第3話「先輩は家にいる」執筆担当 日々野いずる氏

 家の鍵を差し込み、虹彩の認証を済ました。

 ドアが開き、中原を招き入れる。

 まず、玄関の電気が点いた。その次に廊下、と中原を中心として家の電気が段々と点いていく。

 中原は管理AIが起動しているのを確信して声を出した。

「ただいま」

「おかえり、茜」

 管理AIは優しく中原を出迎えるような声を出し、そして続ける。

「お風呂にする?ご飯にする?」

「……優子ちゃんがいいなあ」

「エラーメッセージです――ごめん、わかんないよ」

「……お風呂で」

「わかった、お疲れ様、茜」


  沈黙が続いたあと、どこかで水音がし始めた。管理AIであるyukoがお風呂にお湯を入れてくれるのだろう。


 先輩である橘内優子と同じ名を住居管理システムのAIにつけたのに、他意はない。いつもこちらを使いっ走りする先輩を、AIに投影してこき使ってやろうというたわいもないイタズラ心だ。


 中原は一人っ子の鍵っ子だった。そんな中原を不憫に思ったのか両親は子供に甘く、大抵の事は許された。二人とも夜遅くまで帰宅しないので、中原は外での大人しめな振る舞いと違い、家で好き勝手していた。

 管理AIを標準仕様から改造して、法的にぎりぎり許されるラインを見極めyukoにした(作り上げたと言ってもいいくらい改変した)ことも、両親には苦い顔で受け入れられていた。

 標準の方が感じがいいし、使い勝手がいい、と親は言うが、中原は聞き入れなかった。


 風呂に入って中原はひと息つく。ぼんやりをお湯を肩にかけながら、思っていたことを口に出した。

「優子ちゃん」

「なにさ、茜?」

 こうまで砕けた口調に調整するのは苦労したなあ、と感慨深い。

「行方不明の女の子に話を聞きたいんだけど、どうしたらいいと思う?」

「うーん、それは難しいと思う」

「難しいけど、したいの」

「……その子の名前は?」

「吉野 レナっていう子」

「……権限がないから、あまり調べられないよ」

「それでもいいから、わかる範囲でお願い」

 しばらくの沈黙が浴室に落ちた。

 少しのぼせそう、と中原は思った。

「学校から支給の個人GPSはロスト反応、街の防犯管理システム――アクセス失敗――権限がないので生存は確認できないね」

「えっおかしいよね?」


 街の防犯システムにアクセスし、生死情報を調べるのは簡単に出来る。一般に提供されている基礎情報だ。

 簡単にアクセスできるはずの情報にアクセスできない、とはどういうことだろう。

「どういうこと?」

「権限がないからアクセスできないのさ」

「誰でも見れる情報のはずよ、おかしいじゃない」

「そうは言っても仕方ない、見れないものは見れないんだ」


 どういうこと、と中原は疑問に思った。そんなことがあるんだろうか?

 ぐるぐるしてきた頭を抱える。動作に反応して湯が揺れる。


 あーもう、と顔を上げた中原は手を湯に叩きつけた。考えても分からない、のぼせそうだ、また今度、本物の先輩に相談してみよう。

 いい加減立ち上がろうと手を湯船についたが、最後にふと思いつく事があった。


「優子ちゃん、怪人マルカートって知ってるかしら」

「ああ、知っているよ」

 yukoが淀みなく答えた。

「マルカートは実在するのかな……」

「生きている」

「えっ」

「防犯管理システム――アクセス成功。そいつは生きているみたいだ」

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