第14話 ジョッキ とっぷり おかあさん

 アンナさんに拳骨をもらった青年を席に誘導する。頭を擦っているが、たんこぶは出来ていないようだ。


「それでは失礼します。」

「ねぇ、俺はサリムってんだ、キミは? 見ない顏だよね? どこから来たの? ねぇ……。」


 とりあえず一礼して厨房へ、というところで止められてしまった。矢継やつばやに質問され、しかも徐々に近づいてくる……。野郎に近づかれても、嬉しくない。

 対応に困っていると、アンナさんが木のジョッキと今日の一品を片手に持ち、歩いてくる。


「まったく、サリムー? うちの新人をいじめないでおくれ。 怖がってやめちまったら、どうしてくれんだい?」

「怖がらせてねぇよ! なぁ?……あれ?」


 ススッと、アンナさんの後ろに隠れる俺。面倒事は勘弁してほしい。アンナさんが私の背中をポンポンと叩き、


「こんなんだけど、悪い奴じゃないから安心おし。」

「……はい。」

「なんか……すまん、怖がらせたな。」


 アンナさんのエプロンを掴んだままの私を見て、サリムは頭を下げてきた。アンナさんが言うには、客なんて勝手に座るからテキトーにあしらっておけば良い、らしい。不本意ながら、給仕以上のサービスと取られたようだ。アブナイアブナイ。今はだった。


 それからは、お客さんが来るたびに驚かれたり、盛り上がり過ぎた客が叩きだされたり、私にちょっかいを出そうとした連中がサリムに阻止されていたり……。あれよあれよという間に仕事終わりになった。

 客が誰も席についていないテーブルの席に座り、一息つく。BGMはいびきだ。

 10名程度が床で寝ているけれど、痛くないのだろうか。


「セレス、お疲れさん。はい、日給。」

「ありがとうございます……少し多い?」

「色を付けておいたよ。今日は皆、羽目はめを外したみたいだからね。」


 アンナさんが不思議な事を言っている。何かあったのか、と聞いても、はぐらかされてしまった。もう、とっぷりと暮れて……あ、宿を取ってない。


「ところで、あんたはどこに泊まるんだい? 今からだと……。」

「そうですね……最悪、地べたでも、どこでも寝られそうですけど。」

「何だい、そりゃ。あたしらは、ここを閉めたら奥で寝るけど来るかい?」

「良いんですか? 今更ですけど私、よそ者ですよ?」

「どうせ雑魚寝だから良いよ。」


 寝ている野郎どもを叩き出し、しっかりと鍵を閉めて寝る。

 10畳程度の部屋に、棒や槍がチラホラ見えるのは自衛のためだろう。おばちゃんたちはラフな格好で寝るようなので便乗しておく。どこで寝ようか、と迷っているとアンナさんが呼んでくれた。川の字になって寝るのなんて、久々だな。


「セレス、おいで?」

「ありがとうございます。」

「もっと砕けた言い方で良いんだよ、まったく。」

「フフ、なんかみたいです。」

「あたしには、こんな大きな子どもはいないよ。」


 アンナさんの温かさに包まれて横になる。

 疲れていたのだろう。初めての環境にも関わらず、すぐに眠ることができた。


————————————


「意外に卒なく、こなしちゃうのね。」

「そのようですね。」

「私にもできるかし」

「無理です。」

「少しぐ」

「無理です。」

「……。」(不満そうに、じぃーっと見つめる)

「おっと、偶然、お菓子を持っていました。」

「わぁ~♪」

「……チョロイ。」


————————————


被害

男性客の心「おい、誰だよ、あの子! すっげぇ!」

ビールジョッキ12個「壊した奴は木を削って作ってきな!」

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