プチシューを抱きしめて
三津凛
前編
プチシュークリームは気まぐれに注がれる愛情と似ている。
凛花はよくそう言っていた。
全てが小ぶりで、肝心のクリームだって一口で足りてしまう。
そして、食べ終わった後は満足感よりも欠乏感の方が勝るのだ。
「いつも食べなきゃよかったなって思っちゃう」
凛花は哀しげにプチシューの詰まった袋を開ける。
普通のシュークリームじゃダメなのかと聞くと、凛花は首を振った。
「私みたいなのには、これがちょうどいい…というか、精一杯なのよ」
ふふ、と凛花が笑う。
プチシューは小粒な愛情だった。
だから私はプチシューを詰め込んだ。
帰る家を持たない子どもたちは哀れだ。けれど、帰る家があるのに居場所のない子どもたちはもっと哀れだ。
私はプチシューを初めて手に取ってみる。
凛花は応えない。
プチシューを抱きしめる。こんなもので満足している凛花は間違いなく可哀想だった。
私はプチシューを詰め込む。
「ねぇ、本当にドラマみたいなことするんだね」
聡美が鈍い声を出す。
この子は名前とは裏腹にウスノロで、誰かの痛みに鈍感だった。
聡美の視線の先には凛花の机があった。彼女がそこに座ることはもうない。
薄いガラスの花瓶が代わりに置かれて、花が木目を見下ろしている。
「ああいうの、ドラマでしか見たことないよ」
「そうだね」
可哀想だとか怖いだとかいう言葉は、全て自分たちに向けたものだということに、みんな気がついていない。
被害者に一瞥を加えた気になって、その実屍体を蹴り上げるようなことを平気でしている。
凛花がクラスの中心人物であったなら、より一層聡美は悲劇的になったのだろうか。
考えたくもない。
凛花は殺された。
犯人はまだ捕まっていない。
私は今回のことで大衆に善意なんてないことがよく分かった。目につく石ころを全部ひっくり返して、ダンゴムシの住処を片っ端から奪っていく残酷な子どもの遊びのように、凛花もまた追われていた。
現代では人は二度三度殺されるだけでは飽き足らない。
面白おかしく、殺人事件が追われていく。犯人はまだ何処かに潜んでいる。
その恐ろしさすら、今の私たちは手軽に消費する。
失敗して、凛花が生き残らなくて良かったのではないかと私は思うようになった。
人が人らしくいられるのは忘れてもらうことができるからだ。凛花はもう忘れてはもらえない。
「ねぇ!…凛花って虐待されてたの?今朝見たよ。司法解剖したら身体に痣があったって」
私には聡美が次に呟く言葉がよく見えた。
「…てことはさ、犯人はお母さんなんじゃない?」
そのうち、ほとんど関係がない人間が家庭で行われていた片鱗について語り出すだろう。
それはかつて公開処刑に熱狂したというローマ市民とどこが違うのだろう。
可哀想な凛花。
でもね、失敗して生き残らなくて本当に良かったのかもしれないよ。
それから本当に凛花の母親は任意同行された。
凛花の愛したプチシュー。求めてやまなかったプチシューは、あの母親が一番最初に教えたものだった。
「プチシューは気まぐれにかけられる愛情に似ているって思うの」
全て小粒で、あとは欠乏感しか残してくれない。
可哀想な凛花。
扉の向こうに閉ざされていた家庭が、今度は引っ張りだされて袋叩きにされる。こんな家庭でも、凛花は間違いなく愛していた。
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