水の踊り

船の中を歩き続ける。

ペタペタとした床の感触が気持ちいい。

周りの機械族はよく分からないけど、何かを常にしている。

彼らの「仕事」なのだ。

と彼らから聞いたが、本当の所はよく分からない。

何しろ、彼らはオレのようにはできていないから、

オレが見てもよく分からない。

ただ、何となくそういうものが出来ていっていることは分かる。

この船の生産品であり、ここは工場でもあるのだ。

オレはいつもの場所で曲がると大きな部屋に入る。

それまで、部品が天井と壁から水で洗浄されている部屋だ。

オレが入ると、部品はすぐさま運び出され、流れていた部品も止まっている。

オレは服を脱ぐと、部屋の外へ放り出して、天井を眺める。

暖かいお湯が天井と床から噴き出してオレの体に吹き付けられる。

くすぐったさと痛さの間ぐらいで気持ちいい。

オレは腕を振って座り込んだり、体のあらゆるところへお湯が当たるようにする。

自分も部品のひとつになったようで楽しいけど、

彼らの作る部品の様にピカピカした光沢は得られない。

けれど水滴をはじき返した白い肌は綺麗だと思う。

お湯が止まり、今度は風がもの凄い勢いで水をはじきとばしていく。

髪の毛がすごい勢いでモシャモシャになるけど、オレはこのモシャモシャが好きだ。

自分の手でも髪の毛を持ち上げて乾かしていく。

髪の毛が自分の手をサラサラと流れていく感触が気持ちいい。

風がやむと壁がオレの体が正面、横、上、背中を映し出す。

自分の知識を思い出しても、オレは綺麗だと思う。

バランスの取れた長さの四肢、細い腰、薄い胸板、小さな尻。

整った顔。


当たり前だ。

オレは愛玩動物であり、そういう風に元々作られているし、

これ以上育つことはない。

「必要にして十分」な体躯と顔なのだ。

しいて言えば、真っ黒い長い髪の毛だけが、オレの自由な意思なのかもしれない。

この髪の毛が自分の中でも一番好きだ。

「烏の濡れ羽色」と教えてくれたけど、烏もこんなに綺麗だったのだろうか?

烏を見たことがないのでわからないけど。


部屋を出ると、また後ろですぐさま部品が流れ始め、水が吹き付けられ始めた。

オレは裸のまま自分の部屋へ戻ろうとしたら

「ギー」

と何かが呼んだ。

振り返ると、廊下にたたまれたタンクトップとホットパンツが置いてあったので、

それに着替えた。

「ありがと!」

誰がしてくれたのかよく分からないから、皆に聞こえるように廊下へと叫んだ。


腹が減った。

本当は水や空気がなくてもある程度の期間は体内のマイクロマシンと連動させれば動けるし、長時間動かなければ誰かがすぐに来てくれるけど、

あまり他のヒト達に余計な時間とエネルギーを使わせるのも好きじゃないから、

自分で動くようにしている。


「今日のご飯は何だろなー、マリンバ、ベース、ヴァイオリーン」

「ギー、それは食事ではありませんよ」

「そうなの?」

「ソレは楽器です」

廊下で誰かが話しかけてきた。

「2番目の角を曲がってください」

「はーい」


オレは言われた通り角を曲がると随分広い場所に出ていた。

航空機が2台は並べられるぐらいのスペースが空いていた。

「どしたの? 何か大物造るの?」

「そうですよ」


足元からの声、蠕動する鉄板が近づいてきていた。

鉄板の上には大きな白い皿、その上に食べ物が載っていた。

「トースト、ベーコン、スクランブルエッグ、オレンジジュースです」

カリカリの脂の匂いがオレの鼻に飛び込んできた

「おいしそう!! どうしたの? コレ?」

「タンパク質プリンターが稼動しはじめました。

前回の戦争で壊れていたと認識していたのですがね」

それがどんなものなのかよく分からなかったけど良い事なのだろう。

「たべていい?」

「いただきますと言うそうですよ」

「じゃあ、いただきます」

オレはトーストの上にベーコンとスクランブルエッグをのせると、

一口かじってみた。

口の中にベーコンのポリポリとした感触の後に、

脂がじんわりと噛むたびにあふれてくる。

「おいしー!!」

本当においしかった。

今までのよく分からない、ブロック型や、紙みたいな何かとは比べようもない。

夢中になってたら、あっという間になくなってしまった。

お腹はいっぱいだけど、何となく物足りなかった。


「あーあ、終わっちゃった」

「そういう時はごちそうさまと言うそうです」

「はい、ごちそうさま」


満足して床に転がった。

いつの間にかに鉄板は居なくなっていた。


オレは立ち上がると、自分の寝床へ戻った。

双胴艦をつなぐ艦橋の真下に出来たデッドスペース。

ココだけは他の場所に変更がきかないので、

オレだけの唯一の場所だ。

寝床兼、倉庫兼、愛玩動物小屋だ。


その部屋の前に箱が置いてあった。

無機質なダンボールの箱。小さなものでは無い。

それに赤いリボンがまいてあった。

なんだろうか? 初めての事ばかりだ。

オレはリボンを外して、箱を無造作に開けた。

中には真っ青なロングワンピースが入っていた。


「きれー!」


誰だろう? よく分からないけど、オレは今着ているものをすぐに脱ぎ捨てて、

ワンピースを被るように着た。

布の肌触りがとても優しく感じる。柔らかいのにピンとしてる、不思議な感覚。

背中のチャックがひどく難しかったけど、なんとか格好は付いたと思う。

真っ青なワンピースはスカートが広がるのが面白かった。

くるくると回ると、スカートも広がる。

何となく真っ赤なリボンが勿体なくって、髪をまとめると結んでみた。

中々うまくいかないけど、とりあえず、落ちないように結ぶことはできた。


「クモ爺に見せたいな」

それに空も見たい。青い空に青いワンピースは綺麗だと思う。

オレは甲板へと駆け出して、すぐに右腹が痛くなったのに驚いた。


お腹が重かったことを思い出して、今度からはおいしくても腹いっぱい食べるのは我慢しようと思った。

動きにくいからだ。

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