風を継ぐモノたち
叫骨(キョウコツ)
光降る朝
目の前にはどこまでも青と黒しかない。
上を見上げればまだ、星が見える。
肌に感じるのは風と鉄の匂い。
ここは双胴航空母艦の甲板の端だ。
長い髪の毛が風になびくのが気持ちいい。
面倒でも髪を切らずにいるのは、この感覚が好きだからだ。
足元をのぞき込めば、雲海が広がっている。
一応、自分の腰に安全帯を付けてはいるけど、
それでも、一歩踏み出したくなる気持ちは拭えない。
「何か見えますか? ギー」
「んー? 変わんない」
振り返るとエンジンの塊に三脚が付いたオブジェが居た。
「早起きですね。お散歩ですか?」
「そんなとこ」
「もうじき、あちらの方に太陽がのぼりますよ」
オブジェはオレの為に緑色の可視光線で方角を示した。
「ありがと」
オレは吹き流しみたいになっていた髪の毛を後ろでまとめると、
彼の隣に座り込んだ。
風で彼の体に髪の毛が付くと、巻き込まれるかもしれないから。
彼は少しだけオレの傍によってきたので、その足の一本を握った。
なぜだかエンジン音が少しだけゆっくりになった。
太陽が昇ってきた。
オレンジ色から白の眩しい光がオレたちを包んでいく。
見上げると星はもう後ろ側にしか見えない。
それでも、少し意識すればいくつかの恒星はまだ見える。
光が肌を温めていくのが分かる。
隣を見れば、彼は全身でその光を浴びてキラキラと輝いていた。
「綺麗だね」
「ええ、綺麗です。このエネルギーが無ければ、私たちは生きてはいけません」
「違うよ、貴方だよ」
オレの言葉で彼の足が振動した。
「私ですか?」
「うん、キラキラして綺麗だよ」
「そ、そうですか」
振動は止まないけど、放す気は無いようだったので、オレはゆっくりと握り直した。
後ろを振り返ると甲板にはいくつもの機械族の人たちが集まって、太陽光を全身に浴びていた。
戦車、航空機、パイプオルガン、ケーブル、CPUの群れ、鳩時計、言葉にしようのない金属の塊たち。
それらが一斉に太陽に照らされてキラキラと光を反射しつつ、吸収している。
「あの人たちも一緒かな?」
「そうですね。今日は塵が少ないので、特に良いエネルギーが摂取できるとみんな言ってましたから」
「貴方もそうなの?」
「ええ、その前にギーを見つけたから」
「一緒にいてくれたんだ」
「邪魔はしたくなかったんですよ」
「邪魔じゃないよ」
オレは振動の止まない足を握っている。
彼も離そうとはしない。
「暖かいね」
オレは手を太陽の方に向けて少し目を庇った。
「私には温感センサーは付いていないのでわかりませんが、そうなのでしょうね」
日が昇るにつれて、だんだんと機械族の人たちが甲板から離れていく。
「お仕事?」
「ええ、そろそろですね」
「そっか。じゃあ、また」
オレは彼の足を離した。もう振動は止んでいた。
彼はオレに向かって
「ギーを船長がどうしてこの船に乗せたのかようやく分かった気がします」
「そうなの?」
「ええ、『また会える』。なんて素晴らしい言葉なんでしょう」
「そうかなあ。オレはここにいるよ」
「でも、またギーと会いたいと思える事が重要なのですよ」
「そうなの?」
「そうですよ。また会いましょう。ギー、ここで」
彼はそういうとワイヤーを取り出してフックに接続すると、
甲板の縁から雲海へと身を投げ出し、そのまま船の中へともぐっていった。
ちょっとはカッコいい所を見せたかったのかもしれない。
確かにオレもやってみたかったので、次に会った時に教えてもらおう。
さて、オレはこの双胴航空母艦に飼われているヒト型クローニング生物だ。
船長が気の迷いか、別の艦の船長との賭けに負けて飼わされたとも言われてるが、
本当の所はよく分からない。
別のプラント船でタンパク質プリンターとその他もろもろのマイクロマシンやら
何やらで愛玩用に作られた生き物。
それがオレだ。
知識ソフトは、存在すら分からない東の島国で6回ぐらい前の戦争前に残されてた
脳からサルベージされたデータを利用しているそうだ。
ヒトの脳からサルベージした貴重品だとえらく高くついたらしい。
おかげで日常生活に困ることも無ければ、この知識で十分生きることが出来る。
ただ、「生きる」という事すらよく分かってないのだけど。
機械族の人たちみたいにはっきりとした目的なんてものはないが、
それで困ったことも無いのでたまに船長たちに教えてもらう事の方が多い。
船長はオレに「ギー」と言う名前をくれた。
どうやら、音声機能を持たない人たちでもオレを呼ぶときに音を立てればいいかららしい。
「必要が名前を生む」
船長はそんな事を言いながらオレに付けてくれた。
「今日も見回りだ」
オレはそう呟いて船内を歩き始めた。
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