タコヤ・キプレート 2
探索一日目、砂鉄湖の洞窟へ。
薄暗い洞窟の奥まで進み、カトブレパスと対峙した。
「思っていたよりデカい」
「首が長いから大きく見えるだけだよ。見た目に惑わされないで」
首の長い、一つ目の牛である。牛にしては大木を思わせる体躯だ。口元も、こちらをあざ笑っているように見える。
今回のギドは、大きめの盾と、ショートソードだ。巨大剣は地面に置いてある。
カトブレパスが、長い首を持ち上げた。
「目は見ちゃダメだよ」
カトブレパスの目を見ると、即死するという。今は瞼で固く閉ざされている。
「目をつむってるぞ」
「光に弱いんだよ」
試しに、大きく身構え、重量のある一撃を首に食らわせた。
ドン、と小気味よい音が。しかし、簡単に弾き飛ばされる。
「固い! こんな小っこい剣で大丈夫なのか?」
「ショートソードとはいえ、ギドの一撃を防ぐなんてね。やっぱり目を狙うしかないよ」
といっても、どうやって目を開けさせろというのか。
「反撃が来るよ!」
カトブレパスが首を大きく振った。キリンのケンカを思わせる振りおろしが襲いかかってくる。
滝から落ちてくる丸太を受け止めたような衝撃が、ギドにのし掛かった。肩が外れそうになる。
ギドの巨体すら弾き飛ばす怪力、即死効果のある眼光、目をつむっていても対応する戦闘能力、相手は思わぬ強敵だ。
「一瞬だけ目を開けるんだ。そのタイミングさえ見逃さなければ」
「開けさせるには、どうすればいんだよ?」
ショートソードでカトブレパスの攻撃をさばきつつ、ルゥに意見を求めた。
「わたしに考えがある」と、ルゥは背負っている鞄を置く。しゃがみこんで、鞄を開けた。
「うーんと、これでもない、あれでもない」
ミニスカート姿で、ルゥがしゃがみこむ。手を鞄に突っ込み、何かを探している。
「おいっ、のんきに捜し物なんてしてないで……ん?」
なぜか、カトブレパスの動きが一瞬止まる。
「何を探してるんだ?」
「しーっ」と、ルゥが指を唇に当てた。
「うーんどこだろーなー」と、わざとらしく言いながら、また鞄を漁る。目が、「察しろ」と訴えかけているように見えた。
『色仕掛け』か。
物を探している風に見せかけて、自分の足に注意を向けさせている。
品のない作戦だというのに、カトブレパスのまぶたがケイレンを始めた。
「やばい、目が開き始めたよ!」
ルゥが両手で目を塞ぐ。
「段取りは分かってるね?」
「おう!」
何かの神話で見た「蛇女を退治した方法」を再現する作戦だ。
怪物の目を直接見ないように、ギドが盾を前方に構える。
「補助スキル、《猛進》!」
言霊を発すると、スキルが発動した。足が途端に軽くなる。白兵戦用の特技だ。
すかさずカトブレパスに駆け寄り、一気に距離を詰めた。目隠し状態で、当てずっぽうに剣を突き刺す。
「ホ、ホ、ホア、ホア、ホアアアーッ!」
前立腺を刺激されたオッサンのような悲鳴を上げ、カトブレパスがドサリと倒れ込む。目から放たれていた赤い光が消えていった。
グリグリと、ギドが目玉をえぐり出す。出血したように、目の周りから燃料が漏れ出ている。
「ほにいさんゆるして、ほにいはん……」と、だらしない声を上げて、カトブレパスは動きを止めた。燃料が出尽くしたのだろう。
「どうやら、目は性感帯だったみたい」
「嬉しくねえ。死んだか?」
今のカトブレパスは、首だけがしおれた不自然な格好だ。なのに、ピクリとも動かない。
「ただの人工物だからね。活動を停止しただけ」
剣の先で、完全に機能が停止したのを確認する。
ギドは再度、目の隙間に剣を突き刺した。カトブレパスの身体から目玉をくり抜く。
ともあれ、一日目の冒険は終了した。
◇ * ◇ * ◇ * ◇
探索二日目。氷原地帯にて。
「相変わらず寒いな」
二人とも、防寒具に身を固めているが、大して役に立っていない。
鋭利なデザインの城を、最上階へ向けて歩く。壁も屋根も、何もかもが氷でできていた。
モンスターが襲ってくる気配もない。
人食いシロクマや人狼など、野生動物型の怪物が襲撃してくると思った。
あるいは氷で作られたゴーレムなどが。
「でも、こんなに寒い中で、人が待ってるよ」
玉座の前に、きらびやかなローブだけを纏った女性が立っている。
ただの女性ではない。全身が氷でできている。明らかにモンスターだ。
しかも高度な魔力を内包している。
「敵か!」
思わずギドは剣を構えた。ギドほどの使い手でさえ警戒するほどの威圧感を、女性は放っている。
「おやめ下さい。争うつもりはございません」
女性は手を前に出した。
「私はこの国の女王。あなた方に危害を加えるつもりはありません」
そう言われても、女王から放つ雰囲気を見るに、武装解除は難しい。穏やかそうに見えて、その奥に何かが潜んでいる気がする。気のせいだといいのだが。
「もう、魔王が暴れていた時代ではないのです。異種族同士と言え、協力できるところでは手を取り合いましょう」
「武器を納めよう、ギド」
ルゥに手首を押さえられ、ギドは半信半疑で剣を下ろした。
「ありがとうございます」
微笑んで、女性が頭を下げる。
女性の全身は氷でできていた。髪の毛まで氷と化している。衣服は純白のローブのみだ。聞けば、この地帯を納めるモンスターの女王だという。
「あなた方を待っていました」
「ワタシ達が来るの、分かっていたのかい?」
氷の女王は、「はい」と答える。胸元から、凍った球体を差し出す。
「これが、永久氷塊かな?」
「そうです。あなた方が古のモンスターを復活させると聞いて、用意しておいたのです」
女王の言葉を聞いて、ルゥの表情が強ばった。
「準備がいいね。誰から聞いたんだい?」
氷の球に手をかけようとして、ルゥは一度、女王に揺さぶりをかける。
「あなた方クラスの冒険記なら、風の便りで分かりますよ、フフ」
顔を伏せて、氷の女王は笑った。
「とにかく、ありがとう」
今度こそ、ルゥは氷の宝玉を受け取る。
◇ * ◇ * ◇ * ◇
探索三日目。
一面薄い墨色の城に入る。
真っ昼間で、天井もぽっかり穴が空いていた。だが、夜のように暗い。太陽の反射が関係しているか、雰囲気が陽光を遠ざけているのか。
竜の住処だというのに、なんの気配も感じない。辺り一帯セピア色で、まるで時間が止まっているかのようだ。
「これで、残るはオボロ竜の卵だけ、っと」
「でも、これまで出会ったモンスターの中では最強クラスだぜ」
ひょっとすると、生涯でも最強クラスの相手なのではないか、とギドは緊張する。傭兵時代に戦った相手ですら小物に思えるくらいに。
最奥部にたどり着いた。辺りには金貨が散乱し、あらゆる財宝が山のように積まれている。
とはいえ、ギドもルゥも迂闊に手を出さない。
これら財宝には呪いが掛かっているから。
手にすれば、たちまち竜に付け狙われる。竜と冒険者、どちらかが死ぬまで。
「いたよ」
「さすがに仰々しいな」
赤黒い表皮を持つ巨大な竜が、財宝の山に鎮座していた。
竜がこちらに気づく。だが、攻撃してくる気配はない。氷の女王の時と同じだ。
冒険者に興味がないのか、ギド達を確認しても、アクビをするだけ。
「おどかしやがって」
ギドは安堵する。自分にも、まだ恐怖を抱くことがあるのか、と。戦が続くと、人は必ず感覚がマヒしてしまう。かろうじて、自分はまだ人間のようだ。
大昔に世界を支配していた魔王がいなくなったからといって、どの魔物も緩みすぎではないか?
《スージー》に棲みついている魔物の方が、よっぽど危険な気がする。
ギドはそう思えてならない。
「冒険者共よ、これを持っていくがよい」
財宝の中に紛れていたらしき球状の物体が、独りでに浮く。フヨフヨと飛んで、ルゥの手の中に収まった。
「いいの? 自分の子どもでしょ?」
「よい。中身は空である」
ルゥは卵を軽く振る。
「ホントだ、何も入ってない」
ギドも振らせてもらった。確かに軽く、中身があるとは思えない。
「それじゃあ、割れた殻をいちいちくっつけ直したの?」
一度割れた物質を、魔法で再度固着させたようである。表面を見ると、とても一度割れた物体とは思えないが。
「左様。更なる使命のためなれば」
どういう執念だろう。ただの人間のためにそこまでするとは。
自分たちが蘇らせようとするモンスターは、それだけ魔物達からしても貴重なのか?
「用が済んだのなら、立ち去るがよい」
こういう部分はさすがにモンスターか。素っ気なくギドたちを追い払った。
「なあ、ちょっと話ができ過ぎてないか?」
「そうかな?」
首をかしげながら、ルゥは空っぽの卵を弄ぶ。
「だってよ、あいつら、オレ達の事情を知ってたし。なんか罠くさい」
「気のせいじゃない?」
お手玉のようにして、ルゥは卵を宙へ放り投げた。彼女はどうして、ここまで楽天的に考えられるのだろう。
「危険だとは思わないのか?」
「もちろん、最悪の事態は考えているさ。けどね、どっちみち事を起こさないと、罠かどうかも分からないんだ」
宙から振ってきた卵を掴み、ルゥは強く握りしめた。
「だったらさ、いっそ罠にかかってみるのも一興じゃないかな?」
楽観的なアイデアだが、ルゥが言うと妙な説得力がある。
「好奇心の方が勝ったって、正直に言えよ」
「えへへ……」
やはりだ。どうも饒舌に語ると思ったら。
竜とも氷の女王とも戦闘になるかと思っていたが、平和的に解決できてよかった。
本当に、これでいいのだろうか?
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