中編
身体に無数の痣があった。古い痣も見つかった。死因は窒息死だが、日常的に虐待があったと見られる。
物静かな生徒で、成績は悪い方ではなかった。あまり友人はいなかったが協調性のある生徒だった。
テレビから繰り返し流れる単語は葬式で聞くお経のように、一つ一つ意味がどこまであるのか分からなかった。
そのどれもが凛花を描いているようで、描いていない。多分、誰も分かってはいない。生身の凛花と、虚構と回想の中の凛花が現実で溶け合って撹拌されている。
それをみんな、白痴のように流し続けている。
そのうち、口の中にプチシューが詰め込まれていたことだって明るみになるだろう。
まだ誰も答えになんて、辿りつけてはいない。
あの凛花の母親だって、分かりはしない。彼女は後悔しているのだろうか。
まだ自分の足や手に、娘を殴った感覚は残っているのだろうか。
全て忘れているのかもしれないな、と私は思った。
校門の前には相変わらず人だかりができている。
「口の中にプチシューが詰め込まれてたのって、聞いた?」
聡美が同じように窓の向こうを眺めながら言う。
「うん」
「何がしたかったんだろう…」
「…そんなこと、分かるわけないでしょ」
私は聡美を見下ろした。
誰にだって分かるわけがない。扉の向こうの家庭。目に見えない愛情の残り香と、プチシュー。
まだ犯人は捕まらない。
このまま逃げ切れるなんて、思っているのだろうか。
凛花の母親は相変わらず虐待も殺人も認めてはいないようだった。
彼女は完全にプチシューのことなんて忘れてしまっているのだろう。
可哀想な凛花。
でも、やっぱり生き残らなくて良かったのだと私は思った。
目に見える異常さを、私はその時初めて見た。
冷蔵庫の中にはプチシューしかなかった。私はそれを目の当たりにした時、ゾッとした。
家庭や両親の香りのしない、冷蔵庫だった。母子家庭だと聞いていたのに、母親の存在がまるでなかった。
「なんで、プチシューばっかりなの?」
凛花は俯いて痛そうに笑った。
「プチシューって、一番最初に食べたおやつだったから。お母さんがくれたの、昔ね。それだけ憶えてるんだ」
その後に、忘れられないことを言い放った。
「プチシューって、気まぐれにかけられる愛情に似てるって思わない?」
私はその時、意味が分からなかった。
「いつも食べなきゃ良かったって思うの。満足できたことなんて、一度もない。まだまだ満たされてないなぁった思って終わりなの」
凛花は流しの割れたコップを片付けながら言った。頰にできた切り傷は、それが原因なのではないかと私は薄々勘付いていた。
どうして顔にガラスの切り傷ができるのか、ちょっと考えれば分かることだった。
凛花は虐待されている。
それでも、凛花はあの母親をずっと待っていた。
凛花は賢かった。その知性は虐待の痕跡を勘付かれないために全て使われた。扉の向こうに、家庭を押し込めるためだけに使われた。
私にはそれがよく分かった。
プチシューの詰め込まれた冷蔵庫のある家庭にしか、凛花の居場所はなかった。
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