第6話

 天井に向かってそう呼びかけてみたが、当然のことながら返答はなかった。それどころか、しばらくの間、言葉を発することもなくなり、空間全体が静まり返っていた。余りにもくだらないことを話すぎて、彼らが腹を立ててしまったのではと思うようになった。静寂の時が続くと、次第に大それたことをやってしまったかと思うようになり、私は首をすくめた。


 今思えば、一度目の人生のさなかでも、私は調子に乗ると羽目を外してしまうことが多く、それが要因になって、企業社会のなかで重要な交渉が失敗してしまった経験も数多くあるのだが、まさか死後の世界においても、自分の性格のせいで損をすることになるとは思ってもいなかった。このままでは、創造主が怒りのあまり私の存在を永遠に消してしまうか、そうでなくとも、このまま何の音沙汰もないまま、次の世界に飛ばされてしまうかもしれないとまで思うようになった。眼前に座る女性も、あの嫌味な薄笑いを浮かべているだけで、口を開こうとはしなかった。いつまでも静寂の中にいても間が持たないので、私は自分から先ほど話したことについて謝罪することにした。


「あのう……、創造主様、聞こえていますか? 先ほどは少し言い過ぎました。『たかが人間の分際で神に問いをかけるとは不作法にもほどがある、いったい、何様のつもりか』とお怒りになられてますかね。本当に申し訳ありませんでした。取り合えずお怒りを鎮めて下さい。冷静になりましょう。決して悪気はありません。いや、先ほど召使いの女性から聞いたところでは、何か……、あなた様ほどの人が、こんな私から直接に前世での事情を聞きたいということでして……、それは捉え方によっては、何を話してもいいとも取れるわけで……、いえ、決して、全能なるあなた様や、この召使いの女性に不手際があったと申しているわけではありません。すべては私の責任です。そして、悪意のない幼稚な思い違いなんです。私の方もですね、創造主自らがここまで来られまして、この私の、こんな私の話を聞きたいとおっしゃって頂けたましたので……、少し調子に乗ってしまいました。実は先ほど話したことは、すべて心にもないことでございます。最初は真面目に話せねばと思っていたのですが、話しているうちに言い知れぬ高揚感を味わってしまい、つい、ぺらぺらとくだらないことを喋ってしまいまして……、本当に申し訳ありません」


 私はそう言ってしまってから深々と頭を下げた。何か、こうしていると、生前、酒飲みの席で飲み過ぎて酔っ払ったあげく大暴れをしてしまい、後日、上司に謝りにいったことを思い出してしまい、情けない気分になった。しかし、審問官の女はきわめて冷静だった。


「どうやら、勘違いをされているようですね。あなたの供述に対して我々の方から意見を述べたり、叱責したりということはありません。人間の感情などあまりに軽薄すぎて、我々がそれをいちいち汲み取って、意見を述べるほどでもないと申した方がよいでしょうか。我々の知能は事実を見据え、結果を追いかけていくだけでして、地球人のように他人の話を聞いて怒ったり悲しんだりするような、繊細な感情はありません。ただ、地球の俗語を、主に理解できるような言語に翻訳するのに多少の時間がかかってしまいます。地球は宇宙の一番はずれにあるような、いわば無名な星ですから、通常のものではなく、一番高性能な翻訳機を使わないといけません。そういうわけで、この先も、こちらからの反応は少し遅れるかもしれませんが、構わずに供述を続けて下さい」


 その言葉を聞いて私はかなり安心した。それにしても、一般の地球人である私との面会に、それほどの投資をするとは驚きだった。どうやら、神様はお手製の翻訳機まで使用しているらしい。いったい、私の心のどこにそれほど有益な情報が隠されているのだろうか? しかし、こうなったからには、ささやかな恩返しに、よほど彼らの利益になるような情報を与えてやらねばと思った。


「そうでしたか、地球ではどんなに意地の悪い人間との対話でも、一言話すたびに、これほど間が開くということはありませんで、それで、これほど長い沈黙があるからには、もしや気を悪くされたのかと勘繰ってしまいました。取り乱してしまいました、面目ない。さて、ではどこから話そうかな……。聞いての通り、私は地球という星に生まれた者なんです。そこの女性が先ほど言っていた通りですと(言われた瞬間は、他のことを考えていたので、簡単に聞き流してしまいましたが)、この広い宇宙には、地球の他にも生命を宿している星が無数にあるということですが……。これは非常に重要な情報ですね。まあ、我々地球人もですね、もしかしたら、自分たちの他にも、この広い宇宙空間のどこかに、自分たちと似た生命体がいるのではないかと思ってもいまして……、私が生存していた頃は、たいそうな予算をつぎ込んで、大国が競って巨大な望遠鏡などを作成していまして、近場にある星から順々に、派手に捜索したりもしたのですが、自分たち以外の生命体は結局発見できずに未確認のままでした。死んでしまった後も、気にはしていましてね……。


 それで、地球という星に長年生きてみてその感想なんですが、まあ、こう言っちゃなんですが、神様、あなたにしてはずいぶん雑というか、荒っぽい仕事をされたな、という印象ですね。つまり、何と表現すれば良いか……、作りっぱなしと言いますか、地球という星は率直に言ってしまうと出来損ないですよね。なぜって、地球人というのは、生まれた地域によって、あるいは血統や境遇によって、才能や思想がまったくバラバラなんですな。優れた人種とそうでない人種がはっきり分かれている。神様、これはいけません、公平じゃないですよ。先ほど聞いたところでは、この世に生まれてくるチャンスはたった二回しかないとか。それでしたら、もう少し全員の外観や能力をきちんと揃えて頂かないと困りますよ。地球では、技能にしても知性にしても、各々の得意なことが違うっていうんで、みんながみんな勝手なことをして生きていますよ。才能のない人間は最初からあきらめてます。汗水流したところで、どうせ、自分はいい仕事に就けない。いい女に出会えない。そう思い切ると、すぐに職安に通うのをやめて、裏通りの路上にたむろしてそこを行き交う金持ち連中を睨みます。そういった貧困層には、人生の意味なんて考える人はほとんどいない。労働と浪費と苦悩の連続です。日々の生活を送ることで精一杯です。高尚なことを考えるには、仕事の合間の休憩時間にコーヒーぐらい飲める人でないと無理ですね。


 ある程度の能力を持っている人達も二極化していまして、金のためだと割り切ってきちんと働いている人間もいれば、人生などどうでもいいと、サボって歌っている人間もいる。向上心を持って詩を書いている人間もいる。他の人間を喜ばすために台所で料理をしている人間もいれば、腹をすかせた家族のために、毎日のように金策に走り回っている人間もいる、という具合ですね。いわば好き勝手に生きています。まるで統率もとれていない。周りの人間の才能を覗き見て、とりあえず安心して、歌って、誰かが通り掛かれば心の奥に刻み付けるほどの恋をして、トウモロコシや蜜柑を育てて、他人の創ったものを大袈裟に賛美して、あるいはけなして、酒場で集まっては胸倉をつかむほど熱く討論をして、次の日には仲直りをして、暇さえあれば好きなだけ眠って、難しい本を読んで何かを悟って、自分には力があるとすぐに勘違いをして、大きな事業の失敗に落胆して、ウイスキーを飲んでそれを忘れて、先に力尽きた友人の死を悲しんで、一人ぼっちになると遠い昔を思い出し、夜空を見て涙して、そして死んでいきます。やってることがみんな違うんですな。


 これでは誰が優れているのか、正しい評価が出来ません。私の意見を言わせて頂きますと、例えば、思想や言語は一つに統一してしまえば、ずいぶんとわかりやすかったと思うんですよね。同じ言葉を使っていれば意思統一もとりやすいですし、思想も統一して、全員が国家に忠実に従うように仕組んでおけば、必然的に争いごとも起きない。逆らう人間がそもそもいないんですから当然ですけどね。地上に国家が一つしかなければ、権力構造も今よりずっと単純化してわかりやすかったと思うんですよ。しかし、地球にはいろんな国があって、みんながバラバラなことを考えている。国家よりも家庭や恋愛を重要視する者、家庭よりも上に国家を置いて日常を疎かにする者、すぐに才能をひけらかして心に愛情を持てない者、様々な思想の人間がいるから、すぐに混乱が起こるんですよ。生涯、人類のために働きたい人間と、自分のことしか考えられずに遊び歩く人間が、政治の問題で意見の一致を見るわけがありませんからね。利害が違うなら話し合うだけ無駄です。


 まあ、もちろん、あなたにしてみれば、多種多様な人間がいたほうが、多くの異なった個性が生まれ、社会構造が複雑化して様々な事象が誘発され、自動的に解決されるための手段が考案される。そして、次々と考案される発明品を巡って事件が起きる。あなたはそういった混乱が引き起こされる様子をほくそ笑みながら眺めて、それがどうやって解決されるのか、解決した人間が舵をとってどういう未来を作り出すのか、想像しながら楽しんでおられる。楽しいもんですよね、上から見ているだけってのは、そうでしょう?」


 長く話し続けても、自分の声ばかりが響き渡り、次第に気まずくなってくるので、私はそこでいったん話を止めて、相手に話を振ってみた。しかし、今度もかなりの時間に渡って場は静まり返り、何も聞こえてくるものはなかった。自分が話した後に何も反応がないと、こうも不安になるものなのか。調子に乗って話し続けているうちに、またしても神を侮辱するような発言をしてしまったかと思い、身が縮こまる思いだった。全能の神ともなれば、私が何を述べたところで、『そんなこと、わかりきっているわ!』と言われることになるのではないか。やはり今回も謝ろうかと、そう思い始めたとき、目の前の女性がようやく口を開いた。


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