第4話「面の皮は厚いに越したことはない」執筆担当 バグ氏
怪人マルカートが生きている。
その意味を管理AI・yukoに尋ねたところ、
「システムに登録されているから」
という返答。個人番号不詳、年齢不詳、その他もろもろ不詳。
どうしてシステムに登録されているのかを尋ねても、不明と返された。
当然と言えば当然の結論だ。個人に使用出来る管理AIの権限は、家庭用パーソナルコンピューターのレベルを逸脱しない。それ以上のスペックを持つAIの個人所有は法律で禁止されている。それでも知能は人間並みを誇り、自身の機能を十全に使いこなせる。そのため、人間には思いつかない方法でネットワーク上に存在する情報を調べ上げ、結果を提示する事が可能だった。yukoが怪人マルカートを理解していたのも、質問した瞬間にネットワーク上から発見したためだろう。学園で噂になっている怪人マルカートの情報は、一般的には決して有名では無いが、学園関係者に因って語られているに違いない。
茜はプログラム技術に秀でていた。出会いは、10数年前より初等教育に組み込まれたプログラム授業。選択式の授業を意味も分からず受けて、その魅力に取り憑かれた。同年代で自分のように出来る者はそう居ないという自負があった。
管理AI・yukoは、そんな茜の最高傑作と言えた。しかしそれは優れた対話能力や処理速度を意味するのであり、権限を逸脱した不正アクセス等のクラッキング能力は当然備えていない。改造を施せば出来るのだろうが、茜の技量では未だ不可能だ。それに、事を成しても何れは確実に露見し、逮捕されるだろう。――実のところ、それが可能な人物には心当たりが有った。
「むー…………」
誰も居ない早朝の生徒会室で、茜は唸っていた。
吉野レナの基礎情報へアクセス出来ないこと。
怪人マルカートの基礎情報が登録されていたこと。
口に出して再度考える。
だが、その2つの謎の答えは、茜には全く見当も付かなかった。だから何時もより早く目が覚めてしまったし、6時を回ろうかという時刻に登校してしまったわけだ。
こんな時間にも関わらず、外からは運動部や吹奏楽部の音が聞こえてくる。
生徒会室の窓から外を見ると、何とも平和な光景が広がっている。連続して行方不明者が出たなどとは、信じられないくらいに。朝練に勤しむ彼女らは、怪人マルカートの噂を気にしていないのだろうか。あるいは知らないのか。それを言うならば茜もだが、いっそ連れ去ってくれれば面倒事から解放されるのに、という投げやりな気持ちが無いでもなかった。
「そんなこと、全く驚くに値しないことだよ、ワトソン君」
「うひゃぁっ!」
突然に背後から抱きしめられ、情けない声を出してしまう。食道から心臓が飛び出しそうになった。
「なっなっななななななな……」
「おやおや、茜ちゃんはアレかな? な行大好き女子高生なのかな?」
長く艶やかな髪が茜の肩口から垂れ下がり、暖かで柔らかい感触が全身を支配する。何とも甘ったるい香りが、茜に抱きついてきた人物の正体を知らせた。
「ば、ばばばば馬鹿なこと言わないでください! いきなり後ろから抱きしめるなんて、いったい何事ですか!」
「ただのスキンシップじゃない。大げさな」
振り向いた先に居たのは、生徒会長の橘内優子だった。朝も早いというのに、それを感じさせない快活さでそこに存在していた。彼女は何時もこんな時間に登校しているのだろうか。
茜は2、3度と深呼吸し、ヘヴィメタルバンドのドラムを彷彿とさせるくらいに脈打っていた心臓を何とか落ち着ける。顔が熱いのは、ただ驚いたというだけの理由ではない。
「……誰がワトソン君ですか。それっていうと、何ですか。先輩は私に情報を集めさせて、自分は安楽椅子ホームズでも気取っているつもりですか」
それはそれで結構なことだ。何しろ面倒が無くなる。だが、それは無いだろう。橘内優子生徒会長は、あくまで茜にその役目をやらせるつもりだろう。茜が眉間に皺を寄せると、会長は腕を広げて微笑んだ。
「どうしたの。随分と不機嫌じゃないの」
「別に、不機嫌なんて……」
動揺していただけだが、機嫌を会長に指摘され、茜は絶句した。彼女は気安い存在だが、仮にも先輩で生徒会長だ。管理AIyukoへ対するような態度ではいけない。軽口は叩いても、なじるような真似は慎むべきだ。
「ちなみに、茜ちゃんが自宅の管理AIに私の名前を付けて虐げていることなんてお見通しだから、是非もっともっと気安く接してくれて構わないわよ」
「…………」
茜はその場で顔を抑えてうずくまった。羞恥心だとか体裁だとか、そう言った10代の多感なエモーションが交感神経を絨毯爆撃していた。
「ああ……アーッ! アーーーーッッッ!」
床を転げ回ること数分、あまりの衝撃に二度と立ち直れないと思われたが、茜は唐突に立ち上がった。椅子を引いておもむろに座る。
「それで、怪人マルカートが存在しても驚きに値しないってどういうことですか?」
「ふふふ、茜ちゃんのそういう図太いところ好きだよ」
会長もまた、椅子に座る。彼女専用の机と椅子。大会社の社長が使うような、大きく瀟洒で、アンティークのエグゼクティブデスクだ。
「まず、茜ちゃんが私に似せて改造した愛しい管理AIyukoちゃんが……」
「すみません先輩、もう勘弁してください」
テーブルに額を打ち付けてお願いすると、会長は満足げに笑った。
「……自宅用の管理AIがアクセス出来るのは、とても基本的な情報だけ。AIに頼らなくても、時間を掛けてネットで探せば辿り着ける程度のものでしかない」
「……それは知ってますよ。だから、吉野さんの情報へアクセス出来なかった理由が分からないんです」
誰にでもアクセス出来る情報に辿り着けなかった。これは何かが有ると考えて――その何かは不明だが――間違いないのではないだろうか。
「禁止されてるからよ」
「え?」
「というか警察の規定なんだけれどね。吉野ちゃんは行方不明。警察がどんなスタンスを取ったにせよ、事件関係者への一般アクセスは凍結される法律が有るのよ。マスコミ対策も有るんでしょうけれど。……あ、これは美佐子の場合でも同じね。ちなみに、死亡したとしても家族から死亡届が出されない限り、公的には死亡扱いにならないから」
あるいは、と会長は言った。
「私達には計り知れない事情が有るのかもしれない。可能性は低いけれどね」
陰謀の臭いがする――とは言えなかったが、何か引っかかるものを感じた。
「……じゃあ、怪人マルカートの情報が防犯管理システムに有った理由は何ですか?」
「そうね。茜ちゃん、基本的な事を考えてみましょうか」
会長は諭すように言った。
「防犯管理システムに登録された基本情報は行政に申告された情報がそのまま記載される訳だけれど、どんな情報が乗っていると思う?」
「それは……住所は上位権限が必要だから……個人番号とか名前とか、年齢とかそういうものですよね」
「正解。じゃあ聞くけれど、怪人マルカートって本名なの?」
「あ……」
本名の筈が無い。怪人が姓でマルカートが名前という可能性も無いことは無いだろうが、そんな人間が存在する可能性は極めて低いだろう。芸名じゃあるまいし。そもそも芸名では登録出来ないだろう。
「え、でも……防犯管理システムには実際に登録されているわけですから、行政がそれを認めているわけで、ええと、つまり…………?」
頭が混乱してきた。
「ええと……そんな名前で登録出来るものなんですか?」
「そうね、そこよ。つまり、怪人マルカートを防犯管理システムに登録したのは、行政じゃないってことね。質の悪いイタズラ。誰かがクラッキングして登録でもしたんでしょう」
「クラッキング……」
「そしてそれは、学園の関係者に限られる。怪人マルカートの存在を知っているのは、学園関係者だけだから。まあ普通に逮捕案件だし、そんな不届きものが居るとは思いたくないけれど……」
会長は嘆息して、それから失笑した。
「心当たりがあるんじゃない? そんな事が可能な学園関係者に」
茜の脳裏に、一つの名前が浮かんだ。
聖陵女子学園3年、情報管理部部長・三好 直江。表向きは善良なプログラミングマニアだが、裏ではウィザード級ハッカーとして暗躍している彼女を、茜が知らない筈もなかった。
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