第43話 温める事と温かい事

「セレスだけ、なの。」

「……私、だけ?」


 顏を上げたディアの笑顔は、片方だけ流した血涙……いや、何か違う。なぜ

 私の視線が黒い涙に釘付けなのを見て、ディアは「向こうで、話そうか。」と歩き出した。ついていく、くらいしかないか。


 廊下でアンナさんと出くわしたけれど、「ディアの話を聞いてから来な。」とだけ言い残して、行ってしまった。

 ディアが空き部屋前で、こちらを見ながら立っている。何があるんだろう。


『別に心配しなくても大丈夫よ?』

「そう言われてもさ。」

「セレス、入って?」


 怪訝な顏で空き部屋に近づくと、ディアがドアを開け、中へ促してくる。

 警戒して、うす暗い部屋を見る私を見て苦笑したディアが先に部屋に入り、窓を布で覆いカーテンで隠した。なぜさらに暗くするんだろう。

 部屋の入口でディアを見ていると、明かりを点け、部屋の中央から私に「ドアは閉めて欲しいかも……。」と申し訳なさそうな顏で言った。


「ごめん、ディアが何をしたいのか、分からないよ。」

「みんなが知ってる事を、セレスにも教えなきゃ、と思って来てもらったの。」

「知ってる事?」

「だってセレス……私が近づいても、嫌な顏しないでしょ?」


 自身の腕を掴みながらディアは言う。嫌がる訳が無い。女の子に、くっつかれたら嬉しいに決まっている。

 答えない私の反応を見て、服の前を開け始めるディア。

 慌ててドアを閉めた私に、自身の地肌を見せるようにして言ってくる。


「セレス、私ね? 人じゃ、無いんだよ? 、覚えてない?」


 これ、と言う直前に、ディアは腹部に文字通り手を沈み込ませる。やや前傾姿勢になっているのは、奥まで手を……人ではない、と見せつけられてしまった。言葉が、出てこない。

 ディアがゆっくりと引き抜いた手には、焦げ茶色の土の玉があった。


「マノンが人の言葉を教えてくれたし、セレスあなたが形をくれたの。」

「え、私? どういう事?」

「覚えていない? セレスは、どこ?」


 ディアは土の玉を腹部にしまい、私に歩み寄ってくる。

 後退りしようとして背後がドアだと気づいた時には、目の前のディアに腕を掴まれていた。


「ねぇ……あなたは、誰? セレスに逢いたい。」


 私の胸には温かい想いと、うすら寒い感情が綯交ないまぜになっていた。


――――――――――


「そんなに逢いたいもの?」

「さぁ。」

「あんたねぇ、作った本人として会ってあげないの?」

「あの子は、成長しますから。彼と。」

「産んでもいないお母さんしてるわね……。」


――――――――――


被害

 食堂のイス、寝室の備品「土は落としておくんだよ!」


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