第42話 SS 土くれの体

 泥人形というモノがある。

 「土」というどこにでもある物から、人の子が汲み上げた水を混ぜ、遊びで作った人型。

 遊びが終われば放置され、時に壊される。


 そんな存在だった人型に毎日祈りを捧げ、「私」という個が宿った事は知られていない。




 生まれ落ちた時、私は人の膝丈の泥人形だった。

 動くに動けず、這うくらいしか出来ない。言葉はおろか発声すらできなかった。日当たりの良い所から逃れなければ体が乾き崩れてしまう、と漠然と理解しての行動。


 祀られていた台から落ち、腕が片方崩れたとしても……痛みを感じる事は無かった。

 光は台座のみを照らす空間ひろいへやで、壁を見ると土がたくさんある。腕は届かない。

 少し離れた日陰の土で腕の代わりを作っていると、「人」がたくさん入ってきた。


 騒ぐだけ騒いで出て行ったので、用は無かったのかもしれない。光の中で動けるのは、羨ましいな。


 腕を作るに当たって、左右の大きさや形を揃えるのに苦労した。粘り気のある土なので叩けば固まり、押し続けると色や大きさ、硬さが変わっていく。

 強く押すと私の腕まで変形してしまう。少しずつ形を整えては体を硬くしていった。


 ある時、「人」同士で戦いがあった。倒れ動かなくなった「人」と壁際に放置されたかたいのを残し、「人」は去っていった。

 「人」は簡単に潰れた。硬くした腕で剣を叩くと、腕が変形してしまった。硬い。石よりも。


 空間内の全てを壊せるほどになった私は、空間へやを出た。土を通して球状に視る世界は、所々に星のような煌めきが点在している。手に取りたいたべたい、と思った。

 移動を妨げる土は無い。


 煌めきを集めるきんぞくをたべるのは楽しかった。「人」に似た白いのもあったが、もろかった……「人」の中身は、どこに消えたのだろう。


 視える範囲の煌めきが無くなった。下に行き過ぎて空洞ようがんドームに出てしまった。

 空洞近づきたくない流れようがんを感じる。ん? 何か来る。


 動こうとした瞬間に、大きな柔らかい球体と衝突した。腕を伸ばしたが掴めなかった。速い。「人」よりも。


 追いつこうと土を移動するも、追いつけなかった。柔らかさが速さを生むのか。

 崩れた腕に柔らかい土をつけても、落ちてしまう……柔らかいモノ、動いても崩れないモノ。


 「人」。


 他に思いつかなかったがために、上を「人」を求めた。祭壇横では潰してしまったから。

 今度は、食べる。食べて柔らかく、速くなる。

 

 上だと思う方向へ進んでいく。「人」は光らないから、ぶつかって潰さないよう注意しなければならない。

 上半身が地表から露出した時、私は空を見た。目の無い私には、腕の届かない空に光がある事しか分からなかった。なぜ、私は空を、あの光を掴めないのだろう。

 じっと空を見上げたまま考えていると、声が響いてきた。


『やあ、さっきぶり。何か用なのかな?』


 聞こえてきた方向を向くが、何も視えない。何となく同類であり、親しみを覚えた。


「マノン、知り合い? 精霊では無さそうだけど。」

『彼……彼女? は生まれたばかりだからね。』


 どうやら2種類の声の主がいるらしい。少し声の高い方は、何を言っているか分からなかった。でも——


『話せるように、なりたいかい?』


 とても魅力的な提案に思えた。体を動かした事で一部が崩れたが、気にならなかった。


——話したい。


『ちょうど良い隙間が出来たし、じっとしてて。』

「ちょっとマノン、何を?」


 また聞こえた。早く、話したい……。


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