◇従順な牡牛はそのものをかどかわす ……♀
猶予、というのは、碌でもない人間に、更なる碌でもない事を考える余裕を与えてくれるものであるらしかった。少なくとも私に関してはそうだった。
けれども。
十一月の新月はとうに過ぎていた。次の新月は、十二月十日。
それに備えて私は十一月に新月を見ていた。十二月では間に合わない。なにせ、大事な日はその十二月十日なのだから。準備は怠るべきではない。前々からやらないと、その時になって後悔することになるのだ。
新月を肩越しに見ると願いが叶うというのは前々から聞き及んでいたことだが、今は更にそれが発達しているようだった。何の気無しにそれを調べてみて、出てきた情報量に驚く。古典ではただ感傷に浸って月を眺めていれば良かったが、このやるせない現代ではいちいち月に願いをかけるのにも手順が要るようである。
新月も昔のように上手く願いを聞き取れずに、事務処理を必要としたのであろうか。いずれにせよ興ざめだと思ったが、アナログではなくデジタルで動くことを余儀なくされる現代人の私は、大人しくそれに従ったのだった。
これでは感傷も何もあったものではないが、それで新月が叶えてくれるというなら仕方ない。それに、ただ願うよりも念入りに願った方が、自分の気持ちも整理出来るのは確かだった。
私は壁に掛けられたカレンダーを見遣る。最近の日課になっている、日付に×を付ける作業を本日も滞りなく終了していた。滞るはずもない。消された日付は着実に増えてゆき、十二月十日に着実に迫る。
そろそろあの日が近づいていた。
いくらモラトリアムで繭で中途半端で碌でもない私でも、少しはましなことをするのだという確認作業だった。いや、ましなことをしなければならない、と誓っていた。
なにせ、存在そのものが繭なのだから。
繭から出るには、どうにかしなければならなかった。
結局どうにもならないのだとしても、せめて、自分から外へ出ようと少しばかり動いてみるくらい、許されてもいいはずである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます