第7話

「お待たせしましたね。たった今、主があなたの意見への回答を下さいました」


「なんと! 創造主自らがこの私に返答をくれるというのですか?」


 私はわざと大袈裟に驚いて見せた。ある程度、感動を装って彼らの機嫌をとっておいた方が、これからのやり取りがスムーズに進むような気がしたからだ。


「まず、人生の長さについてですが、我が主も人間の人生の長さにつきましては、六十年、七十年、その辺りが妥当だと思われているようです。あなたも人生に満足したとおっしゃっていましたが、ここへ来られると同じようなことを言われる方が多いようです。生きている期間がこれ以上長くなりますと、例えば、二百年・三百年生きられるようにしてしまいますと、まあ、主はとっくの昔に他の惑星の生命体でそれを試してみたそうなんですが、やはり、うまくいかないようですね。必要以上に長いこと生きてしまいますと、大抵の人間は、それまでの半生での失敗を糧にしまして、何か良からぬことをたくらむ傾向にあるようです。時間をかけて得た秘密を誰にも打ち明けなくなり、自分の利益になることばかり考えるようになり、周囲の人間と協力する心を失ってしまうようです。


 それがために、やがて種族全体で共食いを始めてしまいまして、結果的にその生命体は長生き出来ないそうです。あなたの生きてきた地球という星が、小さいなりに、あなたのおっしゃられたように不十分なところが多いなりに、一応は長年に渡って発展を続けているのも、その辺りに要因がありそうですね。七十年という人生の長さは、人間が各々の力量を遺憾無く発揮するのに丁度よい長さだと言えるのかもしれません。どんな優秀な人間も一つや二つ偉大な事業を成し遂げて力尽きる。どんな出来損ないでも、あまり長い期間に渡って恥を晒さずに済む、というわけでしょうか。


 続いて、地球人についてですが、主も地球という星につきましては、私が予測していたとおり、残念ながら朧げにしか覚えておられないそうです。一つ、大きなため息をついて申されますには、『大宇宙の中でそれほど重要な星ではない。だが、星としての一応の機能は備えさせたつもりだ』ということです。先ほど、あなたの方から、地球人は能力も思想もバラバラだという意見がありましたが、その点につきまして主から回答がありまして、地球に近い他の箱庭では、思想も統一され、一つの系統だった組織に支配されている生命体も多くありまして、むしろ、そういった『一つの王とそれ以外のしもべ』というような箱庭の方が星の性質としては一般的でして、存在する数も遥かに多いようです。


 一人の権力者が法や制度を作り上げ、それ以外の人民はそれに従って黙々と働くだけ。こういう性質の方がわかりやすいですよね。ところが、主はあえて際だった権力者の存在しない箱庭を創ってみたかったそうで、それは神懸かった能力を持つ人間を一人または一族に固定するのではなくて、大多数の人民にも同じ力を持たせ、互いに競い合わせたら、生命体の発達はどういう方向に向かうのか、という発想から来ているようなのですが、そういう思惑から創られたのが地球だそうです。地球を誕生させた当初は、主もある程度の興味を持って、その成り行きを見守っていたそうなんですが、地球に住む生物たちの、あまりの進化の遅さと、単純な行動ばかりとる知性の低さにいつしか飽き飽きしてしまったらしく、ついには目を離してしまったそうです。何しろ、大宇宙には、他に主の興味をくすぐる星がいくらでもありますのでね。放置されてしまった後の地球は、あなたもご存知の通りの経過をたどっているわけです。どうやら、戦争と破壊行為や人種差別の連鎖になってしまっているようですね。私の知るところ、地球人というのは、他に例を見ないほど学ばない種族です。私としましては、地球という星が特に駄目だと申しているわけではありませんで、実は、新しい試みを取り入れて誕生させた星というのは、大抵失敗に終わるそうです。


 地球という星も立派な失敗作ということで、主にも大変苦い思いをさせたようです。けれども、それでも主は腹一つ立てることなく、『せっかく創った星だから』と寛大に申されまして、あえてこちら側から操作して発展を妨害したり、途中で歩みを止めて消し去ったりということは致しません。すでに主の興味からは外れてしまっていますが、滅亡するまでは好きなように活動を続けてもらって良いということです。次に主への直接の質問、自分の創った箱庭を眺めているだけで楽しいのか? などという質問がありましたけれど、まあ、非常に大胆と申しますか、無礼極まる質問とも思えるのですが、主は寛大な方ですのでね、それにも回答を下さっています。


 まず、主はご自身のことを全知全能であると申されまして、まあ、その辺りは誰でもとっくに理解できていることなんですけれど。続いて、万物のすべての行動を理解していて、すべてのことに興味を持ちながら日々暮らしている、と申されました。これを解説しますと、あなたがた人間の単純な脳の構造ですと、何かを学ぶにも物を創るにも、一度に二つのことを考えるのも難しいと思いますが、主は一度に無数のことを考えられ、無数の事象に興味を持たれ、無数の裁定を下し、無数の行動を起こし、無数の発見をなされ、無数の発明をなさるわけです。


 このことを詳しく説明して差し上げることも出来ますが、主の能力をいくら語って聞かせたところで、あなたのような凡人の脳には何も理解出来ないばかりか、こちらの説明に小さな不備を見つけ、無遠慮に反論さえ言いたくなるのでしょう。主のお取りになる一つの行動にさえ、俗物には到底理解できない、深い、謎めいた意味が隠されていることもございます。


 私も時々、この館に訪問者があるたびに、今のように、主の部屋と自分の館を結びまして、恐れ多くも主の独り言などを耳にしてしまうことなどがありますが、『最近、退屈だなあ』とか『いい加減、この生命体にも飽きたなあ』などという声が聞こえてきますと、一般の人間の脳には、神様も大して働いていない、暇そうにしてると考えられるかもしれませんが、実はそうではなく、主は次の瞬間、ほんの一瞬、瞬きの途中でまぶたが半分も動いていないくらいの瞬間に、実に百万を越えるほどの新しい生命体を生み出してしまうというようなこともございます。


 ええ、凡人のあなたが驚かれるのも無理はありません。あなたの鼻息が、空気中の水素原子を微動させる瞬間にも、主はいくつもの行動を起こされています。光の粒子で創られた虹色の蝶が、この空間を美しく羽ばたきながら光速で移動していく瞬間も、我々の目には、それを一直線の光の筋としてしか捉えることは出来ませんが、主はしっかりとそれを凝視され、それを見て楽しむだけではなく、『右羽の上から三番目の色合いがちょっと淡いな』などと独自の感想を漏らすことすらございます。


 ですから、退屈だとか、飽きたなどという言葉を、地球人のそれと同じように単純には捉えられません。主は永遠なる時と空間に住まわれて、すでに達観しており、超越されており、自分の脳の動きすら遅く感じるほどの行動力を持っていながら、自分の行動力がまるで追いつかないほどの速さで脳みそを動かされ、次々と発明をなされます。考える前に行動をなされ、寝息をたてる前にはすでに眠られており、瞬間的な眠りにすら後悔を感じ、口から息を吸われる前に息を吐かれます。発明と実験の結果はすべて瞬時の出来事であり、誰の目にも留まることはなく、誰にも理解されることはなく、結果も反省も自分の身体のみで消化され、還元され、それを元にして再び行動を起こされ、自分の行動が完成する前に次の行動をなされています。


 私が耳にした『退屈だなあ』という言葉は、いったい主のいつの状態にあるときの言葉なのか(何しろ、主の時間は無限ですからね)、そして、その言葉はいったい何を意味しているのか、まさか、本当に暇で退屈してしまったということはありますまい。主がそう言われるには、膨大な意味があり、自分の無限の能力からすれば、たった百万の星しか生み出すことが出来ない今の状態は、自分の力量からすれば、取るに足らないもので退屈に感じるということかもしれません。


 それとも、何か他のこと、もっと大きく複雑で色々な事情が混在した状態での、退屈という意味なのかもしれません。主はそれ程のお方ですから、あなたがどんなに努力してみたところで、世話しなく脳を動かされたところで、計り知れないお方であるわけです。主はそんな非日常的な生活をお送りになられながら、あるとき、ふと自分と同じくらい優秀な脳を持つ生命体を創り出すことは出来ないかという考えに至ったそうです。自分の力を同程度の能力を持つ他人の目から客観的に見ることができたら、どのように評価されるのかという興味が働いたのかもしれません。あるいは、自分と競争しうる相手を作り出すことで、永遠の星の海の中で、すでに冷めきった心に嫉妬にも似た熱情を呼び起こし、自分のさらなる限界、究極の中にある究極、誰も目にしたことのない閃きを手に入れようとしているのかもしれません。


 しかし、万能の主と言えど、自分と同じ能力の人間を創るという作業には苦労されたようです。しかし、近頃はかなり安定して優秀な種族を創作出来るようになったそうです。主も自分の研究の成果に喜ぶ……、いえ、主は超越した存在ですので、喜ぶなどという安っぽい感情はお持ちになられていないでしょうが、それに似たようなある種の満足感は得られているようです。最後になりますが、地球という未完成な星に生まれながら、その人生は充実していたと言われたあなたの言葉に、主は満足しておられるとのことです」


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