事を言ってしまって」
「ウン、キニシテナイヨ・・・・・・宿泊したいのですが、お願い出来ますか?」
「はーいちょっと待っててねー、お母さーん!」
少女はカウンターにいた母親に声をかけリフィンの手を持って連れて行く。 リフィンはカウンターにいる少女の母親を見ると、少女と容姿が良く似ている30歳くらいの落ち着きを持った女性がいた。
「ごめんなさいね、うちの娘にはキツく叱っておきますので・・・」
「ひぃ!」
「いえ、大丈夫ですよ・・・背が低いのは知っていましたし」
「これも教育ですからね・・・エルザさんから聞いていますがあなたがリフィンさんですか?」
「はい、リフィン・グラシエルです、こちらに一泊したいのですが鳥と狸が居ても大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、小鳥を使役している動物使いと伺っておりますのでお部屋をご用意させて頂きました。 狸様までいらっしゃるとは聞いてはおりませんでしたが問題はありません。」
エルザがリフィンにここをおすすめしたのは、この宿は動物を部屋に入れても大丈夫な物件だったからなのかもしれないと、エルザにはまた深くお礼を言っておこうと心に誓う。
『オカマには感謝だな・・・』
『狸様だって!初めて言われた!』
「ありがとうございます、ちなみにこの宿以外で動物も入れる宿はあるのでしょうか?」
「うちだけです、と今は言っておきましょうか、宿屋もお得意様が居なければやっていけないので・・・ではお部屋まで案内させていただきます。」
そう言われ女将に案内され階段を上って一番奥の部屋の前に来て、こちらでございますと木製の扉のドアノブを下げられリフィンが目にした部屋は6畳くらいの質素な部屋で床は細い木の板が何本も合わせて敷き詰められていて、壁はもちろん白く、窓が奥と入って左側にあり左側の窓付近にはシングルのベッド、奥の窓の方にはテーブルと椅子と収納棚があった。
『高そうな部屋だな』
『ねー、リフちゃんお金大丈夫?』
『大丈夫・・・だと思う』
「では、この部屋でお願いします。」
「畏まりました。 お手続きがありますので受付までお願いします。」
「はい、この子達は置いてても良いですか?」
「構いませんよ」
「ありがとうございます、じゃあ手続きとか済ませてくるのでここで待っててね」
『あいよ』
『はーい』
部屋を離れ階段を下りて行くリフィン達を見送るタキルとポコ
ポコはじっと待つ事ができないのかベッドの上に飛び乗り布団の柔らかさを堪能していた。
『ポコ、ちょっと話があるんだがいいか?』
『うーん、どうしたの?』
ポコはタキルが真剣な口調で念話をしてきたので、ベッドから降りて床で聞く事にした。 タキルももちろん床である。
『ちょっと真面目な話する・・・単刀直入に聞くけど、ポコは元々は人間だったんじゃないか?』
『・・・え、なんで知ってるの?』
『リフを守る騎士になるって言ってた後に、今はタヌキだしねぇ・・・って呟いていたよな?』
『ばれちゃったかー』
『やはりか、女性だったってところまでは推測出来たんだが、どこの誰かまでは流石にわからねぇからこうして聞いてみたんだが正解だったようだな』
『タキルも実は元人間の男だったり?』
『まぁな、この事はちゃんとリフにも伝えてある、オレもリフに助けられて付いてきている訳だ』
『ウチもあとで伝えておくよ、面倒なので自己紹介はリフちゃんが居る時でいい?』
『じゃあオレもその時に改めるとしよう』
『でも仲間が居てくれて良かったー、気がついたら変な世界に居たんだもん、ゴブリンとかオオカミとか居て逃げるの大変だったよ!』
『そうだな、オレもポコみたいな仲間がいて少し安心した・・・』
『人間の男が2人いたから餌くれるかなーって近づいたらナイフ持って襲ってきたんだよ? まぁ逃げ延びた先が変な触手みたいな草の所で、そこでリフちゃんと会えたのは良かったけどさ・・・』
『あー、モグロ草な・・・切ったらブシャーって血が吹き出るらしいぜ? ヘモグロビンかよって思ったわ』
『だからモグロ草なのかな? ・・・ヘモグロビンってまた、久しぶりに聞いたよその名前』
『お、ポコはある程度知識があるようだな』
『そういうタキルもねー・・・タキルはどのようにリフちゃんに助けられたの?』
『巣立ちして早々、鷹に襲われてな・・・傷付けられて上手く飛べずに地面を這いつくばってたらリフに翼を踏んづけられてな、何故かそこから念話が使えるようになってたんだわ』
『へえー、ウチはリフちゃんから食べ物貰ってその後眠たくなって目を瞑ってると頭を撫でられてね、そこから念話が聞こえだしたような気がするの』
『なるほどな・・・これはオカマが言ってたんだが、動物やモンスターを痛めつけたり調教したりすると、主人と認めた動物や魔物は主従関係となるらしい』
『ふーん、その理屈だとタキルはリフちゃんに踏まれて主人と認めた変態なんだね』
『っく、この狸だけは・・・』
『まぁウチもリフちゃんからご飯貰うまではミミズとか不味い木の実とか食べてたから、美味しい食べ物と水を貰って即堕ちしただけなんだけどね・・・』
『お前もミミズ食ってたのか、雛鳥の時、親鳥が持ってきたミミズやバッタがジャリジャリしてグロくてマジで泣きそうだったわ』
『うん、ウチももう嫌だよ・・・思い出したくない』
『そうだな・・・お互い辛かったんだな・・・』
『タキルゥ!』
『ポコォ!』
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手続きや前払いが終わり、部屋の鍵を貰って自室となった部屋に戻ると、タキルとポコが抱き合って泣いていた。
どういう状況なのか分からなかったがひとまずタキルとポコが仲良さそうで良かった、と華麗にスルーしてバッグを棚に置き黒のローブと帽子をハンガーに吊るし、ベッドに腰掛けて上半身を倒す。 ベッドの柔らかさが今日の疲れを癒してくれそうなくらい気持ち良く、仄かに香るのはお日様の匂いだ。
このままでは寝てしまいそうだったので体を起こすと、もどかしそうなタキルとポコが話しかけてきた。
『リフおかえり、宿屋のお金は継続して払えそうか?』
『えぇ、今のところなんとかなりそうで良かったわ、冒険者割引とか特殊依頼割引とかあって助かった』
『どんな内容の割引なんだ?』
『冒険者割引だけど、この宿実は冒険者ギルドが少しばかり支援しているらしくてね、その還元方法としてこの宿を使用する冒険者にはある程度割引されるシステムなんだって、特殊依頼割引はこの宿を経営している家族に何かしらのトラブルがあったら格安で依頼を任されるっていうシステムね、何も無い事を祈るばかりだけども・・・』
『まぁそれは仕方が無いんじゃないか?今は節約するべきだし、この宿の人とも信頼関係を築く事も大事かと思うしな』
『そうね、とりあえずこの契約で1ヶ月はここに住めれるようになったから安心ね』
『そうか・・・で、リフに自己紹介したい奴が居てな』
自己紹介したいって、タキルは元人間って教えてくれたし・・・もしかして
『リフちゃん、ウチなんだけど』
『ポコ・・・』
『本当のウチを知ったりしたら、嫌いになったりしない?』
怯えたような表情でリフィンに聞くポコ、いざはっきり言おうとしたら急に臆病になって不安が募ってくるのは前世の記憶のせいか、それとも・・・
『大丈夫だよポコ、言いたい事はきちんと言ってくれないと分からないよ』
『ありがとリフちゃん・・・ウチね、タキルと同じで人間だった時の記憶があるんだ、その時の名前は田沼皐月っていうんだけど、みっともない死に方しちゃってたらいつの間にかタヌキになってたの』
『なるほど、でもそれくらいの事じゃポコを嫌いになんてならないよ』
『リフちゃん!』
『たぬまさつき・・・さつきって良い名前だね!』
『リフちゃん大好き!』
『うわっと! モフモフの刑だ!』
『うひゃぁああ!!』
飛びかかってきたポコをキャッチして抱き合って頬をすりすりしながら笑っているリフィンとポコを見るタキルは、少しばかり嫉妬を覚える、わざとだなポコ? しかしタキルは邪魔しないように優しく眺めるのであった。
『あーもうポコって名前付けちゃったけど、どうしよう』
『ポコでいいよ!今のウチはそれがいい!』
『わかったよポコ』
『・・・あ、だからタヌキになったのか』
『『え?』』
『あっ』
リフィン達を邪魔しないようにと思っていたが、思わぬ一言で水をさしてしまうタキル。 なんでもないです、邪魔してすみませんと言って納得してくれるリフィン達じゃないと思ったので正直に話す事にした。
『あー、ポコの前の名前なんだけどさ、たぬきが入っているんだよ・・・残りの文字の意味はよく分からんけど』
『たぬ、まさつ、き、たぬ・・・・・・き・・・、確かに入っているわね』
『・・・それはタキルの勘違いじゃないの?』
『ポコにはオレの名前言って無かったな・・・ここで自己紹介するが、オレの名前は青井翼だ』
『青井翼じゃ鳥の名前入ってないよ?』
『まぁ確かにそうだが、今のオレは確かに青い翼をもっている』
『なるほどねー・・・例えばの話だけど、大久保さんだったらオークに転生してそうだね・・・』
『それ、ありえるかもな・・・しかしポコが日本人だとは思わなかったな』
『こっちの台詞だよ!』
またタキルとポコが何かよく分からない事を話し合っている・・・オークボさんって誰ですか、ニホンジンってどこの人なんですか・・・
と、また2匹の世界が始まったのでリフィンは1階にある食堂に向かおうとすると慌ててタキルとポコが付いてきた。
『ご飯食べに行くんだけど・・・』
『『お腹空いた』』
『・・・ですよね』
部屋を出て鍵を閉め、階段を降りて食堂に向かおうとしていると、カウンターにまだ女将がいたので動物達を食堂に入れて良いものなのかと聞いてみたが駄目だったので、リフィンはタキルとポコを部屋に置いて一人食堂に向かった。 タキル達は部屋でなら食事しても良いとのことだったので少し余分にメニューを注文する事にした。
食堂では女将の旦那さんが料理を作っていて、料理がものすごく美味かったので明日の朝も食堂に寄って食べて行きたいと思ったのだが、残念ながら朝は食堂は閉まっているそうだ。
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タキル達も食事を終えて後は寝るだけとなったが、リフにはまだするべき事があった。
『じゃあタキル、ちょっとこのバッグの中に入っててくれる?』
『お? オレこの中で寝るのか?』
『いいからいいから』
リフィンは、タキルをバッグの中に入れ、簡単には外に出れないよう、また外を見れないようにして密閉する。
このまま寝てしまったら酸欠状態になるだろうが、少しの間だけなので問題はない。
『ちょっとリフさん、狭くて暗くて息苦しいのですが、オレは何か失礼な事しました?』
『いいえ、タキルは何も悪くないわ・・・今からちょっと体を拭くからしばらく我慢しててね』
『あっはい・・・ポコは良いのね』
『残念だねタキル、童貞には刺激が強過ぎるから音声だけでお楽しみください』
『ど、ど、ど・・・どう、でもいいから早くしろよ』
この宿にはお風呂が無く、大衆浴場が街のどこかにあるらしいが有料で、もう外は真っ暗だったので仕方無い。
真っ暗闇のバッグの中、タキルは無心を貫きたかったが、ポコから『リフちゃんの肌綺麗!』とか『お、おー!』とか念話が送られてくるので次第にムラムラしてきた、精神が20代の男だからかタキルにとって生殺し状態に近く、寝る事も出来ぬまま地獄の数分間を味わったのだった。
『ポコ、おいで』
『はーい』
『ポコも少し体を・・・っ!?』
『・・・どうしたの?』
『ポコ・・・オスだったのね』
『中身はメスですけどね・・・』
長い一日が終わり、バッグから出したタキルはしばらく寝れそうになかったが、リフィン達は明日のアルモニカの街探索の為、しっかりと体を休める事にした。
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