●公平に傾けられし天秤に ……♂
夢中になって僕はマユのいる建物に飛び込んだ。
ほとんどぶつかるようにしてエレベーターのスイッチを押す。上へ。
幸いにしてすぐにエレベーターは来たが、乗ったら乗ったでその速度がもどかしい。おまけに僕の他に三人の人間がエレベーターには乗り込み、あろう事か彼らはそれぞれ別の階のボタンを押したのだった。
苛々と、そして憔悴しながら僕はエレベーターの隅で縮こまる。本当なら飛び出して駆けていきたい、だがそれよりはまだエレベーターに乗り続けていた方が到着するのが早いのは確実だった。それだけの分別はまだ持っているようだった。
エレベーターが三階に止まる。一人が降りた。
次の階は五階だった。
続いて六階、七階。
マユがいるのは七階で、僕が押したのは七階のボタンだった。
しかし、どうだろう。各階停車で七階まで行くのを待つのと、階段とでは。二階の差なら、階段を駆け上がるのとさほどの時間差はないようにも思えた。どちらにせよ、このままじっとしているのは僕が耐えられそうもない。
耐えきれなくなった僕は、不審そうな目で他の二人が僕を見るのにも構わずにエレベーターを飛び出した。
走る。視界に入るのは階段と、エスカレーター。階段は一階分を登るのに二、三回折り返さなくてはならないはずだ。それよりは直線で一気に上の階へ登れてしまうエスカレーターの方が良い。ポールで塞がれ立ち入り禁止の札が架けられているのを無視し、僕は休日のために止まったままでいるエスカレーターの階段を駆け上った。
階段を駆け上がりながら思うこと。
僕は、やはり愚かだった。
人間は学習する生き物だという。けれども、僕はあの日からちっとも成長してなどいなかった。
全てはあの時、上弦の月の校庭に置き去りにしたままだ。
あの時の光景がフラッシュバックする。
あの日、二年前のこの日、マユは。
……僕は、あの時。
一緒に、氷の礫になるべきだったのかもしれない。
マユはそれを、望んでいたのかもしれないから。
階段が終わる。続く屋上への扉を、僕は開けた。
「繭佳!」
手摺近くに立っていた繭佳が、僕の声に驚いて振り向く。
「せ、……先輩?」
僕は荒い息で彼女の顔を仰ぎ見る。
マユはきょとんとした顔で僕を見ていた。
その時の僕ときたら。
マユの表情を見て僕は悟った。
ああ。
マユは、マユじゃない。
繭佳だ。
繭佳は、繭佳だ。
脱力して、僕は最早力が入らなくなった根性無しの足を叱咤しながらその場でへたり込む。
まったく、みっともないったらなかった。
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