中編
病のねじれ
作者:三津凛
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中編
「ねぇサラ、私こんな所に居たくないわ」
私は大広間の椅子に座って呟く。
「…私だってそうよ」
サラは遠い目をした。
「ねぇ、マチルダも今同じような目をして隣町の病院から見てるかもしれないわ」
私は不思議と高揚した気分で言い放つ。
「マーサは優しいのね。今まで色んな人に出会ってきたけど、あなたが一番優しい他人だわ」
「それはサラだってそうよ、ふふ」
私は掌を閉じたり、開いたりした。先生の前では手首から骨がなくなる。
けれど、サラの前ではちゃんと骨があるのだ。
何回それを伝えても、あの男はまったく取り合うことをしない。
ーーいいかい、君。話を逸らすんじゃないよ。
「私、あの医者大嫌い」
「…お医者様を好きって言う人も珍しいわよね。私も苦手よ」
サラは哀しげに目を伏せた。
「ねぇ、サラはなんて言われるの?」
サラは口を開きかけて、閉じた。
私は心がささくれを創り出すのを感じる。この怒りはなんなのだろう。
「ねぇ、教えてよ」
「…人には言わないでね」
「絶対に言わないわ」
サラは周りを憚って、小さく途切れ途切れに語りだした。
私はいつも怯えて先生の前に座るの。先生はまるで雄牛のようにいつも椅子にかけているの。
「サラ、君の身体には男の魂が閉じ込められている。だから、女が好きなんだよ。これは非常に良くないことだ…若い女性にとって、分かるね」
「でも、先生…私たちは」
「聞きなさい。君がしてきた沢山のセックス…それが心地よいことは分かる、分かるさ…。だがね、その無数のセックスで君が得たものはなんだ?沢山の女と女の肌…そして、あのヴァギナから君は何か得たかね?」
「先生…私は沢山のセックスもしていないし、沢山の女も知りません…相手はマチルダ一人だけですよ」
「…そんなことは分かっている、分かっているさ。…話を逸らせるんじゃないよ、君」
私はこの二年間ずっとこのやり取りを続けているの。
一向に良くなっていないって毎回言われるわ。
もう私も一体自分のどこが正常で、異常なのか分からなくなりそうよ。
いつも最後に聞かれるの。
「まだ、君はあのマチルダを愛しているのかい?」
「えぇ、先生。私たちは灰になったって、離れません」
そこで先生はいつも大きなため息をつくの。
サラは話し終わって、少し微笑んだ。
「ほらね、あいつはやっぱりヤブ医者なのよ」
私は確信を持って頷いた。ただサラは愛しているだけなのだ。それが穢らわしいというのなら、男と女の行為だって野蛮なものじゃないか。
精神医学というのは、ただ自分のために病を増やしたいだけではないのか。
私は先生の後ろにあった巨大な本棚を思い浮かべた。
「おかしなものよね…」
サラはもう何度も読んだという本の表紙をなぞった。大広間にある共用の本棚には昔病んだ劇作家が置いていったギリシャ悲劇だけが並んでいた。
「オイディプスも、アガメムノーンもメデイアだって、異性愛から生まれる悲劇よ。…でもそれはまともなんだわ。私たちは殺しも、憎みも、狂いもしないのに、病気なのよ」
サラはそう言って泣き出した。
私は背中を撫でた。
その様を、先生はどこからか見ていたようだった。
サラが泣いたのは病院に来た二年間のうち初めてのようだった。
「女性的な傾向がようやく現れ始めたみたいだね」
先生のどこか嬉しそうな声色に、私は心底腹が立って睨みつけてやった。
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