第9話 ハスの実、梳かして、空腹で

 食事処に文字通り駆け込む。舗装などされていない地面を、少なくない土煙を上げていたため土汚れが目立つ。

 駆け込んできた私を見て、先ほどの店員が一言。


「汚れ過ぎだよ! 裏の井戸を使っていいから落としてきな、ほら!」

「っとと、はい! あ、これ薬草です!」


 店員さんに薬草を渡し、井戸へ行く。

 衝立ついたて代わりの板が数枚と、三方向を壁に囲まれた『手押しポンプからハスの実が伸びた何か』があった。シャワーなのだろう。服を入れられる大きさのカゴも置かれている。

 ささっと汚れを洗い流し、ふと我に返る。


 服まで洗っちゃったけど、どうしたものか。


「マノン、どうしよう。替えの服なんて持ってないのに洗っちゃった。」

「そのまま着ればいいよ?」

「……ずぶ濡れのままで入って行ったら、絶対怒られるし。」

「まぁ、そのままでも良いけど。 ほいっと。」


 扇風機の『強』くらいの風が吹き、服を手に持った私を揺らす。立てているだけの衝立までガタガタ揺らす。おい、待て、色々とヤバイ。


「ちょ……あっ。」


 異世界2日目の昼下がり。野菜を洗っていた店員さんたちと目が合った。


「おやおや、若いねぇ。見てみなよ、あの肌つや。」

「良いねぇ、若い子は……。」

「何言ってんだい、あんただってまだ若いじゃないの。」


 おばちゃんたちだけで良かった……。そそくさと着替え、衝立の影でマノンに風を送ってもらう。年甲斐も無く顏が赤くなったように思う。体に精神が引っ張られているのかもしれない。


 スースーした。


 服が渇いた頃合いで、食事処に戻る。髪がボサボサになったので手櫛てぐしで直しながら。小さな音を立てるお腹に何か入れたい。


「戻ってきたね……なんだい? その頭は。台無しじゃないか。ここに座りな。ほい、コレが薬草集めの報酬だよ、食べな。」

「え? あ、はい。頂きます。」

「おーい! くしあったっけー?」


 ポトフのようなスープに、先ほどの薬草と何かの肉を手でこねた『つくね』が入っている。香草の代わりなら薬草いらなかったんじゃ……? おいしいけど。

 頬を膨らませながら聞いてみると、おばちゃんが髪をかしながら教えてくれた。


「薬草でみこまないと、かたくて食べられたものじゃないよ。」

「ほーなんあー。」(そーなんだー)

「それにしても綺麗な髪だねぇ……よし、終わったよ。おかわりするかい?」


 マノンの分も欲しいのでテイクアウトを頼んでみる。容器は持ち込みだろうか、と気になったが、私のような『一見さん』などは、持ち帰り用の容器に入れてくれるらしい。【ギギ】で歯を掃除シーハーしながら待つ。


「薬草ありがとね、また来な。」(この子、オッサンみたいなことしてる……。)


 と、木製の水筒のような容器を受け取る。宿代も貰えた……。薬草の買い取り分の銀貨1枚と銅貨3枚らしい。異世界初収入だ、大事に使おう。

 食事処を出る際に、入れ替わりで数人のオッサンたちとすれ違った。二度見してくる輩もいたが、無視して通り過ぎる。マノンのお腹も限界みたいだし。


————————————


「お金って大事よね。」

「なんです? やぶから棒に。」

「買物するのって楽しいわよね。」

「ダメですよ? 。迷惑ですからね。」

「ちょっとだけ……ね?」

「前回、それで40年くらい戻ってきませんでしたよね?」

「……。」

「……はぁ。」


————————————


被害

衝立用の木板 耐久度 60/100

おばちゃん数名の心 「髪の手入れしよう……。」

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