蒼い空に
甲板への階段を昇っていくと、
外からの空気がだんだん冷たくなってくる。
「空の匂いだ」とクモ爺が教えてくれた。
でも、オレには周りの手すりや階段の鉄の匂いの方が好きだ。
甲板へ出るための小部屋に入る。
よく分からないけど、何かを精査する部屋だと聞いた。
何を調べているのかは分からないけど、
すぐに扉は開いた。
耳がキーンとなるから口は空けておく。
気圧差によるものだけど、オレの体の方が対応してくれる。
甲板に出るとどこまでも広がる空と雲がいつもの様に、
いつもと違う景色があった。
この瞬間がオレは好きだ。
狭い所からこの広い場所に出る時はいつだって、
すこし走るように歩く。
今日はワンピースのスカートが風ではためいて、
足が重いような、軽いような不思議な感じ。
普段より風を感じる気がする。
「どうしようかな」
甲板に出る時は出来るだけ安全ベルトをするように言われている。
でも今日は、端まで行かないから、なるべく真ん中を歩くようにした。
それでも、やっぱり風が体を押したり、引っ張ったりする。
「わ、わ、わ」
普段なら安全ベルトがあるから、安心して歩けるけど、
今日はちょっと怖い。
なんか、そのまま飛んでいきそうだ。
「んー、クモ爺!!」
オレは大声で叫んだ。
風にその声はあっという間に消されてしまいそうだったから
「クモ爺ー!! クモ爺ー!! クモ爺ー!!」
何度も甲板の真ん中で叫んだ
「どうした? ギー。わしはおるぞ」
「クモ爺!」
オレはクモ爺を見上げて両手を伸ばした。
いつもの様にクモ爺はその歩脚を差し出してくる。
オレの体の倍はありそうな太い歩脚。
毛だらけで、その先には長い爪が付いている。
艦橋よりも大きなクモ爺がオレを見ていた。
この巨大なクモ型生物がこの船の船長であり、
オレの飼い主であり、この船に4人しかいない、
生きたヒトだ。
「ホレ、爪に気を付けるんじゃよ」
オレはいつものクモ爺の言葉にうなずくと爪に足をかけてから
その太い脚にしがみつく。
固い毛がしがみつくと柔らかくなっていく。
掴んだ毛だけが硬いままだ。
そうやってしがみつくと、あっという間に高々と
脚を上に上げて、クモ爺の大きな目が16個並んでいる顔の前を通して、
頭の上にのせてくれた。
真っ黒い柔らかい草原みたいだといつも思う。
草原なんて見たことは無いけど、本で読む限りだとこういうものだと思う。
クモ爺のいくつかの目がオレを見てる。
一個がオレの身長ぐらいあって鉱石のような、ガラスのような、
ためた水を盛り上げたような少し緑色の綺麗な目だ。
「ホ、ホ、ホ。サマードレスか。めんこいのお」
「きれい?」
「ホー、ホーホー!! ギーはお
「おひいさま?」
「そういう役職があったんじゃよ」
耳元でクモ爺の声が聞こえる。
本当はクモ爺には喋る機能はないけど、
オレの耳周りの空気を振動させる事は出来る。
オレの声はその体に生えている毛から感知していると
前に教えてもらった。
空気を操るなんてすごいと思ったから教えてとお願いしたら、
オレにはその機能は付けてないと言われたのがちょっと悲しかったけど、
その代りに、
「お前は、耳で聞いて、口で喋り、目で見て、肌で感じればよい。大事なことだ」
と言われたのが嬉しかった。
「その服は誰からもらったんじゃね?」
「分かんない、あ、赤いリボンが付いてたよ。コレ!」
「ほほう、しかし、ずいぶんと不格好じゃな」
と、また別の脚でオレの髪からリボンを外すと、
「どれどれ、久しぶりじゃな。ホレ、後ろ向け」
「んー」
とオレはクモ爺の頭の上に座ってなんか髪が色々と触られたり、
ひっぱっられたり、クルクル巻かれてる感じがくすぐったいやら、
痛かったりするたびに
「クモ爺何してるー?」
「もうすぐ終わる。待っとれ」
「あーい」
オレはぼんやりと空を眺めていた。
風が吹いているけど、クモ爺の周りはそんなに強くない。
「ねえ、クモ爺、ご飯中だった?」
「ワシらはいつでも風が吹けば食事よ」
「今日の風はどう?」
「んー、南風が少し湿気ぽいのお、もう少し乾いてる方がいいのお」
「そうそう、今日はパンとベーコンとスクランブルエッグを食べましたー!!」
「ん? ソレはどういう事じゃ?」
「なんだっけ? なんとかって機械がなおったんだって、おいしかったよー!」
クモ爺はオレには聞こえない言葉で何かを誰かと話してる様だった。
「ほう、あのユニットが復旧したか。やはりヒト型をのせると認識が変わるか……」
「何の話?」
「お主のおかげかもしれん。まあ、機械族はまたワシらとは違うからな」
「そうなの?」
「さあてなあ、本当のところはワシにも分からん」
「クモ爺にも分かんない事があるの?」
「分からん事ばかりじゃよ。こんなに生きとっても、明日の風の味すらわからんよ」
「でも、すごい前の戦争から生きてるってみんな言ってるよ。だから船長だって」
「ホ、ホ、ホ。生き残ったと生きとるは違うからの。ホレ出来たぞ」
「ホント?!」
オレは振り返るとクモ爺の目玉に自分の姿を映した。
緑がかった目に綺麗にリボンを髪の毛を編まれた自分が映っていた。
青いドレスのようなワンピース、真っ白い肌、真っ黒の編み込まれた髪に
赤いリボンが少し見えるようになっててとても綺麗だ。
おひいさまってこんななのかな?
「どれ、皆にも見せてやるか」
クモ爺はそういうと脚を3本使うと甲板の上で
オレを皆に見えるようにオレを高々と差し上げた。
こんな景色は久しぶりだ。
もう一つの甲板まで見える、艦橋よりももっと高い場所。
足はクモ爺の附属肢でしっかり固定されているから安心だ。
オレは手を広げて緩やかな風を受ける。
何となく、みんながこっちを見ている気がした。
「デレッキクレーンの方に手を振ってやれ」
「え、クレーンの方?」
そうやって眺めると、クレーンたちが動きを止めてこっちを見ている気がした。
オレは手を振った。
暑い時はあの影の下が気持ち良くて寝転がったりしていたのを思い出した。
「おーい!!」
オレはすこしスカートを持ち上げるとにっこり笑った。
クレーンたちが何となくそわそわしてる気がした。
気のせいだと思うけど、なんか動かしてた。
「お
「そうなの?」
「ま、それも良しか。あやつらもそんな機能とっくに無くしとると
思っとたがなあ……」
「何の機能?」
「ワシには付いとらんからよくは分からん。ま、悪い事ではない」
「じゃあ、いいね」
「で、ギーは何をしに来たんじゃ?」
「んー、もう十分かな」
「そうか。可愛かったぞ」
「ありがと、またくるね」
クモ爺はオレを甲板へおろすと
「さて、ワシは本格的に食事じゃ。今日は右舷後方の風が美味そうでな」
「いただきますを言うんだよ」
「ホー、ホー、ホー! 確かにな、常に感謝せねばな」
「またくるね」
「またなギー」
「またねクモ爺」
オレはクモ爺の前でくるりと回ってスカートが広がるのを見せた。
うん、やっぱり青い空と青いワンピースは似合うと思う。
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